異世界へようこそ

飛狼

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第四章 邂逅と襲来

◇隠忍自重というけれど。

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 船尾楼上の甲板に上がると、水平線上にいた陽は半ば以上が沈み、既に辺りはかなり薄暗くなっている。
 そして、カレリンが甲板にいる水夫達に、怒鳴り声を上げていた。

「船の周りに網を張れ! 海面にも流し出せ!」

 船上に目を向けると、さっきまで一緒にいた一等水夫のミルコとシウバも、舷側で水夫達を指揮して慌ただしく作業を行っている。

「いったい何が?」

「あれを見てみろよ」

 驚く俺の問い掛けに、カレリンが渋い顔のまま南を指差した。
 そこには……。

 ――なんだあれは!

 ミラキュラス号の進行方向である南の洋上、水平線上にうねうねと動きながら、津波のようにこちらに押し寄せてくるものが見える。それは横一線、目の端に収まらないほどの長さがあった。
 その飛来魚の群れは、夕陽が洋上に沈み込む最後の光を浴び、飛び跳ねる動きに合わせて、きらきらと輝いて見えていた。

 ――あれが、飛来魚の群れ……。

 俺が目を見開き、南の彼方を呆然と眺めていると、カレリンが飛来魚について教えてくれる。

「飛来魚の体長は、人の子供程度の大きさ。一匹一匹なら大した事はない。だが、群れに襲われると、小型の魚船ならあっという間に転覆しちまう」

「それなら、このミラキュラス号は大型船。だから大丈夫だよな」

「……通常の群れならな。しかし、俺も長い間船に乗っていたが、あれほどの群れは見たことがない。無事でいられるかどうか……」

 カレリンはそう言うと目を細め、南の洋上に鋭い視線を送っていた。

「だったら、早いとこ逃げよう」

「いや、飛来魚は驚くほど速い。今から回頭しても逃げきれねえ。それに、下手に船の向きを変えると、横っ腹に突っ込まれ転覆しかねない。もう群れに対して船首を直角に向け、突き進むしかねえな」

 ――マジかよ! 初航海初日で……洒落になってねえぞ。

「やれる事はやるが、後は運を天に任せて祈るしかねえ」

 こうなると、俺やタンガ、それにカリナ達にもやることがない。俺達は外洋に出るような大型の船について、何も知らないからだ。
 船上では、水夫達が船体から1メートルほど張り出した所に、網を垂らしている。それは、飛来魚が直接船体に体当たり出来ないようにだ。
 船の周りの海面上にも、浮き輪を付けた網を漂わせていた。こちらは、飛来魚が船に近付けないようにするためだ。
 それらの作業を、カリナ達は顔を強張らせて見守っていた。タンガも、「むぅ」と唸り声を上げるのみ。海の上ではさすがに勝手が違うようだ。

 ――参ったな。

 魔導師の広域魔法のスキルが使えたなら、何とかなったかも知れないが、あいにくと今の俺では魔力値が足らない。俺はスキルを多数習得しているが、本来の職業であるニンジャ系とは違う他職業のスキルを使う際には、かなりの魔力値が必要となる。だから、元々高い魔力値が必要な広域魔法のスキルを扱うには、今の俺ではまだまだ魔力値を上げる必要があった。
 そう、今の俺ではこの状況を打破するスキルを、持ち合わせていないのだ。

 そんな事を考えてる間に、すっかりと陽は沈み辺りは暗闇に包まれていく。今は辛うじて月の明かりで、近くにいる者の顔が判別できる程度。

「天光球で、明かりを……」

「いや、駄目だ。飛来魚は明かりに反応する。今明かりを灯すと、この船に殺到するぞ」

 カレリンが首を振って俺を止めた。

 マジかよ。この暗闇の中で、飛来魚の襲来に耐えろと……。
 一瞬、飛来魚の群れが通り過ぎるまで、船室に避難してようかとも思ったが、もし船が転覆しようものなら、それこそ船と一緒に海の藻屑と消えそうだ。
 ならば、甲板上で……。

