2 / 10
第二話
しおりを挟む
彼女は、魔女だ。
おれは戯れに、彼女を水曜日の魔女と呼んでいる。
なぜ水曜日なのかって?
はじめて会う約束をしたときに、彼女が水曜日なら会えると言ったので。
まあ、なんとなく水曜日に会うことにしている。
水曜日、つまりウェンズデイっていうのは、確かオーディンの日ということだ。
だったら彼女は、ワルキューレなのかと言うと。
まあ、そういってもいいくらいには美しく、また勇ましくもあるんだが。
何かが決定的に、欠けている。
例えて言うならば。
全速力でサーキットを逆走する、F1マシンみたいなもので。
何処かに向かう力を、持っているんだろうけれど。
何処に向かっていいのか、判っていない。
ようするに、そんなおんなだ。
はじめてあったころ、彼女のバッグの中に一冊だけ本が入っているのを知った。
それは、ヴァージニア・ウルフのオルランドという小説だ。
おれはその小説が原作の映画を、若い頃に見たことがある。
当時付き合っていたおんなが見たいと言ったので、見たんだが。
はじまって五分もたたない間に、眠りの世界へと沈んでしまった。
彼女は、いつもその本を持ち歩いている。
何度も読み返しているらしい。
なぜその本を、そんなに読み返すのかというと。
判らなくなるから、らしい。
その本の内容がではなく。
自分が何者であるかが、判らなくなるという。
彼女は、その本のことをこう語っている。
■■
わたしが、オルランドと出逢ったのはね。
高校生のころだったかな。
そのころわたしのお父さんは、頭がぶっとんでしまっていて。
わたしはまあ、ある意味虐待に近いことをされてたのよ。
わたしは時々手錠をかけられ、部屋に監禁されてた。
お母さんはとっくに出ていってたし、誰もよりつかない家だったから。
まあ、問題になることはなかったのよね。
お父さんはわたしが狂っていて何をするか判らないので、わたしを守るために監禁しているつもりみたいだったけれど。
まあ、正直どうだったのかよく判らないとこも、あるのよね。
所々記憶がない部分も、あったりして。
なんにしても、食事とかはちゃんと与えてくれてたから。
あんまし不自由は、なかったんだけど。
退屈だったの。
お父さんにそう言ったら、本を買ってきてくれた。
それがオルランドだったの。
わたしはそれを読んだら、自分が何なのか判らなくなった。
おんななのか。
おとこなのか。
おとななのか。
こどもなのか。
ひとなのか。
動物なのか。
あらまあ、大変。
わたしは、迷路に迷い込んだのよ。
■■
で、時折自分が迷路にいることを再認識するために、読み返しているようだ。
迷路というのは、ようするに意味がないということらしい。
意味がない。
彼女はこんなふうに、迷路を表現する。
■■
たとえばさ。
迷路の地図を書くとするじゃあない。
でも、その地図にはなんの意味もないの。
だって地図というのは、何処かに向かって行くためのものじゃない。
でも、迷路の中は、その何処かがないの。
何処もかしこも同じ迷路の中にしかすぎなくて、全ての場所に名もなく意味もないのよ。
■■
まあ、いつもおれたちはそんな話をしている訳じゃあない。
居酒屋で他愛のない話をしたあと、おれたちはホテルへ行く。
セックスはしない。
彼女はどうもそういうことが、苦手らしい。
彼女はそこで。
魔法をおれにかける。
おれは彼女の手によって意味を剥奪されていく。
おれは、おとこではなく。
おんなでもなく。
こどもでもなく。
おとなでもなく。
ひとでもなく。
動物でもない。
そう、彼女の望んだとおりの。
ひとつの迷路となって、彼女の前に横たわる。
おれは戯れに、彼女を水曜日の魔女と呼んでいる。
なぜ水曜日なのかって?
はじめて会う約束をしたときに、彼女が水曜日なら会えると言ったので。
まあ、なんとなく水曜日に会うことにしている。
水曜日、つまりウェンズデイっていうのは、確かオーディンの日ということだ。
だったら彼女は、ワルキューレなのかと言うと。
まあ、そういってもいいくらいには美しく、また勇ましくもあるんだが。
何かが決定的に、欠けている。
例えて言うならば。
全速力でサーキットを逆走する、F1マシンみたいなもので。
何処かに向かう力を、持っているんだろうけれど。
何処に向かっていいのか、判っていない。
ようするに、そんなおんなだ。
はじめてあったころ、彼女のバッグの中に一冊だけ本が入っているのを知った。
それは、ヴァージニア・ウルフのオルランドという小説だ。
おれはその小説が原作の映画を、若い頃に見たことがある。
当時付き合っていたおんなが見たいと言ったので、見たんだが。
はじまって五分もたたない間に、眠りの世界へと沈んでしまった。
彼女は、いつもその本を持ち歩いている。
何度も読み返しているらしい。
なぜその本を、そんなに読み返すのかというと。
判らなくなるから、らしい。
その本の内容がではなく。
自分が何者であるかが、判らなくなるという。
彼女は、その本のことをこう語っている。
■■
わたしが、オルランドと出逢ったのはね。
高校生のころだったかな。
そのころわたしのお父さんは、頭がぶっとんでしまっていて。
わたしはまあ、ある意味虐待に近いことをされてたのよ。
わたしは時々手錠をかけられ、部屋に監禁されてた。
お母さんはとっくに出ていってたし、誰もよりつかない家だったから。
まあ、問題になることはなかったのよね。
お父さんはわたしが狂っていて何をするか判らないので、わたしを守るために監禁しているつもりみたいだったけれど。
まあ、正直どうだったのかよく判らないとこも、あるのよね。
所々記憶がない部分も、あったりして。
なんにしても、食事とかはちゃんと与えてくれてたから。
あんまし不自由は、なかったんだけど。
退屈だったの。
お父さんにそう言ったら、本を買ってきてくれた。
それがオルランドだったの。
わたしはそれを読んだら、自分が何なのか判らなくなった。
おんななのか。
おとこなのか。
おとななのか。
こどもなのか。
ひとなのか。
動物なのか。
あらまあ、大変。
わたしは、迷路に迷い込んだのよ。
■■
で、時折自分が迷路にいることを再認識するために、読み返しているようだ。
迷路というのは、ようするに意味がないということらしい。
意味がない。
彼女はこんなふうに、迷路を表現する。
■■
たとえばさ。
迷路の地図を書くとするじゃあない。
でも、その地図にはなんの意味もないの。
だって地図というのは、何処かに向かって行くためのものじゃない。
でも、迷路の中は、その何処かがないの。
何処もかしこも同じ迷路の中にしかすぎなくて、全ての場所に名もなく意味もないのよ。
■■
まあ、いつもおれたちはそんな話をしている訳じゃあない。
居酒屋で他愛のない話をしたあと、おれたちはホテルへ行く。
セックスはしない。
彼女はどうもそういうことが、苦手らしい。
彼女はそこで。
魔法をおれにかける。
おれは彼女の手によって意味を剥奪されていく。
おれは、おとこではなく。
おんなでもなく。
こどもでもなく。
おとなでもなく。
ひとでもなく。
動物でもない。
そう、彼女の望んだとおりの。
ひとつの迷路となって、彼女の前に横たわる。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる