異世界へようこそ

飛狼

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第四章 邂逅と襲来

◇弱り目に祟り目というけれど。

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 ミラキュラス号の損傷は、思ったより酷いようだった。だから、夜半にも拘わらず、俺達は一旦、一番近い島に立ち寄る事になった。
 その島はグラナダとモルダ島を結ぶ航路の間にある群島の中で、一番グラナダ寄りにある島だ。そこは、人が住まぬ無人の島であったが、よく商船が立ち寄るという事で、簡易ではあるがちょっとした桟橋と小屋が設けられていた。


「へぇ、無人の島と聞いていたけど、こんな施設があるんだ」

「あぁ、ここは群島の中でも、グラナダに一番近い島だから。ここで、一旦休憩する商船が多い」

 俺の呟きに、水夫達に指図していたカレリンが答えてくれた。

 ミラキュラス号の上空には、天光球が浮かび上がり、辺りに光を放っている。その明かりを頼りに、ミラキュラス号はゆっくりと桟橋に近付いていく。
 もし海賊がいたなら、天光球の明かりで気付かれてしまうが、暗闇の中で島に近付くのは、さすがに座礁の怖れがあったのだ。

「どうやら、商船どころか、海賊達もいないようだ」

「そうだな……あの夕刻の海戦は、ここからまだ大分離れてたようだからなぁ。そのどんぱちも、今はもうやってないようだ」

 また呟く俺に、今度はタンガが答えながら目を細め、沖の方を透かすように眺めている。
 俺達より先行していたグラナダの戦闘艦は、さっそく海賊と一戦交えたようだった。あの飛来魚の暴走も、その影響だろうとカレリンは言っていた。
 タンガは、ちらりと俺に視線を向けると、また話しかけてくる。

「どっちが勝ったにしろ、もうすっかりと夜になったからには、暗い中での夜戦もないだろう。今頃は双方、どっかの島に退避してるだろうな」

 ――ふむ、あのアカカブトが乗ってる船が、そう簡単にやられるとは思わないが……。

 俺もタンガに倣って沖の方を眺めるが、今はもう、先ほどまで明滅していた明かりは見えなくなっている。
 すっかりと闇に包まれた沖合い見つめ、俺は首を捻るしかない。

 タンガとそんな話してる間に、ミラキュラス号は「とん」と、軽い衝撃を伴い桟橋に接岸していた。

「ふぅ、やっと地面の上に立てるわね。ほら、お姉ちゃん早く!」

 その桟橋に、真っ先に降りて行こうとするのは、カリナの手を引くカイナ。
 今まで珍しく、すっかりと大人しく成っていたのに、よほど、陸地が恋しかったようだ。
 まぁ、あの飛来魚の群れと遭遇した後だけに、分からないでもないが。
 
「おい! まだ安全かどうか確かめてから……」

 といっても、【気配察知】のスキルで、既に辺りの安全は確かめていた。それでも、ここは見知らぬ島、何があるか分からない。それなのに……。

 ――たくっ、相変わらず、俺の話を聞こうともしない。

 飛来魚が襲来した時は青くなって震えてた癖に、カイナは両極端だから、本当に扱いに困るよ。

 俺が顔をしかめていると、そのカイナはすでに桟橋に降り立ち、「いっち番」とか叫んでいる。
 その横でカリナが、「まだ体が揺れてるみたい」とか言って、ふらふらしていた。
 ホントにカイナはお子様だよな。

「まあ、飯にでもしようや。今夜の飯は豪勢に飛来魚の塩焼きかな、ははは」

 タンガが白い歯を覗かせ笑うと、俺の肩を叩いて桟橋へと降りていく。俺は「はぁ」と、ため息を溢すとその後に続いた。


 桟橋から陸地に上陸すると、直ぐそばに小屋のようなものが建っている。その前が、ちょっとした広場になっていた。その中央に火を焚き、それを囲むように皆で夕食を取ることにした。

