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そうして、最後の夜が訪れた。
田舎の果ての小さな村、宿などなく一軒家を貸し切ってシャーリー達は夜を過ごす。
食材を村人から差し入れて貰ったシャーリーは、これならばとシチューを作った。
「お肉がないので、野菜がメインなんですけど。ベネさんの口にも合うと思いますよ?エルフ特製シチューです」
「楽しみだなシャーリー!全部俺が食べる」
「本当に大人げない男だなお前は!私もお腹が減ってるんだ!」
いつしか喧嘩をしている癖に、仲が良く見えてしまうのは錯覚だろうか?
クスクスと笑いながら、シャーリーはシチューをよそった。
二人は一口食べた途端に、すくうスプーンのスピードをあげていく。
よほど口に合ったのかと、シャーリーは感無量だった。
「私の自信作だったので、嬉しいです」
自分の分もすくって食べてみる。
味見の時も成功したのは確認済みだが、ホッコリとしたイモや、噛むほどに味が出る茎野菜、トロトロに溶けた甘味を増す玉ねぎに、コンソメが入れられたスープと小麦粉と牛乳でとろみをつけている。
黒パンも用意されており、ひたして食べると硬いパンが柔らかくなり、より美味しく食べられた。
食べ終えた男二人に、甲斐甲斐しく紅茶を用意すると、受け取ったベネが初めて礼を言った。
「お前たちのお陰だ。ありがとう」
「良かったですね。明日には、帰れます」
「目と鼻の先だ。昼前には着く」
ベネは意味ありげに、向かいで寛ぐ男を見た。
この男の視線は常にシャーリーだけを見つめている。
「まるで獣人の番同士のようだ」
「ウェダーさんの先祖に、獣人がいたそうです」
「だからか」
納得しかけたベネに、ウェダーの鋭い声が飛ぶ。
「関係ない。俺は俺としてシャーリーを求めている」
「……獣の本能の癖にか?」
鼻先で笑い、あえて挑発したベネにすらウェダーは動じる事はない。
むしろ、迷いなどないときっぱりと告げた。
「獣の血も含めて、彼女は俺の全てを愛してくれた。それは俺も然りだ」
「なら、ただの男としてあがき続けろよ。エルフの女は一途で面倒なんだからな」
立ち上がり、ベネは二人に向けて手招きした。
「ここは既に私の故郷の力が感じられる。いいものを見せてやるから、ついて来い」
そう言って二人を連れて、裏庭に出た。
夜空は星々が明るく、冷たい空気にシャーリーは身を震わせた。
すぐに背後から、温かい体温がシャーリーを包む。
「寒いか?上着をとってこようか?」
「大丈夫です。ウェダーさんが、こうやってあっためてくれるから」
裏庭の目と鼻の先に、暗い森が続く。
あえて朝を待つのは、獣を警戒してだ。
もうほぼ到着したといっても過言ではなかった。
国ですら把握していなかった、こんな田舎の小さな村に、エルフの隠れ集落があったのだ。
だが騎士団の判断として、それを公表するつもりはさらさらなかった。
静かに暮らしたいというエルフに、危害を加えたのは人間だ。
くるりと、シャーリー達に背を向けていたベネが振り向いた。
片手に棒を持ち、暗闇の中でガリガリと何か魔法陣を書き上げた。
月明かりの下で、かろうじて見えるその形に、シャーリーは見覚えがあった。
「それって、エルフの昔話に出てくる……妖精リング?」
「そうだ。私達エルフが昔から、語り継がれる物語の叡智の一つ。遠き昔の知恵すぎて、誰しもがおとぎ話で終わらせていたのを、私が研究して見つけたんだ」
魔法を研究する最初のきっかけが、この魔法陣だ。
エルフは魔法に無関心だ。
当たり前に生活に根付きすぎて、それを掘り起こし夢中になったのはベネだった。
「見てろよ?ここは私の力が集中しやすい。なぜなら、ここの空気で育ち馴染んでいるからな」
両手を魔法陣に向けて広げ意識を集中させたベネに、すぐさま変化が訪れた。
正確には魔法陣の方からだが、ベネの手から深い緑の光が放たれて魔法陣に吸い込まれていく。
その勢いは凄く、光の轟音すら聞こえそうなほどに膨大な量が注ぎ込まれた。
「凄い……ベネさんの魔力」
「魔法陣に吸引させて、何か呼び出すつもりか?」
ベネは空を見上げ、そして片手を振り上げた。
「打ちあがれ!星々よ!」
音もなく閃光が天に昇っていく。
まるで光の柱が繋がったように、一斉に放出される様に、二人は唖然と見つめていた。
空に届いた光は、音もなく大きくさく裂する。
まるで光の花火をうちあげたような、幻想的な風景が出来上がった。
「うわぁ……星のシャワーだわ」
「無数の流れ星か……これがエルフの魔法か?」
キラキラと輝く小さな光の粒たちが、弧を描いて遠くに消えていく。
感動したシャーリーが、手を叩いて喜んだ。
「凄い!凄いですベネさん!これはおとぎ話の、月の雨です」
「実在したんだよ、あの物語の魔法は。だけど、これで見納めだ」
光が落ちていく中で、寂し気にベネは言う。
「集落に戻れば、もう研究はできん。エルフが魔法を研究するなど馬鹿にされるだけだからな」
そんな言葉に、シャーリーはベネに駆け寄り手を握った。
ウェダーとは違う、細いが大きな手を両手でしっかりと握る。
「私に誇りをもって貫けと言うなら、ベネさんもです。笑うエルフに今の魔法を見せてやればいいんです」
「……だが」
「きっとみんな驚いていても、その凄さを認めますよ。エルフは努力し続ける者を見捨てません」
「はっ……ははっ、あはははーっ!そうだな、ああ、そうだ」
ベネは見せた事もない無邪気な笑みで、シャーリーを見つめた。
「私自身の誇りは、誰にも汚せない。だが、できうる限り貫いてやる」
「それでこそベネさんです」
シャーリーも満面の笑みでほほえむと、すっと体を後ろに引き寄せられた。
無言でウェダーが近づきすぎると、背後から抱きしめたからだ。
それでもベネは、呆れた顔で小さく笑う。
「わかってるさ。一足遅かった。獣でも人でもなく、お前という存在が羨ましいよ」
「お前にも、きっと見つかるさ。もう少しひねくれを抑えればな」
「ははっ、余計なお世話だ」
いつものように口喧嘩を始める二人を、シャーリーは今夜は止めずに笑って見守った。
そして、別れの朝を迎える。
昼近くには、指定された森の奥の洞窟前にたどり着いた。
迎えのエルフ達は、ベネとは顔見知りらしく、険しい顔でベネに近づき頭に一発拳を落とす。
「いてっ!」
「お前の優秀さはわかったが、世を乱す原因を作り出すのは禁止だ」
見た目は同じ年齢に見えても、中身が違うのがエルフの特徴だ。
さして驚きもせず、静観していたウェダーと違い、シャーリーはおずおずと前に出た。
「おや、同胞か?うちの無鉄砲が迷惑をかけたな」
「いえ、ベネさんは凄い優秀なエルフです。これからも、少しは彼の研究を許して頂けませんか?」
突然同じエルフだとしても、こんな申し出は鼻で笑われるだけだろう。
だが、シャーリーはベネの今後を考えると、我慢できなかったのだ。
迎えに訪れたエルフ達は顔を見合わせ、そして最終的にベネを殴った一人に視線が集中する。
彼は長老であり、リーダーにあたる人物らしい。
全ては彼次第だと、エルフ達の視線が物語る。
「ベネ、昨晩の花火はお前の仕業だな」
口淀んだベネだったが、観念したように頷いた。
数秒の沈黙が流れ、緊張が高まった。
だが、ベネの頭を今度はポンポンと叩き、そのエルフは言ったのだ。
「子供達が、昨夜あれを見て、大喜びだった。お前の研究は危険だ。だからこそ我らが見張る必要がある」
「じゃあ、戻って研究してもいいんだな!」
突然元気になったベネに、再び鉄拳が飛んだ。
「馬鹿者が!反省しろお前は!あと、そちらの人間よ。お前たちの国王との約束を守ってくれたことは感謝する」
いきなり話を振られたウェダーは、静かに胸に手を当て、軽く頭を下げた。
その姿を細い目をして見つめたエルフは、断固とした響きで宣言した。
「だがベネが受けた屈辱は我らの屈辱。しかし、こちらにも責任は多少ある。他のエルフとも協議はしたが、我らはやはり人との関りを今後とも望まない」
そして、ウェダーの横にいるシャーリーにチラリと目を向けた。
「お前の集落の長老は寛大なのだな。人と紡ぐ事を許すとは……それも時代かもしれん。ベネに関しては心配するな。これでも我らの子だ。お前に幸多い事を祈る」
用は済んだとばかりに、ベネを引き連れ洞窟の奥に消えていく。
最後に一瞬、振り返ったベネが手を振った瞬間に、洞窟の入り口はなかったかのように消え失せた。
「やっといなくなった」
「またそんな言い方をして……喧嘩友達がいなくなって寂しいんじゃないですか?」
シャーリーの茶化す声に、ウェダーは微笑んだ。
「まあ、これからはシャーリーがいてくれるんだし、寂しさはすぐに埋まるよ」
「あの、その事で、これからの未来について、話し合いたいんです」
ウェダーは静かに首を横に振り、シャーリーの肩を掴んで馬車に乗せた。
なぜか無言の圧を感じ、言葉が出せなくなったシャーリーを乗せて、馬車は走り出す。
昨夜止まった村とは反対方向に向かっていたが、土地勘のないシャーリーには、どこを走っているのかなどわからない。
「あれ?遠いですね?」
小声で恐る恐る呟いてみたが、ウェダーは真剣な顔で窓の外を見つめながら返事はなかった。
怒っているようには見えない。けれど話しかけてはいけない、何か考え込んでいる……そんな気配を感じて、シャーリーは大人しく馬車に揺られた。
窓の外は変わり映えしない土の道から、夕方近くになるとレンガで舗装した道に変化している。
つまり、外れではなく主要の道に出たという証拠だった。
「あれ?この町って……」
見覚えのある町の風景が車窓に広がる。
何度も目をこすったが間違いない。
ここは、ウェダーと初めて出会った、あの町だった。
「ベネさんの所と、割と近かったんですね。知らなかった」
まもなく懐かしいギルド前に停車し、促され下車する。
それほど昔の出来事じゃないはずなのに、懐かしさをシャーリーは感じていた。
ウェダーは騎士団制服の上着を脱ぎ、御者をしていた騎士から私服用の上着を手渡され、代わりに羽織っていた。
腰に身に着けていた剣を渡し、敬礼を交わす。
「ご苦労だった」
「今まで、ありがとうございました、隊長」
馬車はそのまま走り去る。
「あっ、私の荷物はどうなるの?」
「先に宿に届けてくれているから、心配しなくていい」
夕日の逆行で、輝くアッシュシルバーの髪と、いつもの美貌が眩しくて仕方ない。
あらためて見惚れるシャーリーに、ウェダーは微笑みながら告げた。
「さあ、登録に行こう」
「登録?」
よくわからないが、自分の登録カードに何か不備があったのだろう。
そう思ったシャーリーは、ウェダーと共に受付に向かう。
冒険者たちの喧噪はひと段落しており、遅い帰りの冒険者数名と、夜勤への交代準備にとりかかっていた職員が、一斉にこちらを見た。
正確には、シャーリーを通り越して、ウェダーをだ。
圧倒的な存在感を放つ彼の威力を、久しぶりに体感するシャーリーと、そんな視線など感じないとばかりに、スタスタと受付にウェダーは辿り着き用件を述べた。
「冒険者登録を頼みたい」
その言葉に、周囲が一気にどよめいた。
用意されていた書類に、サラサラと書き込むとそれを差し出す。
「適性等の鑑定は、既に過去職で終了済みだ。前職の登録番号から情報を引き継ぐことができると聞いた。あとは、この記入のみでいいと思うが……」
書類を受け取った受付嬢はガクガクと震え、何度も受け取った書類に目を通した。
「き……騎士様は、冒険者登録は出来ません。二重登録は禁止されています。あ、あわわっ、あのっ、しかも貴方のような有名な方が……」
「いいから登録を進めてくれ」
押しの強いウェダーの言葉に、受付嬢はひゃい!と舌足らずな返事を返すと、端末の魔法道具をカタカタと動かし始めた。
周囲と同様に、シャーリーすら硬直している。
「な……なんで」
「これは俺の意思だから、心配しないでいいと言っただろ?」
他の誰にも見せない優しい顔をして、片目をつぶってお道化て見せた。
だが、心なごみ納得するわけがない。
彼は、誰もが知るエリートの騎士なのだ。
しかも、栄えある第一騎士団の部隊を任された百人隊長だったはず。
皆が言葉なく静まり返るロビーで、カタカタと端末の音だけが響く。
外から聞こえる喧噪とは違い、この空間だけが別世界みたいだ。
田舎の果ての小さな村、宿などなく一軒家を貸し切ってシャーリー達は夜を過ごす。
食材を村人から差し入れて貰ったシャーリーは、これならばとシチューを作った。
「お肉がないので、野菜がメインなんですけど。ベネさんの口にも合うと思いますよ?エルフ特製シチューです」
「楽しみだなシャーリー!全部俺が食べる」
「本当に大人げない男だなお前は!私もお腹が減ってるんだ!」
いつしか喧嘩をしている癖に、仲が良く見えてしまうのは錯覚だろうか?
クスクスと笑いながら、シャーリーはシチューをよそった。
二人は一口食べた途端に、すくうスプーンのスピードをあげていく。
よほど口に合ったのかと、シャーリーは感無量だった。
「私の自信作だったので、嬉しいです」
自分の分もすくって食べてみる。
味見の時も成功したのは確認済みだが、ホッコリとしたイモや、噛むほどに味が出る茎野菜、トロトロに溶けた甘味を増す玉ねぎに、コンソメが入れられたスープと小麦粉と牛乳でとろみをつけている。
黒パンも用意されており、ひたして食べると硬いパンが柔らかくなり、より美味しく食べられた。
食べ終えた男二人に、甲斐甲斐しく紅茶を用意すると、受け取ったベネが初めて礼を言った。
「お前たちのお陰だ。ありがとう」
「良かったですね。明日には、帰れます」
「目と鼻の先だ。昼前には着く」
ベネは意味ありげに、向かいで寛ぐ男を見た。
この男の視線は常にシャーリーだけを見つめている。
「まるで獣人の番同士のようだ」
「ウェダーさんの先祖に、獣人がいたそうです」
「だからか」
納得しかけたベネに、ウェダーの鋭い声が飛ぶ。
「関係ない。俺は俺としてシャーリーを求めている」
「……獣の本能の癖にか?」
鼻先で笑い、あえて挑発したベネにすらウェダーは動じる事はない。
むしろ、迷いなどないときっぱりと告げた。
「獣の血も含めて、彼女は俺の全てを愛してくれた。それは俺も然りだ」
「なら、ただの男としてあがき続けろよ。エルフの女は一途で面倒なんだからな」
立ち上がり、ベネは二人に向けて手招きした。
「ここは既に私の故郷の力が感じられる。いいものを見せてやるから、ついて来い」
そう言って二人を連れて、裏庭に出た。
夜空は星々が明るく、冷たい空気にシャーリーは身を震わせた。
すぐに背後から、温かい体温がシャーリーを包む。
「寒いか?上着をとってこようか?」
「大丈夫です。ウェダーさんが、こうやってあっためてくれるから」
裏庭の目と鼻の先に、暗い森が続く。
あえて朝を待つのは、獣を警戒してだ。
もうほぼ到着したといっても過言ではなかった。
国ですら把握していなかった、こんな田舎の小さな村に、エルフの隠れ集落があったのだ。
だが騎士団の判断として、それを公表するつもりはさらさらなかった。
静かに暮らしたいというエルフに、危害を加えたのは人間だ。
くるりと、シャーリー達に背を向けていたベネが振り向いた。
片手に棒を持ち、暗闇の中でガリガリと何か魔法陣を書き上げた。
月明かりの下で、かろうじて見えるその形に、シャーリーは見覚えがあった。
「それって、エルフの昔話に出てくる……妖精リング?」
「そうだ。私達エルフが昔から、語り継がれる物語の叡智の一つ。遠き昔の知恵すぎて、誰しもがおとぎ話で終わらせていたのを、私が研究して見つけたんだ」
魔法を研究する最初のきっかけが、この魔法陣だ。
エルフは魔法に無関心だ。
当たり前に生活に根付きすぎて、それを掘り起こし夢中になったのはベネだった。
「見てろよ?ここは私の力が集中しやすい。なぜなら、ここの空気で育ち馴染んでいるからな」
両手を魔法陣に向けて広げ意識を集中させたベネに、すぐさま変化が訪れた。
正確には魔法陣の方からだが、ベネの手から深い緑の光が放たれて魔法陣に吸い込まれていく。
その勢いは凄く、光の轟音すら聞こえそうなほどに膨大な量が注ぎ込まれた。
「凄い……ベネさんの魔力」
「魔法陣に吸引させて、何か呼び出すつもりか?」
ベネは空を見上げ、そして片手を振り上げた。
「打ちあがれ!星々よ!」
音もなく閃光が天に昇っていく。
まるで光の柱が繋がったように、一斉に放出される様に、二人は唖然と見つめていた。
空に届いた光は、音もなく大きくさく裂する。
まるで光の花火をうちあげたような、幻想的な風景が出来上がった。
「うわぁ……星のシャワーだわ」
「無数の流れ星か……これがエルフの魔法か?」
キラキラと輝く小さな光の粒たちが、弧を描いて遠くに消えていく。
感動したシャーリーが、手を叩いて喜んだ。
「凄い!凄いですベネさん!これはおとぎ話の、月の雨です」
「実在したんだよ、あの物語の魔法は。だけど、これで見納めだ」
光が落ちていく中で、寂し気にベネは言う。
「集落に戻れば、もう研究はできん。エルフが魔法を研究するなど馬鹿にされるだけだからな」
そんな言葉に、シャーリーはベネに駆け寄り手を握った。
ウェダーとは違う、細いが大きな手を両手でしっかりと握る。
「私に誇りをもって貫けと言うなら、ベネさんもです。笑うエルフに今の魔法を見せてやればいいんです」
「……だが」
「きっとみんな驚いていても、その凄さを認めますよ。エルフは努力し続ける者を見捨てません」
「はっ……ははっ、あはははーっ!そうだな、ああ、そうだ」
ベネは見せた事もない無邪気な笑みで、シャーリーを見つめた。
「私自身の誇りは、誰にも汚せない。だが、できうる限り貫いてやる」
「それでこそベネさんです」
シャーリーも満面の笑みでほほえむと、すっと体を後ろに引き寄せられた。
無言でウェダーが近づきすぎると、背後から抱きしめたからだ。
それでもベネは、呆れた顔で小さく笑う。
「わかってるさ。一足遅かった。獣でも人でもなく、お前という存在が羨ましいよ」
「お前にも、きっと見つかるさ。もう少しひねくれを抑えればな」
「ははっ、余計なお世話だ」
いつものように口喧嘩を始める二人を、シャーリーは今夜は止めずに笑って見守った。
そして、別れの朝を迎える。
昼近くには、指定された森の奥の洞窟前にたどり着いた。
迎えのエルフ達は、ベネとは顔見知りらしく、険しい顔でベネに近づき頭に一発拳を落とす。
「いてっ!」
「お前の優秀さはわかったが、世を乱す原因を作り出すのは禁止だ」
見た目は同じ年齢に見えても、中身が違うのがエルフの特徴だ。
さして驚きもせず、静観していたウェダーと違い、シャーリーはおずおずと前に出た。
「おや、同胞か?うちの無鉄砲が迷惑をかけたな」
「いえ、ベネさんは凄い優秀なエルフです。これからも、少しは彼の研究を許して頂けませんか?」
突然同じエルフだとしても、こんな申し出は鼻で笑われるだけだろう。
だが、シャーリーはベネの今後を考えると、我慢できなかったのだ。
迎えに訪れたエルフ達は顔を見合わせ、そして最終的にベネを殴った一人に視線が集中する。
彼は長老であり、リーダーにあたる人物らしい。
全ては彼次第だと、エルフ達の視線が物語る。
「ベネ、昨晩の花火はお前の仕業だな」
口淀んだベネだったが、観念したように頷いた。
数秒の沈黙が流れ、緊張が高まった。
だが、ベネの頭を今度はポンポンと叩き、そのエルフは言ったのだ。
「子供達が、昨夜あれを見て、大喜びだった。お前の研究は危険だ。だからこそ我らが見張る必要がある」
「じゃあ、戻って研究してもいいんだな!」
突然元気になったベネに、再び鉄拳が飛んだ。
「馬鹿者が!反省しろお前は!あと、そちらの人間よ。お前たちの国王との約束を守ってくれたことは感謝する」
いきなり話を振られたウェダーは、静かに胸に手を当て、軽く頭を下げた。
その姿を細い目をして見つめたエルフは、断固とした響きで宣言した。
「だがベネが受けた屈辱は我らの屈辱。しかし、こちらにも責任は多少ある。他のエルフとも協議はしたが、我らはやはり人との関りを今後とも望まない」
そして、ウェダーの横にいるシャーリーにチラリと目を向けた。
「お前の集落の長老は寛大なのだな。人と紡ぐ事を許すとは……それも時代かもしれん。ベネに関しては心配するな。これでも我らの子だ。お前に幸多い事を祈る」
用は済んだとばかりに、ベネを引き連れ洞窟の奥に消えていく。
最後に一瞬、振り返ったベネが手を振った瞬間に、洞窟の入り口はなかったかのように消え失せた。
「やっといなくなった」
「またそんな言い方をして……喧嘩友達がいなくなって寂しいんじゃないですか?」
シャーリーの茶化す声に、ウェダーは微笑んだ。
「まあ、これからはシャーリーがいてくれるんだし、寂しさはすぐに埋まるよ」
