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気絶したシャーリーを一度ソファーに避難させ、自らの上着をはおらせた。
既に酒場もしまった深夜遅く、それでも酒場の後始末のために起きていた宿屋の娘に声をかけに行く。
ズボンだけの上半身を晒したウェダーの姿に、娘はモジモジと顔を赤らめて伏せた。
「新しいシーツと、あと温かい湯と体を拭くタオルを用意して貰えないか?」
金貨を差し出すと娘は不要だと告げ、急いで持って行くから部屋で待っていろとの事。
ウェダーは言われた通り部屋で待ちつつ、汚れたシーツをはぎ取った。
胸元を晒した寝間着姿で現れた娘が、シーツとタライを持って入ろうとするのを、ウェダーは軽く阻止する。
「ありがとう、おやすみ。良い夢を」
胸の谷間に金貨を差し込み、汚れたシーツを押し付けて目の前で扉を閉めた。
耳のいいウェダーには、娘の泣き声が聞こえたが、勘違いしたのは、あちらの勝手だ。
新しいシーツを取り付け、湯が温かいうちにシャーリーの体を清めてやった。
夢でもみているのか、湯が気持ちいいのか、時々笑う彼女の笑みに、胸が温かくなった。
再び裸体のままベッドに寝かせ、同じく自分も共に添い寝する。
その小さな体を抱き寄せると、寝ぼけて子猫がイヤイヤしているように手を突っ張るので、クスクスと笑いが漏れた。
唯一照らしていた、小さな枕元のランプに息をふきかけると、部屋は暗闇に包まれた。
小さな宿で一番上等のこの部屋は、首都に比べれば粗末なレベルだが、ベッドが上等なのだけは救いだった。
いつまでも触っていたいシャーリーの金の髪に指を絡め、目をこらす。
普通の人なら見えぬ全てを隠す暗闇も、ウェダーには意味はない。
自ら大人になったエルフを見つめ、ウェダーは初めて彼女を見つけた時を思い出す。
一目見た時から気になっていた。
首都から逃避するように休暇をもぎ取り、ともかく遠くへと、こんな辺鄙な町に辿り着く。
ここなら顔も知られていない。
少し今後について考えようと思い、宿を一室とった。
それがシャーリーだけでなく、今、騎士団が追う事件に向かう運命だとも知らず。
ウェダーは目的もなく、何をするでもなく町を歩く。
つい、人の動きに不自然がないか観察する癖はぬけそうにない。
比較的平和なこの町には、小さなギルドの支部もあるらしく、治安もそこまで悪くなかった。
何か事件が起これば、即座に騎士団に要請するのではなく、冒険者への依頼に代わるからだろう。
この世界にも魔物がいる。
普段はダンジョンに潜む奴らは、時には人に最高の素材を提供してくれた。
一攫千金を狙う者たちが、数名でパーティーを組んで、そこに挑戦するのだ。
そして、たまに地上に迷い込んだ魔物が被害を出したりする。
それを退治するための専門機関、それがギルドである。
民間組織の独自のシステムで構成されたギルドは、この世界全てにネットワークを持っており、各自の国の管轄下ではあるが、騎士とは別の形態で成り立っていた。
騎士が国に直接雇われ、主に国の防衛や人を対する集団組織であるのと違い、ギルドはあくまで魔物対応がメインであり、各自のパーティーも自己責任における参加である。
ギルドも突然の無謀な死人を出さないように、登録カードによって各自の能力を管理し、適正なクエストを割り振ってはいるらしいが……たまに冒険者向きでない者が簡単に死んだりする。
そう……シャーリーのような、適正がない者ですら、一応は冒険者として参加する事は禁止されていない。
ギルドでは、どんな訳ありも登録すれば、身分証代わりのカードが手に入るので、正式な戸籍を持たない者たちの受け皿になっていた。
「っと、ん?」
普通ならば見逃してしまう小さな路地に、珍しいエルフの姿を見つけ立ち止まる。
小柄で平凡な体つきの少女。
ただし、背中に背負った安物の折りたたみの弓と、貧相なワンピース服装からは、冒険者としてちぐはぐな印象を受ける。
「あんな装備で、まさかな……余程腕に自信があるからこそ、あの軽装と貧弱な弓なのか?」
矢筒も胸元に一応装備しているが、安物の布で手作りしたような継ぎはぎの見た目。
これならば、中の矢も期待できはできないだろう。
