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伯爵の言葉に身を震わせるシャーリーに、マーロは耳打ちした。
「こちらを動揺させるための虚言だ。信じなくていい」
「は……はいっ」
空が暗黒に染まり、嵐が巻き起こる。
晴天だった世界は、まさに伯爵邸を中心に悪魔の世界に迷い込んだごとく雰囲気を変えた。
騎士たちもざわつく中で、伯爵を捕縛しようとドフが動く。
だが、伯爵は馬首を翻して距離をとった。
それでも、ここを去ろうとしないのは、まだベネを諦めていないからだ。
変化と異変はすぐ現れる。
ここにいた全員が、召喚された魔物が凶悪なワイバーンであると知った途端、羽をばたつかせて大量のワイバーンが飛来して降下してきた。
騎士たちはすぐさま、戦闘に入った。
剣と怒号が広がり、周囲は戦場と化す。
ドフとマーロが、二人のエルフを庇いながら剣と魔法を駆使して倒していく。
ウェダーとはまた違う、人並み外れた強さでもってワイバーンを倒していくが、今回は伯爵が数が減る度に追加の笛を吹く事だ。
「なんて事を……」
「あの笛さえ、なんとかなればいいんですよね?」
でも、ワイバーンが襲い掛かる中、近づく事すら出来ない。
無傷の伯爵が、次々と倒れていく騎士たちをみて邪悪な笑みを浮かべていた。
そして、なぜかシャーリーとベネすら、攻撃されていないのだ。
「私達は心配ない。あの笛を持つ者と、エルフは攻撃されない仕組みになっている」
「ええっ!」
「あと、前で戦う魔法使い……お前が何かしたのか?ワイバーンは、あの女にも攻撃を仕掛けていない。聖なる我らだけでなく、なぜだ?」
どうやら会話を後ろ耳で聞いていたマーロには、思い当たる節があるらしい。
胸元を叩いてシャーリーに告げた。
「さっきシャーリーが作った魔石のせいだ!」
「猫の守護ですかっ!」
確かに攻撃はしかけられないが、他の騎士の攻撃を避けたワイバーンの爪先を炎で粉砕したり、ドフの援助をしたりと、マーロは全力で戦うしかない。
何より、エルフ二人から離れるわけには、いかないのだ。
「ドフ!私をワイバーンは攻撃しないらしい。シャーリー達の保護に全力を注ぐから、そっちは自由に動いていい」
「有難い!できた妻だよお前は……愛してるぜマーロ!」
「とっとと行け、愛してる!」
二人の愛の強さを知って、シャーリーは急にウェダーへの不安が蘇る。
きっと嘘だ、そうマーロさんも言った。
黙って横に並んでいたベネが、シャーリーの肩を抱いた。
「おい、しっかりしろ!今こそ俺たちが逃げ出すチャンスだろ」
「チャンス……?」
「そうだ。人間どもが殺し合っているうちに、俺たちは無傷で逃げられる。今しかない」
シャーリーはベネの顔を見つめ、そして顔を思い切り張り飛ばす。
バチンと打たれた頬に、驚いた顔をしたベネを睨みつけ、シャーリーは怒鳴った。
「エルフの癖に、恥も知らないのね!助けてくれる人間と、貶めた人間の区別すらつかないなんて、馬鹿よ!」
「ば……馬鹿?」
生まれて初めて言われた言葉に、硬直するベネを無視して、シャーリーは前を向く。
弓がなくても、どこかに剣があれば……いや、騎士の使う大剣は無理でも、小型ナイフ。
ああ……弓を持ってくれば良かった。馬鹿なのは私だ。
伯爵が馬をこちらに向けた気配がして、シャーリーはハッとする。
ともかく、ベネを渡すわけにはいかない。
マーロが術を構えて、馬の脚先に炎が立ち上る。
だが、伯爵が怒鳴った。
「私に傷を一つでもつけたら、どうなるか思い知れ!」
またもや笛の音が響き、ワイバーンが十数体召喚された。
空は禍々しい緑の鱗に覆われて、このままでは被害はこの周辺だけで済みそうにない。
「どうして、あの人の魔力はそんなに強いの?」
「あれは最新の作品で、魔力の代わりに人の命を吸う」
「命……って、ひいっ!」
「寿命を削ると伝えたはずだが、どれだけ命を削ったんだ?あの男は」
確かに最初にここに現れた時より、伯爵は年老いた姿に見えた。
それでも、彼は無限に召喚できると思っているのか、まだ笛をくわえ全てを破壊しようとする。
「なんとかしなきゃ!」
「焼き尽くしてやりたいが、あの笛をくわえている限り、攻撃したらまた吹くつもりだ。なんて姑息な男」
ギリリとマーロは、歯ぎしりしながらも伯爵ではなくワイバーンに攻撃を当てていく。
このまま、伯爵が命尽きるまでワイバーンを呼び続けるのか?
