水曜日の彼は、魔女と出会った

ルサルカ

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第一話

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 彼がわたしを呼び出すのは、いつも水曜日なので。

 わたしは冗談混じりに彼のことを「水曜日の彼」と呼んでいる。

 じゃあ、月曜日や金曜日の彼がいるのかというと、そんな訳でもなくて。

 水曜日の彼だって。

 離婚歴があってもうおんなは沢山だといってるひとなので、果たしてわたしたちが付き合ってると言えるのかはよく判らないのだけれど。

 そもそも、彼は自分のことを偽物だと言ってる。

 どういう意味なのか、わたしにもよく判ってはいないのだけれど。

 わたしたちが出会って間もない頃のことなんだけど。

 彼はなぜか、スマホのメモリカードに格納した音楽を聴く人だったので。

 彼のスマホのメモリカードの中を、見せてもらったんだけれど。

 そこに入っていたのが、ドラゴン・アッシュというバンドのインディペンデンスというアルバムだけだったので。

 わたしが彼に、そのアルバムが好きなのか聞いたの。

 そうしたら彼の言ったのは。

■■

 これは、偽物をつくりだしてくれる。

 いや、この音楽が偽物だと言ってる訳じゃあない。

 そんなこたあ、おれには判らんし知ったことじゃあない。

 このアーティストが他にどんな音楽を演奏しているのかも知らんしな。

 ただ、このアルバムを聞くと。

 遠い国の海辺で、穏やかな波を見ながら沈む陽を眺め。

 一日の終わりを噛み締めている情景が浮かぶ。

 もちろん、そんな異国の地でドラゴン・アッシュの音楽が流れることなんてありえないし。

 その情景は偽物なんだ。決定的に。

 おれは、それを愛している。

 なぜなら、おれが偽物だからだ。

■■

 彼がやっぱり会って間もないころに、偽物について語ったことがあって。

 ようするに偽物と本物を分けるのは、そこに肯定の意思があるかないか。

 そんな事らしいのだけれど。

 彼は、自分自身に肯定の意思なんて持ってなくて。

 いつもそれを、何処かから借りてきている。

 つまりそれは。

 会社であったり。

 家族や友人であったり。

 誰かが望むことをする。

 誰かの意思に基づいて何事かを為す。

 そうする限り、彼自身の意思を持つ必要はない。

 借り物の意思を拠り所にする限り、彼は常に偽物なのだと。

 彼は、そう言うの。

 彼は総合商社のエリートサラリーマンだそうで、そこでレアメタルを担当していたらしくて。

 お隣の国の国家首席の側近レベルのひとと、何度も会談したり。

 遠いアフリカで起こった渦中の中で、色々なことを経験したようで。

 彼は、コラテラルという古い映画の引用をしながら、こう語るの。

■■

 トム・クルーズの演じる殺し屋が、ひと殺しを咎めるジェイミー・フォックスにこう語るんだよ。

 おまえはダルフールで何万も殺されてるときに、何かしたのかと。

 大使館を通じて抗議でもしたのかと。

 そのとき何もしなかったんだろう。

 だったら今更目の前でひとりやふたり殺されたくらいで、がたがた騒ぐなよ。

 そういう事、なんだよな。

 殺し屋の言う、とおりだ。

 今更おれたちには、がたがた騒ぐ権利はない。

 おれたちの倫理は所詮、偽物なんだよ。

■■

 まあ、いつも彼とそんな話ばかりしてる訳じゃあなくて。

 居酒屋で他愛のない話をすると、わたしたちはホテルへ行く。

 セックスはしない。

 彼は、そういう事が好きじゃあないというか。

 苦手らしくて。

 じゃあ、何するのかというと。

 メイクをするのよ。

 わたしの副業といってもいい、それの練習台。

 わたしは今時、呆れた話なのだろうけれど。

 画家を目指していた。

 でもそれは色々あって上手くいかなくて。

 キャンバスの替わりに、ひとの肌を使って色彩を表現するようになった。

 彼はもう四十代後半の、いいおっさんなんだけれど。

 わたしは彼を見事に、おんなに変えることができる。

 とても美しい、そう、ルノアールが肖像画に描いているようなおんなに造り変える事ができるのだけれど。

 でも、そこには艶めかしさはなくて。

 そうね、彼は絵の中のおんなに相応しい、架空の美しさを纏ってみせる。

 何処にも、いない。

 血肉をそなえているとは、思えない。

 どこか薄っぺらい架空の美しさ。

 まさに彼は、望みどおりにそして求めるとおりに、彼の愛する偽物に。

 なることが、できるのよ。
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