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酔ったシャーリーと結ばれたウェダーは、そのまま二人で朝を迎える。
重い瞼と、ズキズキと鈍痛のする下半身、何より薄れた記憶にかすかに残るあられもない自分の痴態。
何より、互いに裸のままに見た太陽の光が温かいはずなのに、シャーリーはショックで血の気が引いていく。
「な、な、何が起こって……これは」
「おはようシャーリー。昨夜は最高だった」
「いやぁああーっ!」
必死で暴れても、背後から抱きしめる逞しい腕が、緩む事はない。
それどころか、困った子だとばかりに力が加えられていく。
「はーなーしーてー」
「どうして?」
「ともかく、顔をみて話がしたいです!」
きちんと抗議しなければと、シャーリーは自由になった体に、そそくさとシーツを巻き付けた。
途端に、全てをさらけ出す彼の下半身が目に入り、急いで目を逸らす。
「隠して、とりあえず下に何か履いて下さい」
「あんなに愛し合ったのに?」
「いいから、お願いします!」
涙ながらに懇願すると、渋々ズボンを履いてくれたので、なんとか冷静になれた。
自分も服が着たくて脱がされた服を探すと、壁際の離れた椅子に畳まれているのが目に入る。
ベッドから降りて、そちらに向かおうとしたら、素早くウェダーに腰をおさえられ阻止された。
「邪魔しないで……てか、密着しすぎ」
「密着も何も、昨夜は一つになって……」
「あーあーあーっ」
恥ずかしすぎて、顔を両手で隠してシャーリーは悶絶した。
お陰でウェダーにより、腰に腕を回され固定されている。
後ろ抱きされ、彼の肩に後頭部を押し付ける感じで、シャーリーは話を進めるしかなかった。
「とりあえず、謝ってください」
「君も喜んでくれたのに」
「……酔った女に判断能力なんかないです。わかっていて事に及んだ事実を認めてよ!」
「ぷっ……くくっ、そうだな。最初に一応謝罪してから、美味しく頂きました。ご馳走様?」
「そうじゃないっ!」
さめざめとへこむシャーリーとは別に、ウェダーは反省どころか、これ以上ない程に浮かれていた。
ヴェダーからすれば幸福のあまり、どうして彼女が落ち込むのかわからない。
その結果、二人の感覚はズレていく。
ともかく、初めてを奪われたと抗議するシャーリーと、責任はとると胸を張るウェダー。
二人の会話は、平行線のままだ。
幸いだったのは、シャーリーは酒には弱いが二日酔いにはならないタイプだった事だけ。
諦めないシャーリーの訴えの結果、服を着て場所を変える事に成功した。
部屋を出てわかるが、間違いなくシャーリーと同じ宿である。
ただし特別室の三階最上階であり、二階の日当たりの悪い安い部屋とは大違いだ。
「なんで同じ宿なの……」
「これも運命だな」
ぬけぬけと言い放つウェダーに、精神的ダメージを受けるシャーリー。
一階で朝食を食べて、気を取り直そうと食堂の席に座る。
なぜか、いつものキツイ娘ではなく、宿の女将が注文を聞きに来た。
「俺が支払うから、好きなのを頼むといいよ」
「慰謝料ですか?」
「いや?妻の分を支払うのは当たり前だと思うんだが……」
「あっ、すいません。パンケーキとミルク蜂蜜ティーと、えっとジャムは木苺でお願いします」
「あいよ。ところであんた、夫婦だったら同じ部屋にするかい?」
「いいえ」
ウェダーに口を挟ませない隙に、即答で会話を打ち切ったシャーリーだった。
今のシェリーの心の支えは、いつもは贅沢だからと我慢していた甘いパンケーキを、朝から食べれる事だけだ。
目の前の初めてを奪った男を睨みつけると、満面の笑みで返されてつい目を逸らす。
気恥ずかしさを怒りで誤魔化して、シャーリーは出来立てのパンケーキを貪った。
「んーおいしい!」
「そうか、そんなに?」
「頼むといいですよ?そちらの支払いなんで遠慮なしにどうぞ」
つい笑ったウェダーは、ふくれっ面だったシャーリーが、美味しさのあまり目を細めているのを見て、微笑ましくてたまらない。
本気で美味しいと夢中になっているエルフの耳がピコピコと動く。
それもまた、本人は無自覚なんだなと、ウェダーは黙っていられなくなった。
「一口くれないか?一人前食べきれる自信がない。残すと調理人に申し訳ないし」
「うわぁ……」
「美味しそうに食べる、シャーリーが悪い」
「そんなあ……」
なぜか罪悪感を植え付けられたシャーリーは、仕方なしに一口をフォークで刺して手渡そうとしたが、頑としてウェダーは受け取らず、口を開けて停止している。
「つまり、突っ込めと……」
キラリと目が光ったシャーリーは、ここぞとばかりにフォークをウェダーの口に突っ込んだ。
すぐさまフォークはそれ以上の侵入を拒むように、軽くウェダーの指二本に挟まれて制止する。
先についたパンケーキは、パクリとウェダーの口に消えた。
「うっ、流石は騎士ですね」
「甘い」
それはパンケーキ?それとも私?
