こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌

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「裏切ったのか!」



 怒鳴りつける伯爵に、ウェダーが近づく。

 外の騒がしさとは別に、この場だけは静かな緊張に包まれていた。



「その笛を渡して貰おうか?」



 ウェダーは武器を携帯していない。

 だが素手で十分だと、じりじりと伯爵に近づいていく。

 手を伸ばせばあと少し、そこで突然ウェダーに飛びついた者がいた。

 キャサリンだった。



「目を覚ましてウェダー!」



 その叫びをきっかけに、硬直していた伯爵が我に返り一人部屋を飛び出した。

 妻子を置いて自分だけ逃げた伯爵を追うべく、強引にキャサリンを振りほどく。

 背後で叫ぶ声など気にも留めず、ウェダーはすぐに追いつくと背中を追った。

 だが伯爵は、騒ぎの玄関ではなく別の方向に走った。



 幾つもの扉を開けて、食糧庫のような粗末な部屋を抜け、奥に進む。

 捕獲するのは容易だが、あえてそこに向かう何かがあるのかと、ウェダーはわざと泳がせた。

 だが、どうやらただの避難路だったらしい。

 裏口から出た伯爵は、周囲にいた数人の騎士を見て足を止めた。

 ここまでかと思われた伯爵が、狂気に満ちた笑い声をあげた。



「愚か者どもが!餌になれ!」



 持っていた笛を高らかに吹くと、人には聞こえぬ音が確かにウェダーに聞こえた。

 森が大きく揺さぶられ、空に黒い雲が一面に広がる。

 それはたった一瞬の出来事のはずなのに、バサバサと凶悪な顔をしたワイバーンが十数匹召喚されていた。

 その影は雄牛程の巨体に尖った口ばし、大きな羽をばたつかせ空を覆う。



「なぜ、お前が笛を使えるんだ!魔力が必要なはずなのに!」

「ははっ、だからこの笛は特別製だ。魔力などなくとも効果を発揮する。それよりも自分の身を案じた方がいい」



 勝ち誇った伯爵の言うように、一斉にワイバーンが急降下して攻撃を開始する。

 慌てた騎士たちが剣を構えるが、たかだか数人で対抗できるはずもない。

 ウェダーは即座に、再度騎士の笛を吹き危険を知らせた。



 すぐに中に突入した騎士たちも集まるだろうが、彼らに対抗できるだろうか?

 通常ですらワイバーン一匹相手に、騎士数人は必要なのだ。

 あまりにも魔物の数が多い。



 この危機的状況にも、伯爵は余裕の顔で逃げずに立っていた。

 自分も喰われる恐れがあるのになぜ?

 その疑問が顔に出ていたのだろう。



「この笛を持っている者は、攻撃されない」

「なっ……!」

「だから、裏切者のお前と無様な騎士たちが捕食されるのを、優雅に見学させて貰おう。ああ、心配いらん。万が一でも倒したワイバーンから魔石が出たら、私がちゃんと活用してやる」