既に、首都の空を殲滅せんとばかりに、我が物顔でワイバーンが飛び回る。
まるで地獄のような光景に、シャーリーは絶望した。
「こんな……ひどい」
「だから、人などに扱える物ではないのだ。これはエルフが扱うべき物だ」
ベネも悔しさで顔をゆがめつつ、ただ見守る事しか出来ない。
だが、伯爵の背後から複数の馬の蹄が聞こえてきた。
「ふん。どれだけ人を集めようと、更にワイバーンを呼べばいい」
伯爵はそう笑って振り向いた瞬間、剣の勢いから反れるように馬から落馬した。
その拍子に、握っていた笛が地面に跳ねて飛んでいく。
シャーリーは反射的に飛び出した。
「おい!」
「シャーリー!」
ベネとマーロが止めるのも聞かず、無我夢中で笛を目指す。
我に返った伯爵が、急いで笛に向かおうとした時に、首元に剣を突き付けた男がいた。
「ここまでだ」
荒く息を吐くその姿は、血に染まった銀髪をなびかせたウェダーで間違いない。
どれだけの激しい戦闘を乗り越えて、ワイバーンを仕留めて来たのか、その服は人の血と魔物の血で染まっている。
それでも、ウェダーは薄く笑った。
「笛がなければ、ワイバーンに狙われるんだったよな?共に餌になるか?」
「やめろ!いいのか?あのワイバーンを召喚したのは私だ。そして、元の場所に戻す事が出来るのも……ひいっ」
強く頬に剣を当てられて、スッと熱い痛みと共に頬から血を流す伯爵。
腰が抜けたように、ヘナヘナと座り込んでいる間に、シャーリーは笛を掴んだ。
「ウェダーさん!確保しました!」
「良くやったシャーリー。それを持っていたら攻撃されないそうだ。大人しく持っていてくれ」
「わかりました!吹きますね!」
「おいっ!」
なぜか会話が成立せず、必死なシャーリーはウェダーに笑いかけると、笛をくわえた。
周囲の者達が、チラリとシャーリーを見て、一瞬唖然とする。
だが見守っていたベネだけは違う。
「願え!エルフとして思いを込めろ!」
勿論と、シャーリーは響き渡る笛の音を奏でた。
人には聞こえぬはずの音域が、なぜか高らかに鳴り響いたと、人の感覚にまで浸透する笛の音。
伯爵のとは違う、この殺伐とした戦場の邸宅に、まるで天使が舞い降りたかのような清々しさを皆に植え付け、シャーリーは長く笛を吹く。
攻撃をしかけていたワイバーン達は、一斉に空に羽ばたき、雲のごとく空を覆い旋回した。
「ワイバーンが……なぜ?」
唖然とするマーロに、ドフが駆け寄る。
そして、シャーリーは空を見上げて、小さく呟いた。
「そうよね。あなた達も無理やり呼ばれて、怖かったのよね」
一度だけ目を瞑り、そして開けると、目の前にウェダーが立っていた。
伯爵は、他の騎士に拘束されており、ベネは目が合うと頷いた。
「返してやってくれ、エルフのお前なら出来る。私は今はもう魔力が枯渇して、役に立ちそうにない」
「わかりました。ウェダーさん、見てて下さい。私にしか出来ない事……あなたのお役に立ちますから」
物言わず、ただ慈愛の目でウェダーはシャーリーを見守った。
彼女をただ信じて、何が起こるのか身を任せる。
シャーリーが空を見上げると、数えきれないワイバーンが旋回して渦を作っていた。
まるで、何かを訴えるように。
「あの子達を帰します」
「頼む……シャーリー」
祈りを込めて、シャーリーは優しい気持ちで魔力を紡ぐ、
笛に想いと魔力を乗せて、思い切り吹いた。
風がたなびき、草花が揺れる。
空で一斉に鳴いたワイバーンの嘆きが、首都全てに響き渡ると、彼らの渦の中心に光の穴が広がった。
次々に、ワイバーン達が光に飛び込み消えていく。
最後の一匹が消えた途端に、光は消え、いつもの世界が戻って来たのだった。
「良かった。ちゃんと帰れたみたい」
ヘナヘナと力が抜けたシャーリーは、その場に座り込む。
ウェダーがゆっくりと近づき、そして膝をつき視線の高さを合わせた。
「ケガはないか?シャーリー」
「私はないです。ウェダーさんは?」
「全て返り血で、俺はかすり傷程度だよ」
「良かった」
心から安堵したシャーリーは、ホロリと涙をこぼす。
緊張の糸が切れてしまい、何よりウェダーの無事を知って全ての感情が解放された。
「君を抱きしめたいのに、今は汚れてるから無理なのが悔しいよ」
「私も抱きつきたいのに、腰が抜けてしまって飛びつけません」