「高級魚というだけあって、旨いなこれ」

「そうだろ。俺達船乗りでも、滅多に口に入らねえからな」

 カレリンが嬉しそうに笑っているが、火明かりに浮かぶその顔が怖いです。どう見ても、海賊船の船長にしか見えないよ。
 
 飛来魚の群れに船は損傷を受けたが、甲板上に乗り上げた飛来魚が数匹はいたのだ。
 その姿は体長は1メートルほどで、紡錘形の体に肉厚も厚い。少し黒みがかった体色に、カリナに教えられた通り、額から50センチほどの鋭い角が、前方に突き出ている。
 刃物のようにギラつくその角は、確かに、見るからに危なっかしい。でも、こいつは魔獣、いや、この場合は魔魚になるのか。とにかく、魔素をその体に取り込む魔物の類ではない。見てくれの危ない姿とは裏腹に、至って普通の魚なのだ。だから、当然ながら、俺の経験値の糧となる魔石もない。それが、ちょっと残念。
 ま、それでも……。 

 その飛来魚を塩焼きにして、皆が嬉しそうな表情で舌鼓を打っていた。
 それを見て、これも有かと納得する。
 
 ――それにしても、この飛来魚は脂が乗ってトロットロ。

 まじで旨い。ちょっと、マグロに近い感じかな。出来れば、刺身で食べたいところだが、寄生虫がいるかもといった話なので、しっかりと炙って食べている。
 周りでも、あまりの旨さに食べるのに夢中なっていて、皆は黙々と食べていた。カイナなんかは口の周りをべたべたに汚して、嬉々として食べていた。それをカリナが甲斐甲斐しく、口の周りを拭き取ったりしている。

 本当にカイナは、まだまだ子供だな。そんなに焦って食べなくても、まだ沢山あるのに……。

「俺達獣人はまだしも、ヒューマンは滅多に食べれないからな。中には一生、食べた事がない者もいる」

 俺の疑問を察したタンガが、少し眉根を寄せ答えてくれた。

 ん? 食料事情にまで、種族間の差別が……。
 どちらかといえば、飽食ぎみだった日本に住んでいた俺には、考えられないような事だ。

「……そういう事なら、皆には満足するまで食べてもらおう」

 そう返すと、タンガはにやりと笑うって、嬉しそうにばしばしと俺の肩を叩く。

 ――だから、痛いってば……。

 そうして、皆でわいわい夕食を食べていると、船の方から数人の水夫が走って来るのが見えた。

 ――ん、まだ船の点検をしてる連中もいたのか。

「おぉ、ご苦労さん。お前らも、もう良いから早く夕飯を食べろよ」

 声を掛ける俺に水夫達は一礼すると、カレリンに何やら耳打ちしていた。途端に、カレリンが渋い顔をする。

「リュウの旦那、どうやら船倉に少し浸水してたようだ」

「えっ?」

「取り敢えず応急処置はしたが、本来は陸揚げして修理がしたいところだ。だが、ここでは無理だな。やはり島づたいに騙し騙し行くか……いっそのこと、グラナダに引き返すかだ」

 そんなに酷いのかよ。ここで引き返すのは、さすがに……どうするかな。
 周りにいる水夫達も食べる手を止め、俺達の会話に注目している。

「ここまで来て、引き返せるかよ! お前らも、海賊騒ぎは百も承知での、今回のモルダ島行きだろ」

 俺が迷ってる横で、タンガが声を荒げた。
 タンガの言うのも最もだが……。

「それに、グラナダの戦闘艦がうまい具合に先行して、俺達の露払いをしてくれてる。その隙に、モルダ島に駆け込めば良いだろう!」

 尚も、タンガが皆を説得するように言い募る。
 しかし、周りの水夫達は不安そうな顔をしていた。
 さすがに荒くれ水夫たちも、肝心の船の損傷が酷いと聞けば、心配になるのも当然か。
 ここで、無理強いするのもあれだしな……。

「良し、分かった。皆には成功報酬として手当てを倍だそう。だから、もう少し先に進んでくれ。それで、様子を見て無理なら引き返そう」

 俺は日本人らしく、タンガと水夫達の両方の顔を立て妥協案を出してみる。それは、俺にも迷いがあったからだ。グラナダの戦闘艦がどうなったか分からない。しかし、ここで引き返すのも業腹だ。それに、俺には少しギャンブラーな性分もある。
 水夫達の顔を見渡して見ると、皆は心なしか少し顔が綻んだように感じる。
 報酬額を倍にすると言ったら、途端にこの表情だ。どうやらこいつらも、海賊騒ぎの中で集まるだけあって、俺と似たギャンブラーな性分のようだ。
 俺がにやりと笑って見せると、皆もにやりと笑い返してきた。

「そうと決まれば、少し船倉が気になるか」

 船倉には、モルダ島に運ぶ商品があるのだ。それらが、どれ程の被害を受けているか気に掛かる。

 ミラキュラス号へと向かうため立ち上がると、カリナが遠慮がちに声を掛けてきた。

「リュウイチ様、あのぅ……私達はその間、少し辺りを散策してきます」

 カリナは、もじもじと顔を真っ赤にしている。

「えっ、こんな夜に……なに言ってんのカリナは……」

「もう、分かるでしょう。私もお姉ちゃんと一緒に行くから」

 いや、何を言いたいのか全然分からんのだが。

「カリナ達は腹が膨らんだので、出すもんを出したくなったんだろ。察してやれよ」

 首を捻る俺に、タンガが耳打ちしてくれた。

 あぁ、トイレに行きたいのね。だったら、わざわざ断らなくてもいいのに。相変わらず、カリナは律儀ですねえ。それにしても、脳筋タンガに諭されるとは、ちょっとへこむなあ。

 一応、【気配察知】で辺りに危険がないか確かめ、安全を確認する。それでも心配だったので、近くにいたカーティスに「目を離すなよ」と声を掛けておく。



 ミラキュラス号に乗り込み船倉へと降りる。と、確かに、外壁の一部を補強した跡があり、その辺の床が水浸しになっている。もう、浸水自体は止まっているようだが、幾つかの荷が海水に浸かっていた。

 ――うわぁ、これは参ったな……。

「あれは、何が入ってる木箱だ」

 俺が嘆くように声を上げていると、タンガが海水に濡れるのも構わず、その荷に近付いていく。

「おい、ヒューマン。運が良かったな。こいつは屑魔石だぞ。これなら、少々海水に浸かっても大丈夫だろ」

 木箱の中を覗き込むタンガが、安堵の笑みをもらす。だが俺は、聞きなれない言葉に首を傾げるしかない。 

「屑魔石?」

 商品については、アマンダさんを信用して任していたので、詳しくは聞いていなかった。商人として、それもどうかと思うのだが、俺にはこの世界での知識が圧倒的に足りていない。それに、今回はそれらを調べる時間も無かったからだ。

「おぅ、モルダ島は火山島だからな。火精を崇めるドワーフ達が沢山住んでいる。ドワーフは鍛冶をする際に、この屑魔石を火種にするようだ」

「へぇ、魔石の屑をか……」

「因みに、火焔石もドワーフが魔石に火精を封じて作ってる」

 おぉ、あの火焔石はそうやって作られてるのかよ。しかし俺には、あの火焔石は火精というより、魔力が込められてるように感じたが……。

 よく話を聞いてみると、グラナダは森都と言われるだけあって、数多くの魔道具が作られる。その際に、魔石を埋め込む作業で出てくるのが、大量の屑となった魔石。それに引き換えモルダ島には、昔は沢山棲息していた魔獣が、今は激減しているらしい。だから、魔獣から取れる魔石が品薄だとの話だった。

 ふぅん、よくできたリサイクルみたいなもんか。たとえ屑でも、効率良く使う、異世界人の知恵ってやつだな。確かに、そんな状態なら、屑の魔石といえど高値で売れそうだ。良い品を選んでくれたみたいで、アマンダさんに感謝だな。そうだな、土産に何か、買って帰らないと。
 そんなことを考えていると、ふと思い出す。
 あ、そういや、【アイテムボックス】の中に、ギルドで買った見本の魔石が入ったままだったな。
 俺は【アイテムボックス】から、拳大の魔石を取り出す。

 ――火焔石ねぇ……俺は魔力だと思うけど。

 ものは試しにと、魔力を少し込めてみる。

 ――あれっ、すんなりと吸収されていくけど……もしかして、いけるのか?

 俺は魔導師の魔法スキルでも、初級の【ファィア】を発動してみる。
 すると、魔石が真っ赤に輝きだした。

 ――あれっ、何だか出来ちゃったけど……。

「おいおい、本当かよ。ドワーフ達の門外不出の秘術だぞ。しかも、普通はもっと大きな魔石にしか込められないはずなのに……今更だが、お前には本当に驚かされる」

 タンガがため息混じりに、呆れた顔を向けてきた。
 そうは言われても、出来てしまったのは仕方ない。それに、こいつを大量に作り、手榴弾がわりに水夫達に持たせれば、海賊達とも十分に渡り合えるのでは。
 などと考えていると、島に残っていたはずのカーティスが、慌てて船倉に駆け降りてきた。

「リュウの旦那、すまねぇ! 姐さん達がいなくなっちまった!」

「えっ、カリナ達が……」

 思わずタンガと顔を見合わす。

「どこで!」

 直ぐに俺とタンガは同時に叫ぶと、カーティスが案内する後を追い掛ける。

 ――まさか、海賊達に……。

 こんな事なら、カリナ達から目を離すんじゃなかった。馬鹿だな俺は。
 頻りに後悔しながら走る。だが、俺の【気配察知】では、何も感じられなかった。俺達以外には誰もいないはずなのに。

 この島は小さな島だった。一周するのに、二時間も掛からないだろう。
 カーティスが案内したのも、広場から少し島の中央に入ったところだった。そこでは天光球の明かりの下、カレリンを始めとした水夫達が、既に捜索をしていた。

 おかしい、カリナ達の気配を感じない。

 ――ん、あれは?

 俺の目の前には、石造りの祠のようなものが見える。

「カーティス、あれは何だ?」

「あれは、昔からある古代遺跡みたいなものですよ」

 ――古代遺跡?

 あれが怪しい。あそこに魔素の澱みを感じる。

「この群島には大昔、マーマン(海人族)という伝説の種族がいたと言われている。その種族は忽然とこの地から姿を消し、そいつはその遺跡だと言われているのだ」

 カレリンが傍に来ると、カーティスの代わりに説明してくれた。
 そして、カーティスも……。

「そうなんです。それで、俺達船乗りの間では、そのマーマン(海人族)の亡霊を見たとか、曰く付きの場所なんでさあ。もしや、姐さん達もその亡霊に……」

「馬鹿め! そんな眉唾な話を……」

 カーティスが震えた声で言うのに、タンガが一喝したその時……それは起こった。

 周囲に、薄い人影が幾つも浮かび上がったのだ。

「ひぃぃぃぃぃ! 出たあぁぁぁぁぁ!」

 カーティスが目を剥いて叫び声を上げ、他の水夫達も青い顔して集まってくる。さすがにカレリンやタンガは、恐怖していないようだが、二人とも「むぅ」と唸り身構えていた。

 ――こいつは【幻惑】系のスキルか?

 だが、【気配察知】を働かしても、何も感じられない。何ともとらえどころの無い妙な感じ。そう、そこには人影が見えるのだが、実在感がまるで無いのだ。

 ――馬鹿な、本当に亡霊だとでも……。

 だが、その時唐突に、祠の前でひとつの気配を感じる。それと同時に、ひとつの影が実体化した。

「【瞬速】!」

 俺は気配を感じた瞬間、一気にその間合いを詰める。そして、腰に差していたサーベルを素早く引き抜くと、実体化した人影の喉元に切っ先を突き付けていた。

「おい、カリナ達をどこに……」

 言い掛けた言葉が、途中で途切れる。何故なら、現れた者が……。

 ――は、半魚人?

 そいつは、頭部は魚そのもの。全身は緑色に、ぬめぬめとテカっている。粗末な腰蓑を巻き、右手には先端が三つに分かれた銛を持っていた。
 その半魚人は、サーベルの切っ先が喉元にあるにも係わらず、飛び出た目玉をぎょろりぎょろりと動かし口を開くと、掠れた声で呟く。

「時ガ来タノカ?」

「……時だと? 何を言ってやがる。カリナ達をどこにやった」

「オ前ハ世界ノ理ヲ正ス者。我ラニ時ヲ報セニ来タノデハ無イノカ?」

 ――世界の理を正す者?

 俺は訳も分からず、その半魚人を睨み付けていた。
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