冒険の帰りなのか、ところどころ汚れた姿は、高貴なエルフには見えず哀れにすら映る。
だが、彼女の顔は悲壮感ではなく、楽しそうな微笑みを浮かべていた。
「猫に……餌をやっているのか?っと、おい!あれはウェアキャットだろ!」
本来はダンジョンにいるはずの肉食の魔物、警戒心が強く爪は鋭い。
素早い速さで襲い掛かってるが、今あのエルフが相手をしているのは小型の幼体のようだった。
必死に手に持った肉の串を差し出して、餌付けをしているように見える。
「食べてる?人の手から……子供とはいえ魔物だぞあれは」
唖然としつつも、自然と手は腰のショートソードを掴む。
普段のロングソードは目立つため、宿の部屋に置きっぱなしだ。
その迂闊さに舌打ちしつつも、見たからには彼女の危険を助けなくてはいけない。
……だが、やはり違和感がある。
中型犬ぐらいの魔物は、串から外れた肉を夢中で貪っている。その隙に、エルフの彼女は手をソッと伸ばして撫でようとした。
「危ない!」
咄嗟に駆け寄ろうとしたウェダーは、またしても信じられない光景を見た。
頭を撫でてうっとりとする彼女と、無視してひたすら肉を食べる魔物の図が路地裏で展開されていく。
彼女は魔物使いなのか、流石はエルフ……と思ったが、肉を食べ終えた魔物が、とっとと走って人気のない奥に逃げていく。
顎下を撫でようとしていた彼女は、長い耳を垂れ下げてガックリと落ち込んでいた。
その姿があまりにも可愛くて、つい笑ってしまう。
彼女はウェダーに気づきもせずに、去って行った。
とりあえず、ウェダーはギルドに足を向けて、先程みた魔物の報告を済ませた。
人の町にいるのは、互いの為にならず、すぐさま捕獲に向かいダンジョンに戻すと約束してくれた。
ふと、思い出して聞いてみた。
「エルフ……ああ、三か月前に来た低レベルのエルフですよね」
冷めたギルド職員の女が鼻で笑う。
「貴方様ともあろう方が、気にする必要もないですよ」
流石に自分の事は知られてる。ならばと、特権を駆使して彼女の情報を聞き出した。
出された情報を見て、確かに冒険者としては質は良くはなかった。
受付カウンターに身をもたれつつ、出されたメインカードの端末に目を通す。
過去の文明の利器のお陰で、見た目より文明は進んでいた。
動力は魔物からとれる魔石、高値で売れる魔石のために、冒険者たちはダンジョンに挑む。
彼女もそんな冒険者の端くれなのだが……。
「どうして彼女は冒険者を?確実に向いてない」
「さあ?エルフの考える事はわかりませんわ。それよりこの後、お暇ですか?」
突然甘い声で誘われるのも日常茶飯事のウェダーは、当然あしらうのも慣れており、笑って礼を告げ宿に戻る。
なぜか用もないのに、宿屋の娘が部屋の前までついて来る事以外は、快適だった。
ウェダーは、扉の前で立ち止まる。
ふいに、気になる香りを嗅ぎつけたウェダーは、軽く鼻をならして確認した。
「もしかして、ここにエルフの女が泊ってるのか?」
「あの冴えないエルフ?はい、一番安い部屋に宿泊してますが、一応冒険者みたいで不在の時も多いですね」
ペラペラと顧客の事をしゃべる娘に、苦笑しながら部屋に入る。
一番高価な部屋は、防音に優れ広さだけはあった。
だが、それだけだ。
ベッドが上等なのと風呂付なの以外は、家具も最低限。
眠れればどこでもいいので文句はなく、一階が食堂兼酒場なのも便利ではある。
田舎によくあるタイプの宿屋で、あとは娘が付きまといさえしなければ快適なんだが。
次の日に早速、宿の主に苦情を入れると幾分かマシにはなった。
さしてやる事もなく、かといって普段の鍛錬代わりに町を隅々まで歩く。
すぐに細かい路地まで記憶して、迷うどころか地図すら不要になった。
晴天が続き、気持ちよい初夏の風が、ウェダーの髪を揺らしていく。
ささやかな町は、ギルドによって成り立っているようで、冒険者たちとよくすれ違った。
その度に、不審な者はいないか、無意識にウェダーは確認していく。
職業柄の癖に気づくと、ウェダーは小さくため息をついた。
「骨身にしみた癖は、抜けるものではないみたいだ……おや、また彼女だ」
かすかにエルフから香る甘い匂いは、花なのか?果物なのか?
