こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌

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 屋敷に戻ると、玄関でマーロが待っていた。



「おやつに、シャーリーの好きなクレープに、クリームたっぷりプリンを用意してたのに」

「うわっ、ごめんなさい!」



 ペコペコと頭を下げるシャーリーの横で、改めてウェダーが深く頭を下げる。

 シャーリー相手に茶化した時と違い、真剣な顔に戻りマーロはため息をつく。



「ちゃんと、二人の仲が解決した様子で良かったよ」

「誤解をさせた件について、全てを説明しました」



 チラリとシャーリーを見たマーロは、やれやれと首を振った。



「まあ、君が心配して過保護になる理由もわかるよ。こうやって無謀な行動力があるから、目が離せない」

「改めて、彼女の保護をお願いしたい」

「こちらも甘かったのを痛感したよ。お帰りシャーリー。今度デートに行く時は、黙ってじゃなく教えて欲しいかな?」



 爽やかに笑うマーロに恐縮しながら、ひたすらペコペコと頭を下げるエルフのお腹が、音を立てて鳴った。



「ひゃああっ!」

「ははっ、食事はすぐ用意できるから中に入ろう。君はどうする?」



 マーロは気安くウェダーも誘ったから、シャーリーと一夜を過ごせない以上、時間をムダにする気はない。

 丁寧に断り、名残惜しげに最後に一目、愛しい番を見つめた。

 完全に夕日が落ちて、空の主役は輝く月に代わっている。



 また彼は危険な場所に戻って、あの女性と対峙するのだ。

 目が合うと、いつものように優しく見つめてくれる。

 新聞の画像とは違う、ちゃんと愛しい者を見る目でだ。

 月の下で佇む彼は、まるで幻想の精霊のよう……。



「行ってきます」



 静かな声が届き、受け止めたシャーリーも静かに答えた。



「いってらっしゃい。気を付けて下さいね」

「勿論、ご褒美の為に頑張るよ」



 彼と約束したご褒美、何が欲しいと言うだろう?

 新しい服かな?それとも、美味しい料理?

