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第九話
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私は、Lをまっすぐ見つめる。Lの顔から冷笑が消え、再び警戒の光が瞳に灯る。
「この部屋だったんだろう」
「何がよ」
「君の赤ちゃんが消えていなくなったのは」
Lは暫く絶句していた。顔からは表情が消え、それでいて目まぐるしく考えを巡らせているように見える。
「違うわ。そこの隣の寝室」
「ああ、そうだったね。君のご主人が書いてくれた、君の赤ちゃんが消えた日のメモを読んでいたんだが」
「へえ、そんなの持ってるの」
「君からもらったんだよ? まあいい。このメモからすると、その日君のご主人は深夜に帰宅した。その時からメモは始まっている」
以下にそのLの夫のメモを引用してみる。
『それは夏の熱い夜だった。私が帰った時、Lは酷く焦燥した顔で私を迎えた。彼女は私を出迎えるなり子供の具合が悪いと言った。高熱が朝から続いており、解熱剤でも下がらないらしい。午前中に医者につれていったが、原因は判らないので暫く様子を見るようにという指示だったようだ。
子供は寝室に置いてあるベビーベッドに寝かされていた。今は多少薬が効いたらしく、よく眠っているようだ。Lは子供の寝ている寝室に私が入ることを禁じた。子供は家にあまりいない私には懐かず、一緒にいるとすぐに泣き出したので、しかたのないことだと思った。私は居間のソファに寝ることにしたが、なかなか寝付くことはできなかった。Lは子供につききっきりだったが、となりの寝室から時折ドアごしに子供の弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
Lは時折居間に入ってきて、冷蔵庫で氷嚢を交換していたようだ。私は、明け方には眠ってしまったが、Lは一晩中起きていたらしい。夜明けと同時に、酷く蒼ざめたLに起こされた。彼女は、静かに言った。子供がいなくなったと。
寝室への出入り口は、居間に面したドアが一つあるだけだった。そのドアは内側から鍵がかかる。Lは私を信用しておらず、私が突然部屋へ入ってくるのを恐れて内側から鍵を掛けていたようだ。窓は外に面しているが、マンションの6階であり、鍵がかかっていること以前に、そこから人が出入りてきるとは思えない。しかし、可能性としてはその窓から侵入者があり、子供をさらったくらいにしか思えない。
私はLを家に残し、近所にある警察署へ向かった。歩いて1分ほどのところなので、電話をするより速いと思ったためだ。
私が警察から戻った時に、Lは呆然とした顔で窯の前に座っていた。部屋の様子からすると、焼き物を造っていたらしい。彼女はその時から正気を失っていた。
警察の調査でも結局、子供の行方は判らなかった。私は妻と子供を同時に失ったようなものだ』
私が彼女の夫のメモを読み終えると、冷たい笑みをLは見せた。
「つくづく馬鹿ね、Oは」
Oというのは、私たちが彼女の夫に対してあたえた記号である。
「で、それがどうしたの?」
私はLを見つめる。Lは嘲笑の仮面をつけていた。彼女の心の底は読むことができない。しかし、私は直感的に彼女の心の深いところで激しい動きがあることを感じとっていた。
「私は、本当のことが知りたい」
「本当のこと?」
「真実だよ。この日いったい何が起こったのか。この時起こったことは一体なんだったのか。現象ではなく、真実が知りたい」
Lは、くつくつと喉の奥で笑う。
「真実を知りたいですって。いい言葉ね。あんたにしちゃ、上出来よ」
ふっと、Lが真顔になる。
「いいわ、教えてあげる」
その時、雷が鳴った。窓が無い部屋のためよく判らないが、結構近いところに落ちたようだ。彼女の表情は凍り付いている。
「あの時ね、闇が落ちてきたの」
「闇が落ちる?」
「そう、闇の司祭が私の前に降臨した。あの夜。黒い魔法の夜。魔物たちが吹き出して、世界を支配したあの夜。私は、闇に、呑まれた」
Lの言葉から、抑揚が失われた。まるで機械で合成されたような、少し甲高い声でLは語る。
「落ちてきた闇に呼応して、私の内側からも闇が吹き出した。魔物はどこかから来た訳では無くて、私の中から現れる」
雷が再度鳴る。Lの体が震えた。私は少し不安を感じたが、彼女の深層が表出し始めている今、中断するわけにはいかない。
「闇が落ちてきたといっているのは、事件のおきた日の夜、君のご主人のOが帰ってくる前におきた停電のことを言っているのかい?」
Lが答えようとしたその瞬間、激しい雷鳴とともに部屋が闇につつまれた。それはLが言ったように闇が落ちてきたという表現が相応しい出来事だ。
闇の中で、Lが悲痛な叫び声をあげる。私はドアを開け、Lを、いや、藤崎さんを部屋の外へ出した。