なんにせよ、首都で見たエルフからは匂わなかったため、彼女自身の香りなのだろう。
心地よい気分に包まれる香りは、ウェダーにとって初めての感覚だった。
だから、すぐに彼女の存在に気づいたのだ。
今度は露店の前で、買い袋の中身をぶち負けた老女を助けてやっていた。
二人であわてて、転がっていく野菜や果物を拾っている。
通り過ぎる人々は、チラリと横目で見るだけで通り過ぎる中で、彼女は必死に助けていた。
だが足元に転がって来たリンゴを踏みつけてしまい、涙目でペコペコと謝罪する姿に、不覚に笑ってしまった。
今まで見たエルフ達は、いつもお高く留まって、あのような態度は絶対にとらないはずだ。
彼女はエルフなのに、人より庶民的で、なおかつお人よしであるようだ。
ドジな感じも保護欲を注ぎ、ウェダーにしては珍しく、女性に好感を持つ。
「確か、エルフのシャーリーだったな」
名前も愛らしいと、既に彼女が気になっているのを認めざるを得ない。
太陽を集めたような金の髪に長めの前髪、もっと顔を見せたら愛らしいのに。
エルフには珍しい童顔だが、森と同じ緑の目はくりくりと丸く、小鳥のような小さな唇も可愛らしかった。
彼女への好意を自覚してから、暇を見ては彼女を探す。
小さな町で、彼女の香りを探るのは容易く、冒険に出ては彼女はすぐに戻ってきた。
ケガがないか、いつしか心配が募っていく。
ギルドで再確認すると、彼女のレベルでは浅い探索限定であるらしい。
現在組んでいるパーティーでも、危険なクエスト受注は認められていないと断言され、ギルド管理に感服する。
町の屋台の前で、苦い健康茶を飲んで顔をしかめるシャーリー。
薬草店で必死に両手を合わせて値切っていたり、子犬を撫でたら親犬に吠えられ逃げたりと、観察してるだけで飽きる事はない。いつしか自然と彼女を探すうちに、ここに来た当時の鬱屈した気持ちも忘れていた。
いつしかドジなエルフを見守る事が楽しみとなり、日課になっていく。
本当なら、冒険者と同じくクエストに参加して彼女を助けてあげたいが、騎士にそれは禁じられている。
彼女のパーティーは長くて一か月、早くて一週間で変わっていく。
能力を察すれば同情すら感じるが、何もできない自分が段々ともどかしくなっていた。
つまり、見ているだけでは我慢できなくなってきたのだ。
何度も彼女は落ち込み、隠れて涙を流すたびに胸が締め付けられる。
抱きしめて慰めたい、思う存分彼女の髪を撫で、その香りを吸い込みたい。
優しさと、欲望と、愛と、下心。
全てが混ざり合い、二か月も経つと限界を迎えていた。
彼女を観察してわかった事が幾つもあるが、その一つに、彼女は割と男に警戒心が強いという事だ。
男と共にパーティーを組み、何日も共にダンジョンで過ごす事もある。
エルフでか弱い彼女の事だ、不埒な馬鹿がいたに違いない。
だが彼女は汚されていない、それだけは確信が持てるのは、警戒する割に男慣れしてなさそうな態度だからだ。
「流石はエルフ。身持ちが堅いとなると、チャンスは一度きりかもしれんな」
狼が獲物を草むらから狙うように、確実に彼女を手に入れる事で頭が一杯だ。
ウェダーは、自らが恋心を持つ事にも驚いた。