どういう意味かとシャーリーはついウェダーを見つめてしまう。
口元についたジャムを、指でなぞって舐めとる仕草。
色気にあふれるウェダーの仕草に、またしてもシャーリーは赤面する。
なぜ、一日の始まりの朝から妖艶な雰囲気を味わってしまうのか。
また昨夜の出来事がうっすらと浮かびかける中、必死でシャーリーは飲み物を飲んで落ち着こうとした。
完全に相手のペースに乗せられており、ウェダーの方はあえて煽っている。
格の違いにシャーリーは、内心舌を巻いていた。
ウェダーを反省させられる自信がない。
対してウェダーは、あまりにも甘いシャーリーへの愛を弾けさせていた。
自分を汚した男だと憤るわりに、朝食を共にするだけでなく、少し強引に押せばすぐに許す。
甘いのはパンケーキだけでなく、彼女だとほくそ笑んだ。
だからこそ、これ以上他の男と共にいさせるわけにはいかない。
「謝罪する気はないんですね?」
「後悔はしていない」
シャーリーは混乱している。
どうも彼の意志が強そうで、なぜか私を妻にするのだと決めているみたいだ。
どうして?なぜ?
「そもそも、騎士道はどこへ?」
つい口に出たシャーリーに、ウェダーは即答する。
「捨てた」
「捨てないでよーっ!」
机に突っ伏して泣く。
このイケメンのエリートが、どうしてなんで、こんなに変人なの?
見た目詐欺すぎるし、そんな人が私の初めての相手なの?
向かい合わせに座る彼が、手を伸ばしてシャーリーの手を包みこむ。
振りほどきたくても、ついドキリとしてしまい力が抜けた。
「愛してる、結婚しよう」
「だって、昨夜出会ったばかりで……」
「関係ない。エルフはただ一人だけにしか、体を許さないんだろ?だから俺と……」
「まさか、その為に私を手籠めにしたんなら、今のエルフはそこまで貞操観念高くないですよ?」
日々エルフとて長い時を生きて、立派に成長しているのだ。
なぜか得意げなシャーリーの言葉に、ウェダーはいきなり余裕を無くした。
「まて、なら余計に急いで結婚しないと!君みたいな魅力的な女が、他の男に狙われるのは我慢ならない」
「知りませんよ」
握られた手を振りほどき、なんとか平常心を取り戻す。
埒が明かないと観念したシャーリーは、席を立ち去ろうとした。
「どこへ」
「ギルドです」
「いや、もう必要ないだろ?」
きっと深い意味はなかったのだと思う。それはわかっている。
けれど、彼のような才能に恵まれた人にはきっとわからないのだ。
今まで、どれだけ自分がパーティーから不要と言われるたびに、傷ついたのか。
銀の髪をキラキラと輝かせ、男らしい端正な顔は笑みを浮かべたまま。
優秀なステータス、栄誉ある地位に、恵まれた容姿と出自。
比べて、自分はエルフという特異点だけ突出するだけで、人の国でも落ちこぼれ。
悔しさに唇を噛んで、つい八つ当たりしてしまった。
「私にもう関わらないで下さい!」
「何か気に障ったか?もう何も心配いらないという意味だったんだが」
「今どき、一度寝たからって、自分の女扱いしないで下さい!迷惑です!」
唖然とするウェダーを振り返りもせず、シャーリーは宿を飛び出した。
