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13巻
13-1
しおりを挟む第1章 タクマ、新たな家族を連れていく
1 自己紹介
異世界・ヴェルドミールに飛ばされてきたおっさん、タクマ。
パミル王国の国境を守る方法を模索していたタクマは、日本人転移者・瀬川雄太が遺した魔道具を発見する。その魔道具はゲートキーパーと呼ばれ、なぜか巫女の衣装を着たフィギュアのような見た目をしていた。
タクマが試しに魔力を流してみると、突然ゲートキーパーは眩しい光を放ちながら、声を発したのだった――
◇ ◇ ◇
「私、ふっかーーーつ!!」
「フィ、フィギュアが喋った……!?」
タクマのサポート役の精霊・ナビは動揺して声を上げる。さっきまではフィギュアにしか見えなかったゲートキーパーが突然動き、話し始めたからだ。
タクマはゲートキーパーが放った閃光を直視してしまい、あまりの眩しさに目を押さえながら地面にしゃがみ込み、苦悶している。
そのうちに、ゲートキーパーが放っていた光が徐々に収まっていく。
周囲の光が収まると、ゲートキーパーは決めポーズをして立っていた。両手を空につき上げたまま、微動だにしない。
ゲートキーパーがこんな事をしている理由は、自分を起動させた人間をびっくりさせたいというものだった。
ゲートキーパーは、瀬川雄太が隠していたレアアイテムである。そのレアアイテムを見つけた時にふさわしい、派手な演出が必要だと考えたのだ。
なので挨拶代わりに閃光を放ってみたのだが、タクマからはなんの反応もない。
ゲートキーパーは、ちらっとタクマたちの方を窺う。
しかしゲートキーパーの目に入ったのは、演出にびっくりするタクマの姿ではなく、両手に電撃の魔法を纏い、今にも飛びかかってきそうなナビの姿だった。
怒りのオーラを纏ったナビは、底冷えのする声で言う。
「……あなた、私のマスターに何をしてくれたのかしら?」
ナビの尋常でない怒りを感じ、ゲートキーパーは青い顔になる。
「あ、あれ……? もしかして、やりすぎちゃった……?」
ナビは怒りの表情を浮かべたまま、静かに頷く。
「わ、悪気はなかったの! ただ、驚かせたかっただけなの! 本当にごめんなさい!」
自分が悪ノリした事を、すぐさま謝罪するゲートキーパー。
「…………」
ナビはゲートキーパーが本心から謝っていると感じ、深く息を吐いた。
「悪気がなかったというのは分かりました。ですが、人間は強い光を直視すると、失明する危険もあるのです。驚かせるにしても方法を選ぶべきです」
「了解しました! もうしません!」
ナビの厳しい口調に、ゲートキーパーは敬礼をし、姿勢を正した。ゲートキーパーは、ナビが敵に回してはならない相手であると直感で理解したのだ。
「あなたはそこで静かに待っていなさい」
「仰せのままに!」
ナビは、ゲートキーパーをその場に待機させる。そして、まだ地面にしゃがんでいるタクマに近付いた。
「マスター、大丈夫ですか? 落ち着いて、目に回復の魔法をかけてください」
目に閃光を浴びて苦しんでいたタクマは、ナビの声を聞いて少し冷静になった。深呼吸をすると、魔力を練り上げて目に流す。
タクマが目を開けると、先ほどまで真っ白になっていた視界は元に戻っていた。
「マスター、大丈夫ですか?」
ナビは優しい声色でタクマに尋ねる。
「ああ、ありがとう。どうにか回復できた……それにしても、びっくりしたな」
ナビはタクマの呆気に取られた表情を見て、くすっと笑う。
「私もびっくりしました。マスターが悶え苦しむ姿なんて、初めて見ましたから」
ふふっと笑い声を立てるナビに対し、タクマは苦笑いを浮かべる。
「いやいや、さっきは本当にヤバかったんだぞ……それで、あのフィギュアはどうなったんだ?」
タクマはずっとうずくまっていたせいで、状況を理解していなかった。
そんなタクマに、ナビが説明する。
「ゲートキーパーは、マスターが魔力を流した事で無事起動しました。そして、自分を起こした者を驚かせたくて閃光を放ったようです。私から注意をしておいたので、もうしないと思います」
タクマがゲートキーパーの方を見ると、ゲートキーパーは敬礼の姿勢のまま、緊張した様子で固まっていた。
「なんか随分と怯えているが、一体何があったんだ……?」
怪訝な顔をするタクマに、ナビは平然と答える。
「いえ、特に何もありません。私は趣味の悪いサプライズを注意しただけです」