彼女を愛すれば愛する以上に、独占欲と嫉妬心で気が狂いそうになる。
それでも、ギリギリまで迷い耐えたのだ。
ある夜、宿の一階の酒場で彼女は酔っていた。
小さなグラス一杯で酔える姿を、遠くのテーブルから優しく眺めていたウェダーだったが、目の前で客の男たちがヒソヒソと会話していた。
酔ったエルフを連れ込めないかと、下卑た笑いで楽しむ馬鹿どもに、すぐさま手に持っていた水をバシャリとぶっかけた。
「おい、てめぇ!何し……っああああっ!」
ギロリと殺意を込めて睨んでやると、とび色のウェダーの瞳が金色に輝く。
空気さえ重く刃にかえたウェダーの迫力に、男たちはガクガクと震え椅子に座った。
大人しくなった彼らに、低い声でウェダーは宣告した。
「あのエルフは俺のだ。わかったな?」
「はっ、はいっ!」
死人のような顔で、俯く男たち。
これで二度と手出しはしないだろう……だが、他にもこういう奴らが現れるかもしれない。
その時に、俺が側にいなかったら?
そもそも、ダンジョンで俺のいない場所で、彼女が襲われたらどうするんだ。
今更湧き出た妄想は止まらず、ヴェダーの焦りと怒りは止まらなくなる。
そして決めた。
今こそチャンスだと――彼女を……シャーリーを必ず自分のモノにする!――
警戒心を抱かれないように、あえて微笑みを浮かべ近付いていく。
そうして、何食わぬ顔でウェダーはシャーリーのテーブルに腰を据えた。
既に酒場もしまった深夜遅く、それでも酒場の後始末のために起きていた宿屋の娘に声をかけに行く。
ズボンだけの上半身を晒したウェダーの姿に、娘はモジモジと顔を赤らめて伏せた。
「新しいシーツと、あと温かい湯と体を拭くタオルを用意して貰えないか?」
金貨を差し出すと娘は不要だと告げ、急いで持って行くから部屋で待っていろとの事。
ウェダーは言われた通り部屋で待ちつつ、汚れたシーツをはぎ取った。
胸元を晒した寝間着姿で現れた娘が、シーツとタライを持って入ろうとするのを、ウェダーは軽く阻止する。
「ありがとう、おやすみ。良い夢を」
胸の谷間に金貨を差し込み、汚れたシーツを押し付けて目の前で扉を閉めた。
耳のいいウェダーには、娘の泣き声が聞こえたが、勘違いしたのは、あちらの勝手だ。
新しいシーツを取り付け、湯が温かいうちにシャーリーの体を清めてやった。
夢でもみているのか、湯が気持ちいいのか、時々笑う彼女の笑みに、胸が温かくなった。
再び裸体のままベッドに寝かせ、同じく自分も共に添い寝する。
その小さな体を抱き寄せると、寝ぼけて子猫がイヤイヤしているように手を突っ張るので、クスクスと笑いが漏れた。
唯一照らしていた、小さな枕元のランプに息をふきかけると、部屋は暗闇に包まれた。
小さな宿で一番上等のこの部屋は、首都に比べれば粗末なレベルだが、ベッドが上等なのだけは救いだった。
いつまでも触っていたいシャーリーの金の髪に指を絡め、目をこらす。
普通の人なら見えぬ全てを隠す暗闇も、ウェダーには意味はない。
自ら大人になったエルフを見つめ、ウェダーは初めて彼女を見つけた時を思い出す。
一目見た時から気になっていた。
首都から逃避するように休暇をもぎ取り、ともかく遠くへと、こんな辺鄙な町に辿り着く。
ここなら顔も知られていない。