「カリナ、カイナ! こっちに、俺にしっかり掴まってろ!」

「は、はい……」

 さすがにこの時ばかりは、カイナも憎まれ口を叩く事なく、俺にしがみついていた。二人は強張った顔のまま俺の左右に寄り添う。それを、しっかりと抱き止める。
 いざとなったら【飛脚】を使って宙に逃げても良いが、二人を抱えては、さすがにちょっと厳しい。

「来るぞ! 皆、何かに掴まれ!」

 カレリンの怒鳴り声が船上に響き渡る。
 それと同時に、地鳴りのような「どどどっ」と、低く重い音が鳴り響き、「ぎしぎし」とミラキュラス号が悲鳴を上げる。

 飛来魚が波間を飛び跳ねる音。その飛来魚が船に体当たりする音。船が軋み悲鳴を上げる音。誰かが上げる悲鳴。
 様々な音が耳を覆わんばかりに、大音響となって押し迫ってくる。

 暗闇は、人の恐怖を増幅する。いつしか、知らず知らずのうちに、俺の口からは悲鳴とも雄叫びとも知れぬ声が漏れ出ていた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 ミラキュラス号が、ぎしぎし音を鳴らして左右に傾ぐ。それを、【身体強化】のスキルを発動させて上手くバランスを取って捌く。
 しかし、暫くして一際大きな音が「どぉぉん!」と鳴り響くと、大きく船が傾いだ。

「ちっ、くそ! 【飛脚】!」

 咄嗟に右足を差し出し空気の塊を踏み締める。
 二人を抱えては、【飛脚】を使って、いつものように宙を駆ける事は出来ないが、体を支える事はできる。

 ――こいつは、いつまで続くんだ。

 まるで木の葉のように、ミラキュラス号は右へ左へと翻弄される。その甲板上で俺は、カリナとカイナの二人を抱えて、荒行の如くバランスを取り続ける。

 だが、さっきの大きな衝撃を最後に、揺れは徐々に収まっていく。

 ――ようやく、終りなのか。

「タンガ、カレリン! 無事か!」

「お、おう……」

 直ぐ近くから声が聞こえた。その声がした方向に振り向き、ぎょっとする。

 タンガとカレリンは、帆を張るロープにしがみついたまでは良かったが、二人してロープに絡まり抱き合うような形になっていたのだ。

「何やってんだよ、二人とも……ははは」

 俺は安心した反動で、笑いが込み上げてきて止まらなくなってしまった。
 笑いながらカリナとカイナを見ると、まだ、ぎゅっと目を瞑ったまま俺にしがみついていた。

「もう大丈夫だ。飛来魚の群れは通り過ぎたようだ、ははは」

「あっ、はい」

 恐々と目を開けたカリナは、その場にぺたりと座り込んでいる。カイナは震えたまま、俺から離れようとしない。

「それにしても、飛来魚の群れは何故? それにどこから……」

 俺が呟いていると、ようやくロープから抜け出したタンガが南を指差し話し掛けてきた。

「あれのお陰で、飛来魚は群れとなって北上してきたようだな」

 ――ん、あれは?

 タンガの指差す方向には、南の遥か彼方。水平線上から上がる光が、上空を赤く瞬かしていた。

「あれは、火焔石の明かり。どうやら、先行した戦闘艦が、海賊相手にどんぱちやってるようだな」

 タンガの言葉に、俺はごくりと喉を鳴らす。

 ――マジで海賊が出たのかよ。

 海賊とは聞いていたが、日本で暮らしていた俺には、どうにも非現実的な響きに聞こえていたのだ。

「本当に戦闘してるのか……これは、カレリンが言ってたように遠回りしてでも、群島を避けてモルダ島に向かった方が良さそうだ」

 俺がため息混じりに口を開くと、今度はカレリンが声を掛けてくる。

「そいつはもう無理だな。詳しく調べないと分からないが、この船の今の傾きからして、損傷が酷そうだぜ。どこか、ここから近い島に立ち寄って応急処置してから、騙し騙しモルダ島に向かうしかないな」

 言われてみれば、確かにこの船は傾いているようだ。
 だが、こんな状態で海賊達が待ち構える中に突入するのは、自殺行為に近いのでは……。

 俺は、南の彼方に浮かび上がる赤い光を、いつまでも睨み付けていた。
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