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第十話 不穏な街とお腹の音

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 何も見えない深い深い闇の中、ただ誰かのすすり泣く声だけが聞こえる。「誰?」と呼びかけてみても、すすり泣く声以外、返ってくる言葉はない。
 ずっと泣かれていても困るから、声の主を探そうと暗闇を彷徨ってみるけど、何も見つからない。
 ただ待っていると、次第に暗闇が晴れて二人の男女がいる事が分かった。
 そう、すすり泣いていた男女の正体は、私の両親だった。



「はっ⋯⋯!!」

「おやおや、随分とうなされているようでしたが、怖い夢でも見ましたか?」



 どうやら私は夢を見て魘されていた様で、レミリエルさんに頭を撫でられた。
 そして、夢に泣いている両親が出て来た。今まであまり実感は湧かなかったが、本当に私は死んだんだなという実感が今更湧いてきた。
 あまり気持ちのいい目覚めでは無いな。



「親孝行、できなかったな」

「前の世界の両親の夢でも見ていたんですか?」

「はい⋯⋯。夢の中で泣いていました」


 私が夢の中の出来事を打ち明けると、レミリエルさんは私を抱きしめた。
 頭を撫でながら、レミリエルさんは「私がお母さんになってあげましょうか?」と呟く。


「お母さんって⋯⋯。レミリエルさん幾つなんですか?」

「まだ十八歳ですが」

「ならお姉ちゃんですね。あと、レミリエルさんからはお姉ちゃんって感じしないです」

「まあ、私妹でしたしね。お姉ちゃんらしくはないのかもしれません」


 と言いつつ、レミリエルさんは私を抱きしめている。
 あまりお姉ちゃんの様な感じはしないが、何処か安心する。天使だからかな。



「そういえばエルノアさんってお幾つ何ですか?」

「えと、今十三歳で⋯⋯、あれ今日何日でしたっけ?」

「今日は確か四月の二十六日ですね。それがどうかしましたか?」

「⋯⋯⋯⋯今日、私の誕生日です」



 レミリエルさんに言われるまですっかり忘れていた、今日は私の誕生日だ。異世界の時間軸だから、本当に今日が誕生日なのかは分からないけど。
 私十四歳かぁ⋯⋯。いや、享年十三歳だから実質一歳?   やめよう、ブラックだ。


「誕生日ならお祝いしないと行けませんねぇ。十四歳ですか、四つ下ですねぇ」

「お祝いですか?  いいですよ、誕生日とかあんまり興味無いんで⋯⋯」

「誕生日は大事ですよ?   私は以前一人で十八歳の誕生日を迎えた時、すごく寂しかったですから。誰かといる時は祝ってもらうべきですよ」


 レミリエルさんは「着替えて下さい、お祝いしますよ」と、私を着替えさせると、すぐに宿屋を出た。
 誕生日のお祝い、両親が何かをしてくれたのは覚えてるけど、あまり記憶には残っていない。



「さあ、今日は街を一日中ふらり旅しましょう。欲しい物があったら何でも買ってあげます」

「有難いですけど、欲しい物なんてないですよ?  そもそも何が売っているのかも分からないですし」

「まあまあ、これから必要になってくるものも有るでしょうし。見ていたら欲しいものだって出てきますよ、行きましょう」



 レミリエルさんは私の手を引き、街を歩いていく。
 街の景色は、木製の住宅と露店が幾つも立ち並んでいる。至って平和だ。
 せっかく何か買って貰えると言うのなら、何が売っているのかよく店を見ておこう。


「ん、めぼしい物はありますか?」

「いえ、あんまり⋯⋯。元々物欲がなかったので、やっぱり誕生日プレゼントなんていいですよ?」

「んー、じゃあ杖でも買いに行きましょうか?」

「杖ですか?  杖ってあのお年寄りが使うやつですか?  私まだ一人で歩けますよ」

 私の問いかけに、レミリエルさんはわざとらしく咳払いをしてから、「違います、魔法を使う方の杖です」と言った。
 魔法を使う方の杖、確かに魔法が使えたら自衛ができる気もしれない。
 それに魔法が使えたらなんか楽しそう。


「お、乗り気ですか?魔法が使えたら何かとお金稼ぎに役立ちますからね」

「まあ、洗脳とか出来たら役立ちますね」

「え、そういう感じで使っちゃいます?」

 レミリエルさんは、「それはいけませんよ」、と私を咎める。案外レミリエルやってそうだけどな。
 暫く露店が立ち並ぶ通りを歩いて、レミリエルさんは「あ」と呟き、立ち止まった。
 目の前には、杖を沢山並べた露店があり、店主らしき人が物凄い熱量をもって営業をしている。