少し今後について考えようと思い、宿を一室とった。
それがシャーリーだけでなく、今、騎士団が追う事件に向かう運命だとも知らず。
ウェダーは目的もなく、何をするでもなく町を歩く。
つい、人の動きに不自然がないか観察する癖はぬけそうにない。
比較的平和なこの町には、小さなギルドの支部もあるらしく、治安もそこまで悪くなかった。
何か事件が起これば、即座に騎士団に要請するのではなく、冒険者への依頼に代わるからだろう。
この世界にも魔物がいる。
普段はダンジョンに潜む奴らは、時には人に最高の素材を提供してくれた。
一攫千金を狙う者たちが、数名でパーティーを組んで、そこに挑戦するのだ。
そして、たまに地上に迷い込んだ魔物が被害を出したりする。
それを退治するための専門機関、それがギルドである。
民間組織の独自のシステムで構成されたギルドは、この世界全てにネットワークを持っており、各自の国の管轄下ではあるが、騎士とは別の形態で成り立っていた。
騎士が国に直接雇われ、主に国の防衛や人を対する集団組織であるのと違い、ギルドはあくまで魔物対応がメインであり、各自のパーティーも自己責任における参加である。
ギルドも突然の無謀な死人を出さないように、登録カードによって各自の能力を管理し、適正なクエストを割り振ってはいるらしいが……たまに冒険者向きでない者が簡単に死んだりする。
そう……シャーリーのような、適正がない者ですら、一応は冒険者として参加する事は禁止されていない。
ギルドでは、どんな訳ありも登録すれば、身分証代わりのカードが手に入るので、正式な戸籍を持たない者たちの受け皿になっていた。
「っと、ん?」
普通ならば見逃してしまう小さな路地に、珍しいエルフの姿を見つけ立ち止まる。
小柄で平凡な体つきの少女。
ただし、背中に背負った安物の折りたたみの弓と、貧相なワンピース服装からは、冒険者としてちぐはぐな印象を受ける。
「あんな装備で、まさかな……余程腕に自信があるからこそ、あの軽装と貧弱な弓なのか?」
矢筒も胸元に一応装備しているが、安物の布で手作りしたような継ぎはぎの見た目。
これならば、中の矢も期待できはできないだろう。
冒険の帰りなのか、ところどころ汚れた姿は、高貴なエルフには見えず哀れにすら映る。
だが、彼女の顔は悲壮感ではなく、楽しそうな微笑みを浮かべていた。
「猫に……餌をやっているのか?っと、おい!あれはウェアキャットだろ!」
本来はダンジョンにいるはずの肉食の魔物、警戒心が強く爪は鋭い。
素早い速さで襲い掛かってるが、今あのエルフが相手をしているのは小型の幼体のようだった。
必死に手に持った肉の串を差し出して、餌付けをしているように見える。
「食べてる?人の手から……子供とはいえ魔物だぞあれは」
唖然としつつも、自然と手は腰のショートソードを掴む。
普段のロングソードは目立つため、宿の部屋に置きっぱなしだ。
その迂闊さに舌打ちしつつも、見たからには彼女の危険を助けなくてはいけない。
……だが、やはり違和感がある。
中型犬ぐらいの魔物は、串から外れた肉を夢中で貪っている。その隙に、エルフの彼女は手をソッと伸ばして撫でようとした。
「危ない!」
咄嗟に駆け寄ろうとしたウェダーは、またしても信じられない光景を見た。
頭を撫でてうっとりとする彼女と、無視してひたすら肉を食べる魔物の図が路地裏で展開されていく。
彼女は魔物使いなのか、流石はエルフ……と思ったが、肉を食べ終えた魔物が、とっとと走って人気のない奥に逃げていく。
顎下を撫でようとしていた彼女は、長い耳を垂れ下げてガックリと落ち込んでいた。
その姿があまりにも可愛くて、つい笑ってしまう。
彼女はウェダーに気づきもせずに、去って行った。
とりあえず、ウェダーはギルドに足を向けて、先程みた魔物の報告を済ませた。
人の町にいるのは、互いの為にならず、すぐさま捕獲に向かいダンジョンに戻すと約束してくれた。
ふと、思い出して聞いてみた。
「エルフ……ああ、三か月前に来た低レベルのエルフですよね」
冷めたギルド職員の女が鼻で笑う。
「貴方様ともあろう方が、気にする必要もないですよ」
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出された情報を見て、確かに冒険者としては質は良くはなかった。
受付カウンターに身をもたれつつ、出されたメインカードの端末に目を通す。
過去の文明の利器のお陰で、見た目より文明は進んでいた。
動力は魔物からとれる魔石、高値で売れる魔石のために、冒険者たちはダンジョンに挑む。
彼女もそんな冒険者の端くれなのだが……。
「どうして彼女は冒険者を?確実に向いてない」
「さあ?エルフの考える事はわかりませんわ。それよりこの後、お暇ですか?」
突然甘い声で誘われるのも日常茶飯事のウェダーは、当然あしらうのも慣れており、笑って礼を告げ宿に戻る。
なぜか用もないのに、宿屋の娘が部屋の前までついて来る事以外は、快適だった。
ウェダーは、扉の前で立ち止まる。
ふいに、気になる香りを嗅ぎつけたウェダーは、軽く鼻をならして確認した。
「もしかして、ここにエルフの女が泊ってるのか?」
「あの冴えないエルフ?はい、一番安い部屋に宿泊してますが、一応冒険者みたいで不在の時も多いですね」
ペラペラと顧客の事をしゃべる娘に、苦笑しながら部屋に入る。
一番高価な部屋は、防音に優れ広さだけはあった。
だが、それだけだ。
ベッドが上等なのと風呂付なの以外は、家具も最低限。
眠れればどこでもいいので文句はなく、一階が食堂兼酒場なのも便利ではある。
田舎によくあるタイプの宿屋で、あとは娘が付きまといさえしなければ快適なんだが。
次の日に早速、宿の主に苦情を入れると幾分かマシにはなった。
さしてやる事もなく、かといって普段の鍛錬代わりに町を隅々まで歩く。
すぐに細かい路地まで記憶して、迷うどころか地図すら不要になった。
晴天が続き、気持ちよい初夏の風が、ウェダーの髪を揺らしていく。
ささやかな町は、ギルドによって成り立っているようで、冒険者たちとよくすれ違った。
その度に、不審な者はいないか、無意識にウェダーは確認していく。
職業柄の癖に気づくと、ウェダーは小さくため息をついた。
「骨身にしみた癖は、抜けるものではないみたいだ……おや、また彼女だ」
かすかにエルフから香る甘い匂いは、花なのか?果物なのか?