「ふざけるな!」



 怒鳴り返したウェダーは、伯爵の元に駆け寄ろうとしたが、ワイバーンがその間に立ちふさがった。

 流石のウェダーも剣なしでは対抗できず、後ずさるしかない。

 チラリと横目で周囲を確認すると、すでに仲間達は戦闘となっているが、圧倒的に不利だった。



 既に倒れた仲間もおり、ワイバーンがまさに肉を喰らおうとしていた瞬間。

 ウェダーは手元の石を力任せに投げると、肉をついばもうとしたワイバーンの目に直撃する。



 聞き難い悲鳴が広がり、他のワイバーンも興奮状態になっていった。

 急いで伯爵に背を向けて、倒れた仲間の元に駆けて行く。

 今は生き残ることが先決だと、倒れた仲間の剣を握り戦闘態勢に入った。



 あとは無我夢中で魔物に切りかかっていく。

 ウェダーの活躍は凄まじいもので、一人で一匹のワイバーンを確実に仕留めていった。

 ワイバーン達も、ウェダーこそ最大の敵と認識し、一斉に襲い掛かった。

 血を避け、剣を振るい肉を絶つ。

 一匹、また一匹と倒していくが、一撃で仕留められない上に、複数の攻撃を避け、仲間達を守らなくてはいけない。



 奮闘するウェダーの元に、他の仲間達が加勢してくる中で、伯爵の姿はいつしか消えた。

 仲間達の加勢が増えたが、まだ飛び回る魔物に気を許す事はできない。



「動ける者は伯爵家を拘束しろ!」



 そう叫びつつ、既に半分のワイバーンはウェダーの剣のさびとなっていた。

 振り向きざまに、死にかけつつ羽ばたきで爪を振り回す一匹に、トドメを刺す。

 こうやって、確実に数を減らしていくしかないのだ。

 硬い鱗を突き刺す感触や、骨を断つ感覚すら慣れていく。



 伯爵だけではない。

 仲間である騎士たちも、圧倒的なウェダーの強さに恐れおののいた。

 ウェダーとしても、ここまで全力で手加減なしで戦う事は初めてだ。

 騎士は人に対峙する任務が主であり、獣の血の本能を嫌うウェダーは無自覚とはいえ、その力を抑えていたのだ。



「必ず、シャーリーの元に帰る」



 より凶暴さを増して、襲い掛かってくる魔物から仲間達を救う。

 伯爵が馬に乗って逃げるのが見えた。

 追いかけたいが目の前のワイバーンが自分を狙っている以上、倒しきらずに追う事はワイバーンを引き連れる事になる。



「逃げる場所はわかってる!みんな、とっとと倒すぞ!そして逃亡した伯爵を追う!」



 迫る爪先を剣で弾いて、ウェダーの奮闘は続く。

 そして、時間は少しさかのぼり、シャーリーはマーロと共に屋敷で寛いでいた。



 マーロに謝罪をして受け入れて貰ったものの、やはり申し訳なさが募るシャーリーは、大人しくマーロの指示を受ける。



「今日で決着がつくらしいから、私達は待つしかないよ」

「はい」

「そんなにかしこまらなくていい。怒ってなどいないから」

「申し訳なくて、ごめんなさい」

「何回目のごめんなさいかな?もうお腹いっぱいだよ」

「ううっ、すいません」



 反省しすぎて、小さく縮こまるシャーリーに苦笑しながら、マーロは気分転換にと、彼女が興味を示した魔法学習を進める事にした。



「さあシャーリー。時間は有効に活用しよう。魔法の基礎は学習出来たんだけど、君に必要なのは付与という魔法の知識だ。といっても、私は専門外だから、教えられる限界はあるんだが」

「いいんですか?また、私教えて貰える?」

「それこそ必要な事だからね。まず、君の付与はどうも人の付与とは違う性質みたいだ。そこでシャーリーに出来るか確認したいんだけど、君は屑石に火や水の性質を与える事が出来た」

「はい、弱いですけど」

「だが、何度使っても使える、再生能力を持った魔石に再生してる。これはとても珍しいと思うよ。特徴的なのは、普通なら使えば減る魔石の魔力の減りが、極端に少ないんだ」

「そうなんですか?威力が弱いから、使用量が少ないとか?」

「違うよ。むしろジワジワと勝手に回復までしてるんだ。問題は、再生できたという事と、何を付与できるかという問題だ」



 マーロと二人で、場所をいつも学んでいた魔法研究の部屋に移動した。

 ここの造りは特別で、万が一の魔法の暴発も防ぐだけでなく、壁に仕込まれた魔力板によって、室内の魔法も純粋に発動させる事が出来るらしい。



 マーロは棚から黒紫の石を取り出した。人の目玉程度の丸い石を見て、シャーリーは絶句する。



「魔石……しかも、こんなに大きくて綺麗に加工されているなんて」



 きっと、平凡な平民なら十年は贅沢できる価格はつくだろう。

 シャーリーが今まで見たのは、過去のパーティー達と共にダンジョンで見つけた、小指の爪程度の魔石程度。

 それですら、彼らと共に大喜びしたのだ。



 その魔石をシャーリーの手に握らせた。

 ズシリという重みと、何より手のひらから伝わる熱と波動に、シャーリーは小さく震える。



「何か感じるかい?」

「これ……凄い。濃縮された魔力が一杯詰まって、リズムも強くて……何これ」

「純粋な魔石を、魔力が込めやすいように丸く加工して、あとは毎晩魔力を込めながら月の光で浄化した、まあ私の努力の結晶だよ」

「ああ、だからマーロさんの熱も感じるんですね。綺麗な金色だわ」



 その言葉に、やはりシャーリーは違うのだと、マーロは確信した。

 人の魔法使いなら、どれだけ優れ魔力量は感知できても、その色や波動なんてものは感じられない。

 だが、はっきりとシャーリーにはわかったようだ。

 これはシャーリーだからというより、エルフだからというべきか。



 ドフの手紙から推測されていた予感が、どうやら当たっているのかも知れない。

 あの魔物の笛は、人ではなくエルフが関わっているとしたら?

 エルフの中でも珍しい付与魔法、シャーリーにはその素質があった。

 ならば、彼女にも似た物が作れるかもしれない。

 それを試してみたいのだ。



「それに魔力を注いで欲しいんだ」



 マーロの言葉に、シャーリーは勢いよく首を横に振り拒絶した。



「できません」

「どうして?」

「こんな凄い魔石になんか、気おくれして無理です。私が汚していいものじゃないです」

「汚すという意味ではないんだが、まあそう言うかなってのは想定内。だったら、こっちは?」



 ポケットから、今度は不揃いの小粒の魔石を取り出した。

 ただし魔力の含有量が多いほど色が濃い魔石だが、その小石はほぼ黒に近い濃さを保っている。



「これはドフがこの前、ギルドの討伐の協力要請で倒したオーガの魔石なんだ。使い道がなくってね。これなら、使用してもいいよね?」



 笑いながら、有無を言わせずシャーリーの手に握らせる。

 流石に、今度は素直に受け取ったシャーリーだが、小粒ながらも魔力の強さに目を見張った。



「これも凄い上等ですよ。きっと普通の家が建つ程度に高額なんだと思うんです」

「そうかい?私は家もあるし稼ぐ夫もいるから、もう不要なんだ。それを使って実験がしたい」



 やっと本題に入ったマーロは、試すようにシャーリーに尋ねた。



「あの笛のように、何かを呼び寄せる想いを込める事はできる?」



 抽象的で優しい言い回しだが、マーロの意図に気づいたシャーリーは、改めて手の平の石を見つめた。



 出来るだろうか?

 きっと、ウェダーさんもマーロさんも、エルフという存在を過剰評価しているに違いない。

 魔力は確かにエルフは多いが、それを利用する術は、人の方が優れていると思う。

 人は足りないモノは知恵を絞って、加工して工夫して、素晴らしい成果をあげていく。

 エルフが認める人の叡智は、そういう努力の結果に作られたすべての物。



「何かを……呼び寄せたい気持ち」

「失敗してもいい。それを使って、魔力を込めてくれないか?」



 初めての魔石への付与、シャーリーは意識を集中して、慎重に思いを込めていく。

 思い描くのは、以前にウェダーに助けられた時に使用された、あの笛だ。

 あれはウェアキャットを呼び寄せていた。



 糸のように盛り上げられた弱々しい魔力が、魔石にスルスルと吸われていく。

 その吸引力に怯えながらも、発動する魔力を増やしていった。



 そういえば、出会った町の猫ちゃんが、ウェアキャットだって言われたんだよね。

 ただの猫ちゃんと見分けがつくはずなのに、私ってよっぽど落ち込んでいたんだな。

 それか、仲間に認めて貰いたくて無理して必死だったんだ。



 グングンと魔石に光が灯っていくのすら気づかず、シャーリーは続ける。



 冒険者になって、自分の食い扶持は自分で稼いで……そして、誰かの役に立てるのが私の夢。

 足手まといでなく、やっかい者でもなく、努力すれば報われる……そんな冒険者に私はなりたかった。



 魔石の性質が変貌して、明らかに何かの付与を与えられたのを感じる。

 だけど止め時がわからず、そのままシャーリーは思考の海を漂いながら、作業を継続した。



 ウェダーさんは、私がエルフだから好きになったのかな?

 番だって言ったけど、人としてもちゃんと好きって言ってくれた言葉を信じてるから……だから。



「ストップ!そこまでだ!」



 マーロが肩を叩いて止めてくれたお陰で、我に返ったシャーリーの魔力注入は停止した。

 少し息を乱しながら、シャーリーはガクガクと震える手で石を差し出すと、その場に座り込んだ。



「おっと、とりあえずお疲れ様。うん、何か出来てるみたいだね」

「ほ、本当ですか?」

「私は初歩の鑑定魔法しか使えないが、それでも何か呼び出せるのはわかるよ。じゃあ試してみよう」

「えっ?えっ?」



 腕を引かれ、うきうきと足取りの軽いマーロに連れられて、改めて中庭に移動した。

 ここは最初に矢尻を試した場所であり、広さがあるので丁度良いらしい。

 地面に棒で、何かの呪文を唱えつつ円陣を描いたマーロは、円の中心に魔石を置いた。



「何が出るかわからないからね。あの魔法陣は、魔物や危険物を封じ込める作用があるんだよ」

「凄いです。流石は元宮廷魔法使いです」



 パチパチと手を叩くシャーリーとは別に、マーロは先ほどの魔石について説明した。



「さっき密かに、私も使えないか試してみたんだが、あの魔石はもう君専用になってるみたいだ」

「うわわっ!すいません!」

「違うよ。むしろそれでいいんだ。君にあげようと思っていた奴だし、それだけ実験は成功に近づいてるって事だしね」

「ううっ、それで私しか使えない魔石で、何が出来るんでしょうか?」



 力を込めた本人がそういうので、マーロはつい無知さが可愛らしくて笑うと同時に危機を覚える。



 これは……無自覚のエルフを、利用しようとする輩が出たら危険だな。

 使い方すらわからないのに、その能力だけがあるのは厄介だ。

 だからこそ、ここにいる間にちゃんと教えてやらないといけない。



「あの魔石を、どうすれば発動できると思う?」



 あえて当人の勘に頼ってみると、シャーリーはあっさりと答えた。



「なんとなく、願えばいけそうです。近くの場所なら、私のいう事を聞いてくれるかも?」

「なら、試してみて?」



 ニッコリと圧をかけられて、シャーリーは否とは言えず、魔法陣に向かい手をかざした。
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