19 / 36
19
しおりを挟む
「裏切ったのか!」
怒鳴りつける伯爵に、ウェダーが近づく。
外の騒がしさとは別に、この場だけは静かな緊張に包まれていた。
「その笛を渡して貰おうか?」
ウェダーは武器を携帯していない。
だが素手で十分だと、じりじりと伯爵に近づいていく。
手を伸ばせばあと少し、そこで突然ウェダーに飛びついた者がいた。
キャサリンだった。
「目を覚ましてウェダー!」
その叫びをきっかけに、硬直していた伯爵が我に返り一人部屋を飛び出した。
妻子を置いて自分だけ逃げた伯爵を追うべく、強引にキャサリンを振りほどく。
背後で叫ぶ声など気にも留めず、ウェダーはすぐに追いつくと背中を追った。
だが伯爵は、騒ぎの玄関ではなく別の方向に走った。
幾つもの扉を開けて、食糧庫のような粗末な部屋を抜け、奥に進む。
捕獲するのは容易だが、あえてそこに向かう何かがあるのかと、ウェダーはわざと泳がせた。
だが、どうやらただの避難路だったらしい。
裏口から出た伯爵は、周囲にいた数人の騎士を見て足を止めた。
ここまでかと思われた伯爵が、狂気に満ちた笑い声をあげた。
「愚か者どもが!餌になれ!」
持っていた笛を高らかに吹くと、人には聞こえぬ音が確かにウェダーに聞こえた。
森が大きく揺さぶられ、空に黒い雲が一面に広がる。
それはたった一瞬の出来事のはずなのに、バサバサと凶悪な顔をしたワイバーンが十数匹召喚されていた。
その影は雄牛程の巨体に尖った口ばし、大きな羽をばたつかせ空を覆う。
「なぜ、お前が笛を使えるんだ!魔力が必要なはずなのに!」
「ははっ、だからこの笛は特別製だ。魔力などなくとも効果を発揮する。それよりも自分の身を案じた方がいい」
勝ち誇った伯爵の言うように、一斉にワイバーンが急降下して攻撃を開始する。
慌てた騎士たちが剣を構えるが、たかだか数人で対抗できるはずもない。
ウェダーは即座に、再度騎士の笛を吹き危険を知らせた。
すぐに中に突入した騎士たちも集まるだろうが、彼らに対抗できるだろうか?
通常ですらワイバーン一匹相手に、騎士数人は必要なのだ。
あまりにも魔物の数が多い。
この危機的状況にも、伯爵は余裕の顔で逃げずに立っていた。
自分も喰われる恐れがあるのになぜ?
その疑問が顔に出ていたのだろう。
「この笛を持っている者は、攻撃されない」
「なっ……!」
「だから、裏切者のお前と無様な騎士たちが捕食されるのを、優雅に見学させて貰おう。ああ、心配いらん。万が一でも倒したワイバーンから魔石が出たら、私がちゃんと活用してやる」
「ふざけるな!」
怒鳴り返したウェダーは、伯爵の元に駆け寄ろうとしたが、ワイバーンがその間に立ちふさがった。
流石のウェダーも剣なしでは対抗できず、後ずさるしかない。
チラリと横目で周囲を確認すると、すでに仲間達は戦闘となっているが、圧倒的に不利だった。
既に倒れた仲間もおり、ワイバーンがまさに肉を喰らおうとしていた瞬間。
ウェダーは手元の石を力任せに投げると、肉をついばもうとしたワイバーンの目に直撃する。
聞き難い悲鳴が広がり、他のワイバーンも興奮状態になっていった。
急いで伯爵に背を向けて、倒れた仲間の元に駆けて行く。
今は生き残ることが先決だと、倒れた仲間の剣を握り戦闘態勢に入った。
あとは無我夢中で魔物に切りかかっていく。
ウェダーの活躍は凄まじいもので、一人で一匹のワイバーンを確実に仕留めていった。
ワイバーン達も、ウェダーこそ最大の敵と認識し、一斉に襲い掛かった。
血を避け、剣を振るい肉を絶つ。
一匹、また一匹と倒していくが、一撃で仕留められない上に、複数の攻撃を避け、仲間達を守らなくてはいけない。
奮闘するウェダーの元に、他の仲間達が加勢してくる中で、伯爵の姿はいつしか消えた。
仲間達の加勢が増えたが、まだ飛び回る魔物に気を許す事はできない。
「動ける者は伯爵家を拘束しろ!」
そう叫びつつ、既に半分のワイバーンはウェダーの剣のさびとなっていた。
振り向きざまに、死にかけつつ羽ばたきで爪を振り回す一匹に、トドメを刺す。
こうやって、確実に数を減らしていくしかないのだ。
硬い鱗を突き刺す感触や、骨を断つ感覚すら慣れていく。
伯爵だけではない。
仲間である騎士たちも、圧倒的なウェダーの強さに恐れおののいた。
ウェダーとしても、ここまで全力で手加減なしで戦う事は初めてだ。
騎士は人に対峙する任務が主であり、獣の血の本能を嫌うウェダーは無自覚とはいえ、その力を抑えていたのだ。
「必ず、シャーリーの元に帰る」
より凶暴さを増して、襲い掛かってくる魔物から仲間達を救う。
伯爵が馬に乗って逃げるのが見えた。
追いかけたいが目の前のワイバーンが自分を狙っている以上、倒しきらずに追う事はワイバーンを引き連れる事になる。
「逃げる場所はわかってる!みんな、とっとと倒すぞ!そして逃亡した伯爵を追う!」
迫る爪先を剣で弾いて、ウェダーの奮闘は続く。
そして、時間は少しさかのぼり、シャーリーはマーロと共に屋敷で寛いでいた。
マーロに謝罪をして受け入れて貰ったものの、やはり申し訳なさが募るシャーリーは、大人しくマーロの指示を受ける。
「今日で決着がつくらしいから、私達は待つしかないよ」
「はい」
「そんなにかしこまらなくていい。怒ってなどいないから」
「申し訳なくて、ごめんなさい」
「何回目のごめんなさいかな?もうお腹いっぱいだよ」
「ううっ、すいません」
反省しすぎて、小さく縮こまるシャーリーに苦笑しながら、マーロは気分転換にと、彼女が興味を示した魔法学習を進める事にした。
「さあシャーリー。時間は有効に活用しよう。魔法の基礎は学習出来たんだけど、君に必要なのは付与という魔法の知識だ。といっても、私は専門外だから、教えられる限界はあるんだが」
「いいんですか?また、私教えて貰える?」
「それこそ必要な事だからね。まず、君の付与はどうも人の付与とは違う性質みたいだ。そこでシャーリーに出来るか確認したいんだけど、君は屑石に火や水の性質を与える事が出来た」
「はい、弱いですけど」
「だが、何度使っても使える、再生能力を持った魔石に再生してる。これはとても珍しいと思うよ。特徴的なのは、普通なら使えば減る魔石の魔力の減りが、極端に少ないんだ」
「そうなんですか?威力が弱いから、使用量が少ないとか?」
「違うよ。むしろジワジワと勝手に回復までしてるんだ。問題は、再生できたという事と、何を付与できるかという問題だ」
マーロと二人で、場所をいつも学んでいた魔法研究の部屋に移動した。
ここの造りは特別で、万が一の魔法の暴発も防ぐだけでなく、壁に仕込まれた魔力板によって、室内の魔法も純粋に発動させる事が出来るらしい。
マーロは棚から黒紫の石を取り出した。人の目玉程度の丸い石を見て、シャーリーは絶句する。
「魔石……しかも、こんなに大きくて綺麗に加工されているなんて」
きっと、平凡な平民なら十年は贅沢できる価格はつくだろう。
シャーリーが今まで見たのは、過去のパーティー達と共にダンジョンで見つけた、小指の爪程度の魔石程度。
それですら、彼らと共に大喜びしたのだ。
その魔石をシャーリーの手に握らせた。
ズシリという重みと、何より手のひらから伝わる熱と波動に、シャーリーは小さく震える。
「何か感じるかい?」
「これ……凄い。濃縮された魔力が一杯詰まって、リズムも強くて……何これ」
「純粋な魔石を、魔力が込めやすいように丸く加工して、あとは毎晩魔力を込めながら月の光で浄化した、まあ私の努力の結晶だよ」
「ああ、だからマーロさんの熱も感じるんですね。綺麗な金色だわ」
その言葉に、やはりシャーリーは違うのだと、マーロは確信した。
人の魔法使いなら、どれだけ優れ魔力量は感知できても、その色や波動なんてものは感じられない。
だが、はっきりとシャーリーにはわかったようだ。
これはシャーリーだからというより、エルフだからというべきか。
ドフの手紙から推測されていた予感が、どうやら当たっているのかも知れない。
あの魔物の笛は、人ではなくエルフが関わっているとしたら?