口ではそう言いながらも、ナビの声にはうっすら怒りが滲んでいた。普段は落ち着いているナビでも、タクマが危険に晒されると冷静さを失ってしまうのだ。
「……そうか。ナビは俺のために怒ってくれたんだな。心配してくれてありがとう」
タクマはナビの態度から事情を察し、彼女に感謝を伝えた。
「なっ!?」
タクマに頭を下げられたナビは、顔を真っ赤にしてあたふたする。
「そ、そんな事よりも、アレをどうにかしましょう! ええ、そうしましょう!」
慌てているのをごまかすように話を変えるナビを見て、タクマはつい微笑んだ。
そしてタクマは、ゲートキーパーに目を向ける。
「で、君がゲートキーパーで間違いないんだよな? 随分とユニークな起動だったけど……」
ちなみにタクマは、先ほどの閃光に驚きはしたものの、ゲートキーパーを怒るつもりはなかった。ナビが注意してくれたと聞いていたので、重ねて自分から注意する必要はないと考えたのだ。
ゲートキーパーは、敬礼の姿勢のまま自己紹介を始める。
「はっ、先ほどは申し訳ございませんでした! 自分はゲートキーパーのイーファと申します! 創造主様――瀬川雄太に作られた人工精霊として、魔道具に宿っている存在です。どうぞよろしくお願いします!」
叫ぶイーファに、タクマは苦笑いを浮かべる。
「イーファか。俺はタクマだ。そんなかしこまった言葉遣いじゃなくて大丈夫だぞ。俺も肩がこるし、君も話しづらいだろ?」
タクマの言葉を聞いたイーファは、戸惑った様子でナビを見る。既にイーファの中では、ナビは自分より格上の存在だと位置づけられているのだ。
「マスターが許可されるなら、普通に話して大丈夫です」
ナビがそう言うと、イーファはほっとした様子で話し始める。
「いや~、本当にごめんね。人間が閃光であそこまでダメージを受けるとは思ってなくてさ。タクマさん――いや、私を起動してくれた人だから、マスターさんって呼ばせてもらうね! マスターさんが寛容な人でよかったよ」
「まあ、次からは気を付けてくれよ……それより、早速だけど本題に入らせてくれ」
タクマはイーファに、これまでの経緯を話した。
タクマは当初ダンジョンコアを使用し、パミル王国全体に、トーランの町のような防御システムを構築しようとしていた。しかし、ダンジョンコアを作るには人間や精霊の命が必要になると知り、断念して新しい方法を探していたのである。
タクマから事情を聞いたイーファは、胸を張る。
「なるほどね。国境の防備を強化したいなら、ゲートキーパーの力を使ってくれれば問題ないよ!」
それを聞いて、タクマはほっとする。
「そう言ってくれるならありがたい。最初はダンジョンコアを作るつもりだったから、ゲートキーパーっていうアイテムが存在する事も、その効果も分からなかったんだ」
「じゃあ、どうやって私にたどり着いたの?」
きょとんとするイーファに、タクマは瀬川雄太の残したメッセージのおかげだと説明した。
「なるほど……創造主様なら、メッセージを残すのなんてお手の物だものね」
イーファは納得した様子で言う。瀬川雄太なら当然そのくらいできるといった口ぶりだ。
タクマは、イーファは瀬川雄太と共に過ごし、彼の能力の高さを目の当たりにしてきたのだと感じた。
タクマも、行く先々で瀬川雄太が残してくれたアイテムに出会い、彼のすごさを体感してきた。しかし、彼の人物像についてはよく分かっていない。
そこでタクマは、イーファに尋ねてみる。
「なあ、イーファ。瀬川雄太――君の創造主は、どんな人間だったんだ?」
「ん? そうだな~……一言でいえば、人間嫌い? 私を作った時には、山奥で自給自足の生活をしていたんだ。周囲に他の人間がいる事はなかったな。いつもブツブツと独り言を言いながら、私のようなアイテムを作ってた」
イーファの話からは、瀬川雄太が孤独を愛していたのが伝わってきた。人と交流するよりも、一人で物作りをするのが性に合っていたのだろうと、タクマは考える。
「彼の住んでいた場所には、誰も訪ねてこなかったのか?」
タクマがそう聞くと、イーファは頷く。
「そうだね。私が生まれてから、侵入者以外は誰も来てなかったな。それに創造主様は、人と会うよりも優先すべき事があると言ってたねー」
タクマはヴェルドミールに来た当初、一人で生きたいという考えを持っていた。しかし、この世界に馴染んでいくうちに、生きていくのには人との繋がりが不可欠だと思うようになった。
一方で、瀬川雄太は人との繋がりを遮断してまで、物作りに没頭していたという。タクマには、その理由が気になった。