置き去りにされたウェダーは、慌てるでもなくコーヒーを飲み干す。
諦める気はないし、むしろ逃げる獲物相手に燃え上がる。
シャーリーから少し遅れて、ウェダーも宿から町の入り口にある小さな警備隊を訪れた。
最敬礼を受けながら、用件を伝え手紙を託す。
次にギルドを訪れると、例の受付嬢が笑顔で出迎えた。
午前のギルドは騒がしく、誰よりも良いクエストを手に入れるために、掲示板には人があふれている。
この町にこんなに人がいたのかと、手に受注処理を終えた紙を持って、いくつもパーティーが建物から出て行った。
先程からシャーリーを探しているウェダーだが、どうも気配がなさそうだ。
彼女にすりつけた匂いも、沢山の冒険者に交じり、なかなか追う事ができない。
カウンターの一つを占有して、ウェダーはシャーリーの事を尋ねた。
「ああ、あのエルフですか?朝一番に飛び込んできて、即席のパーティーと共にクエストに出かけたらしいです」
「即席?」
「聞けば、あぶれた人たちの集まりって感じでしたね。それぞれ問題がある人たちでしたが、選んだクエストが最低人数が決まってまして……ひっ!」
話の途中で受付嬢は青ざめた。目の前の男が突然豹変したように感じたからだ。
すぐに滲み出た気配を消して、ウェダーはニッコリ造り笑いを浮かべて、細かな情報を手に入れる。
用は済んだとギルドを出ると、迷いなくまっすぐシャーリーを追いかけた。
腰にあるのはロングソード。日よけのマントを身に着け、胸元に軽装の黒の胸当てを装備する。
最低限の装備を急いで整えたが、自分にはこれで十分だとウェダーは愛しい女が向かった方向に足を進めた。
そして、一足早く森に入ったシャーリーは、緊張しつつも周囲を警戒していた。
共に歩く新たな仲間は男三人、そこに女の自分が一人だけ。
彼らと共にする事に決めたのは、たかだか数時間前の出来事だった。
勢いつけてウェダーから逃げ出して、ギルドに朝一番で飛び込んだまでは良かった。
昨日の今日で、きっと新たなパーティーなんて無理なのはわかっていた。
それでも、これでダメなら次の町に移動しようと、最後の覚悟で掲示板を見ていた時に声をかけられたのだ。
「あれ、噂のエルフちゃん?もしかして一人?」
ああ、やっぱりロクな噂じゃないんだろうなぁと、振り返ると冒険者が三人並んでいた。
見た事もない人たちだ……新規で町に来た人なんだろうか?
彼らは目を互いに合わせたのちに、こちらに紙を差し出した。
冒険に出る場合、ギルド正面にある掲示板から多数あるクエストの一つを選び出す。
各条件や内容も色々で、ソロからパーティーまで受注条件も多種多様だ。
けれど報酬がいいものは難易度が高く、労力のわりに報酬の良い物は、人気すぎて早い者勝ちである。
だから朝のギルドは多数の人でごった返すし、シャーリーが即座に目指したのも掲示板だった。
けれどないのだ……ソロの仕事はほぼレベル10以上で、シャーリーは8。
新米と同じ低レベルなあげく、スキル自体も頭打ちの最低ランクで、未来の希望もない。
エルフの森に帰り、再び馬鹿にされて生きていくしかないのか?