エルフの中でも珍しい付与魔法、シャーリーにはその素質があった。
ならば、彼女にも似た物が作れるかもしれない。
それを試してみたいのだ。
「それに魔力を注いで欲しいんだ」
マーロの言葉に、シャーリーは勢いよく首を横に振り拒絶した。
「できません」
「どうして?」
「こんな凄い魔石になんか、気おくれして無理です。私が汚していいものじゃないです」
「汚すという意味ではないんだが、まあそう言うかなってのは想定内。だったら、こっちは?」
ポケットから、今度は不揃いの小粒の魔石を取り出した。
ただし魔力の含有量が多いほど色が濃い魔石だが、その小石はほぼ黒に近い濃さを保っている。
「これはドフがこの前、ギルドの討伐の協力要請で倒したオーガの魔石なんだ。使い道がなくってね。これなら、使用してもいいよね?」
笑いながら、有無を言わせずシャーリーの手に握らせる。
流石に、今度は素直に受け取ったシャーリーだが、小粒ながらも魔力の強さに目を見張った。
「これも凄い上等ですよ。きっと普通の家が建つ程度に高額なんだと思うんです」
「そうかい?私は家もあるし稼ぐ夫もいるから、もう不要なんだ。それを使って実験がしたい」
やっと本題に入ったマーロは、試すようにシャーリーに尋ねた。
「あの笛のように、何かを呼び寄せる想いを込める事はできる?」
抽象的で優しい言い回しだが、マーロの意図に気づいたシャーリーは、改めて手の平の石を見つめた。
出来るだろうか?
きっと、ウェダーさんもマーロさんも、エルフという存在を過剰評価しているに違いない。
魔力は確かにエルフは多いが、それを利用する術は、人の方が優れていると思う。
人は足りないモノは知恵を絞って、加工して工夫して、素晴らしい成果をあげていく。
エルフが認める人の叡智は、そういう努力の結果に作られたすべての物。
「何かを……呼び寄せたい気持ち」
「失敗してもいい。それを使って、魔力を込めてくれないか?」
初めての魔石への付与、シャーリーは意識を集中して、慎重に思いを込めていく。
思い描くのは、以前にウェダーに助けられた時に使用された、あの笛だ。
あれはウェアキャットを呼び寄せていた。
糸のように盛り上げられた弱々しい魔力が、魔石にスルスルと吸われていく。
その吸引力に怯えながらも、発動する魔力を増やしていった。
そういえば、出会った町の猫ちゃんが、ウェアキャットだって言われたんだよね。
ただの猫ちゃんと見分けがつくはずなのに、私ってよっぽど落ち込んでいたんだな。
それか、仲間に認めて貰いたくて無理して必死だったんだ。
グングンと魔石に光が灯っていくのすら気づかず、シャーリーは続ける。
冒険者になって、自分の食い扶持は自分で稼いで……そして、誰かの役に立てるのが私の夢。
足手まといでなく、やっかい者でもなく、努力すれば報われる……そんな冒険者に私はなりたかった。
魔石の性質が変貌して、明らかに何かの付与を与えられたのを感じる。
だけど止め時がわからず、そのままシャーリーは思考の海を漂いながら、作業を継続した。
ウェダーさんは、私がエルフだから好きになったのかな?
