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第三章 カンザキ商会
◇強者は強者を知るというけれど。
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「ふあぁぅ!」
大きな欠伸をして、目を覚ます。朝早く起きるのも、結構気分が良いものだ。朝方の澄みきった空気を吸い込むと、その日一日の気分が良い。元いた世界でも、やれ地球温暖化だの二酸化炭素削減だのと、今更のように大騒ぎして自然環境に配慮していたが、この世界では、比べようもないほど空気の新鮮さが違うのだ。いかに以前の世界では、汚染された空気の中で生活していたのかを、思い知らされる。
それに、起きてる時間は大して変わらないのだろうが、早起きして午前の時間が長くなったお陰で、一日の時間も長く感じられて得したような気分にもなる。
といっても、俺は相変わらず午前中は、ベッドの温もりの中でごろごろとしているのだが。この朝早くの時間は、俺には一日での最高の時間、至福の一時だ。
俺はベッドの中でゴロリと寝返りを打つと、昨日の事を考えていた。
結局あの後、カレリンお勧めの中型商船を購入することにした。その際、水夫達を雇うのも、カレリンに一任して任せる事にしたのだ。あの事情が有りそうだった若者も、決めかねたのでカレリンに任せた。
あのゴリマッチョに任せておけば、ちゃんと上手い事やってくれるだろう。もう少し商船を見ていたかったが、カイナの事も少し心配だったので、昨日はそのまま帰る事にしたのだ。
今日、もう一度顔を出して、本契約と打ち合わせをする手筈になっている。
これで俺も、この世界の地に、確りと足を付け立つことになる。今まではどこか旅行気分が抜けきれず、この世界を他人事のように眺めていた。これは現実だと分かっていても、やはりスキルが扱える事で、ゲームの続きのような感覚になってしまい軽く考えていたのだ。だが、これからは……。
俺は窓の外に目を向ける。そこには登り始めた陽の光で輝き、吸い込まれるような青空が、どこまでも広がっている。
世話になってるサンタール家の事も気になるが……船に乗って、この世界を冒険して回るのもいいかも知れないな。
しかしそんな事を考える反面、やはり、早く日本にも帰りたいとも考えてしまう。
――やっぱり、テレビやゲームが無いのは辛いなぁ。
情報社会に育った俺には、情報を媒介する機器のないこの世界は物足りなく感じてしまう。
それに、両親や友人達の事を思うと、どうしても……。
今の俺は冒険したい気持ちと、帰りたいと思う気持ちが半々といったところだった。
そんな風に悶々とした思いで、ベッドの中でごろごろしてると、またしても突然扉が勢い良く開いた。
「また、今日もさぼるつもり。ほら、さっさと支度しなさいよ」
そこには、何時もの勝ち気なカイナがいた。
――マジかよ。
「お、お前……だから、ノックしてから……」
「良いから、早く行くわよ!」
相変わらず、俺の話を聞かないやつ。
「はぁ、分かったよ」
俺は朝の至福の時が終わりを告げた事に、ため息をこぼす。
しかし、カイナも何とか元気になったようで何よりだ。昨日は帰るなり出迎えた姉のカリナに、泣きながらしがみついたのには驚かされた。気丈に振る舞っていても、かなりショックだったのだろう。
その後も、カイナの事は気になっていたが……。
「早く早く!」
俺が服を着替えるのももどかしいのか、途中で腕を掴むとぐいぐいと引っ張っていく。
「おいおい……たくっ」
元気になったは良いが、前よりパワーアップしてないか。
そして、引っ張られるまま前と同じ庭先に到着すると、そこにはタンガだけでなく、カリナも一緒に待っていた。
――ん、今日はカリナまで?
「お早うございます。今日はご指導を、よろしくお願いいたします」
カリナが、少し上気した顔で、表情を強張らせ頭を下げてくる。
相変わらずの、可愛らしさだ。
「お、おはよう、カリナ」
なんか、こっちまで少し照れてしまうな。
そのまま視線を横にずらすと、にやつくタンガの視線とぶつかった。
ちっ、こいつはまた馬鹿なことを言い出すんじゃないだろうな。
でも……俺はもう一度、カリナをちらりと眺める。
カリナの強張った表情は、どこか思いつめているようにも見える。
「おいタンガ、これは……」
「あぁ、どうしてもって懇願されてな」
これって……カリナとカイナの二人はまさか……。
サラには昨日、アカカブトと名乗った熊人の男の事は伝えた。アカカブトとは通称らしく、本名はグスタフ・ティンガー。通り名で呼ばれるほど有名な獣人らしい。
サラもその名を聞くと、「むぅ」と珍しく眉根を寄せて難しい顔をしていた。調べてみると言っていたが、相手はモルガン家の獣人頭。なので、中々厳しそうだ。
そんな事を考えている間に、朝の訓練が始まる。今日は姉のカリナがいるからか、カイナも直ぐに勝負を挑んでくる素振りは見せない。
大人しく、皆で素振りから始める。
だが、必死な形相で木剣を振るう二人からは、鬼気迫るような気配を感じる。
これは、気のせいだろうか。どこか、覚悟を決めたようにも思えるのだが。
やはり……。
「なぁ、タンガ。もしかしてあの二人は両親の……」
俺が最後まで言うまでもなく、タンガは察してくれた。だが……。
「あぁ……俺も手を貸すつもりだ」
――お前もかよ。
「それだと、サンタール家に迷惑が掛かる事になるぞ」
「……確かにな。だが、マークは俺にとっても、親友ともいえる幼馴染み。だから、本当にあの男が真犯人なら……」
タンガが悩ましげに顔を歪めてみせる。
参ったな。タンガはこの世界に来て、初めて親しくなった友。それにカリナやカイナも……出来ることなら手助けしてやりたいが、どうしたものかな。
「何か、技を教えてください」
素振りが終わった後、姉のカリナが恥ずかしそうに声を掛けてきた。
「……技をねぇ……」
良く考えたら、俺には教えれるような物はない。身体能力も、まだまだ獣人達に及びそうにないし、剣もまともに習った事もない。あるのはゲームで覚えたスキルのみ。
「勿体ぶるなヒューマン。教えると言っても、何か見せるだけで良いさ。それが、今後のヒントにもなるかも知れんからな」
タンガが、肩をぽんと叩いてくる。
「まぁ、見せるだけなら」
三人が顔を輝かせて、俺を見詰めてくる。
そんな風に期待されると、プレッシャーになるので止めてくれ。
しかし、どうするかな。この三人に見せても大丈夫なスキルは……。
俺は近くにある樹木の前に立つ。その樹木からは大きな葉が垂れ下がっていた。
「【忍剣初段 霞】!」
叫びと共に、素早く木剣を横に薙ぐ。すると、その大きな葉は刃で切り裂かれたかのように、すっぱりと二つに分かれた。しかも、横に薙いだはずなのに、縦に切り裂かれている。
「おぉぉぉ……」
タンガとカリナの二人は感嘆の声を上げる。カリナに至っては、拍手までしてくれた。
――ふふっ、どうだ。
しかし、得意気に、どや顔をしていた俺に……。
「ちょっとぉ、今のは明らかにおかしいでしょ。木剣なのに刃物みたいに切れてるし。横に切ったはずが縦に切れてるわよ。どう考えても、あり得ない。何か、ずるしたでしょ」
カイナが口を尖らせ詰め寄ってきた。
「そ、それは……お、俺が達人だからだ」
けど、カイナは猜疑心の隠ったじと目で、俺を見詰めてくる。
うんそう、ずるです。霞は課金をして得たスキルです。
相変わらず、カイナは鋭い。探知系のスキルでも持ってるのか、お前は。
だけど、そうなんだよなぁ。俺の持つスキル群は、現実に努力をして得た物ではない。全てゲームで培ったもの。ずるだと指摘されると、どうにも後ろ暗い気持ちになってしまう。
「どうやったか教えなさいよ」
スキルだからね。俺もどういった原理か分かんないよ。
それにしても、元気になったは良いけど、更にめんどくさい娘になったよな、カイナは。
俺は「はぁ」と、ため息まじりの息を大きく吐き出していた。
その日の午後、俺はカレリンとの打ち合わせのため、港へと向かっていた。