冒険者登録カードだけでは、普通の仕事の求人は望めない。
余程の高レベルか、特殊技能があれば別だが……そんなものはなかった。
男たちが差し出した紙を受け取り、文字を追う。
・森に出た魔物退治(種類問わず)計五匹以上から
・五匹以上より、一匹につき追加報酬あり(魔物の種類により料金別途)
注意・高レベルの魔物が出る可能性ありにて、複数人限定クエストに認定する。
警告・パーティー総合計レベルが三十以上にて受注可能(以後の人員追加は認める)
彼らは、そのクエストのチラシを掲示板から剥がして受付で正式に受注したのだ。
シャーリーが手にした紙には、間違いなくギルドの受注印が押されていた。
「良かったら参加しないか?」
思いがけない誘いに、シャーリーは紙から顔をあげた。
「え?いいんですか?」
「男ばかりでむさくるしかったし、君は戦闘はダメらしいけど、野営の時に作った鍋は絶品だって聞いたぜ」
「俺も、可愛いエルフを食べたいなぁ」
「僕たち三人で戦闘要員は足りてるけど、パーティー追加は自由だしおいでよ」
優しげな様子に違和感を感じたが、背に腹は代えられない。
今朝のウェダーの言葉が浮かぶ。
――もう必要ない――
まるで自分の存在を否定されたように感じたのは、被害妄想だと自覚している。
それでも、何度も解雇された悲しみや、故郷で虐げられた悔しさが一気に爆発したのだ。
いきなり抱かれたショックも加えられ、もう心の内は嵐で滅茶苦茶だった。
でも救いはあったと、シャーリーは誘われるままに、初対面の彼らとパーティーを組んだ。
いつもなら装備を整えてから、ギルド内でパーティーの加入を決める。
そして受付カウンターで皆で受注の手続きを終えてから、冒険に出発する流れなのだが……。
「一度、宿に装備を取りに行きたいんですけど……」
最低限の装備のみでギルドに来たので、このクエストには万全の準備で挑みたい。
そんなシャーリーの願いは、軽く流された。
「いいよいいよ、俺たちが守るから」
「すぐ近くなので、少しだけ待ってくれませんか?」
「時間がないんだ。できるだけ数を狩りたいから、とりあえずこれを貸してあげる」
渡されたのは、子供用の小型ナイフだけ。
これで切れるのはバター程度の大きさのみで、切れ味も鈍そうだ。
「嫌なら、ここで君だけ解散でもいいよ?」
それはすなわち、パーティー解雇という事だろう。
最後のチャンスかも知れない。
既に自分の無能さは知れ渡っているのに、わざわざ声をかけて勧誘してくれたのだ。
しかも、戦闘員ではなく、補助として必要なのだという。
前向きにシャーリーは考え、素直に彼らに従った。
シャーリーに向けた笑顔とは別に、彼らの隠した下卑た気持ちなど気づくはずもなかった。
重い瞼と、ズキズキと鈍痛のする下半身、何より薄れた記憶にかすかに残るあられもない自分の痴態。
何より、互いに裸のままに見た太陽の光が温かいはずなのに、シャーリーはショックで血の気が引いていく。
「な、な、何が起こって……これは」
「おはようシャーリー。昨夜は最高だった」
「いやぁああーっ!」
必死で暴れても、背後から抱きしめる逞しい腕が、緩む事はない。
それどころか、困った子だとばかりに力が加えられていく。
「はーなーしーてー」
「どうして?」
「ともかく、顔をみて話がしたいです!」
きちんと抗議しなければと、シャーリーは自由になった体に、そそくさとシーツを巻き付けた。
途端に、全てをさらけ出す彼の下半身が目に入り、急いで目を逸らす。
「隠して、とりあえず下に何か履いて下さい」
「あんなに愛し合ったのに?」
「いいから、お願いします!」
涙ながらに懇願すると、渋々ズボンを履いてくれたので、なんとか冷静になれた。
自分も服が着たくて脱がされた服を探すと、壁際の離れた椅子に畳まれているのが目に入る。
ベッドから降りて、そちらに向かおうとしたら、素早くウェダーに腰をおさえられ阻止された。
「邪魔しないで……てか、密着しすぎ」
「密着も何も、昨夜は一つになって……」
「あーあーあーっ」
恥ずかしすぎて、顔を両手で隠してシャーリーは悶絶した。
お陰でウェダーにより、腰に腕を回され固定されている。
後ろ抱きされ、彼の肩に後頭部を押し付ける感じで、シャーリーは話を進めるしかなかった。