番だって言ったけど、人としてもちゃんと好きって言ってくれた言葉を信じてるから……だから。
「ストップ!そこまでだ!」
マーロが肩を叩いて止めてくれたお陰で、我に返ったシャーリーの魔力注入は停止した。
少し息を乱しながら、シャーリーはガクガクと震える手で石を差し出すと、その場に座り込んだ。
「おっと、とりあえずお疲れ様。うん、何か出来てるみたいだね」
「ほ、本当ですか?」
「私は初歩の鑑定魔法しか使えないが、それでも何か呼び出せるのはわかるよ。じゃあ試してみよう」
「えっ?えっ?」
腕を引かれ、うきうきと足取りの軽いマーロに連れられて、改めて中庭に移動した。
ここは最初に矢尻を試した場所であり、広さがあるので丁度良いらしい。
地面に棒で、何かの呪文を唱えつつ円陣を描いたマーロは、円の中心に魔石を置いた。
「何が出るかわからないからね。あの魔法陣は、魔物や危険物を封じ込める作用があるんだよ」
「凄いです。流石は元宮廷魔法使いです」
パチパチと手を叩くシャーリーとは別に、マーロは先ほどの魔石について説明した。
「さっき密かに、私も使えないか試してみたんだが、あの魔石はもう君専用になってるみたいだ」
「うわわっ!すいません!」
「違うよ。むしろそれでいいんだ。君にあげようと思っていた奴だし、それだけ実験は成功に近づいてるって事だしね」
「ううっ、それで私しか使えない魔石で、何が出来るんでしょうか?」
力を込めた本人がそういうので、マーロはつい無知さが可愛らしくて笑うと同時に危機を覚える。
これは……無自覚のエルフを、利用しようとする輩が出たら危険だな。
使い方すらわからないのに、その能力だけがあるのは厄介だ。
だからこそ、ここにいる間にちゃんと教えてやらないといけない。
「あの魔石を、どうすれば発動できると思う?」
あえて当人の勘に頼ってみると、シャーリーはあっさりと答えた。
「なんとなく、願えばいけそうです。近くの場所なら、私のいう事を聞いてくれるかも?」
「なら、試してみて?」
ニッコリと圧をかけられて、シャーリーは否とは言えず、魔法陣に向かい手をかざした。
怒鳴りつける伯爵に、ウェダーが近づく。
外の騒がしさとは別に、この場だけは静かな緊張に包まれていた。
「その笛を渡して貰おうか?」
ウェダーは武器を携帯していない。
だが素手で十分だと、じりじりと伯爵に近づいていく。
手を伸ばせばあと少し、そこで突然ウェダーに飛びついた者がいた。
キャサリンだった。
「目を覚ましてウェダー!」
その叫びをきっかけに、硬直していた伯爵が我に返り一人部屋を飛び出した。
妻子を置いて自分だけ逃げた伯爵を追うべく、強引にキャサリンを振りほどく。
背後で叫ぶ声など気にも留めず、ウェダーはすぐに追いつくと背中を追った。
だが伯爵は、騒ぎの玄関ではなく別の方向に走った。
幾つもの扉を開けて、食糧庫のような粗末な部屋を抜け、奥に進む。
捕獲するのは容易だが、あえてそこに向かう何かがあるのかと、ウェダーはわざと泳がせた。
だが、どうやらただの避難路だったらしい。
裏口から出た伯爵は、周囲にいた数人の騎士を見て足を止めた。
ここまでかと思われた伯爵が、狂気に満ちた笑い声をあげた。
「愚か者どもが!餌になれ!」
持っていた笛を高らかに吹くと、人には聞こえぬ音が確かにウェダーに聞こえた。
森が大きく揺さぶられ、空に黒い雲が一面に広がる。
それはたった一瞬の出来事のはずなのに、バサバサと凶悪な顔をしたワイバーンが十数匹召喚されていた。
その影は雄牛程の巨体に尖った口ばし、大きな羽をばたつかせ空を覆う。
「なぜ、お前が笛を使えるんだ!魔力が必要なはずなのに!」
「ははっ、だからこの笛は特別製だ。魔力などなくとも効果を発揮する。それよりも自分の身を案じた方がいい」
勝ち誇った伯爵の言うように、一斉にワイバーンが急降下して攻撃を開始する。
慌てた騎士たちが剣を構えるが、たかだか数人で対抗できるはずもない。
ウェダーは即座に、再度騎士の笛を吹き危険を知らせた。
すぐに中に突入した騎士たちも集まるだろうが、彼らに対抗できるだろうか?
通常ですらワイバーン一匹相手に、騎士数人は必要なのだ。
あまりにも魔物の数が多い。
この危機的状況にも、伯爵は余裕の顔で逃げずに立っていた。
自分も喰われる恐れがあるのになぜ?
その疑問が顔に出ていたのだろう。
「この笛を持っている者は、攻撃されない」
「なっ……!」
「だから、裏切者のお前と無様な騎士たちが捕食されるのを、優雅に見学させて貰おう。ああ、心配いらん。万が一でも倒したワイバーンから魔石が出たら、私がちゃんと活用してやる」
「ふざけるな!」
怒鳴り返したウェダーは、伯爵の元に駆け寄ろうとしたが、ワイバーンがその間に立ちふさがった。
流石のウェダーも剣なしでは対抗できず、後ずさるしかない。
チラリと横目で周囲を確認すると、すでに仲間達は戦闘となっているが、圧倒的に不利だった。
既に倒れた仲間もおり、ワイバーンがまさに肉を喰らおうとしていた瞬間。
ウェダーは手元の石を力任せに投げると、肉をついばもうとしたワイバーンの目に直撃する。
聞き難い悲鳴が広がり、他のワイバーンも興奮状態になっていった。
急いで伯爵に背を向けて、倒れた仲間の元に駆けて行く。
今は生き残ることが先決だと、倒れた仲間の剣を握り戦闘態勢に入った。
あとは無我夢中で魔物に切りかかっていく。
ウェダーの活躍は凄まじいもので、一人で一匹のワイバーンを確実に仕留めていった。
ワイバーン達も、ウェダーこそ最大の敵と認識し、一斉に襲い掛かった。
血を避け、剣を振るい肉を絶つ。
一匹、また一匹と倒していくが、一撃で仕留められない上に、複数の攻撃を避け、仲間達を守らなくてはいけない。
奮闘するウェダーの元に、他の仲間達が加勢してくる中で、伯爵の姿はいつしか消えた。
仲間達の加勢が増えたが、まだ飛び回る魔物に気を許す事はできない。
「動ける者は伯爵家を拘束しろ!」
そう叫びつつ、既に半分のワイバーンはウェダーの剣のさびとなっていた。
振り向きざまに、死にかけつつ羽ばたきで爪を振り回す一匹に、トドメを刺す。
こうやって、確実に数を減らしていくしかないのだ。
硬い鱗を突き刺す感触や、骨を断つ感覚すら慣れていく。
伯爵だけではない。
仲間である騎士たちも、圧倒的なウェダーの強さに恐れおののいた。
ウェダーとしても、ここまで全力で手加減なしで戦う事は初めてだ。
騎士は人に対峙する任務が主であり、獣の血の本能を嫌うウェダーは無自覚とはいえ、その力を抑えていたのだ。
「必ず、シャーリーの元に帰る」
より凶暴さを増して、襲い掛かってくる魔物から仲間達を救う。
伯爵が馬に乗って逃げるのが見えた。
追いかけたいが目の前のワイバーンが自分を狙っている以上、倒しきらずに追う事はワイバーンを引き連れる事になる。
「逃げる場所はわかってる!みんな、とっとと倒すぞ!そして逃亡した伯爵を追う!」
迫る爪先を剣で弾いて、ウェダーの奮闘は続く。
そして、時間は少しさかのぼり、シャーリーはマーロと共に屋敷で寛いでいた。
マーロに謝罪をして受け入れて貰ったものの、やはり申し訳なさが募るシャーリーは、大人しくマーロの指示を受ける。
「今日で決着がつくらしいから、私達は待つしかないよ」
「はい」
「そんなにかしこまらなくていい。怒ってなどいないから」
「申し訳なくて、ごめんなさい」
「何回目のごめんなさいかな?もうお腹いっぱいだよ」
「ううっ、すいません」
反省しすぎて、小さく縮こまるシャーリーに苦笑しながら、マーロは気分転換にと、彼女が興味を示した魔法学習を進める事にした。
「さあシャーリー。時間は有効に活用しよう。魔法の基礎は学習出来たんだけど、君に必要なのは付与という魔法の知識だ。といっても、私は専門外だから、教えられる限界はあるんだが」
「いいんですか?また、私教えて貰える?」