なんにせよ、首都で見たエルフからは匂わなかったため、彼女自身の香りなのだろう。
心地よい気分に包まれる香りは、ウェダーにとって初めての感覚だった。
だから、すぐに彼女の存在に気づいたのだ。
今度は露店の前で、買い袋の中身をぶち負けた老女を助けてやっていた。
二人であわてて、転がっていく野菜や果物を拾っている。
通り過ぎる人々は、チラリと横目で見るだけで通り過ぎる中で、彼女は必死に助けていた。
だが足元に転がって来たリンゴを踏みつけてしまい、涙目でペコペコと謝罪する姿に、不覚に笑ってしまった。
今まで見たエルフ達は、いつもお高く留まって、あのような態度は絶対にとらないはずだ。
彼女はエルフなのに、人より庶民的で、なおかつお人よしであるようだ。
ドジな感じも保護欲を注ぎ、ウェダーにしては珍しく、女性に好感を持つ。
「確か、エルフのシャーリーだったな」
名前も愛らしいと、既に彼女が気になっているのを認めざるを得ない。
太陽を集めたような金の髪に長めの前髪、もっと顔を見せたら愛らしいのに。
エルフには珍しい童顔だが、森と同じ緑の目はくりくりと丸く、小鳥のような小さな唇も可愛らしかった。
彼女への好意を自覚してから、暇を見ては彼女を探す。
小さな町で、彼女の香りを探るのは容易く、冒険に出ては彼女はすぐに戻ってきた。
ケガがないか、いつしか心配が募っていく。
ギルドで再確認すると、彼女のレベルでは浅い探索限定であるらしい。
現在組んでいるパーティーでも、危険なクエスト受注は認められていないと断言され、ギルド管理に感服する。
町の屋台の前で、苦い健康茶を飲んで顔をしかめるシャーリー。
薬草店で必死に両手を合わせて値切っていたり、子犬を撫でたら親犬に吠えられ逃げたりと、観察してるだけで飽きる事はない。いつしか自然と彼女を探すうちに、ここに来た当時の鬱屈した気持ちも忘れていた。
いつしかドジなエルフを見守る事が楽しみとなり、日課になっていく。
本当なら、冒険者と同じくクエストに参加して彼女を助けてあげたいが、騎士にそれは禁じられている。
彼女のパーティーは長くて一か月、早くて一週間で変わっていく。
能力を察すれば同情すら感じるが、何もできない自分が段々ともどかしくなっていた。
つまり、見ているだけでは我慢できなくなってきたのだ。
何度も彼女は落ち込み、隠れて涙を流すたびに胸が締め付けられる。
抱きしめて慰めたい、思う存分彼女の髪を撫で、その香りを吸い込みたい。
優しさと、欲望と、愛と、下心。
全てが混ざり合い、二か月も経つと限界を迎えていた。
彼女を観察してわかった事が幾つもあるが、その一つに、彼女は割と男に警戒心が強いという事だ。
男と共にパーティーを組み、何日も共にダンジョンで過ごす事もある。
エルフでか弱い彼女の事だ、不埒な馬鹿がいたに違いない。
だが彼女は汚されていない、それだけは確信が持てるのは、警戒する割に男慣れしてなさそうな態度だからだ。
「流石はエルフ。身持ちが堅いとなると、チャンスは一度きりかもしれんな」
狼が獲物を草むらから狙うように、確実に彼女を手に入れる事で頭が一杯だ。
ウェダーは、自らが恋心を持つ事にも驚いた。
彼女を愛すれば愛する以上に、独占欲と嫉妬心で気が狂いそうになる。
それでも、ギリギリまで迷い耐えたのだ。
ある夜、宿の一階の酒場で彼女は酔っていた。
小さなグラス一杯で酔える姿を、遠くのテーブルから優しく眺めていたウェダーだったが、目の前で客の男たちがヒソヒソと会話していた。
酔ったエルフを連れ込めないかと、下卑た笑いで楽しむ馬鹿どもに、すぐさま手に持っていた水をバシャリとぶっかけた。
「おい、てめぇ!何し……っああああっ!」
ギロリと殺意を込めて睨んでやると、とび色のウェダーの瞳が金色に輝く。
空気さえ重く刃にかえたウェダーの迫力に、男たちはガクガクと震え椅子に座った。
大人しくなった彼らに、低い声でウェダーは宣告した。
「あのエルフは俺のだ。わかったな?」
「はっ、はいっ!」
死人のような顔で、俯く男たち。
これで二度と手出しはしないだろう……だが、他にもこういう奴らが現れるかもしれない。
その時に、俺が側にいなかったら?
そもそも、ダンジョンで俺のいない場所で、彼女が襲われたらどうするんだ。
今更湧き出た妄想は止まらず、ヴェダーの焦りと怒りは止まらなくなる。
そして決めた。
今こそチャンスだと――彼女を……シャーリーを必ず自分のモノにする!――
警戒心を抱かれないように、あえて微笑みを浮かべ近付いていく。
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