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しおりを挟む必死になって、教えられたとおりに魔力を高めていく。
そうして、自分の成長を感じるのだ。
以前から体内に回る魔力を感じる事は出来た。
けれど、ただ巡るだけで、それを放出する穴がない状態だったのだ。
やっと、穴が開放されたというのを実感したのは、ウェダーに助言された弓矢の一撃からである。
「いけーっ、私の全力!」
シャーリーの叫びと共に、魔法陣が深緑の閃光に包まれる。
眩しい光と、激しい風が数秒間吹き荒れる中、何かが召喚された気配がした。
ギクリと体が強張るシャーリーだが、それに気づいたマーロが叫ぶ。
「大丈夫!魔物や危険なものは、あの魔法陣から出られない」
数秒たつと風や光が消え、土煙だけがうっすらと周囲に漂っていた。
そして魔法陣から、テクテクと歩み寄る生き物が現れた。
「やだ!可愛い」
嬉しそうに、シャーリーが膝をつくと、モフモフとした毛並みのそれはエルフの膝にすり寄った。
「っあ……猫?」
「あっ、はい。猫ちゃんですね。ウェアキャットじゃなくって、本物の猫ちゃんです。可愛い!」
「猫を召喚……した?確かに、魔物でも危険でもないから、魔法陣から出てくるわけだが」
「私、もしかしたら魔力を込める時に、ウェアキャットを猫と間違えた時の事を考えていたから……」
召喚は成功した。
ただし、呼び出したのは猫一匹で、ウェアキャットに似た縞模様を持つ猫である。
あまりの可愛さに、シャーリーは夢中で撫でているが、マーロは絶句していた。
いつまでも唖然としている場合ではないと、我に返ったマーロが魔法陣の魔石を拾いに行く。
手に取った魔石は輝きを失わず、込められた魔力すら減った様子がなかった。
「凄いな……まさか本当に、召喚の付与をエルフができるなど」
そんな事が世間にバレては大変なことになる。
今でこそ穏やかな、人と人外達との関係が破壊されるのは一目瞭然だ。
そんな事を考えていたマーロの元に、慌てた使用人が走って来た。
「奥様!旦那様から緊急の連絡が!」
マーロガ使用人から話を聞き出すと、すぐさまシャーリーの手を引いた。
持っていた魔石を、素早く胸元のポケットに入れる。
「君の助けが必要だ。一緒に行ってくれるか?」
「どうしたんですか?」
「詳しくはわかららないけど、すぐさまシャーリーに来て欲しいそうだ。私も同行する」
「あっ、はい。わかりました」
すぐさま用意された馬車に乗り込み、勢いよく走り出す。
流れるような外の景色を楽しむ暇もなく、シャーリーは切り出した。
「ウェダーさんに、何かあったんですか?」
「いや……君も聞いていると思うが、今頃はウェダーはあの女と一緒に別の場所にいる」
ズキリと胸が痛む。
わかっていたはず……ちゃんと彼も教えてくれた。
なのに、なんと自分の心は狭いのだろう。
「今から向かうのは、伯爵一家が不在の内に家宅捜索に入ったドフの所だ。伯爵たちはウェダーが引っ張り出してくれたから、今のうちに強引にでも捜索して、不正の証拠をみつけるつもりだろう」
「それで、どうして私が?」
「それは、わからない」
馬車に沈黙が流れ、風を切るように目的地に向かう。
ポツリと我慢していた不安を、シャーリーは零す。
「こうやって騎士の妻は、夫の無事を信じて待つのが仕事なんですよね。私には、やっぱり耐えられそうにないです」
「ウェダーは十分強いと思うが?」
「それでもです」
自分の弱さを、さらけ出すのが辛い。
だけど、マーロさんこそドフさんの妻として、ずっとこの恐怖と孤独に耐えているのだ。
「今だって、不安で仕方ないです。あの人は強いって知ってます。偉い人だって知ってます。だから、私みたいな根性なしが、ふさわしくないって……」
「それを聞いたウェダーが、どう思うかな?ともかく全てが解決したら、ゆっくり話をするといいよ」
確かに、今は弱音を吐いている場合ではなかった。
一体、何のために自分が呼ばれたのだろうか?
「ドフさんが私を呼んでいるって事は、何かお役に立てるという事ですよね?」
「ああ。私の夫を助けてやってくれ。それが君の夫の為にもなる」
「私にできる事なら、がんばります」
「ありがとう。今度こそ、私の攻撃魔法で全力で守るよ」
間もなく辿り着いたアンバサー伯爵邸では、物々しい雰囲気に包まれていた。
騎士たちがせわしなく出入りし、大量の証拠品らしき書類や何かを運んでいく。
使用人たちだろうか?落ち込んだ顔で一室に集められ、数人の騎士によって逃げ出さないように見張られていた。
馬車を降りた途端に、待ちかねていた騎士の一人が敬礼をする。
「お待ちしておりました。こちらへ」
シャーリーと共に、伯爵家の中に案内されて行く。
中は華美をきわめた内装に、金が多量に使われたインテリアがチカチカと眩しかった。
過度に見栄を張った骨董品が無秩序に並び、ここが歴史ある貴族ではなく、突然資金が潤沢になった成り上がりである事を物語っていた。
騎士が先に長い廊下を進んで行く。
初めての、ある意味貴族らしい内装にシャーリーは興味津々だったが、今はそれ所ではない。
シャーリーを挟んで後ろに続くマーロは、気を張りつつ気配をずっと探っていた。
何かあればシャーリーを守る。そう約束したからだ。
「こちらです。団長!連れてきました!」
「おう!待ってたぜ!入ってくれ!」
案内されたのは、あきらかに使用人の作業室である。
主人たちの空間とは、あきらかに格下の粗末な扉は、なぜか無駄に厚みのある堅い材木で出来ている。
鉄製の鍵までつけられており、何をする部屋なのかと、シャーリーの緊張は高まった。
鍵などは破壊され、騎士が扉を開けてくれた。
中にはドフと、もう一人。
その姿を見て、シャーリーだけでなく、マーロすら驚愕した。
「どうして、エルフがここにいるの!」
「地下室に閉じ込められていたのを、さっき保護したんだがな」
頭をガリガリと掻くドフの横で、椅子に座り無表情のエルフは顔色も悪く、口元には血すら滲んでいた。
見た目は若い男性の、エルフらしい精霊のような美貌だが、その目は鋭く敵意を隠さない。
ボロボロの服を身にまとい、腕や見える部分全てに痣があるだけでなく、首元や手首には、鎖の跡すらあった。
あまりのムゴさに、シャーリーの長い耳が垂れた。
「なんてひどい……」
「ああ、だけど手当をさせてくれんのだ。せめて上着と、あと足首の鎖だけでも外してやりたいんだが、口もきいて貰えないし、触ろうとすると暴れて舌を噛もうとする」
ひたすら睨みつけていたエルフの男の視線は、何の感情も浮かばず全てを拒絶しているようだ。
「だから、お嬢ちゃんなら会話してくれるんじゃねーかと思ってな。ほら、エルフだけの秘密の言葉とかないのか?」
「ないです」
即答したシャーリーの言葉に、ガクリとドフは項垂れる。
だが、シャーリーはエルフの側に近づいた。
確かに、椅子に座る彼の長い脚を見ると、足首に鎖と重りの鉄球が繋がったままだ。
覗き込むように、シャーリーは話しかけた。
「事情は今来たばかりで知らないです。私はシャーリーです。サウスの森の集落から来ました。彼らはこの国の騎士団の皆さんです」
「……知っている。見ればわかる」
ぶっきらぼうな、ガラスを思わせる硬い声。
やっと話をしてくれたと皆が期待をする中で、シャーリーは心から心配して話しかけた。
「彼らは国を守る騎士です。どうか彼らを信じてくれませんか?」
「はっ!私をこんな目に合わせたのも人間だ。お前はエルフではないのか?このなりそこないが!プライドはどこに行った!」
怒鳴られて、ビクンと大きく体が跳ねた。
痛いところを突かれた。
そうだった……私はなりそこないのエルフで、だから人の世界に逃げてきた。
新しい未来を信じて、そしてウェダーさんに出会った。
「私……エルフです。なりそこないでも、何かの役に立ちたくて、ここにいます」
