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第二章

クマのぬいぐるみ(意味深)

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俺は大きなクマのぬいぐるみを抱いている。どうやらそれは、随分と前に父さんが買ってきてくれたクマのぬいぐるみのようだ。
不思議なことに、幼いころに俺と同じぐらいの大きさだったそのぬいぐるみは、なぜか今の俺と同じくらいの大きさにと巨大化していた。

……温かい。

あの頃に感じた温かさがそのままで、俺は嬉しくなった。
うれしすぎて抱き心地が良くて、俺は当時のようにそいつに絡まるようにしっかりと引き寄せて体を擦りつける。

……こいつの名前、なんて言ったかなぁ。……クマ……、クマコ。そうだクマコだ。

「…………」



懐かしい夢を見た。
……幼いころの。
温かくて癒される、そんな夢だ。

明るい日差しに目を開けると、隣の一弥の姿はもうなかった。

あいつ割と早起きなんだな。

ん~、それにしても気持ちよく眠れた。昨夜眠れなかったから、その反動だったのかもしれないけど。

ゴソゴソと起き出し、顔を洗おうと部屋を出ると味噌汁のいい匂いが漂ってきた。

「……おはよう。お前、朝早いなー」
「おはよう。……気持ちよく眠れたからね。それに、健輔さんよりは朝は強いみたいだ」
「ハハ……。言い返せないな。顔、洗ってくる」
「うん。もうそろそろご飯の支度も出来るから」
「ああ、すまんな」

一弥の顔色は確かに良かった。寝られなくて早く起きたというような感じには見えない。
きっと昨日の俺の判断は、正しかったという事だろう。

「今日は昼めし食ったら出かけるからな」
「わかった。犬の散歩だよね?」
「それと掃除な。散歩済ませたらお前も合流だぞ?」
「うん、分かってる」
「――ああ、それと。一弥が作ってくれたチラシも持って行こう。前原さんの家に行きながら、郵便受けに突っ込んでおかなきゃ」
「……ああ、うんっ!」

自分がチラシを作り、それを俺が喜んだことを思い出したのだろう。そしてそれが役に立つんだと分かり、すぐに嬉しそうな表情を見せた。

……こういうところは犬っぽくて、無邪気で可愛いんだけどな。

朝食を済ませた後は、一応仕事の依頼がメールで来ていないかを確認する。引っ越し作業の依頼が入っていたので、谷塚に電話を入れた。軽トラックを借りるためだ。

「よう、川口。どうした?」
「ああ、朝早くからすまんな。実は今度の日曜に引っ越しの依頼が入ったんだ。軽トラ空いてたら貸してほしいんだが」
「え~っと、ちょっと待て。おい、島田! 日曜日に軽トラ使う予定あるか? ……分かった。大丈夫だ、その日は空いてるそうだ。……今度は、助手は必要そうにないな」
「ハハ。まあ、おかげさまで。じゃあ、日曜の朝に借りに行くから、支払いはいつも通りでいいか?」
「もちろんだ」
「サンキュ、じゃ、またな」
「おう、ローザによろしくな」
「……ローザじゃない、一弥だ」
「ああ、わりぃ、わりぃ。一弥君な。……上手くやっていけそうなのか?」
「大丈夫だよ。一弥は素直でいい子だ」

……多少問題が、無くは無いが。

「そうか。ならいい。じゃな」
「おう」

電話を切って、依頼者に見積もりなどの詳細を送って返した。了承の返事が来ればそれで決まりだ。

少しずつではあるが、確実にリピーターや口コミでの依頼は来はじめている。
堅物には堅物の、やり方があるってことだ。


同業者に、腑抜けだの小心者だのとバカにされるのはあまりいい気分がしないのは確かだけど、それが俺の性分なんだから仕方がない。


ふうっと息を吐いて何気に顔を向けると、一弥がクリンと猫のような目で俺を見ていた。
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