「とりあえず、謝ってください」
「君も喜んでくれたのに」
「……酔った女に判断能力なんかないです。わかっていて事に及んだ事実を認めてよ!」
「ぷっ……くくっ、そうだな。最初に一応謝罪してから、美味しく頂きました。ご馳走様?」
「そうじゃないっ!」
さめざめとへこむシャーリーとは別に、ウェダーは反省どころか、これ以上ない程に浮かれていた。
ヴェダーからすれば幸福のあまり、どうして彼女が落ち込むのかわからない。
その結果、二人の感覚はズレていく。
ともかく、初めてを奪われたと抗議するシャーリーと、責任はとると胸を張るウェダー。
二人の会話は、平行線のままだ。
幸いだったのは、シャーリーは酒には弱いが二日酔いにはならないタイプだった事だけ。
諦めないシャーリーの訴えの結果、服を着て場所を変える事に成功した。
部屋を出てわかるが、間違いなくシャーリーと同じ宿である。
ただし特別室の三階最上階であり、二階の日当たりの悪い安い部屋とは大違いだ。
「なんで同じ宿なの……」
「これも運命だな」
ぬけぬけと言い放つウェダーに、精神的ダメージを受けるシャーリー。
一階で朝食を食べて、気を取り直そうと食堂の席に座る。
なぜか、いつものキツイ娘ではなく、宿の女将が注文を聞きに来た。
「俺が支払うから、好きなのを頼むといいよ」
「慰謝料ですか?」
「いや?妻の分を支払うのは当たり前だと思うんだが……」
「あっ、すいません。パンケーキとミルク蜂蜜ティーと、えっとジャムは木苺でお願いします」
「あいよ。ところであんた、夫婦だったら同じ部屋にするかい?」
「いいえ」
ウェダーに口を挟ませない隙に、即答で会話を打ち切ったシャーリーだった。
今のシェリーの心の支えは、いつもは贅沢だからと我慢していた甘いパンケーキを、朝から食べれる事だけだ。
目の前の初めてを奪った男を睨みつけると、満面の笑みで返されてつい目を逸らす。
気恥ずかしさを怒りで誤魔化して、シャーリーは出来立てのパンケーキを貪った。
「んーおいしい!」
「そうか、そんなに?」
「頼むといいですよ?そちらの支払いなんで遠慮なしにどうぞ」
つい笑ったウェダーは、ふくれっ面だったシャーリーが、美味しさのあまり目を細めているのを見て、微笑ましくてたまらない。
本気で美味しいと夢中になっているエルフの耳がピコピコと動く。
それもまた、本人は無自覚なんだなと、ウェダーは黙っていられなくなった。
「一口くれないか?一人前食べきれる自信がない。残すと調理人に申し訳ないし」
「うわぁ……」
「美味しそうに食べる、シャーリーが悪い」
「そんなあ……」
なぜか罪悪感を植え付けられたシャーリーは、仕方なしに一口をフォークで刺して手渡そうとしたが、頑としてウェダーは受け取らず、口を開けて停止している。
「つまり、突っ込めと……」
キラリと目が光ったシャーリーは、ここぞとばかりにフォークをウェダーの口に突っ込んだ。
すぐさまフォークはそれ以上の侵入を拒むように、軽くウェダーの指二本に挟まれて制止する。
先についたパンケーキは、パクリとウェダーの口に消えた。
「うっ、流石は騎士ですね」
「甘い」
それはパンケーキ?それとも私?
どういう意味かとシャーリーはついウェダーを見つめてしまう。
口元についたジャムを、指でなぞって舐めとる仕草。
色気にあふれるウェダーの仕草に、またしてもシャーリーは赤面する。
なぜ、一日の始まりの朝から妖艶な雰囲気を味わってしまうのか。
また昨夜の出来事がうっすらと浮かびかける中、必死でシャーリーは飲み物を飲んで落ち着こうとした。
完全に相手のペースに乗せられており、ウェダーの方はあえて煽っている。
格の違いにシャーリーは、内心舌を巻いていた。
ウェダーを反省させられる自信がない。
対してウェダーは、あまりにも甘いシャーリーへの愛を弾けさせていた。
自分を汚した男だと憤るわりに、朝食を共にするだけでなく、少し強引に押せばすぐに許す。
甘いのはパンケーキだけでなく、彼女だとほくそ笑んだ。
だからこそ、これ以上他の男と共にいさせるわけにはいかない。
「謝罪する気はないんですね?」
「後悔はしていない」
シャーリーは混乱している。
どうも彼の意志が強そうで、なぜか私を妻にするのだと決めているみたいだ。
どうして?なぜ?
