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第二章 別れ 1
いよいよ今日は、お母さんとのお別れの日です。
僕たちは、分娩柵の中から一頭ずつ取り出されて体重を計られると、柵が取り付けられた台車に載せられて哺育豚舎に運ばれて行きます。
お母さんは「ブッ!、ブッ!」と短く鳴きながら、心配そうな顔をして運ばれて行く僕らを見ています。
そしてお母さんは、分娩柵の後ろの止め金具が外されると、頭を軽く叩かれ後ろへと誘導され後ろ向きに通路へと下りて来ます。実に四週間ぶりにお母さんは自分の足で歩くと、母豚の繁殖用豚舎に連れて行かれます。そこで交配された後、その豚舎で約三ヶ月を過ごし、分娩の一週間前にはまた、分娩豚舎に戻り出産をします。
僕たちは台車に載せられ、哺育豚舎に運ばれて来ました。
この豚舎は分娩豚舎に比べてずっと大きく、通路を挟んで両側に、鉄柵で仕切られた豚房がズラッと並んでいます。豚舎の両側の壁には窓があって、外の景色が良く見えます。
豚舎の外にはまだ雪が積もっていて、ここは分娩豚舎に比べるとずっと寒く感じられます。でも、豚房の中には保温電球が幾つも吊るされていて、この冬の最中でも部屋の中はとても暖かです。
豚房の床はコンクリートで、その上に細かく切られたワラとオガクズが、一面に撒かれて敷き詰められています。
僕たちはこの豚房の一部屋に、分娩の日にちが近いお母さんの違うほかの子豚たち、二腹から三腹のグループを一緒にして収容されます。
最初は、初めて会う見ず知らずの子豚たちが一緒の部屋に入れられたものだから、あちこちで子豚どうしの喧嘩が始まります。でもしばらくバタバタと騒いでいる内に、お互いの匂いが混じり合い、もうお互いのことを気にしなくなります。
僕の豚房でも三つの分娩グループが一緒になったものだから、あっちでもこっちでも小競り合いを始めています。僕も体格の良い茶色い豚の挑発に、ついムキになって突っ掛って行ったんですが、あっさりと負けてしまい体中が傷だらけです。
僕の豚房には僕たちと、茶色い毛の色をしたデュロック種の純粋種が集められています。
哺育豚舎では、初めの一週間くらいは人工乳の前期飼料をもらって食べます。これは白くて甘い香りの、おっぱいに近い成分の餌です。そして人工乳の後期飼料へと切り替わりますが、この餌は茶色くて匂いもあまりありません。餌箱は大きな給餌器に代わり、一度に三頭くらいが頭を入れて食べることができます。
それぞれの豚房から続く建物の外にも運動場があって、外でも駆け回って遊ぶことができます。
僕はここで、初めて雪というものに触ることができました。今までは、遠くから眺めて観ているだけでしたが。
試しに雪の中に、白い毛で覆われた鼻先を突っ込んでみると、雪は ジンッ! と冷たく、乾いた匂いがしました。でも、その刺すような冷たさに身体が凍えて、僕は慌てて鼻を引っ込めると豚舎の中に飛び込みました。そして、天井から吊るされている温かな赤い光で満たされた保温電球の傘の下に、そっと鼻先を差し込みました。
毎日、朝と夕方には、掃除の兄ちゃんがやって来ます。青い色の上下のツナギの作業服に身を包んで、頭に赤い野球帽を被り白い長靴を履いています。兄ちゃんは豚房と外の運動場の糞をスコップでかき取り、リヤカーに載せていきます。僕も時々、運動場でまごまごしていると、「邪魔!」とばかり ピシャンッ‼ とスコップで尻を叩かれ、痛い思いをしています。
そして掃除が終わると、兄ちゃんは台車に袋に入った餌を山のように積んで来て、袋の口の糸を抜いて袋を開けると、各豚房の給餌器に餌を落とし込んでいきます。
僕たち豚は、将来親豚になって子豚を生産していく役目の種豚と、餌をたんまりお腹一杯食べて太り、肥育されて食肉になる肉豚に大きく分かれます。
それを、この育成豚舎にいる間に見極められ、選抜されていくのです。
僕を含めた純粋種の雄豚は、特に血筋や乳頭の数、そして体形などが重視されます。将来、種豚となって繁殖に使われる種雄豚として選抜されて、残ることができる豚は本当に極わずかです。残りの選抜に漏れた雄豚は全て、肉に雄臭さが移らない様に去勢されて、肉豚として肥育されてしまいます。
雌豚の場合には、これも血筋や乳頭数、そして体形などを基に選抜が行われ、お母さんの様な繁殖雌豚になれるか、それとも肉豚として肥育するかが決まります。
ただ、三つの純粋種の品種が交配されて生産された三元肉豚は、否応無く無条件で全ての豚が肉豚にされます。この時、三元肉豚の雄は全て、去勢されてしまいます。
でも僕の様な肉質が優れているバークシャー種は、純粋種のまま肉豚として肥育されます。だから、僕が種豚として残れるかどうかはすごく不安です。
肉豚としての肥育期間は、三元肉豚が生後六ヶ月、バークシャー種で生後約十ヶ月くらいです。肥育後は食肉処理場に出荷されてと殺、つまり殺され豚肉となる運命です。だから肉豚は、長くても生後十ヶ月くらいの命でしかない訳です。
それが運良く種豚になれれば、繁殖豚として三年以上の命が保障されます。僕も、この繁殖豚として種雄豚になれるよう祈るばかりです。
その繁殖豚としての見極めの時期が、刻々と近づいて来ています。だから僕も、毎日不安な気持ちで過ごしているこの頃です。