 楽しみに彼を待とう。

 去り行く彼の姿が、遠く門の向こうに消えるまで、シャーリーはずっとその姿を祈りながら見送った。



 門の外で待っていた愛馬にまたがり、ウェダーは急いで本部に戻る。

 自分と同じく、妻に会えないドフが機嫌悪く待ち構えていた。



「せめて事前に一言言えないのか、お前は。それよりも、例の別荘に関して動きがあったぞ」



 すぐさま緊急会議が開催され、事態は大詰めを迎えていた。

 伯爵家が密かに所有していた、なんの変哲もない近くの森の別荘。

 その周辺の地図が広げられる。

 ウェダーは緊急で集まった者達に、説明を始めた。

 その顔は、先程までの柔和な表情は消え去り、厳しい騎士の顔に戻っている。



「明日の昼に、俺は伯爵家の例の娘とその家族と共に、この別荘に呼ばれる事となった。部隊は二手に分かれ、明日決着をつける」



 作戦はこうだ。

 別荘に向かうウェダーの班は、ウェダーの合図と共に別荘の捜索に入る。

 そして、伯爵一家が邸宅を離れている間に、留守の伯爵家の家宅捜索も強行する。

 そこには、絶対に証拠をあげるという熱意があった。



「別荘の指揮はウェダー、そして伯爵邸の方は俺が受けもつ。失敗は許されん。ここまで怪しい証言や行動は記録できたが、肝心の確固たる証拠を見つけるのが俺たちの仕事だ」



 団長の声が轟く。



「すでに作戦は開始されている。各自、準備に備えよ!」

「はっ!」



 一斉に敬礼をした騎士たちは、即座に走り出した。

 時間がない……相手は伯爵家であり、事件の内容を考えれば、何がなんでも阻止しなくてはいけない。

 自由に魔物を呼び寄せる笛などが、量産され悪用されれば世界が終わると、彼らは理解していた。



 こうして作戦は本番を迎え、何も知らない伯爵家は、新たな家族として迎え入れるウェダーを馬車に乗せて別荘に向かう。



「君のような優秀な婿が来てくれるのは、本当に喜ばしい」



 馬車内にて、みえみえの世辞を言うのはキャサリンの父である当主だ。

 ウェダーの横にキャサリンと妹、向かいには伯爵夫婦と一家が勢ぞろいしていた。

 派手な婚約披露をキャサリンは強請ったが、その前に家族一同でささやかに迎え入れて欲しいという、ウェダーの要望に応えた形だ。

 何かと話しかけてくる伯爵がわずらわしく、適当な返事を返す。



「お父様、ウェダーは激務でお疲れなのですわ。今は休ませてあげましょう」

「そうか、それはすまなかった」

「ふふっ。結婚すればもう、そんなバカげた仕事はおしまい。私達家族と共に、こちらの仕事をして貰わなくては」



 意味ありげに笑うキャサリンに、ウェダーは微笑んだ。



「楽しみだ。もう騎士の仕事にはうんざりだったからね。伯爵家の新たな業務とやらを、任せて貰えたら嬉しい」

「そこまで娘はお話しているのですな……。ですが、別荘でまずは貴方が本気なのかを確認されてから……」

「お父様!私とウェダーの愛を疑うのですか!」



 静かにさせろとウェダーは顔に作り笑いを固めたまま、内心で毒づいていた。

 だが、ふとキャサリンの奥に座る幼い妹と目が合った。

 そういえば、この子は先ほど初対面で軽い挨拶だけしたのみで、会話すらしていない。

 そして気づく。



 この子は笑っていない……むしろ怯えている。なぜだ?



 馬車はまもなく森に入り、やがて少し開けた湖のほとりの別荘に辿り着いた。

 伯爵家の護衛の数が多い事は、既に報告で知っていた。

 他の領地まで、全て調べたのだ。

 ここだけがあきらかに守りが増えて、しかも何やら荷物の流入も多かった。

 別荘などシーズン程度でしか使用しないものだが、ここは首都にほど近く、今も馬車で一時間程度で着く。

 程よい距離と、頻繁な出入りと警備の数。

 伯爵が意味なく利用するとは思えない、見た目だけは平凡な貴族の建物だ。



「田舎趣味が高じましてな。こうやって近場の森林を愛でるのも、気分転換になるのです」



 伯爵がそう告げるが、妹の方はキョロキョロと珍しそうに見回して姉のキャサリンに窘められていた。

 歳の違う姉妹で、二十歳を超えたキャサリンより十歳も年下の妹は、絶賛皇太子の婚約者候補として、伯爵家が力を入れている。



「そういえばレディー、君は皇太子と結婚したいらしいが?」



 キャサリンいわく、もともと妹自身が皇太子に会いたいと積極的らしい。

 幼く見えても、やはり血筋は争えない同じ穴の狢かと視線を合わせると、幼い彼女はビクリとキャサリンの後ろに隠れた。

 どうやら怖がらせたらしいと、ため息をつく。



 中に案内されると、すぐさまご馳走が並べられた大広間に案内される。

 使用人たちも、この日の為に集められたらしく一斉に整列して頭を下げた。

 趣味の悪い成金主義のインテリアを眺めつつ、ウェダーは会話を探っていく。

 食事を終えて話が本題に入った時、やっときたと腕にしがみついて離れないキャサリンを、さりげなく引き離した。



 腹を探るように、本音を隠した偽りの会話が続く。

 ウェダーも細心の注意を払って伯爵の質問に答えていった。

 彼らにしてみれば、不正を正す騎士が味方に入るのは歓迎ではあるが、それが真実であるか否か?