静かに、二人の間に沈黙が数秒続いたのちに、合わせて笑いあった。
こうして、事件は終結した。
首都に甚大な被害をもたらした今回の事件は、瞬く間に国中に広がった。
伯爵家が密かに復活させた禍々しい禁呪によって、魔物を召喚し首都を襲った。
そう世間には発表され、笛の存在やエルフの関りは重要機密として隠された。
「というわけでだ。エルフ側からの要望というか、脅迫みたいなもんだが、今回の件は笛の存在をなかった事として、笛自体も作った当人の前で確実に破壊することで、手打ちになった」
げっそりとやつれたドフが、投げやりに告げた。
騎士団本部の一室で、集められたのはドフとその妻、そしてウェダーと愛しい番のシャーリーだ。
そして、誰よりも不機嫌を隠さない、包帯と湿布だらけのベネが椅子に踏ん反り返っていた。
あの事件から数日後、ドフもウェダーも後処理に追われ、シャーリーと顔を合わせたのも久しぶりだ。
この部屋にマーロと共に訪れて入室するなり、待ちかねていたウェダーが抱きついて仕方なかった。
『俺も我慢してるのに』と、ドフもマーロに抱きついたが、顎を殴られていた。
そして、今回の事件の一番の重要人物であるベネは、冷めた目で静観していた。
「笛に関しては陛下とも話し合った結果、エルフ側が条件をのまない場合は、一切の人間との関わりを拒絶すると、各エルフの長老たちに魔法通信で通達された」
あと少しで人の国が絶滅する危機に、エルフが関わっていたのだ。
このような事は前代未聞で、エルフも人も再びの争いは回避したい。
「エルフが関わっていたとはいえ、こちらに負い目があるのは事実。結果、作成者である彼の前で、全て破壊せよという命令だ」
「当然だ!問答無用で、お前たちとの縁を切ってもいいんだぞ」
毒づくベネに、ウェダーは寒気すら感じる低い声で答えた。
「お前ごと消してやっても、良かったんだぞ」
「ひっ……なんだこの無意味に気迫のある男は!エルフを怯えさせるなんて、最低だ」
「最低じゃないです。ウェダーさんは命がけであなたを助けましたし、あなたを苦しめた人たちを逮捕してくれました」
ウェダーとベネの間にシャーリーが割り込み、険悪になりかけた空気がおさまった。
マーロは小さく、ため息をつく。
こうして、テーブルに並べられた笛が三つ。
「どうやって破壊するんだ?」
マーロの問いに、ウェダーは無言で笛を全てテーブルから叩き落した。
驚く全員の前で、ためらいもせずウェダーは足で勢いよく踏みつけて粉砕した。
「こちらを動揺させるための虚言だ。信じなくていい」
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「なんて事を……」
「あの笛さえ、なんとかなればいいんですよね?」
でも、ワイバーンが襲い掛かる中、近づく事すら出来ない。
無傷の伯爵が、次々と倒れていく騎士たちをみて邪悪な笑みを浮かべていた。
そして、なぜかシャーリーとベネすら、攻撃されていないのだ。
「私達は心配ない。あの笛を持つ者と、エルフは攻撃されない仕組みになっている」
「ええっ!」
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どうやら会話を後ろ耳で聞いていたマーロには、思い当たる節があるらしい。
胸元を叩いてシャーリーに告げた。
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「猫の守護ですかっ!」
確かに攻撃はしかけられないが、他の騎士の攻撃を避けたワイバーンの爪先を炎で粉砕したり、ドフの援助をしたりと、マーロは全力で戦うしかない。
何より、エルフ二人から離れるわけには、いかないのだ。
「ドフ!私をワイバーンは攻撃しないらしい。シャーリー達の保護に全力を注ぐから、そっちは自由に動いていい」
「有難い!できた妻だよお前は……愛してるぜマーロ!」
「とっとと行け、愛してる!」
二人の愛の強さを知って、シャーリーは急にウェダーへの不安が蘇る。
きっと嘘だ、そうマーロさんも言った。
黙って横に並んでいたベネが、シャーリーの肩を抱いた。
「おい、しっかりしろ!今こそ俺たちが逃げ出すチャンスだろ」
「チャンス……?」