「安いよ、安いよ!  杖安い!」

「あの店で杖買いましょうか?  なんか安いらしいですし」

「店員さんの熱量が嫌です⋯⋯。いや、まあ良いんですけどね」


 私達が店の前で立ち止まった事に気付いた店員さんは、更に熱量強く、「安い!安い!」と叫び始めた。
 正直、私達はドン引きしたけど、他に店を探すのも面倒だったのでそこで杖を買うことを決めた。


「あの、杖一本欲しいです⋯⋯」

「安いよ、安い!!!」

「どの杖がいいとかあるんですか?」

「安いからぁ!!   買えぇぇ!!!」


 店員さんは物凄い圧で叫び散らしてきた。もはや客である私の言う事など聞いてはいまい。
 ただひたすらに安いを叫びまくる悪魔と化している。


「レミリエルさん⋯⋯この人、安いしか言わないんですけど」

「ならいっそ無料にしてもらいましょう」


 レミリエルさんは置いてあった杖を、一本手に取り、「これいいんじゃないですか?」等と言った後、杖を取って私の手を引いて店を後にした。


「あ、あの?お金払ってないんですけど?」

「そんなに安いなら無料でも対して問題はないでしょう?  文句を言われる前に行きますよ?」

「問題は無いのに文句は言われるんですか⋯⋯?  それに窃盗⋯⋯」


 私の問い掛けに、レミリエルさんは笑顔で「ん?」と返してきました。その心、闇に染っていますね。
 店員さんの「安い! 安い!」と言う声が後ろから聞こえてくる。杖、強奪されたのに気付いてないのかな。

 暫く歩いた後、レミリエルさんは「誕生日プレゼントです」、と実質盗んだ杖を私に手渡し来ました。
 私は大人しく杖を受け取る。杖、振ってみたら魔法とか出るのかな。



「魔法が使えたら服の大量生産とかできますよ。まあ、デザイン出来なければ意味ないですけど」

「ははは、それはそうですね。でも、大量生産は良さげですね」


 もしもブランドを確立して人気になれば、それだけ数が求められる、異世界では魔法が大量生産の役割を担っているのかな。一人で出来たらかなり経費削減かも。



「まあ何れ教えますよ、魔法。ちなみに私はそこそこ厳しいです」

「お手柔らかにお願いしますね?」


 私たちは他愛のない話をした後、宿屋へと戻った。
 途中、安宿の受付を済ませた際に、平和な街とは似つかないような噂話を受付の方から聞いた。

「実は最近、無差別殺人が連続していて⋯⋯」

「平和な街ではなかったので⋯⋯?  それに無差別殺人とは?」

「今ではすっかり不穏な街です。不思議な事に死体は見付からないんですけど、いつも事件現場と思われる場所に血痕がついているのと、行方不明者が出ています」

「ええ⋯⋯マジですか」

「マジです。ですので、お客様も夜道にはお気をつけて」

「ご忠告どうも、気を付けます」

 という内容を、レミリエルさんが受け付きの方と会話しているのを私も盗み聞きしていた。
 レミリエルさんは、私の方を向きながら「解決しましょうか⋯⋯」、等と呟いている。
 なるほど、こういった事件の解決も天使の役目なんだろう。天使、そう考えると大変な生き物だな⋯⋯。

 私達は貰った鍵で部屋の扉を開け、部屋の内装を確認する。見ると、中々に小綺麗な部屋だ。
 ベッドもしっかり二つついてるし、綺麗に掃除されている。
 常夜の国とは大違いだ。

「ここなら気持ちよく眠れそうですね⋯⋯?」

「ええ、常夜の国とは大違いです、二度と行くかあのぼったくり店」

 レミリエルさんは、あの時の事を思い出したのか怒り心頭、と言った様な笑顔を浮かべている。
 宿を確保した私達は、月明かりで街が照らされる夜にある問題に直面していた。


「お腹すきません?」

「お腹すきましたね⋯⋯。レミリエルさん、この宿って食事はでるんでしたっけ?」

「ケチって出ない方にしちゃいました⋯⋯」

 食事が出ない事を知ってもなお、私の腹の音はぐぅと鳴る。
 その腹の音を聞いたレミリエルさんは、「何か買ってきます」、と部屋を出ようとする。
 流石に、私の為に一人で買いに行かせるのは気が引ける。

「待ってください、私も行きます」

 言いながらも、先程の受付の方からの話を思い出した。
 少し胸に不安を覚えながらも、私はレミリエルさんを待たせる訳にもいかなく、急いで身支度をした。


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