 自らの命綱をさらけ出すのに、慎重になって当然だ。

 恋に狂った愚かな娘と違い、父親は強かで母親は置物のように感情を発しなかった。

 高級ワインを飲みほした伯爵が、機嫌よく饒舌になっていく。



「キャサリンが言うには、君は金銭に困っていると聞いたが?」

「ええ。騎士は名誉職で給与はあまり良くない。実は自分には珍しい魔石を集める趣味がありまして……」



 とってつけたウェダーの言葉に、伯爵は頷いた。

 腰掛けた椅子に踏ん反り返り鼻で笑う。



「確かに君は大変優秀で、社交界でも人気の美貌だ。だが、魔石など集めてどうするのかね?」

「魔法が使えない自分だからこそ、せめて石を集めたいと任務で魔物を倒す度に密かに入手しておりましてね」

「ははっ、それは横領ではないのかね」



 バンバンと伯爵が膝を叩くが、キャサリンは眉を顰めた。



「失礼ですわお父様。魔物から出る石なんか、別にウェダー様の私物にしても良いではないですか。当然の権利ですわ」

「ありがとうキャサリン。だが、そろそろ上の監視もきつくなってね。自力で購入するには、騎士の給与では追い付かないんだ」

「ええ、ええ。だからこそ私と結婚なさるべきです!そうですわねお父様!」

「ああ、そうだなキャサリン。なんなら、最近我が家が入手した魔石を持って行くといい。ここは、実はその貯蔵庫も最近兼ていてね」



 ウェダーも騎士内で犯罪を犯していた。

 その事に気を許した伯爵が、胸元から小さな白い陶器の笛を出す。



「これが何かわかるかね?」



 きた……ウェダーは、はやる気持ちをおくびにも出さずしらばっくれる。

 ここに魔石がある事と、奴の手に握られた見覚えのある笛……これで犯人が確定したも当然だ。

 逸る気持ちをおくびにも出さず、ウェダーは伯爵の持つ笛にとぼけて見せた。



「笛ですか?それがどうかして……」

「これは、君の望む宝の笛だ」

「どういう事か、説明して下さい」



 もったいぶった伯爵の目が光った。

 外では部下たちが、合図を待って待機している。

 ウェダーは、そのタイミングを見計らっていた。

 そして、とうとうその時が訪れる。



 立ち上がった伯爵が、その笛を持って椅子に腰かけたままのウェダーに近づいた。



「これは我が家の最大の宝でね。おいそれと簡単には教えられない」

「水臭いですな伯爵……いや、義父殿。キャサリンを遠ざけていたのは、馬鹿げた騎士の仕事の危険から守るため。ともかく俺は、もう騎士にはうんざりなんですよ」



 ウェダーはおどけた顔をワザと作り、肩をすくませた。



「本当に騎士道にかけて、誓えるかね」

「勿論」



 即答だ。

 騎士にとって、これほど信用に足る誓いはないだろう。

 ただし、伯爵は知らなかった。

 騎士の誓いを立てていないウェダーだけは、例外なのだと。

 そんな事を知らない伯爵は、ウェダーを信じる事にしたようだ。



「お父様、ウェダーは私の夫となる方です。もう宜しいのでは?」

「くくっ、この笛は君の求めている魔石を呼び出す効果がある」

「それは凄い!まさか貴方がお持ちだとは!」



 あえて驚いて見せると、伯爵とキャサリンは得意げに笑う。

 罠にかかった事すら気づかず、伯爵の自慢は続く。



「ある方法で、この笛を作り出す事に成功した。ただの笛ではなく、魔石が採取しやすい特定の魔物のみを、わずかな魔力で呼び寄せる笛なのだ」

「特定の魔物を指定できるのですか?だったら、強い魔物を使役する事も可能なのでは?」

「ははっ!流石は騎士だ。まずそれが気になるかね?なかなか思い通りにいかんが、やっとこの笛はワイパーンを呼び寄せる事が可能になってな」



 ウェダーは内心舌打ちをする。

 まさか、ここまで開発が進んでいるとは……これ以上の放置は危険と判断した。

 今ここで、彼らを捕縛して笛を確保する。



 座ったままのウェダーの背後から、立ち上がったキャサリンが、クスクスと笑いながら首元に抱きついた。



「この笛だけでなく、他の笛は騎士団に奪われてしまったの。あなたは気づいてなかったの?」

「君に話したように、俺は仕方なしに対応しただけだ。この笛を知った時に羨ましかった。だけど、まさか君の家にあるなんて」



 キャサリンに告げた甘い嘘……騎士が嫌で辞める為に休暇をとった先で、ドジなエルフに絡まれた。

 その流れで事件に巻き込まれ、不思議な笛まで手に入れてしまう。

 笛を使用するには魔力が必要で、自分では使う事ができなかった。

 だが、もし使用する事が出来たなら、きっと自分は道を踏み外していただろう……と。



 ずっと見張られていたのは知っていた。

 シャーリーと共にいるのすら、見せつけるようにイチャついたのもワザとだ。

 この女の執着から逃れるためだったが、事態は思わぬ方向に進んだのだ。



 しつこい女と、騎士の義務感。

 どれだけ努力しても、結局は獣の血に結び付けられる武勲。

 全てが嫌になり、投げ出したのが真実だ。

 

 最初に見つかった笛の捜査など、とうの昔に放棄していたのに……。

 再び笛との巡りあわせに、解決するしかないのかと落胆すらした。

 本部に二つ目の笛の存在を知らせた途端に、全ての歯車が回り出す。



 伝書鷲から送られる連絡で、キャサリンの伯爵家が怪しい事までは絞り込めていた。

 ずっと付きまとう見張り、それは娘の意思か、捜査を恐れた父親の仕業か。



 ――だが今はどうでもいい……今こそ答えが示された!



「ぜひその笛を、じっくり見せて貰いたい」



 だが、手を差し出したウェダーを警戒するように、伯爵は入り口の扉の方向に移動した。



「すまないが、それは君が確実に、我が家の一員となってからだ」

「もうっ、お父様ったら。そんなのまもなくですのに。そうだわウェダー、ここで式について決めてしまいましょう」



 浮かれたキャサリンと違い、父親の警戒心はまだあるようで、仕方ないとウェダーはゆっくりと立ち上がる。

 向かいに座っていた妹が黙って静観していた母親にしがみついた。

 勘の良い子らしい……だが、賽は投げられた。



「少し緊張してしまいました。窓を開けて冷たい空気を吸いたい」



 返事もまたずに、部屋の窓を開けると、涼やかな風が室内に吹き込んだ。

 胸元から細いタバコのような騎士隊特製の笛をくわえ、キャサリン達に背中を向けた。

 大きな音で鳴り響く金属的な笛の音が、森の中に響く。



 ビリリと広がる音と共に、すぐさま大量の人の怒号や剣の音で騒ぎとなった。

 静かな森に響く喧噪が、小さな別荘を主役にする。

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