「そうだ。人間どもが殺し合っているうちに、俺たちは無傷で逃げられる。今しかない」
シャーリーはベネの顔を見つめ、そして顔を思い切り張り飛ばす。
バチンと打たれた頬に、驚いた顔をしたベネを睨みつけ、シャーリーは怒鳴った。
「エルフの癖に、恥も知らないのね!助けてくれる人間と、貶めた人間の区別すらつかないなんて、馬鹿よ!」
「ば……馬鹿?」
生まれて初めて言われた言葉に、硬直するベネを無視して、シャーリーは前を向く。
弓がなくても、どこかに剣があれば……いや、騎士の使う大剣は無理でも、小型ナイフ。
ああ……弓を持ってくれば良かった。馬鹿なのは私だ。
伯爵が馬をこちらに向けた気配がして、シャーリーはハッとする。
ともかく、ベネを渡すわけにはいかない。
マーロが術を構えて、馬の脚先に炎が立ち上る。
だが、伯爵が怒鳴った。
「私に傷を一つでもつけたら、どうなるか思い知れ!」
またもや笛の音が響き、ワイバーンが十数体召喚された。
空は禍々しい緑の鱗に覆われて、このままでは被害はこの周辺だけで済みそうにない。
「どうして、あの人の魔力はそんなに強いの?」
「あれは最新の作品で、魔力の代わりに人の命を吸う」
「命……って、ひいっ!」
「寿命を削ると伝えたはずだが、どれだけ命を削ったんだ?あの男は」
確かに最初にここに現れた時より、伯爵は年老いた姿に見えた。
それでも、彼は無限に召喚できると思っているのか、まだ笛をくわえ全てを破壊しようとする。
「なんとかしなきゃ!」
「焼き尽くしてやりたいが、あの笛をくわえている限り、攻撃したらまた吹くつもりだ。なんて姑息な男」
ギリリとマーロは、歯ぎしりしながらも伯爵ではなくワイバーンに攻撃を当てていく。
このまま、伯爵が命尽きるまでワイバーンを呼び続けるのか?
既に、首都の空を殲滅せんとばかりに、我が物顔でワイバーンが飛び回る。
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「こんな……ひどい」
「だから、人などに扱える物ではないのだ。これはエルフが扱うべき物だ」
ベネも悔しさで顔をゆがめつつ、ただ見守る事しか出来ない。
だが、伯爵の背後から複数の馬の蹄が聞こえてきた。
「ふん。どれだけ人を集めようと、更にワイバーンを呼べばいい」
伯爵はそう笑って振り向いた瞬間、剣の勢いから反れるように馬から落馬した。
その拍子に、握っていた笛が地面に跳ねて飛んでいく。
シャーリーは反射的に飛び出した。
「おい!」
「シャーリー!」
ベネとマーロが止めるのも聞かず、無我夢中で笛を目指す。
我に返った伯爵が、急いで笛に向かおうとした時に、首元に剣を突き付けた男がいた。
「ここまでだ」
荒く息を吐くその姿は、血に染まった銀髪をなびかせたウェダーで間違いない。
どれだけの激しい戦闘を乗り越えて、ワイバーンを仕留めて来たのか、その服は人の血と魔物の血で染まっている。
それでも、ウェダーは薄く笑った。
「笛がなければ、ワイバーンに狙われるんだったよな?共に餌になるか?」
「やめろ!いいのか?あのワイバーンを召喚したのは私だ。そして、元の場所に戻す事が出来るのも……ひいっ」
強く頬に剣を当てられて、スッと熱い痛みと共に頬から血を流す伯爵。
腰が抜けたように、ヘナヘナと座り込んでいる間に、シャーリーは笛を掴んだ。
「ウェダーさん!確保しました!」
「良くやったシャーリー。それを持っていたら攻撃されないそうだ。大人しく持っていてくれ」
「わかりました!吹きますね!」
「おいっ!」
なぜか会話が成立せず、必死なシャーリーはウェダーに笑いかけると、笛をくわえた。
周囲の者達が、チラリとシャーリーを見て、一瞬唖然とする。
だが見守っていたベネだけは違う。
「願え!エルフとして思いを込めろ!」
勿論と、シャーリーは響き渡る笛の音を奏でた。
人には聞こえぬはずの音域が、なぜか高らかに鳴り響いたと、人の感覚にまで浸透する笛の音。
伯爵のとは違う、この殺伐とした戦場の邸宅に、まるで天使が舞い降りたかのような清々しさを皆に植え付け、シャーリーは長く笛を吹く。
攻撃をしかけていたワイバーン達は、一斉に空に羽ばたき、雲のごとく空を覆い旋回した。
「ワイバーンが……なぜ?」