「世間から距離を置いてまで優先すべき事って、なんなんだ?」
「創造主様は、自分と同じ故郷を持つ人間が、この世界でも快適に暮らせるものを作るんだって言ってたよ。自分がこの世界から故郷へ帰るのはおそらく不可能だから、せめて同郷の人を助けたいって。その時の創造主様、すごく悲しそうな顔してたな」
そう答えたイーファは、当時を思い出して切ない表情を浮かべる。
「同郷の人間に、この世界で自分のような苦労をしてほしくない……創造主様はそう思っていたみたいだよ」
イーファの言葉を聞いて、タクマはこう考えた。
(瀬川雄太はこの世界で、人との交流を避けてたみたいだが……この世界に来た当初の俺みたいに、人間嫌いってわけじゃなかったんだろうな。人間嫌いなら、人のためにアイテムを作ろうなんて絶対に思わないはずだ)
タクマは、瀬川雄太の苦労に思いを馳せながら言う。
「そうか……イーファの創造主は優しい男だな」
イーファは大きく頷いた。
「うん! 創造主様は本当に優しかったんだよ。作ってくれるご飯もお菓子も、すごくおいしかったし! それに、私一人じゃ寂しいだろうからって、仲間のゲートキーパーをいっぱい作ってくれたんだ」
「そうか……」
タクマはイーファの話を聞いて微笑んだ。瀬川雄太の生活が、完全に孤独ではなかったと理解できたからだ。瀬川雄太は人を寄せつけずに過ごしていたのかもしれないが、イーファのような意思を持つアイテムたちに囲まれていたのなら、救いになった事だろう。
(こんなに楽しそうに話すって事は、イーファにとっても、瀬川雄太との生活は幸せなものだったんだろうな)
タクマがそう考えていると、イーファが慌てて言う。
「あっ! 創造主様の事ばかり話しちゃったね! 話を本題に戻さないと」
「いや、瀬川雄太の事を聞いたのは俺だし、気にしないでくれ。でも、確かに王都で人を待たせているんだよな……彼の話は、またゆっくり聞かせてくれ」
「うん! もちろん!」
イーファは嬉しそうに答えた。
「じゃあ、さっきの話を続けるぞ。これを聞いた上で、本当にイーファに国の防衛ができそうか教えてくれ」
それからタクマはイーファに、そもそもなぜパミル王国の国境を防衛したいか説明した。
それを聞いて、イーファは納得したようにうんうんと頷いた。
「なるほどー。創造主様の作ったダンジョン、ヴェルド神の聖域、守護獣……パミル王国には、とんでもないものが盛りだくさんなんだね!」
ちなみにヴェルド神とは、この異世界ヴェルドミールを司る女神である。
タクマは説明を続ける。
「俺が自重せずに色々とやらかしたのが原因で、パミル王国には繫栄の基盤になるようなものが集中しているんだ。だから、それを他国から狙われる危険性が高くてな」
「ふむふむ、状況は理解できたよ」
ひと通り話を聞いたところで、イーファは両手を腰にあてると、自信たっぷりな様子でタクマに告げる。
「そういう事なら、私たちゲートキーパーに任せておいて! どれだけ外敵が狙ってこようと、ばっちり国を守っちゃうからね!」
イーファによると、彼女が収納されていたバッグには、瀬川雄太の作った仲間のゲートキーパーたちがたくさんいるとの事だった。
「私や仲間たちの力をもってすれば、外敵の殲滅なんて簡単だよ!!」
殲滅という言葉は物騒だが、国の防衛はゲートキーパーたちに任せれば問題なさそうだ。イーファから膨大な魔力を感じたタクマは、そう考えた。
「じゃあ、イーファ。俺を助けてくれるか?」
タクマがイーファに頼むと、彼女はにっこりしながら言う。
「あなたは私のマスターさん! 堂々と命令していいんだよ!」
しかし、タクマは首を横に振る。
「いや、イーファは俺の所有物じゃないからな。命令するつもりはない。君も、これから起動させる仲間のゲートキーパーたちも、自分の意思を持っているんだ。だから、全員俺とは家族みたいに付き合ってほしい」
イーファは目を丸くして固まる。そして次の瞬間、花が咲いたような笑みを浮かべた。
「家族……うん、家族ね! 創造主様に聞いたけど、家族は助け合うものなんだよね。じゃあ、家族としてマスターさんのお手伝いをさせてもらうね!」
イーファはそう言うと、魔力で空中に浮き上がる。そして、タクマの周辺を嬉しそうに飛び回った。
「そう言ってくれると頼もしいな。じゃあ、イーファ。どうやって国境を守るのかパミル王国のみんなに説明するから、一緒に王城に来てくれるか?」
