薄明かりの下で君は笑う

ひいらぎ

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新幹線を降りた人たちが、一斉に改札を出ていった。
駅のベンチでぼんやりと眺めながら目をつぶろうとしたとき、どこかで見たグレーのロングコートが視界に飛び込んでくる。


「いやぁ、本当に悪かったね。今日のカメラマンさん、ちょっとしつこかったでしょう?  ここはそうじゃないと、とか段取りがちがう、とかさ。休憩時間もほとんどなくてごめんよ」

「酒井さんが悪いわけじゃない。俺は問題ないから気にするなよ、あんたにはいつも助けられてる」

「僕の方こそ、人気No.1の嵐川くんのアシスタントをできて光栄だ」

「過去の話だろ、恥ずかしいからやめてくれ」

「ははは、いまでもキミの人気は廃れてない」


自販機を利用する志野とマネージャーの姿に、おれは思わず隠れたくなった。
志野がいる。
声をかけたいのに、怖くてそれができない。


「それじゃ、僕も休ませてもらうよ」

「ああ、おやすみ」


全身の力が抜ける。
志野に、声をかけないと。
やっと帰ってきたんだって、言わないと。
このままどこかに行ってしまう。


「っ……はぁ……し……」


あれ、うまく立てない。
足元がふらつく。
頭もぼんやりしていてダメ……


「……は、肇……?」


朦朧とした意識のなかで、はっきりと聞こえた志野の声。
目が合うと、キャリーケースを置いて駆け寄ってくるのが見えた。


「お……前っ、なんでここにいるんだ……!  いつから待ってた、なんだこの熱っ」

「しの……も、帰ってこなく……なて、おれ、飽きられ……」

「はぁ!?  帰らないわけないだろっ、俺の家でもあんだぞ。チッ……ちょっと待ってろ、すぐタクシー呼ぶ」


こんなに焦っている志野は初めて見た。
なんだか、悪いことをした気分だった。
同時に見放されていなかったことに、ひどく安堵する。


「クソ……高熱じゃねえか。何時からいたんだ、この寒いとこに」

「はち、じ」

「バカじゃねえのっ……家で待ってりゃいいだろ」

「……志野、ずっとそっけなかった」

「あぁ?」

「大阪行くときも、ためらいないし……メッセージ既読つかないし、電話しても、冷たくて……怖かった」

「っ」

「もう棄てられるかもって、おれが甘えすぎたから……飽きられたって」

「っ……そんなわけないだろ」


ぎゅっと強く抱きしめられる。
冷えきっているのに体は熱く、意識もふわふわ浮いている。
それでも志野の体は心地いい。


「不安にさせて悪かった」

「おれ……もっと、がんばる」

「やめろ。飽きたとかそういうんじゃねえよ、ただ……俺のいないところで変に連絡しまくればお前はもっと1人が耐えられなくなると思った。亮雅がいるから大丈夫だと勝手に思っていたんだ、すまない」

「……おれのこと、嫌いじゃない?」

「嫌いなわけねえよ。もうしゃべるな、体温おかしいんだよ」


志野、ごめん。
強くなるって決めていたのに。
信じるって言ったのに。
また志野を信じられなかった。


「ごめ……」

「謝らなくていい。でもこんなことはもうするな、肇の体が壊れるだろ」

「……」


おれを抱きしめる志野の手が熱くて、ぼろぼろと涙があふれてくる。
自分の体を気遣われると思わなかった。

タクシーで帰宅するなり、真っ先に寝室に運ばれた。
視界はまだぼんやりしていて見えづらい。
ふるえが収まらない体を抱きしめると、ベッドに腰かけた志野に腕を押さえられる。


「んっ……志野、さむい……っ」

「コートも着たままじゃよくないだろ。少し我慢しろ」

「はぁ……さむ、い」


なかば乱暴に服を脱がされ、露出した肌がさらに寒気を覚える。
暖房が効いているはずなのに異常なふるえが続いている。


「うぅ……ふ……」

「大丈夫か」

「しの……さむ、すぎる……っ」

「待ってろ、解熱剤を持ってくる」


おれの服をクローゼットからとり、慣れた手つきで着せてくれた。
温かい布地の服でも寒くて寒くて、身をよじって耐える。


「飲めるか?」

「ん……」


背を支えられ、口元に当てられた水を飲もうとするものの、飲みきれずにこぼれてしまう。


「げほっ、けほ……のめない」

「……我慢しろ」


志野が錠剤と水を自ら口に含んだかと思えば、おれの唇に当てがわれた。
苦しい呼吸のなかで甘いとろけるような口づけをされ、意識が持っていかれそうになる。


「ん、く……ふぅ……」


溶けて消えてしまいそう。
錠剤と水がのどを通り、咳き込みそうになった。


「はっ、はぁ……もうキス、しんどいっ……」

「38°も出てりゃ、しんどいだろうな。明日の仕事は休め」

「んん……ごめん、なさい」

「体拭くもん持ってくる」


あ……手が、離れた……
いやだ、志野がおれのそばから離れていってしまう。


「やッ……」

「っ」


反射的に志野の手をつかんでいた。
体はふるえが止まらないのに熱くて、気持ちが悪い。
それでもこの手を離せば消えていきそうで怖い。


「肇、大丈夫だ。隣の部屋からりんごジュースを取ってくるだけだよ」

「……ひとりに……しな、いで……っ志野が、いないのは怖いっ……」

「…………肇、俺は絶対にいなくならない。お前はいま体が弱っているから少し離れるのも怖いんだよ。すぐに戻ってくる」

「しのっ……」


志野はおれの首筋にキスをして、寝室を出ていってしまった。
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