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第五章
新たな依頼
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「建輔さん、新しい依頼が入ってる」
「どんな依頼だ?」
掃除や細々とした依頼なら直ぐに引き受けられるが、引っ越し作業とかだとトラックを借りないといけない。そうなると、谷塚のスケジュールによっては調整が必要になってくるなと考えていた。のだが……。
「彼の素行調査だって」
「……は?」
浮気調査か何かか? そういう物は興信所や探偵とかの方が確かじゃないのか?
眉を寄せる俺の顔を見て、一弥は「気に入らないの?」と小首を傾げた。
「何でそんなものを何でも屋に頼むんだ?」
「……何でも屋だからじゃない? 他所はそのくらいやってるし、探偵なんかよりも敷居が低いんじゃないのかな。気が乗らない?」
「気が乗らないというよりも、自信がないな。尾行なんてしたことないし。万が一見つかったりしたら、却って二人の仲をギクシャクさせちまうだろ」
「ああ……、そっちの心配か。でもこの依頼、そんな生易しい内容じゃないみたいだよ」
「え?」
含みを持たせるその言葉が気になって、俺もその依頼内容を見ようと一弥の隣に移動した。
覗き込んで、思わず眉を寄せた。
「…………」
依頼人の名前は石川彩花。他県出身の大学生20歳。
調査してほしい相手の名前は竹本雅之。某有名私立大学に通う21歳だ。
彼と知り合ったのはショッピングモールの中だった。ほんの少し自分の荷物から目を離したすきに、バッグの中から財布を盗まれてしまったのだ。咄嗟のことで慌てているところに竹本が現われ、一緒に近くの交番に行くなど親身になってくれたのが切っ掛けで二人は付き合うようになった。
彼女にとっても楽しい付き合いが続いていたのだが、一か月を過ぎたあたりから様相が変わってきた。
彼の先輩が経営しているというバーに連れて行かれ、何故だかその高額の飲食代を自分が払うように仕向けられた。しかも彼はお金がないと言うのにその先輩へのメンツの為に、何度も彼女を連れて行こうと誘うのだそうだ。彼女の財布を当てにして。
「これは……」
「彼女のことを財布としか思っていないのか、……場合によってはデート商法の可能性もあるよね」
「え?」
「だってさあ、最初の出会いからして胡散臭くない? 計算っぽいよ」
「ん~、これは依頼云々の前に、別れるよう勧める方が先じゃないのか?」
渋面を作る俺に一弥は小さく笑んで、そっと俺の肩にもたれかかった。
「正論だけでは片付けられない、事情や気持ちがあるんだよ」
「…………」
「で、どうする?」
俺の本音は、そんな男は切って捨てて連絡なんて断っちまえと言って終わりたいところだ。
いくら他人のためになりたいと思い始めた仕事とはいえ、慈善事業ではない。こちらだって生活がかかっているから、しっかり料金は貰わないといけないんだ。
お金をだまし取られたようなそんな彼女から、また金を貰うというのもな……。
「……多分彼女、ここを断られても他に行って、同じように仕事を頼むと思うよ。それに俺なら建輔さんが危惧してる、尾行も上手いけど」
「そう、だな……」
四角四面で硬い俺が考えるよりも、辛い経験を重ねてきた一弥の方が見えるものもあるってわけだ。
「じゃあ依頼を引き受ける連絡をしてくれ。だがさっきも言ったように、尾行のような特殊な事はお前任せになってしまうが……、大丈夫か?」
「? 大丈夫だよ?」
「いや、そうじゃなくて」
「何?」
一弥はどうやら俺がどれだけこいつの事を心配しているのか、全く分かっていないみたいだ。
「お前自身のことが心配なんだ。一人で危なっかしい所をうろつかせたくなんて無い」
俺がそう言うと、一弥は一瞬目を見開きそれから薄ら笑んだ。
「俺……、見た目に反して本気で強いんだよ。――敵だと決めた相手にはね」
その微笑みは、今では稀にしか見せない冷たく妖しい笑みだった。
「どんな依頼だ?」
掃除や細々とした依頼なら直ぐに引き受けられるが、引っ越し作業とかだとトラックを借りないといけない。そうなると、谷塚のスケジュールによっては調整が必要になってくるなと考えていた。のだが……。
「彼の素行調査だって」
「……は?」
浮気調査か何かか? そういう物は興信所や探偵とかの方が確かじゃないのか?
眉を寄せる俺の顔を見て、一弥は「気に入らないの?」と小首を傾げた。
「何でそんなものを何でも屋に頼むんだ?」
「……何でも屋だからじゃない? 他所はそのくらいやってるし、探偵なんかよりも敷居が低いんじゃないのかな。気が乗らない?」
「気が乗らないというよりも、自信がないな。尾行なんてしたことないし。万が一見つかったりしたら、却って二人の仲をギクシャクさせちまうだろ」
「ああ……、そっちの心配か。でもこの依頼、そんな生易しい内容じゃないみたいだよ」
「え?」
含みを持たせるその言葉が気になって、俺もその依頼内容を見ようと一弥の隣に移動した。
覗き込んで、思わず眉を寄せた。
「…………」
依頼人の名前は石川彩花。他県出身の大学生20歳。
調査してほしい相手の名前は竹本雅之。某有名私立大学に通う21歳だ。
彼と知り合ったのはショッピングモールの中だった。ほんの少し自分の荷物から目を離したすきに、バッグの中から財布を盗まれてしまったのだ。咄嗟のことで慌てているところに竹本が現われ、一緒に近くの交番に行くなど親身になってくれたのが切っ掛けで二人は付き合うようになった。
彼女にとっても楽しい付き合いが続いていたのだが、一か月を過ぎたあたりから様相が変わってきた。
彼の先輩が経営しているというバーに連れて行かれ、何故だかその高額の飲食代を自分が払うように仕向けられた。しかも彼はお金がないと言うのにその先輩へのメンツの為に、何度も彼女を連れて行こうと誘うのだそうだ。彼女の財布を当てにして。
「これは……」
「彼女のことを財布としか思っていないのか、……場合によってはデート商法の可能性もあるよね」
「え?」
「だってさあ、最初の出会いからして胡散臭くない? 計算っぽいよ」
「ん~、これは依頼云々の前に、別れるよう勧める方が先じゃないのか?」
渋面を作る俺に一弥は小さく笑んで、そっと俺の肩にもたれかかった。
「正論だけでは片付けられない、事情や気持ちがあるんだよ」
「…………」
「で、どうする?」
俺の本音は、そんな男は切って捨てて連絡なんて断っちまえと言って終わりたいところだ。
いくら他人のためになりたいと思い始めた仕事とはいえ、慈善事業ではない。こちらだって生活がかかっているから、しっかり料金は貰わないといけないんだ。
お金をだまし取られたようなそんな彼女から、また金を貰うというのもな……。
「……多分彼女、ここを断られても他に行って、同じように仕事を頼むと思うよ。それに俺なら建輔さんが危惧してる、尾行も上手いけど」
「そう、だな……」
四角四面で硬い俺が考えるよりも、辛い経験を重ねてきた一弥の方が見えるものもあるってわけだ。
「じゃあ依頼を引き受ける連絡をしてくれ。だがさっきも言ったように、尾行のような特殊な事はお前任せになってしまうが……、大丈夫か?」
「? 大丈夫だよ?」
「いや、そうじゃなくて」
「何?」
一弥はどうやら俺がどれだけこいつの事を心配しているのか、全く分かっていないみたいだ。
「お前自身のことが心配なんだ。一人で危なっかしい所をうろつかせたくなんて無い」
俺がそう言うと、一弥は一瞬目を見開きそれから薄ら笑んだ。
「俺……、見た目に反して本気で強いんだよ。――敵だと決めた相手にはね」
その微笑みは、今では稀にしか見せない冷たく妖しい笑みだった。
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