僕たちは、分娩柵の中から一頭ずつ取り出されて体重を計られると、柵が取り付けられた台車に載せられて哺育豚舎に運ばれて行きます。
お母さんは「ブッ!、ブッ!」と短く鳴きながら、心配そうな顔をして運ばれて行く僕らを見ています。
そしてお母さんは、分娩柵の後ろの止め金具が外されると、頭を軽く叩かれ後ろへと誘導され後ろ向きに通路へと下りて来ます。実に四週間ぶりにお母さんは自分の足で歩くと、母豚の繁殖用豚舎に連れて行かれます。そこで交配された後、その豚舎で約三ヶ月を過ごし、分娩の一週間前にはまた、分娩豚舎に戻り出産をします。
僕たちは台車に載せられ、哺育豚舎に運ばれて来ました。
この豚舎は分娩豚舎に比べてずっと大きく、通路を挟んで両側に、鉄柵で仕切られた豚房がズラッと並んでいます。豚舎の両側の壁には窓があって、外の景色が良く見えます。
豚舎の外にはまだ雪が積もっていて、ここは分娩豚舎に比べるとずっと寒く感じられます。でも、豚房の中には保温電球が幾つも吊るされていて、この冬の最中でも部屋の中はとても暖かです。
豚房の床はコンクリートで、その上に細かく切られたワラとオガクズが、一面に撒かれて敷き詰められています。
僕たちはこの豚房の一部屋に、分娩の日にちが近いお母さんの違うほかの子豚たち、二腹から三腹のグループを一緒にして収容されます。
最初は、初めて会う見ず知らずの子豚たちが一緒の部屋に入れられたものだから、あちこちで子豚どうしの喧嘩が始まります。でもしばらくバタバタと騒いでいる内に、お互いの匂いが混じり合い、もうお互いのことを気にしなくなります。
僕の豚房でも三つの分娩グループが一緒になったものだから、あっちでもこっちでも小競り合いを始めています。僕も体格の良い茶色い豚の挑発に、ついムキになって突っ掛って行ったんですが、あっさりと負けてしまい体中が傷だらけです。
僕の豚房には僕たちと、茶色い毛の色をしたデュロック種の純粋種が集められています。
哺育豚舎では、初めの一週間くらいは人工乳の前期飼料をもらって食べます。これは白くて甘い香りの、おっぱいに近い成分の餌です。そして人工乳の後期飼料へと切り替わりますが、この餌は茶色くて匂いもあまりありません。餌箱は大きな給餌器に代わり、一度に三頭くらいが頭を入れて食べることができます。
それぞれの豚房から続く建物の外にも運動場があって、外でも駆け回って遊ぶことができます。
僕はここで、初めて雪というものに触ることができました。今までは、遠くから眺めて観ているだけでしたが。
試しに雪の中に、白い毛で覆われた鼻先を突っ込んでみると、雪は ジンッ! と冷たく、乾いた匂いがしました。でも、その刺すような冷たさに身体が凍えて、僕は慌てて鼻を引っ込めると豚舎の中に飛び込みました。そして、天井から吊るされている温かな赤い光で満たされた保温電球の傘の下に、そっと鼻先を差し込みました。
毎日、朝と夕方には、掃除の兄ちゃんがやって来ます。青い色の上下のツナギの作業服に身を包んで、頭に赤い野球帽を被り白い長靴を履いています。兄ちゃんは豚房と外の運動場の糞をスコップでかき取り、リヤカーに載せていきます。僕も時々、運動場でまごまごしていると、「邪魔!」とばかり ピシャンッ‼ とスコップで尻を叩かれ、痛い思いをしています。
そして掃除が終わると、兄ちゃんは台車に袋に入った餌を山のように積んで来て、袋の口の糸を抜いて袋を開けると、各豚房の給餌器に餌を落とし込んでいきます。
僕たち豚は、将来親豚になって子豚を生産していく役目の種豚と、餌をたんまりお腹一杯食べて太り、肥育されて食肉になる肉豚に大きく分かれます。
それを、この育成豚舎にいる間に見極められ、選抜されていくのです。
僕を含めた純粋種の雄豚は、特に血筋や乳頭の数、そして体形などが重視されます。将来、種豚となって繁殖に使われる種雄豚として選抜されて、残ることができる豚は本当に極わずかです。残りの選抜に漏れた雄豚は全て、肉に雄臭さが移らない様に去勢されて、肉豚として肥育されてしまいます。
雌豚の場合には、これも血筋や乳頭数、そして体形などを基に選抜が行われ、お母さんの様な繁殖雌豚になれるか、それとも肉豚として肥育するかが決まります。
ただ、三つの純粋種の品種が交配されて生産された三元肉豚は、否応無く無条件で全ての豚が肉豚にされます。この時、三元肉豚の雄は全て、去勢されてしまいます。
でも僕の様な肉質が優れているバークシャー種は、純粋種のまま肉豚として肥育されます。だから、僕が種豚として残れるかどうかはすごく不安です。
肉豚としての肥育期間は、三元肉豚が生後六ヶ月、バークシャー種で生後約十ヶ月くらいです。肥育後は食肉処理場に出荷されてと殺、つまり殺され豚肉となる運命です。だから肉豚は、長くても生後十ヶ月くらいの命でしかない訳です。
それが運良く種豚になれれば、繁殖豚として三年以上の命が保障されます。僕も、この繁殖豚として種雄豚になれるよう祈るばかりです。
その繁殖豚としての見極めの時期が、刻々と近づいて来ています。だから僕も、毎日不安な気持ちで過ごしているこの頃です。
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