水曜日の彼は、魔女と出会った

ルサルカ

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第二話

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 彼女は、魔女だ。

 おれは戯れに、彼女を水曜日の魔女と呼んでいる。

 なぜ水曜日なのかって?

 はじめて会う約束をしたときに、彼女が水曜日なら会えると言ったので。

 まあ、なんとなく水曜日に会うことにしている。

 水曜日、つまりウェンズデイっていうのは、確かオーディンの日ということだ。

 だったら彼女は、ワルキューレなのかと言うと。

 まあ、そういってもいいくらいには美しく、また勇ましくもあるんだが。

 何かが決定的に、欠けている。

 例えて言うならば。

 全速力でサーキットを逆走する、F1マシンみたいなもので。

 何処かに向かう力を、持っているんだろうけれど。

 何処に向かっていいのか、判っていない。

 ようするに、そんなおんなだ。

 はじめてあったころ、彼女のバッグの中に一冊だけ本が入っているのを知った。

 それは、ヴァージニア・ウルフのオルランドという小説だ。

 おれはその小説が原作の映画を、若い頃に見たことがある。

 当時付き合っていたおんなが見たいと言ったので、見たんだが。

 はじまって五分もたたない間に、眠りの世界へと沈んでしまった。

 彼女は、いつもその本を持ち歩いている。

 何度も読み返しているらしい。

 なぜその本を、そんなに読み返すのかというと。

 判らなくなるから、らしい。

 その本の内容がではなく。

 自分が何者であるかが、判らなくなるという。

 彼女は、その本のことをこう語っている。

■■

 わたしが、オルランドと出逢ったのはね。

 高校生のころだったかな。

 そのころわたしのお父さんは、頭がぶっとんでしまっていて。

 わたしはまあ、ある意味虐待に近いことをされてたのよ。

 わたしは時々手錠をかけられ、部屋に監禁されてた。

 お母さんはとっくに出ていってたし、誰もよりつかない家だったから。

 まあ、問題になることはなかったのよね。

 お父さんはわたしが狂っていて何をするか判らないので、わたしを守るために監禁しているつもりみたいだったけれど。

 まあ、正直どうだったのかよく判らないとこも、あるのよね。

 所々記憶がない部分も、あったりして。

 なんにしても、食事とかはちゃんと与えてくれてたから。

 あんまし不自由は、なかったんだけど。

 退屈だったの。

 お父さんにそう言ったら、本を買ってきてくれた。

 それがオルランドだったの。

 わたしはそれを読んだら、自分が何なのか判らなくなった。

 おんななのか。

 おとこなのか。

 おとななのか。

 こどもなのか。

 ひとなのか。

 動物なのか。

 あらまあ、大変。

 わたしは、迷路に迷い込んだのよ。

■■

 で、時折自分が迷路にいることを再認識するために、読み返しているようだ。

 迷路というのは、ようするに意味がないということらしい。

 意味がない。

 彼女はこんなふうに、迷路を表現する。

■■

 たとえばさ。

 迷路の地図を書くとするじゃあない。

 でも、その地図にはなんの意味もないの。

 だって地図というのは、何処かに向かって行くためのものじゃない。

 でも、迷路の中は、その何処かがないの。

 何処もかしこも同じ迷路の中にしかすぎなくて、全ての場所に名もなく意味もないのよ。

■■

 まあ、いつもおれたちはそんな話をしている訳じゃあない。

 居酒屋で他愛のない話をしたあと、おれたちはホテルへ行く。

 セックスはしない。

 彼女はどうもそういうことが、苦手らしい。

 彼女はそこで。

 魔法をおれにかける。

 おれは彼女の手によって意味を剥奪されていく。

 おれは、おとこではなく。

 おんなでもなく。

 こどもでもなく。

 おとなでもなく。

 ひとでもなく。

 動物でもない。

 そう、彼女の望んだとおりの。

 ひとつの迷路となって、彼女の前に横たわる。

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