水夫の事もあるが、ついでに、アマンダにも相談したい事があった。空荷で行くのも馬鹿らしいので、持っていくのに何か良い商品は無いか聞くつもりなのだ。
そして今日は、タンガも用事があるという事で、今回はひとりで向かっている。ひとりだと、ゆっくりと帆船を見ることが出来るから、俺は喜び勇んで向かっていた。
日本でも、これほど大きな買い物はしたことが無い。だから、わくわくして、走り出したいような気分だった。
しかし、獣人街の中を歩いている時、数人の獣人が駆け寄り、俺を取り囲んだ。
「ヒューマンが、ひとりでこのような所を歩くとは怪しいな。身分証を出してもらおうか」
揃いの皮鎧をきた獣人達は、皆犬系の獣人。
こいつら多分、巡回中の警備兵だな。
だが、槍を構え、にやつく笑いを浮かべるこいつらからは、何やら不穏なものを感じる。
「えぇと、身分証はと……」
そういや、ギルドでの騒ぎで、まだまともに受け取ってなかったぞ。
あのとき、カウンターの上に置いたまま戦いになって……なんという迂闊。完全に忘れてたな。
「あぁ、今は持ってません。ですが、今から行く商業ギルドで直ぐにも貰えますので」
「そんな話は信じられるかぁ! ますます怪しいヒューマンだ!」
俺を囲んだ五人の警備兵達が、槍の石突きの部分で小突いてくる。しかも、五人共がにやついた笑いを浮かべていた。
こいつら、最初から俺をいたぶるつもりで目をつけたな。何とも、その品性を疑いたくなる下劣な連中。
サンタール家の皆やタンガたち気の良い連中に囲まれて、いつしか俺は、すっかりと忘れていたのだ。このグラナダでは、ヒューマンは最下層の身分。他の種族からは、馬鹿にされ蔑まされていることを。
今更ながらのように、前ギルド長バーリントンの言葉を思い出す。彼はこう言っていたのだ。『我らヒューマンは、長年、他の種族から虐げられてきた』と。
「何とか言え、ヒューマン!」
俺が無抵抗なのを良いことに、更に激しく小突いて喜んでやがる。
だからといって、さすがに、グラナダの警備兵相手に、此方から手を出す訳にはいかない。
その時また、バーリントンの言葉が、頭によぎる。彼はこうも言っていた。『エルフや獣人共に鉄槌を下す』とも。
あの時は俺も、革命でも起こすつもりかとたしなめ、相手にしなかったが……。
「俺は、サンタール家の家人で身元はしっかりしています」
「ん、何? サンタール家だと……」
一瞬、ぎょっとして獣人達の動きが止まる。
「……そんなはずは無い。サンタール家のヒューマンが、この時間にこんな所をひとりで歩いてる訳がない」
「そ、そうだな。サンタール家の者が、身分証も持たずにいるのもおかしい」
「こいつは、顔も品が無いし。嘘をついてるに違いない」
「このぉ、びびらせやがって、足腰立たなくして詰所に引っ立ててやる」
警備兵達は短槍を振り回し、襲い掛かってきた。しかも、魔素を纏わせ、【身体強化】を使うのが感じられた。
――ちっ、マジかよこいつら。
さすがに、これ以上は俺も、無抵抗ではいられない。【瞬速】を発動させると、素早く囲みから抜け出す。
「こいつ、抵抗する気か」
警備兵達が槍の穂先を向けてくるが、反転して一気に間合いを詰める。
今なら、バーリントンの気持ちも分かるような気もする。
「【闘技 微塵拳】!」
警備兵達の中を走り抜けながら、スキルを発動させた。俺の左右の拳が、目にも止まらぬ早さで槍の柄を捉え、粉微塵に砕いていく。俺が走り抜けると、警備兵達の持つ短槍の半ばから先が、全て飛散して無くなっていた。
「な、なにぃ! 馬鹿な……」
警備兵達は驚いていたが、直ぐに我に返ると、懐から笛を取り出し吹こうとした。
――あっ、まずい。
遠慮して体に当てなかったのが徒となった。
応援を呼ばれ、これ以上騒ぎが大きくなるのはまずい。こちらに非は無いといっても、ここは身分制度のあるグラナダ。さすがに、それは望ましくない。いずれ、サンタール家が助けてくれたとしても、それまでにどのような目に合わされるか分かったものでない。
だがその時、小さな石が飛来すると、パシンと音を鳴らして警備兵の手から笛を叩き落とした。
「誰だ、仲間か?」
「いや、俺はそこのヒューマンの仲間ではないが、そいつがサンタール家の者だと知っている」
俺と警備兵達の間に、新たな獣人が割って入った。
「誰だお前は!」
警備兵のひとりが鋭く声を発するが、別の警備兵が驚きの声で呟く。
「……額にひと房の赤い毛……ア、アカカブト」
そう、そこにいたのは、モルガン家の獣人頭。アカカブトと呼ばれる熊人族の獣人だった。
「俺がそこのヒューマンを、サンタール家の者だと保証しよう」
「はっ、しかし……」
「ふんっ、お前らはまさか、モルガン家とサンタール家を向こうに回すつもりなのか」
「あっ、いえ。わ、分かりました」
焦った警備兵達は、慌ててこの場から走り去っていく。
「何のつもりだ」
こいつはカリナ達姉妹の仇。俺は油断なく、アカカブトを睨みつける。
「ふんっ、助けてやったのにその態度か」
アカカブトは片眉を上げると、ふてぶてしい笑みを浮かべた。そして、俺を値踏みするかのように眺めている。
「もう一度言う。何のつもりだ」
「気にするな。ただの気まぐれだ」
「気まぐれだと、そんなもん信用できるか」
「随分と嫌われたようだな」
「当たり前だ。お前はカリナ達の両親を……」
「またその話か。昔の事で覚えていないと言ったはずだ。それより、さっきは妙な技を使っていたな」
ちっ、見られていたのか。
その時、アカカブトの魔眼が、ギラリと光った気がした。
「面白い。面白いぞヒューマン」
「俺はひとつも面白いとは感じないが」
「ふふっ、俺は常に強い者を捜し求めている。是非とも、お前とは命を賭して立ち合いたいと思ったまでだ」
「なんだと!」
こいつ、頭がいかれたバトルジャンキーか。こんな事なら、さっさと武装を整えとくのだった。
俺が身構えるのを見て、アカカブトが楽しそうに笑う。
「勘違いするな。今はまだ早い。俺は好物は最後まで取って置き食べる質なのだ」
そう言うと、アカカブトは笑い声を残して去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、「ふぅ」と呼気を吐き出した。知らず知らずの内に、かなり緊張していたようだ。
ふと気付くと、背中にはびっしりと冷や汗が浮かび上がり、全身に鳥肌が立っていた。
――あれは、相当にやばいな。
やつの魔眼、その隠されたスキルが分かるまでは、迂闊に手が出せそうにもない。
これは、タンガやカリナ達を、モルダ島に連れて行った方が良さそうだ。
俺はもう一度、アカカブトが去った方向を見詰めて身震いした。
大きな欠伸をして、目を覚ます。朝早く起きるのも、結構気分が良いものだ。朝方の澄みきった空気を吸い込むと、その日一日の気分が良い。元いた世界でも、やれ地球温暖化だの二酸化炭素削減だのと、今更のように大騒ぎして自然環境に配慮していたが、この世界では、比べようもないほど空気の新鮮さが違うのだ。いかに以前の世界では、汚染された空気の中で生活していたのかを、思い知らされる。
それに、起きてる時間は大して変わらないのだろうが、早起きして午前の時間が長くなったお陰で、一日の時間も長く感じられて得したような気分にもなる。
といっても、俺は相変わらず午前中は、ベッドの温もりの中でごろごろとしているのだが。この朝早くの時間は、俺には一日での最高の時間、至福の一時だ。
俺はベッドの中でゴロリと寝返りを打つと、昨日の事を考えていた。
結局あの後、カレリンお勧めの中型商船を購入することにした。その際、水夫達を雇うのも、カレリンに一任して任せる事にしたのだ。あの事情が有りそうだった若者も、決めかねたのでカレリンに任せた。
あのゴリマッチョに任せておけば、ちゃんと上手い事やってくれるだろう。もう少し商船を見ていたかったが、カイナの事も少し心配だったので、昨日はそのまま帰る事にしたのだ。
今日、もう一度顔を出して、本契約と打ち合わせをする手筈になっている。
これで俺も、この世界の地に、確りと足を付け立つことになる。今まではどこか旅行気分が抜けきれず、この世界を他人事のように眺めていた。これは現実だと分かっていても、やはりスキルが扱える事で、ゲームの続きのような感覚になってしまい軽く考えていたのだ。だが、これからは……。
俺は窓の外に目を向ける。そこには登り始めた陽の光で輝き、吸い込まれるような青空が、どこまでも広がっている。
世話になってるサンタール家の事も気になるが……船に乗って、この世界を冒険して回るのもいいかも知れないな。
しかしそんな事を考える反面、やはり、早く日本にも帰りたいとも考えてしまう。
――やっぱり、テレビやゲームが無いのは辛いなぁ。
情報社会に育った俺には、情報を媒介する機器のないこの世界は物足りなく感じてしまう。
それに、両親や友人達の事を思うと、どうしても……。
今の俺は冒険したい気持ちと、帰りたいと思う気持ちが半々といったところだった。
そんな風に悶々とした思いで、ベッドの中でごろごろしてると、またしても突然扉が勢い良く開いた。
「また、今日もさぼるつもり。ほら、さっさと支度しなさいよ」
そこには、何時もの勝ち気なカイナがいた。
――マジかよ。
「お、お前……だから、ノックしてから……」
「良いから、早く行くわよ!」
相変わらず、俺の話を聞かないやつ。
「はぁ、分かったよ」
俺は朝の至福の時が終わりを告げた事に、ため息をこぼす。
しかし、カイナも何とか元気になったようで何よりだ。昨日は帰るなり出迎えた姉のカリナに、泣きながらしがみついたのには驚かされた。気丈に振る舞っていても、かなりショックだったのだろう。
その後も、カイナの事は気になっていたが……。
「早く早く!」
俺が服を着替えるのももどかしいのか、途中で腕を掴むとぐいぐいと引っ張っていく。
「おいおい……たくっ」
元気になったは良いが、前よりパワーアップしてないか。
そして、引っ張られるまま前と同じ庭先に到着すると、そこにはタンガだけでなく、カリナも一緒に待っていた。
――ん、今日はカリナまで?
「お早うございます。今日はご指導を、よろしくお願いいたします」
カリナが、少し上気した顔で、表情を強張らせ頭を下げてくる。
相変わらずの、可愛らしさだ。
「お、おはよう、カリナ」
なんか、こっちまで少し照れてしまうな。
そのまま視線を横にずらすと、にやつくタンガの視線とぶつかった。
ちっ、こいつはまた馬鹿なことを言い出すんじゃないだろうな。
でも……俺はもう一度、カリナをちらりと眺める。
カリナの強張った表情は、どこか思いつめているようにも見える。
「おいタンガ、これは……」
「あぁ、どうしてもって懇願されてな」
これって……カリナとカイナの二人はまさか……。
サラには昨日、アカカブトと名乗った熊人の男の事は伝えた。アカカブトとは通称らしく、本名はグスタフ・ティンガー。通り名で呼ばれるほど有名な獣人らしい。
サラもその名を聞くと、「むぅ」と珍しく眉根を寄せて難しい顔をしていた。調べてみると言っていたが、相手はモルガン家の獣人頭。なので、中々厳しそうだ。
そんな事を考えている間に、朝の訓練が始まる。今日は姉のカリナがいるからか、カイナも直ぐに勝負を挑んでくる素振りは見せない。
大人しく、皆で素振りから始める。
だが、必死な形相で木剣を振るう二人からは、鬼気迫るような気配を感じる。
これは、気のせいだろうか。どこか、覚悟を決めたようにも思えるのだが。
やはり……。
「なぁ、タンガ。もしかしてあの二人は両親の……」
俺が最後まで言うまでもなく、タンガは察してくれた。だが……。
「あぁ……俺も手を貸すつもりだ」
――お前もかよ。
「それだと、サンタール家に迷惑が掛かる事になるぞ」
「……確かにな。だが、マークは俺にとっても、親友ともいえる幼馴染み。だから、本当にあの男が真犯人なら……」
タンガが悩ましげに顔を歪めてみせる。
参ったな。タンガはこの世界に来て、初めて親しくなった友。それにカリナやカイナも……出来ることなら手助けしてやりたいが、どうしたものかな。
「何か、技を教えてください」
素振りが終わった後、姉のカリナが恥ずかしそうに声を掛けてきた。
「……技をねぇ……」
良く考えたら、俺には教えれるような物はない。身体能力も、まだまだ獣人達に及びそうにないし、剣もまともに習った事もない。あるのはゲームで覚えたスキルのみ。
「勿体ぶるなヒューマン。教えると言っても、何か見せるだけで良いさ。それが、今後のヒントにもなるかも知れんからな」
タンガが、肩をぽんと叩いてくる。
「まぁ、見せるだけなら」
三人が顔を輝かせて、俺を見詰めてくる。
そんな風に期待されると、プレッシャーになるので止めてくれ。
しかし、どうするかな。この三人に見せても大丈夫なスキルは……。
俺は近くにある樹木の前に立つ。その樹木からは大きな葉が垂れ下がっていた。
「【忍剣初段 霞】!」
叫びと共に、素早く木剣を横に薙ぐ。すると、その大きな葉は刃で切り裂かれたかのように、すっぱりと二つに分かれた。しかも、横に薙いだはずなのに、縦に切り裂かれている。
「おぉぉぉ……」
タンガとカリナの二人は感嘆の声を上げる。カリナに至っては、拍手までしてくれた。
――ふふっ、どうだ。
しかし、得意気に、どや顔をしていた俺に……。
「ちょっとぉ、今のは明らかにおかしいでしょ。木剣なのに刃物みたいに切れてるし。横に切ったはずが縦に切れてるわよ。どう考えても、あり得ない。何か、ずるしたでしょ」
カイナが口を尖らせ詰め寄ってきた。
「そ、それは……お、俺が達人だからだ」
けど、カイナは猜疑心の隠ったじと目で、俺を見詰めてくる。
うんそう、ずるです。霞は課金をして得たスキルです。
相変わらず、カイナは鋭い。探知系のスキルでも持ってるのか、お前は。
だけど、そうなんだよなぁ。俺の持つスキル群は、現実に努力をして得た物ではない。全てゲームで培ったもの。ずるだと指摘されると、どうにも後ろ暗い気持ちになってしまう。
「どうやったか教えなさいよ」
スキルだからね。俺もどういった原理か分かんないよ。
それにしても、元気になったは良いけど、更にめんどくさい娘になったよな、カイナは。
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その日の午後、俺はカレリンとの打ち合わせのため、港へと向かっていた。
水夫の事もあるが、ついでに、アマンダにも相談したい事があった。空荷で行くのも馬鹿らしいので、持っていくのに何か良い商品は無いか聞くつもりなのだ。
そして今日は、タンガも用事があるという事で、今回はひとりで向かっている。ひとりだと、ゆっくりと帆船を見ることが出来るから、俺は喜び勇んで向かっていた。
日本でも、これほど大きな買い物はしたことが無い。だから、わくわくして、走り出したいような気分だった。
しかし、獣人街の中を歩いている時、数人の獣人が駆け寄り、俺を取り囲んだ。
「ヒューマンが、ひとりでこのような所を歩くとは怪しいな。身分証を出してもらおうか」
揃いの皮鎧をきた獣人達は、皆犬系の獣人。
こいつら多分、巡回中の警備兵だな。
だが、槍を構え、にやつく笑いを浮かべるこいつらからは、何やら不穏なものを感じる。
「えぇと、身分証はと……」
そういや、ギルドでの騒ぎで、まだまともに受け取ってなかったぞ。
あのとき、カウンターの上に置いたまま戦いになって……なんという迂闊。完全に忘れてたな。
「あぁ、今は持ってません。ですが、今から行く商業ギルドで直ぐにも貰えますので」
「そんな話は信じられるかぁ! ますます怪しいヒューマンだ!」
俺を囲んだ五人の警備兵達が、槍の石突きの部分で小突いてくる。しかも、五人共がにやついた笑いを浮かべていた。
こいつら、最初から俺をいたぶるつもりで目をつけたな。何とも、その品性を疑いたくなる下劣な連中。
サンタール家の皆やタンガたち気の良い連中に囲まれて、いつしか俺は、すっかりと忘れていたのだ。このグラナダでは、ヒューマンは最下層の身分。他の種族からは、馬鹿にされ蔑まされていることを。
今更ながらのように、前ギルド長バーリントンの言葉を思い出す。彼はこう言っていたのだ。『我らヒューマンは、長年、他の種族から虐げられてきた』と。
「何とか言え、ヒューマン!」
俺が無抵抗なのを良いことに、更に激しく小突いて喜んでやがる。
だからといって、さすがに、グラナダの警備兵相手に、此方から手を出す訳にはいかない。
その時また、バーリントンの言葉が、頭によぎる。彼はこうも言っていた。『エルフや獣人共に鉄槌を下す』とも。
あの時は俺も、革命でも起こすつもりかとたしなめ、相手にしなかったが……。
「俺は、サンタール家の家人で身元はしっかりしています」
「ん、何? サンタール家だと……」
一瞬、ぎょっとして獣人達の動きが止まる。
「……そんなはずは無い。サンタール家のヒューマンが、この時間にこんな所をひとりで歩いてる訳がない」
「そ、そうだな。サンタール家の者が、身分証も持たずにいるのもおかしい」
「こいつは、顔も品が無いし。嘘をついてるに違いない」
「このぉ、びびらせやがって、足腰立たなくして詰所に引っ立ててやる」
警備兵達は短槍を振り回し、襲い掛かってきた。しかも、魔素を纏わせ、【身体強化】を使うのが感じられた。
――ちっ、マジかよこいつら。
さすがに、これ以上は俺も、無抵抗ではいられない。【瞬速】を発動させると、素早く囲みから抜け出す。
「こいつ、抵抗する気か」
警備兵達が槍の穂先を向けてくるが、反転して一気に間合いを詰める。
今なら、バーリントンの気持ちも分かるような気もする。
「【闘技 微塵拳】!」
警備兵達の中を走り抜けながら、スキルを発動させた。俺の左右の拳が、目にも止まらぬ早さで槍の柄を捉え、粉微塵に砕いていく。俺が走り抜けると、警備兵達の持つ短槍の半ばから先が、全て飛散して無くなっていた。
「な、なにぃ! 馬鹿な……」
警備兵達は驚いていたが、直ぐに我に返ると、懐から笛を取り出し吹こうとした。
――あっ、まずい。
遠慮して体に当てなかったのが徒となった。
応援を呼ばれ、これ以上騒ぎが大きくなるのはまずい。こちらに非は無いといっても、ここは身分制度のあるグラナダ。さすがに、それは望ましくない。いずれ、サンタール家が助けてくれたとしても、それまでにどのような目に合わされるか分かったものでない。
だがその時、小さな石が飛来すると、パシンと音を鳴らして警備兵の手から笛を叩き落とした。
「誰だ、仲間か?」
「いや、俺はそこのヒューマンの仲間ではないが、そいつがサンタール家の者だと知っている」
俺と警備兵達の間に、新たな獣人が割って入った。
「誰だお前は!」
警備兵のひとりが鋭く声を発するが、別の警備兵が驚きの声で呟く。
「……額にひと房の赤い毛……ア、アカカブト」
そう、そこにいたのは、モルガン家の獣人頭。アカカブトと呼ばれる熊人族の獣人だった。
「俺がそこのヒューマンを、サンタール家の者だと保証しよう」
「はっ、しかし……」
「ふんっ、お前らはまさか、モルガン家とサンタール家を向こうに回すつもりなのか」
「あっ、いえ。わ、分かりました」
焦った警備兵達は、慌ててこの場から走り去っていく。
「何のつもりだ」
こいつはカリナ達姉妹の仇。俺は油断なく、アカカブトを睨みつける。
「ふんっ、助けてやったのにその態度か」
アカカブトは片眉を上げると、ふてぶてしい笑みを浮かべた。そして、俺を値踏みするかのように眺めている。
「もう一度言う。何のつもりだ」
「気にするな。ただの気まぐれだ」
「気まぐれだと、そんなもん信用できるか」
「随分と嫌われたようだな」
「当たり前だ。お前はカリナ達の両親を……」
「またその話か。昔の事で覚えていないと言ったはずだ。それより、さっきは妙な技を使っていたな」
ちっ、見られていたのか。
その時、アカカブトの魔眼が、ギラリと光った気がした。
「面白い。面白いぞヒューマン」
「俺はひとつも面白いとは感じないが」
「ふふっ、俺は常に強い者を捜し求めている。是非とも、お前とは命を賭して立ち合いたいと思ったまでだ」
「なんだと!」
こいつ、頭がいかれたバトルジャンキーか。こんな事なら、さっさと武装を整えとくのだった。
俺が身構えるのを見て、アカカブトが楽しそうに笑う。
「勘違いするな。今はまだ早い。俺は好物は最後まで取って置き食べる質なのだ」
そう言うと、アカカブトは笑い声を残して去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、「ふぅ」と呼気を吐き出した。知らず知らずの内に、かなり緊張していたようだ。
ふと気付くと、背中にはびっしりと冷や汗が浮かび上がり、全身に鳥肌が立っていた。
――あれは、相当にやばいな。
やつの魔眼、その隠されたスキルが分かるまでは、迂闊に手が出せそうにもない。
これは、タンガやカリナ達を、モルダ島に連れて行った方が良さそうだ。
俺はもう一度、アカカブトが去った方向を見詰めて身震いした。
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でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
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***
お名前使用してもいいよ💕っていう
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