「それこそ必要な事だからね。まず、君の付与はどうも人の付与とは違う性質みたいだ。そこでシャーリーに出来るか確認したいんだけど、君は屑石に火や水の性質を与える事が出来た」
「はい、弱いですけど」
「だが、何度使っても使える、再生能力を持った魔石に再生してる。これはとても珍しいと思うよ。特徴的なのは、普通なら使えば減る魔石の魔力の減りが、極端に少ないんだ」
「そうなんですか?威力が弱いから、使用量が少ないとか?」
「違うよ。むしろジワジワと勝手に回復までしてるんだ。問題は、再生できたという事と、何を付与できるかという問題だ」
マーロと二人で、場所をいつも学んでいた魔法研究の部屋に移動した。
ここの造りは特別で、万が一の魔法の暴発も防ぐだけでなく、壁に仕込まれた魔力板によって、室内の魔法も純粋に発動させる事が出来るらしい。
マーロは棚から黒紫の石を取り出した。人の目玉程度の丸い石を見て、シャーリーは絶句する。
「魔石……しかも、こんなに大きくて綺麗に加工されているなんて」
きっと、平凡な平民なら十年は贅沢できる価格はつくだろう。
シャーリーが今まで見たのは、過去のパーティー達と共にダンジョンで見つけた、小指の爪程度の魔石程度。
それですら、彼らと共に大喜びしたのだ。
その魔石をシャーリーの手に握らせた。
ズシリという重みと、何より手のひらから伝わる熱と波動に、シャーリーは小さく震える。
「何か感じるかい?」
「これ……凄い。濃縮された魔力が一杯詰まって、リズムも強くて……何これ」
「純粋な魔石を、魔力が込めやすいように丸く加工して、あとは毎晩魔力を込めながら月の光で浄化した、まあ私の努力の結晶だよ」
「ああ、だからマーロさんの熱も感じるんですね。綺麗な金色だわ」
その言葉に、やはりシャーリーは違うのだと、マーロは確信した。
人の魔法使いなら、どれだけ優れ魔力量は感知できても、その色や波動なんてものは感じられない。
だが、はっきりとシャーリーにはわかったようだ。
これはシャーリーだからというより、エルフだからというべきか。
ドフの手紙から推測されていた予感が、どうやら当たっているのかも知れない。
あの魔物の笛は、人ではなくエルフが関わっているとしたら?
エルフの中でも珍しい付与魔法、シャーリーにはその素質があった。
ならば、彼女にも似た物が作れるかもしれない。
それを試してみたいのだ。
「それに魔力を注いで欲しいんだ」
マーロの言葉に、シャーリーは勢いよく首を横に振り拒絶した。
「できません」
「どうして?」
「こんな凄い魔石になんか、気おくれして無理です。私が汚していいものじゃないです」
「汚すという意味ではないんだが、まあそう言うかなってのは想定内。だったら、こっちは?」
ポケットから、今度は不揃いの小粒の魔石を取り出した。
ただし魔力の含有量が多いほど色が濃い魔石だが、その小石はほぼ黒に近い濃さを保っている。
「これはドフがこの前、ギルドの討伐の協力要請で倒したオーガの魔石なんだ。使い道がなくってね。これなら、使用してもいいよね?」
笑いながら、有無を言わせずシャーリーの手に握らせる。
流石に、今度は素直に受け取ったシャーリーだが、小粒ながらも魔力の強さに目を見張った。
「これも凄い上等ですよ。きっと普通の家が建つ程度に高額なんだと思うんです」
「そうかい?私は家もあるし稼ぐ夫もいるから、もう不要なんだ。それを使って実験がしたい」
やっと本題に入ったマーロは、試すようにシャーリーに尋ねた。
「あの笛のように、何かを呼び寄せる想いを込める事はできる?」
抽象的で優しい言い回しだが、マーロの意図に気づいたシャーリーは、改めて手の平の石を見つめた。
出来るだろうか?