「そもそも、騎士道はどこへ?」
つい口に出たシャーリーに、ウェダーは即答する。
「捨てた」
「捨てないでよーっ!」
机に突っ伏して泣く。
このイケメンのエリートが、どうしてなんで、こんなに変人なの?
見た目詐欺すぎるし、そんな人が私の初めての相手なの?
向かい合わせに座る彼が、手を伸ばしてシャーリーの手を包みこむ。
振りほどきたくても、ついドキリとしてしまい力が抜けた。
「愛してる、結婚しよう」
「だって、昨夜出会ったばかりで……」
「関係ない。エルフはただ一人だけにしか、体を許さないんだろ?だから俺と……」
「まさか、その為に私を手籠めにしたんなら、今のエルフはそこまで貞操観念高くないですよ?」
日々エルフとて長い時を生きて、立派に成長しているのだ。
なぜか得意げなシャーリーの言葉に、ウェダーはいきなり余裕を無くした。
「まて、なら余計に急いで結婚しないと!君みたいな魅力的な女が、他の男に狙われるのは我慢ならない」
「知りませんよ」
握られた手を振りほどき、なんとか平常心を取り戻す。
埒が明かないと観念したシャーリーは、席を立ち去ろうとした。
「どこへ」
「ギルドです」
「いや、もう必要ないだろ?」
きっと深い意味はなかったのだと思う。それはわかっている。
けれど、彼のような才能に恵まれた人にはきっとわからないのだ。
今まで、どれだけ自分がパーティーから不要と言われるたびに、傷ついたのか。
銀の髪をキラキラと輝かせ、男らしい端正な顔は笑みを浮かべたまま。
優秀なステータス、栄誉ある地位に、恵まれた容姿と出自。
比べて、自分はエルフという特異点だけ突出するだけで、人の国でも落ちこぼれ。
悔しさに唇を噛んで、つい八つ当たりしてしまった。
「私にもう関わらないで下さい!」
「何か気に障ったか?もう何も心配いらないという意味だったんだが」
「今どき、一度寝たからって、自分の女扱いしないで下さい!迷惑です!」
唖然とするウェダーを振り返りもせず、シャーリーは宿を飛び出した。
置き去りにされたウェダーは、慌てるでもなくコーヒーを飲み干す。
諦める気はないし、むしろ逃げる獲物相手に燃え上がる。
シャーリーから少し遅れて、ウェダーも宿から町の入り口にある小さな警備隊を訪れた。
最敬礼を受けながら、用件を伝え手紙を託す。
次にギルドを訪れると、例の受付嬢が笑顔で出迎えた。
午前のギルドは騒がしく、誰よりも良いクエストを手に入れるために、掲示板には人があふれている。
この町にこんなに人がいたのかと、手に受注処理を終えた紙を持って、いくつもパーティーが建物から出て行った。
先程からシャーリーを探しているウェダーだが、どうも気配がなさそうだ。
彼女にすりつけた匂いも、沢山の冒険者に交じり、なかなか追う事ができない。
カウンターの一つを占有して、ウェダーはシャーリーの事を尋ねた。
「ああ、あのエルフですか?朝一番に飛び込んできて、即席のパーティーと共にクエストに出かけたらしいです」
「即席?」
「聞けば、あぶれた人たちの集まりって感じでしたね。それぞれ問題がある人たちでしたが、選んだクエストが最低人数が決まってまして……ひっ!」
話の途中で受付嬢は青ざめた。目の前の男が突然豹変したように感じたからだ。
すぐに滲み出た気配を消して、ウェダーはニッコリ造り笑いを浮かべて、細かな情報を手に入れる。
用は済んだとギルドを出ると、迷いなくまっすぐシャーリーを追いかけた。
腰にあるのはロングソード。日よけのマントを身に着け、胸元に軽装の黒の胸当てを装備する。
最低限の装備を急いで整えたが、自分にはこれで十分だとウェダーは愛しい女が向かった方向に足を進めた。
そして、一足早く森に入ったシャーリーは、緊張しつつも周囲を警戒していた。
共に歩く新たな仲間は男三人、そこに女の自分が一人だけ。
彼らと共にする事に決めたのは、たかだか数時間前の出来事だった。
勢いつけてウェダーから逃げ出して、ギルドに朝一番で飛び込んだまでは良かった。
昨日の今日で、きっと新たなパーティーなんて無理なのはわかっていた。
それでも、これでダメなら次の町に移動しようと、最後の覚悟で掲示板を見ていた時に声をかけられたのだ。
「あれ、噂のエルフちゃん?もしかして一人?」
ああ、やっぱりロクな噂じゃないんだろうなぁと、振り返ると冒険者が三人並んでいた。
見た事もない人たちだ……新規で町に来た人なんだろうか?