その日は、結局そのままロールプレイを中断するしか無かった。
セッション2 終了
「この部屋だったんだろう」
「何がよ」
「君の赤ちゃんが消えていなくなったのは」
Lは暫く絶句していた。顔からは表情が消え、それでいて目まぐるしく考えを巡らせているように見える。
「違うわ。そこの隣の寝室」
「ああ、そうだったね。君のご主人が書いてくれた、君の赤ちゃんが消えた日のメモを読んでいたんだが」
「へえ、そんなの持ってるの」
「君からもらったんだよ? まあいい。このメモからすると、その日君のご主人は深夜に帰宅した。その時からメモは始まっている」
以下にそのLの夫のメモを引用してみる。
『それは夏の熱い夜だった。私が帰った時、Lは酷く焦燥した顔で私を迎えた。彼女は私を出迎えるなり子供の具合が悪いと言った。高熱が朝から続いており、解熱剤でも下がらないらしい。午前中に医者につれていったが、原因は判らないので暫く様子を見るようにという指示だったようだ。
子供は寝室に置いてあるベビーベッドに寝かされていた。今は多少薬が効いたらしく、よく眠っているようだ。Lは子供の寝ている寝室に私が入ることを禁じた。子供は家にあまりいない私には懐かず、一緒にいるとすぐに泣き出したので、しかたのないことだと思った。私は居間のソファに寝ることにしたが、なかなか寝付くことはできなかった。Lは子供につききっきりだったが、となりの寝室から時折ドアごしに子供の弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
Lは時折居間に入ってきて、冷蔵庫で氷嚢を交換していたようだ。私は、明け方には眠ってしまったが、Lは一晩中起きていたらしい。夜明けと同時に、酷く蒼ざめたLに起こされた。彼女は、静かに言った。子供がいなくなったと。
寝室への出入り口は、居間に面したドアが一つあるだけだった。そのドアは内側から鍵がかかる。Lは私を信用しておらず、私が突然部屋へ入ってくるのを恐れて内側から鍵を掛けていたようだ。窓は外に面しているが、マンションの6階であり、鍵がかかっていること以前に、そこから人が出入りてきるとは思えない。しかし、可能性としてはその窓から侵入者があり、子供をさらったくらいにしか思えない。
私はLを家に残し、近所にある警察署へ向かった。歩いて1分ほどのところなので、電話をするより速いと思ったためだ。
私が警察から戻った時に、Lは呆然とした顔で窯の前に座っていた。部屋の様子からすると、焼き物を造っていたらしい。彼女はその時から正気を失っていた。
警察の調査でも結局、子供の行方は判らなかった。私は妻と子供を同時に失ったようなものだ』
私が彼女の夫のメモを読み終えると、冷たい笑みをLは見せた。
「つくづく馬鹿ね、Oは」
Oというのは、私たちが彼女の夫に対してあたえた記号である。
「で、それがどうしたの?」
私はLを見つめる。Lは嘲笑の仮面をつけていた。彼女の心の底は読むことができない。しかし、私は直感的に彼女の心の深いところで激しい動きがあることを感じとっていた。
「私は、本当のことが知りたい」
「本当のこと?」
「真実だよ。この日いったい何が起こったのか。この時起こったことは一体なんだったのか。現象ではなく、真実が知りたい」
Lは、くつくつと喉の奥で笑う。
「真実を知りたいですって。いい言葉ね。あんたにしちゃ、上出来よ」
ふっと、Lが真顔になる。
「いいわ、教えてあげる」
その時、雷が鳴った。窓が無い部屋のためよく判らないが、結構近いところに落ちたようだ。彼女の表情は凍り付いている。
「あの時ね、闇が落ちてきたの」
「闇が落ちる?」
「そう、闇の司祭が私の前に降臨した。あの夜。黒い魔法の夜。魔物たちが吹き出して、世界を支配したあの夜。私は、闇に、呑まれた」
Lの言葉から、抑揚が失われた。まるで機械で合成されたような、少し甲高い声でLは語る。
「落ちてきた闇に呼応して、私の内側からも闇が吹き出した。魔物はどこかから来た訳では無くて、私の中から現れる」
雷が再度鳴る。Lの体が震えた。私は少し不安を感じたが、彼女の深層が表出し始めている今、中断するわけにはいかない。
「闇が落ちてきたといっているのは、事件のおきた日の夜、君のご主人のOが帰ってくる前におきた停電のことを言っているのかい?」
Lが答えようとしたその瞬間、激しい雷鳴とともに部屋が闇につつまれた。それはLが言ったように闇が落ちてきたという表現が相応しい出来事だ。
闇の中で、Lが悲痛な叫び声をあげる。私はドアを開け、Lを、いや、藤崎さんを部屋の外へ出した。
その日は、結局そのままロールプレイを中断するしか無かった。
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