「関係ない。とっとと、私を森に返せ」
「その為に、彼らの協力が必要です。あなたも尊いエルフなら、わかりますよね?」
あえてエルフらしく煽って見せた。
口ごもる男に、シャーリーは言葉を重ねる。
「利用してやればいいんですよ。人にされた行いならば、人に償わせるべきです。少なくとも、騎士団はあなたを助けたいと言っています。それは恩ではなく、彼らの当然の義務なんです」
「なるほど……確かに」
やっと納得したエルフの言葉を聞くなり、エルフは重い足首を前に差し出した。
ドフが気が変わらぬうちにと、片膝をついて剣を突き刺し鎖を破壊する。
おかげで、男は足枷から解放された。
「じゃあ、そろそろ話を聞かせてくれねぇか?あの笛を作っていたのは、お前さんだな」
片膝をついたまま、ドフが尋ねたが、エルフの男はあからさまに顔を背けて無視をする。
見かねたシャーリーが割って入った。
「あの笛は、無理やり作らされたんですよね?でなければ、エルフがあんな物を作るはずがないです!」
「当たり前だ!突然現れた人間どもに、私の付与魔法を知られて攫われたんだ。せっかく人の少ない森で、ひそかに趣味を楽しんでいたのに!」
「趣味?付与の笛を作ることがですか?」
「だから、笛など作らされたのは、ここに無理やり監禁されて強要されたからだ!」
思い出したのか、怒りを爆発させた男は、長い耳をピンと伸ばして怒りに震えた。
「なんという屈辱!魔石を集めたいという男の懇願に、私は笑って言ってやっただけだ。エルフなら簡単だと」
「どうして、そんな事を……」
「偉大な我らは、太古の昔からそのような道具を作ることに長けていた。魔石は魔物からと採れる。私は新たな付与の魔法の研究をしていたんだ!それを、あの男が横取りしただけでなく、この私を……」
ドフがゆっくりと立ち上がり、腕を組む。
「それが伯爵だったわけだ。ともかく、お前さんは保護させて貰う。それと治療を受けてくれ」
だが、一切会話する気のないエルフにシャーリーは弱々しく懇願した。
「エルフとして私も保障しますから、どうか彼の言う通りにお願いします」
「そう言って、また笛を作らせるつもりだ。ケガの治療をした後にだ」
「いいえ、そんな事はさせません。どうか治療をして私と森に帰りましょう」
シャーリーの言葉に男は一瞬目をむいて、そしてジッとシャーリーを見つめた後に、小さくため息をついた。
「同胞に懇願されれば仕方ない。人を利用してやるが、約束は果たせ。確かシャーリーだったな?私はグレイ村のベネだ」
「はい、ベネさん。ありがとうございます」
「お嬢ちゃんの言った言葉は嘘じゃねぇ。騎士団団長として、騎士の誓いで守ってやる」
ドフが胸を叩いたが、やはり完全に無視をされた。
ベネという男は一人で歩くこともままならず、ドフが肩を貸す形で玄関に向かう。
馬車を用意し、ともかく騎士団本部にて治療と事情を詳しく聞く予定だった。
だが、外に出た途端に事態は急変する。
自らの邸宅に戻ろうとした伯爵が、馬の背に乗ったまま急停止した。
騎士たちの姿、そしてドフが肩を貸すエルフの奪還こそが、彼の目当てだったのだ。
「お前っ、なぜ外にいる!」
怒鳴りつける伯爵から庇うように、ドフは背に震えるエルフを隠し剣を構えた。
そしてシャーリーを守るように、マーロが前に出る。
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「やめろ!あれを吹かせるな!」
怒鳴るエルフのベネの悲鳴と、胸元から出した笛を高らかに吹く伯爵の姿、シャーリーはスローモーションのように、それが見えた。
「ははっ、お前らもウェダーのように喰われるといい!」
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