唖然とするマーロに、ドフが駆け寄る。
そして、シャーリーは空を見上げて、小さく呟いた。
「そうよね。あなた達も無理やり呼ばれて、怖かったのよね」
一度だけ目を瞑り、そして開けると、目の前にウェダーが立っていた。
伯爵は、他の騎士に拘束されており、ベネは目が合うと頷いた。
「返してやってくれ、エルフのお前なら出来る。私は今はもう魔力が枯渇して、役に立ちそうにない」
「わかりました。ウェダーさん、見てて下さい。私にしか出来ない事……あなたのお役に立ちますから」
物言わず、ただ慈愛の目でウェダーはシャーリーを見守った。
彼女をただ信じて、何が起こるのか身を任せる。
シャーリーが空を見上げると、数えきれないワイバーンが旋回して渦を作っていた。
まるで、何かを訴えるように。
「あの子達を帰します」
「頼む……シャーリー」
祈りを込めて、シャーリーは優しい気持ちで魔力を紡ぐ、
笛に想いと魔力を乗せて、思い切り吹いた。
風がたなびき、草花が揺れる。
空で一斉に鳴いたワイバーンの嘆きが、首都全てに響き渡ると、彼らの渦の中心に光の穴が広がった。
次々に、ワイバーン達が光に飛び込み消えていく。
最後の一匹が消えた途端に、光は消え、いつもの世界が戻って来たのだった。
「良かった。ちゃんと帰れたみたい」
ヘナヘナと力が抜けたシャーリーは、その場に座り込む。
ウェダーがゆっくりと近づき、そして膝をつき視線の高さを合わせた。
「ケガはないか?シャーリー」
「私はないです。ウェダーさんは?」
「全て返り血で、俺はかすり傷程度だよ」
「良かった」
心から安堵したシャーリーは、ホロリと涙をこぼす。
緊張の糸が切れてしまい、何よりウェダーの無事を知って全ての感情が解放された。
「君を抱きしめたいのに、今は汚れてるから無理なのが悔しいよ」
「私も抱きつきたいのに、腰が抜けてしまって飛びつけません」
静かに、二人の間に沈黙が数秒続いたのちに、合わせて笑いあった。
こうして、事件は終結した。
首都に甚大な被害をもたらした今回の事件は、瞬く間に国中に広がった。
伯爵家が密かに復活させた禍々しい禁呪によって、魔物を召喚し首都を襲った。
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「というわけでだ。エルフ側からの要望というか、脅迫みたいなもんだが、今回の件は笛の存在をなかった事として、笛自体も作った当人の前で確実に破壊することで、手打ちになった」
げっそりとやつれたドフが、投げやりに告げた。
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そして、誰よりも不機嫌を隠さない、包帯と湿布だらけのベネが椅子に踏ん反り返っていた。
あの事件から数日後、ドフもウェダーも後処理に追われ、シャーリーと顔を合わせたのも久しぶりだ。
この部屋にマーロと共に訪れて入室するなり、待ちかねていたウェダーが抱きついて仕方なかった。
『俺も我慢してるのに』と、ドフもマーロに抱きついたが、顎を殴られていた。
そして、今回の事件の一番の重要人物であるベネは、冷めた目で静観していた。
「笛に関しては陛下とも話し合った結果、エルフ側が条件をのまない場合は、一切の人間との関わりを拒絶すると、各エルフの長老たちに魔法通信で通達された」
あと少しで人の国が絶滅する危機に、エルフが関わっていたのだ。
このような事は前代未聞で、エルフも人も再びの争いは回避したい。
「エルフが関わっていたとはいえ、こちらに負い目があるのは事実。結果、作成者である彼の前で、全て破壊せよという命令だ」
「当然だ!問答無用で、お前たちとの縁を切ってもいいんだぞ」
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「お前ごと消してやっても、良かったんだぞ」
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「最低じゃないです。ウェダーさんは命がけであなたを助けましたし、あなたを苦しめた人たちを逮捕してくれました」
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