タクマがイーファに尋ねると、黙って聞いていたナビが割って入った。
「マスター、イーファが姿を隠せるか確認するべきでは? 彼女の姿が人間に見られると騒がれかねません。イーファができないというなら、別の手段が必要です」
「それもそうだな。イーファはナビと違って人工精霊だし……」
ヴェルド神によって作られたナビは、万能というくらいなんでもこなす事ができる。だから、自分の姿を隠すのも可能だ。だが、ナビと同じ能力がイーファにもあるとは限らない。
「イーファ、これから俺たちは王都に戻るが、君の姿を人間に見られるとよくないんだ。ナビや君のような存在は珍しいから、余計な厄介事に巻き込まれる危険がある。というわけで、姿を消してもらえるか?」
タクマが質問すると、イーファはドヤ顔で答える。
「ふふん、そのくらい簡単!」
その言葉と同時に、イーファの姿は半透明になった。
「どう!? これでマスターさんとナビ姐さん以外には見えなくなったよ!」
イーファは、そう自慢げに言った。なんでも、タクマたちにはうっすらイーファが見えるのだが、他の人間にはまったく認識されないらしい。
タクマは、イーファがナビと同じくらい優秀な事に感心した。そして、イーファを作った瀬川雄太の能力の高さにも、改めて驚いたのだった。
2 再び王城へ
タクマがイーファを起動させたのと同じ頃。
王城の謁見の間には、国王パミル、トーランの領主・コラル、パミル王国の元宰相・ザインがいた。
コラルとザインは、パミルに謁見するために王城を訪れている。しかし今、謁見は中断していた。
というのも、タクマがパミル王国の防衛手段を用意するために、謁見の場を途中で抜け出したからだ。パミルたちは今、タクマの帰りを待っている状態である。
謁見の間にいた貴族たち、タクマの仲間となった元宮廷魔導士のルーチェ、元兵士のチコ、魔族のリーダー・キーラ、ヴァイスら守護獣たちは、それぞれ控室で待機している。
その間に、コラルはパミルに報告を行っていた。
パミルはコラルの説明を受け、眉間に皴を寄せる。
「なるほど、タクマ殿が考えていた防衛方法は禁忌に触れるか……」
「はい。ダンジョンコアを作るには精霊や人間の命が必要となるそうです」
コラルは、タクマから聞いた通りの事をパミルに告げる。
「ダンジョンコアが作れないならどうするのかと心配していたのですが、タクマ殿より以前にこの世界にやって来たという御仁――瀬川雄太という人物が、タクマ殿に話しかけてきたそうです。違う方法があるから、自分の遺産を探せと」
タクマは、ダンジョンコア以外の防衛方法を探しているらしい。その事が確認できて、パミルは安堵する。
しかし、それと同時に嫌な予感もしていた。ダンジョンコアを作れないのは仕方がないが、その代案となる方法も、何やら厄介そうだと感じたのだ。その方法がこの世界の常識を超えていれば、安全は確保されても、他国から注目され、目をつけられる事態となってしまうだろう。
「我が王国の守りが堅固になるのは喜ばしいが、先の事を考えると……うう、胃が痛い」
将来起こるかもしれない面倒事を思い浮かべ、パミルは頭を抱える。
その様子を見て、コラルとザインは苦笑いを浮かべた。
「パミル様、トーランでタクマ殿と深く関わってきた私から言えるのは……考えるな、です。起こった事態に臨機応変に対応するしかありません。タクマ殿は自分のやりたい事を突き詰めますからね。我らのような政治的な考えはありません」
「コラルよ……お前の普段の苦労を経験するとは思わなかったぞ」
パミルは既に心労でげんなりした表情を浮かべている。
「確かに胃が痛くなるほどに大変ですが、国の安全の代価だと思えば、致し方ないかと。タクマ殿が持ち帰る方法が何かは分かりませんが、きっと王国のためになるでしょう。我々もしっかりとパミル様を支えていきます」
コラルにそう進言され、パミルは胃の辺りをさすりつつも言う。
「……そうだな。タクマ殿に頼りすぎてもいかん。タクマ殿はあくまで方法を持ち帰るだけだ。我らはそれをうまく実用できるよう、対応するとしよう……」
パミルは楽観的に考えないと体がもたないと考え直し、ため息を吐きながら冷めてしまった紅茶を口に含むのだった。
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連載時、HOT 1位ありがとうございました!
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