きっと、ウェダーさんもマーロさんも、エルフという存在を過剰評価しているに違いない。
魔力は確かにエルフは多いが、それを利用する術は、人の方が優れていると思う。
人は足りないモノは知恵を絞って、加工して工夫して、素晴らしい成果をあげていく。
エルフが認める人の叡智は、そういう努力の結果に作られたすべての物。
「何かを……呼び寄せたい気持ち」
「失敗してもいい。それを使って、魔力を込めてくれないか?」
初めての魔石への付与、シャーリーは意識を集中して、慎重に思いを込めていく。
思い描くのは、以前にウェダーに助けられた時に使用された、あの笛だ。
あれはウェアキャットを呼び寄せていた。
糸のように盛り上げられた弱々しい魔力が、魔石にスルスルと吸われていく。
その吸引力に怯えながらも、発動する魔力を増やしていった。
そういえば、出会った町の猫ちゃんが、ウェアキャットだって言われたんだよね。
ただの猫ちゃんと見分けがつくはずなのに、私ってよっぽど落ち込んでいたんだな。
それか、仲間に認めて貰いたくて無理して必死だったんだ。
グングンと魔石に光が灯っていくのすら気づかず、シャーリーは続ける。
冒険者になって、自分の食い扶持は自分で稼いで……そして、誰かの役に立てるのが私の夢。
足手まといでなく、やっかい者でもなく、努力すれば報われる……そんな冒険者に私はなりたかった。
魔石の性質が変貌して、明らかに何かの付与を与えられたのを感じる。
だけど止め時がわからず、そのままシャーリーは思考の海を漂いながら、作業を継続した。
ウェダーさんは、私がエルフだから好きになったのかな?
番だって言ったけど、人としてもちゃんと好きって言ってくれた言葉を信じてるから……だから。
「ストップ!そこまでだ!」
マーロが肩を叩いて止めてくれたお陰で、我に返ったシャーリーの魔力注入は停止した。
少し息を乱しながら、シャーリーはガクガクと震える手で石を差し出すと、その場に座り込んだ。
「おっと、とりあえずお疲れ様。うん、何か出来てるみたいだね」
「ほ、本当ですか?」
「私は初歩の鑑定魔法しか使えないが、それでも何か呼び出せるのはわかるよ。じゃあ試してみよう」
「えっ?えっ?」
腕を引かれ、うきうきと足取りの軽いマーロに連れられて、改めて中庭に移動した。
ここは最初に矢尻を試した場所であり、広さがあるので丁度良いらしい。
地面に棒で、何かの呪文を唱えつつ円陣を描いたマーロは、円の中心に魔石を置いた。
「何が出るかわからないからね。あの魔法陣は、魔物や危険物を封じ込める作用があるんだよ」
「凄いです。流石は元宮廷魔法使いです」
パチパチと手を叩くシャーリーとは別に、マーロは先ほどの魔石について説明した。
「さっき密かに、私も使えないか試してみたんだが、あの魔石はもう君専用になってるみたいだ」
「うわわっ!すいません!」
「違うよ。むしろそれでいいんだ。君にあげようと思っていた奴だし、それだけ実験は成功に近づいてるって事だしね」
「ううっ、それで私しか使えない魔石で、何が出来るんでしょうか?」
力を込めた本人がそういうので、マーロはつい無知さが可愛らしくて笑うと同時に危機を覚える。
これは……無自覚のエルフを、利用しようとする輩が出たら危険だな。
使い方すらわからないのに、その能力だけがあるのは厄介だ。
だからこそ、ここにいる間にちゃんと教えてやらないといけない。
「あの魔石を、どうすれば発動できると思う?」
あえて当人の勘に頼ってみると、シャーリーはあっさりと答えた。
「なんとなく、願えばいけそうです。近くの場所なら、私のいう事を聞いてくれるかも?」
「なら、試してみて?」
ニッコリと圧をかけられて、シャーリーは否とは言えず、魔法陣に向かい手をかざした。
2
あなたにおすすめの小説
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています
砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。
「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。
ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。
可愛げのない令嬢は甘やかされ翻弄される
よしゆき
恋愛
両親に可愛がられず、甘え方を知らず、愛嬌のない令嬢に育ったアルマ。彼女には可愛らしく愛嬌のある自分とは正反対の腹違いの妹がいた。
父に決められた婚約者と出会い、彼に惹かれていくものの、可愛げのない自分は彼に相応しくないとアルマは思う。婚約者も、アルマよりも妹のリーゼロッテと結婚したいと望むのではないかと考え、身を引こうとするけれど、そうはならなかった話。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える
真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」
王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。
その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。
彼女には、誰にも言えない秘密があった。
それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。
聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。
人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。
「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。
しかし、ルネは知らなかった。
彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。
「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
嘘から始まった関係が、執着に変わる。
竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる