1 / 10
第一話
しおりを挟む
彼がわたしを呼び出すのは、いつも水曜日なので。
わたしは冗談混じりに彼のことを「水曜日の彼」と呼んでいる。
じゃあ、月曜日や金曜日の彼がいるのかというと、そんな訳でもなくて。
水曜日の彼だって。
離婚歴があってもうおんなは沢山だといってるひとなので、果たしてわたしたちが付き合ってると言えるのかはよく判らないのだけれど。
そもそも、彼は自分のことを偽物だと言ってる。
どういう意味なのか、わたしにもよく判ってはいないのだけれど。
わたしたちが出会って間もない頃のことなんだけど。
彼はなぜか、スマホのメモリカードに格納した音楽を聴く人だったので。
彼のスマホのメモリカードの中を、見せてもらったんだけれど。
そこに入っていたのが、ドラゴン・アッシュというバンドのインディペンデンスというアルバムだけだったので。
わたしが彼に、そのアルバムが好きなのか聞いたの。
そうしたら彼の言ったのは。
■■
これは、偽物をつくりだしてくれる。
いや、この音楽が偽物だと言ってる訳じゃあない。
そんなこたあ、おれには判らんし知ったことじゃあない。
このアーティストが他にどんな音楽を演奏しているのかも知らんしな。
ただ、このアルバムを聞くと。
遠い国の海辺で、穏やかな波を見ながら沈む陽を眺め。
一日の終わりを噛み締めている情景が浮かぶ。
もちろん、そんな異国の地でドラゴン・アッシュの音楽が流れることなんてありえないし。
その情景は偽物なんだ。決定的に。
おれは、それを愛している。
なぜなら、おれが偽物だからだ。
■■
彼がやっぱり会って間もないころに、偽物について語ったことがあって。
ようするに偽物と本物を分けるのは、そこに肯定の意思があるかないか。
そんな事らしいのだけれど。
彼は、自分自身に肯定の意思なんて持ってなくて。
いつもそれを、何処かから借りてきている。
つまりそれは。
会社であったり。
家族や友人であったり。
誰かが望むことをする。
誰かの意思に基づいて何事かを為す。
そうする限り、彼自身の意思を持つ必要はない。
借り物の意思を拠り所にする限り、彼は常に偽物なのだと。
彼は、そう言うの。
彼は総合商社のエリートサラリーマンだそうで、そこでレアメタルを担当していたらしくて。
お隣の国の国家首席の側近レベルのひとと、何度も会談したり。
遠いアフリカで起こった渦中の中で、色々なことを経験したようで。
彼は、コラテラルという古い映画の引用をしながら、こう語るの。
■■
トム・クルーズの演じる殺し屋が、ひと殺しを咎めるジェイミー・フォックスにこう語るんだよ。
おまえはダルフールで何万も殺されてるときに、何かしたのかと。
大使館を通じて抗議でもしたのかと。
そのとき何もしなかったんだろう。
だったら今更目の前でひとりやふたり殺されたくらいで、がたがた騒ぐなよ。
そういう事、なんだよな。
殺し屋の言う、とおりだ。
今更おれたちには、がたがた騒ぐ権利はない。
おれたちの倫理は所詮、偽物なんだよ。
■■
まあ、いつも彼とそんな話ばかりしてる訳じゃあなくて。
居酒屋で他愛のない話をすると、わたしたちはホテルへ行く。
セックスはしない。
彼は、そういう事が好きじゃあないというか。
苦手らしくて。
じゃあ、何するのかというと。
メイクをするのよ。
わたしの副業といってもいい、それの練習台。
わたしは今時、呆れた話なのだろうけれど。
画家を目指していた。
でもそれは色々あって上手くいかなくて。
キャンバスの替わりに、ひとの肌を使って色彩を表現するようになった。
彼はもう四十代後半の、いいおっさんなんだけれど。
わたしは彼を見事に、おんなに変えることができる。
とても美しい、そう、ルノアールが肖像画に描いているようなおんなに造り変える事ができるのだけれど。
でも、そこには艶めかしさはなくて。
そうね、彼は絵の中のおんなに相応しい、架空の美しさを纏ってみせる。
何処にも、いない。
血肉をそなえているとは、思えない。
どこか薄っぺらい架空の美しさ。
まさに彼は、望みどおりにそして求めるとおりに、彼の愛する偽物に。
なることが、できるのよ。
わたしは冗談混じりに彼のことを「水曜日の彼」と呼んでいる。
じゃあ、月曜日や金曜日の彼がいるのかというと、そんな訳でもなくて。
水曜日の彼だって。
離婚歴があってもうおんなは沢山だといってるひとなので、果たしてわたしたちが付き合ってると言えるのかはよく判らないのだけれど。
そもそも、彼は自分のことを偽物だと言ってる。
どういう意味なのか、わたしにもよく判ってはいないのだけれど。
わたしたちが出会って間もない頃のことなんだけど。
彼はなぜか、スマホのメモリカードに格納した音楽を聴く人だったので。
彼のスマホのメモリカードの中を、見せてもらったんだけれど。
そこに入っていたのが、ドラゴン・アッシュというバンドのインディペンデンスというアルバムだけだったので。
わたしが彼に、そのアルバムが好きなのか聞いたの。
そうしたら彼の言ったのは。
■■
これは、偽物をつくりだしてくれる。
いや、この音楽が偽物だと言ってる訳じゃあない。
そんなこたあ、おれには判らんし知ったことじゃあない。
このアーティストが他にどんな音楽を演奏しているのかも知らんしな。
ただ、このアルバムを聞くと。
遠い国の海辺で、穏やかな波を見ながら沈む陽を眺め。
一日の終わりを噛み締めている情景が浮かぶ。
もちろん、そんな異国の地でドラゴン・アッシュの音楽が流れることなんてありえないし。
その情景は偽物なんだ。決定的に。
おれは、それを愛している。
なぜなら、おれが偽物だからだ。
■■
彼がやっぱり会って間もないころに、偽物について語ったことがあって。
ようするに偽物と本物を分けるのは、そこに肯定の意思があるかないか。
そんな事らしいのだけれど。
彼は、自分自身に肯定の意思なんて持ってなくて。
いつもそれを、何処かから借りてきている。
つまりそれは。
会社であったり。
家族や友人であったり。
誰かが望むことをする。
誰かの意思に基づいて何事かを為す。
そうする限り、彼自身の意思を持つ必要はない。
借り物の意思を拠り所にする限り、彼は常に偽物なのだと。
彼は、そう言うの。
彼は総合商社のエリートサラリーマンだそうで、そこでレアメタルを担当していたらしくて。
お隣の国の国家首席の側近レベルのひとと、何度も会談したり。
遠いアフリカで起こった渦中の中で、色々なことを経験したようで。
彼は、コラテラルという古い映画の引用をしながら、こう語るの。
■■
トム・クルーズの演じる殺し屋が、ひと殺しを咎めるジェイミー・フォックスにこう語るんだよ。
おまえはダルフールで何万も殺されてるときに、何かしたのかと。
大使館を通じて抗議でもしたのかと。
そのとき何もしなかったんだろう。
だったら今更目の前でひとりやふたり殺されたくらいで、がたがた騒ぐなよ。
そういう事、なんだよな。
殺し屋の言う、とおりだ。
今更おれたちには、がたがた騒ぐ権利はない。
おれたちの倫理は所詮、偽物なんだよ。
■■
まあ、いつも彼とそんな話ばかりしてる訳じゃあなくて。
居酒屋で他愛のない話をすると、わたしたちはホテルへ行く。
セックスはしない。
彼は、そういう事が好きじゃあないというか。
苦手らしくて。
じゃあ、何するのかというと。
メイクをするのよ。
わたしの副業といってもいい、それの練習台。
わたしは今時、呆れた話なのだろうけれど。
画家を目指していた。
でもそれは色々あって上手くいかなくて。
キャンバスの替わりに、ひとの肌を使って色彩を表現するようになった。
彼はもう四十代後半の、いいおっさんなんだけれど。
わたしは彼を見事に、おんなに変えることができる。
とても美しい、そう、ルノアールが肖像画に描いているようなおんなに造り変える事ができるのだけれど。
でも、そこには艶めかしさはなくて。
そうね、彼は絵の中のおんなに相応しい、架空の美しさを纏ってみせる。
何処にも、いない。
血肉をそなえているとは、思えない。
どこか薄っぺらい架空の美しさ。
まさに彼は、望みどおりにそして求めるとおりに、彼の愛する偽物に。
なることが、できるのよ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる