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009-012 ヒロインも恋愛も恐すぎる

010 俺はどんな女も見捨てない

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 一時は取り乱したが逃げていない。俺はまだ娘さんを見捨てなかった。たとえ彼女にどんなダークネスな事情があろうが、きっと心までは食い尽くされてないはずだと思うからだ。

「お茶でも飲む?」

「結構です。それよりこの辺、臭くないですか?」

「そう? 牧園の風がやって来るのかなぁ?」

 そこはナイーブな問題なので、あんまり詮索しないでくれ。

 娘さんと俺は角が砕けた大石の上に座った。妙な距離を取られていて、一目惚れとはいったい何だったけなと俺の方は考えさせられている。

「どうしてビンタされたのかなって考えてますよね?」

 小鳥が歌うのどかな空を見ながら、娘さんは言う。俺は「うん」と素直に答えた。

 この間にひとつ。調教したい系のタイプも思い付いていた。相手に苦痛を与えて欲を満たす激しめのヤツだな。ヤンデレという筋もあるが……その辺は俺の専門外で詳しくない。できれば外れて欲しい。

「ビンタした理由は爽快だからですよ。人の頬を叩くのが大好きなんです」

 アウトだった。このセリフも、これまでのセリフも、悪役令嬢みたいにゲス顔で言ってくれたらまだ良いんだが、彼女はあくまで清楚系を保ったまま。うぶで可愛らしげのあるヒロイン顔で言っているからこっちがバグる。

「人の顔を叩いて心は痛まないのかよ」

「それは……少しは可哀想かなって思うんですけど。でも、みんな許してくれるっていうか……」

「許す? それはお前が出会った全員がドMだったか、あまりにお前が怖すぎたかだろ」

 なんて勘違い女なんだと恐れていたら「でも」と言って俺を指差した。俺は指先でも不意に向けられただけで、無意識に身構えてしまう体質になっていた。

「転生者様も怒りませんでしたよね?」

「はああ? 許すと怒らないを一緒にするな?」

 娘さんは俺のそれで軽いショックを受け、色々考え込んだらしい。俺の方はだんだん分かって来たぞ。この爆弾乳房ヒロイン格は相当勘違いを起こしている。

「なあ、お前。モテるだろ」

 娘さんは顔を上げたのち、ゆっくりと頷いた。この時点で黒確なんだが面白そうなんでもう少し聞いてみる。

「失恋とかしたこと無いな?」

「無いです」

「お前に惚れた男は、お前に何かあったら、たとえ星の裏側まで助けに来るだろ」

「来ます」

 まじかよ。いや……まじなんだな、たぶん。俺はこんな女をひとりだけ知っている。自分が愛されているのを良いことに何をしても許されると思っている酷い女だ。俺の知るそいつは、幾度も幾度もさらわれる事で男の愛を確かめようとした。

「実在したんだな。なんか色々敵に回すの怖いから桃姫症候群とでも言おうか」

「桃姫? 転生者様の国のお姫様ですか?」

「ああ、そうだ。俺も愚かな男のひとりだ。そいつを悪の城から助けようと文字通り命を削っていた」

 だが今回ばかりは命はひとつだ。娘さんを助けるためにも無駄死にだけは出来ない。
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