彼らは目を互いに合わせたのちに、こちらに紙を差し出した。
冒険に出る場合、ギルド正面にある掲示板から多数あるクエストの一つを選び出す。
各条件や内容も色々で、ソロからパーティーまで受注条件も多種多様だ。
けれど報酬がいいものは難易度が高く、労力のわりに報酬の良い物は、人気すぎて早い者勝ちである。
だから朝のギルドは多数の人でごった返すし、シャーリーが即座に目指したのも掲示板だった。
けれどないのだ……ソロの仕事はほぼレベル10以上で、シャーリーは8。
新米と同じ低レベルなあげく、スキル自体も頭打ちの最低ランクで、未来の希望もない。
エルフの森に帰り、再び馬鹿にされて生きていくしかないのか?
冒険者登録カードだけでは、普通の仕事の求人は望めない。
余程の高レベルか、特殊技能があれば別だが……そんなものはなかった。
男たちが差し出した紙を受け取り、文字を追う。
・森に出た魔物退治(種類問わず)計五匹以上から
・五匹以上より、一匹につき追加報酬あり(魔物の種類により料金別途)
注意・高レベルの魔物が出る可能性ありにて、複数人限定クエストに認定する。
警告・パーティー総合計レベルが三十以上にて受注可能(以後の人員追加は認める)
彼らは、そのクエストのチラシを掲示板から剥がして受付で正式に受注したのだ。
シャーリーが手にした紙には、間違いなくギルドの受注印が押されていた。
「良かったら参加しないか?」
思いがけない誘いに、シャーリーは紙から顔をあげた。
「え?いいんですか?」
「男ばかりでむさくるしかったし、君は戦闘はダメらしいけど、野営の時に作った鍋は絶品だって聞いたぜ」
「俺も、可愛いエルフを食べたいなぁ」
「僕たち三人で戦闘要員は足りてるけど、パーティー追加は自由だしおいでよ」
優しげな様子に違和感を感じたが、背に腹は代えられない。
今朝のウェダーの言葉が浮かぶ。
――もう必要ない――
まるで自分の存在を否定されたように感じたのは、被害妄想だと自覚している。
それでも、何度も解雇された悲しみや、故郷で虐げられた悔しさが一気に爆発したのだ。
いきなり抱かれたショックも加えられ、もう心の内は嵐で滅茶苦茶だった。
でも救いはあったと、シャーリーは誘われるままに、初対面の彼らとパーティーを組んだ。
いつもなら装備を整えてから、ギルド内でパーティーの加入を決める。
そして受付カウンターで皆で受注の手続きを終えてから、冒険に出発する流れなのだが……。
「一度、宿に装備を取りに行きたいんですけど……」
最低限の装備のみでギルドに来たので、このクエストには万全の準備で挑みたい。
そんなシャーリーの願いは、軽く流された。
「いいよいいよ、俺たちが守るから」
「すぐ近くなので、少しだけ待ってくれませんか?」
「時間がないんだ。できるだけ数を狩りたいから、とりあえずこれを貸してあげる」
渡されたのは、子供用の小型ナイフだけ。
これで切れるのはバター程度の大きさのみで、切れ味も鈍そうだ。
「嫌なら、ここで君だけ解散でもいいよ?」
それはすなわち、パーティー解雇という事だろう。
最後のチャンスかも知れない。
既に自分の無能さは知れ渡っているのに、わざわざ声をかけて勧誘してくれたのだ。
しかも、戦闘員ではなく、補助として必要なのだという。
前向きにシャーリーは考え、素直に彼らに従った。
シャーリーに向けた笑顔とは別に、彼らの隠した下卑た気持ちなど気づくはずもなかった。
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契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
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