「あの、その事で、これからの未来について、話し合いたいんです」
ウェダーは静かに首を横に振り、シャーリーの肩を掴んで馬車に乗せた。
なぜか無言の圧を感じ、言葉が出せなくなったシャーリーを乗せて、馬車は走り出す。
昨夜止まった村とは反対方向に向かっていたが、土地勘のないシャーリーには、どこを走っているのかなどわからない。
「あれ?遠いですね?」
小声で恐る恐る呟いてみたが、ウェダーは真剣な顔で窓の外を見つめながら返事はなかった。
怒っているようには見えない。けれど話しかけてはいけない、何か考え込んでいる……そんな気配を感じて、シャーリーは大人しく馬車に揺られた。
窓の外は変わり映えしない土の道から、夕方近くになるとレンガで舗装した道に変化している。
つまり、外れではなく主要の道に出たという証拠だった。
「あれ?この町って……」
見覚えのある町の風景が車窓に広がる。
何度も目をこすったが間違いない。
ここは、ウェダーと初めて出会った、あの町だった。
「ベネさんの所と、割と近かったんですね。知らなかった」
まもなく懐かしいギルド前に停車し、促され下車する。
それほど昔の出来事じゃないはずなのに、懐かしさをシャーリーは感じていた。
ウェダーは騎士団制服の上着を脱ぎ、御者をしていた騎士から私服用の上着を手渡され、代わりに羽織っていた。
腰に身に着けていた剣を渡し、敬礼を交わす。
「ご苦労だった」
「今まで、ありがとうございました、隊長」
馬車はそのまま走り去る。
「あっ、私の荷物はどうなるの?」
「先に宿に届けてくれているから、心配しなくていい」
夕日の逆行で、輝くアッシュシルバーの髪と、いつもの美貌が眩しくて仕方ない。
あらためて見惚れるシャーリーに、ウェダーは微笑みながら告げた。
「さあ、登録に行こう」
「登録?」
よくわからないが、自分の登録カードに何か不備があったのだろう。
そう思ったシャーリーは、ウェダーと共に受付に向かう。
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正確には、シャーリーを通り越して、ウェダーをだ。
圧倒的な存在感を放つ彼の威力を、久しぶりに体感するシャーリーと、そんな視線など感じないとばかりに、スタスタと受付にウェダーは辿り着き用件を述べた。
「冒険者登録を頼みたい」
その言葉に、周囲が一気にどよめいた。
用意されていた書類に、サラサラと書き込むとそれを差し出す。
「適性等の鑑定は、既に過去職で終了済みだ。前職の登録番号から情報を引き継ぐことができると聞いた。あとは、この記入のみでいいと思うが……」
書類を受け取った受付嬢はガクガクと震え、何度も受け取った書類に目を通した。
「き……騎士様は、冒険者登録は出来ません。二重登録は禁止されています。あ、あわわっ、あのっ、しかも貴方のような有名な方が……」
「いいから登録を進めてくれ」
押しの強いウェダーの言葉に、受付嬢はひゃい!と舌足らずな返事を返すと、端末の魔法道具をカタカタと動かし始めた。
周囲と同様に、シャーリーすら硬直している。
「な……なんで」
「これは俺の意思だから、心配しないでいいと言っただろ?」
他の誰にも見せない優しい顔をして、片目をつぶってお道化て見せた。
だが、心なごみ納得するわけがない。
彼は、誰もが知るエリートの騎士なのだ。
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「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
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竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
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