これは兄さんじゃありません

くるむ

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第一章

だって、諦めきれないから

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「……壱琉がいなくなって、もう一年が経つのね」
「そうだな。あいつの事だから、いつかひょっこり帰ってくるとは思うが……」

何度となく繰り返された両親の会話。

最初の頃はそれこそみんな本当にそれを信じていて、会話には力があった。
だから家族で兄さんの旅の行方を追おうと頑張って、兄さんが予約していた宿泊先を訪ねたり、地元の警察に届けたりして吉報を待ったりした。

二月フタツキ三月ミツキと日々が過ぎ去り、希望は願望へと変化していき、そのうち段々と諦めに近い気持ちへと変わり始めた。


もうあと三日もすれば、兄さんがこの家からいなくなって一年が経つことになる。


ピンポーン♪

「はーい」

大翔さんたちが、来たようだ。

大翔さんは兄さんの仲のいい友達で、僕らのことを心配して度々励ましに来てくれている。
今日も事前に、みんなでお邪魔するからと連絡が入っていた。

ガチャリと玄関を開けると、大翔さんを筆頭に、新さん、晴斗さんが顔を出した。

「母さん、父さん。大翔さんたちが来てくれたよ」

「まあ、まあ。いつもいつもありがとうね。……本当に、壱琉はいいお友達を持って……」
「すまないな。君たちも、忙しいんじゃないのか?」
「いえ、そんなことは無いです。大学ではもう、夏休みに入ってますし。バイトとかもしてませんから」

こうやって、大翔さんたちが来てくれて僕もどんなに心強かったか。
最初の頃は、兄さんがいない毎日が辛くて泣いてばかりいた僕を、大翔さんはいつも優しく抱きしめて慰めてくれていた。

「みんな、ケーキは好きでしょ? 食べて行ってね」

大翔さんたちが来ると聞いていた母さんが、事前に近所のケーキ屋さんで買って来たものだ。

「いただきまーす!」

大声で嬉しそうにケーキを食べ始めたのは、晴斗さんだ。
彼も兄さんと同い年の友達だけど、たぶん一番天真爛漫で明るい性格だ。
晴斗さんがいると場の空気が明るくなるので、僕らもどれだけ救われてきたことか。


「実は、今日は提案があって来たんです」

ケーキを食べ終わり一息ついて、大翔さんが僕ら家族に切り出した。

「え? なにかしら?」

「壱琉がいなくなってそろそろ一年になります。このままぼんやりと時が過ぎていくのを黙って見送っていくのは、どうしてもやり切れなくて……。それで俺ら3人で話したんですけど、もう一度壱琉が止まっていたホテルに泊まって、壱琉の足跡ソクセキを訪ねてみようかと思っているんです」

「僕も行く!」
「志音……」
「ねえ、いいでしょ!? 僕も大翔さんたちと一緒に兄さんを探しに行きたい。このまま兄さんを諦めることなんて、僕には出来ないよ!」
「……そうだな。父さんもそう思う。……大翔君、志音も連れて行ってくれるかい? もし、迷惑でなければ」

「はい、もちろんです。今日お伺いしたのは、志音君も誘おうと思いその許可をいただきに来たのですから」

大翔さんの言葉に嬉しくなって、つい「ありがとう!」と飛びついた。
突然の僕の行動に、大翔さんはびっくりして固まっていたようだったけど、もう一度兄さんを探しに行けるのだと思うと嬉しくて、僕はお構いなしに大翔さんにぎゅうぎゅうと抱き着いた。
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