上 下
95 / 100
091-095 今度こそ終わらせよう

095 俺はこの賭けを外さない

しおりを挟む
 息を飲む音が広がる。舞台の上の魔石は、ぱっかりと二つに割れたのだ。

 そして仕組みは分からないんだが、石は自ら液体になってしたたり落ちてしまった。消失した。俺はそんな風に感じた。

 それがどれだけ酷い状況なのか。無知な異世界転生者に理解できるはずがない。会場がワーッと騒ぎ出すのは黄色でも緑でも青でもない声だった。

 威勢の良い者は咆哮ほうこうのごとく吠え、過失になげく者はむせび泣いたが、いずれも闘志を燃やすものにした。 

「うおおおお!!」

 ヘイトと言えども、今の姿では普通の兵士と変わらない。

「滑稽である……」と神は苦笑を溢す。ささやかな平和も一気に消させる予兆に見えた。

 ふん、と力むだけで神は風を掻き回せる。俺にも被害は及んだ。たったの少し動いただけで、家の壁まで破壊する爆風。俺は腹を殴り上げられたような感覚を得て、たちまち空へ吹き飛ばされた。苦しく、しかし、飛んでいく身をどうすることも出来ない。

「転生者様!」

 助けてくれたのがルリアの旦那。礼を言えないのは体が痛むからだ。それ以外の邪念からじゃない。

 上から見下ろす国は大きな戦争を起こしている。数ではもちろんヘイト民族が数百倍で勝っているが、勝算が神に微笑んであるのは数なんかじゃ変えられない。

「魔石をどうして壊した!? あれが無いと勝ち目がないんだろう!?」

 神の腕のひと振りで、はね飛ばされる者を見下ろしながら問うた。俺は旦那に持たれて空を飛んでいる。

「私たちは戦うことに決めたのです。転生者様は巻き込むべきでは無いという判断にて」

「勝手に判断するな! 無駄な死人が増えるだけだろうが!」

 負傷者だってよく見えた。建物内へ運ばれているが、その建物でさえ神は壊すに躊躇ちゅうちょしないんだ。

 魔法や武力を使って神に立ち向かう白波は、群がっては散らされている。この戦いはもっと悲惨なものになるかと思っていた。太陽神はいとも簡単に極限の力を使って、全てを滅ぼすのかと思っていたのだ。しかし違うんだな。

 ヘイトは光を浴びると怨念の霧になる。太陽を見ると人間を襲うブラッドガローに変身する。それを太陽神がどう利用できようか。

 この数が霧や獣になってから自分に襲いかかったのなら、戦いは複雑で不利になると心得ていた。なので遊ぶように人を傷付けていくことをする。

「……こんな戦いは……違う!!」

 安全に地面へ降ろされる前に、俺は身をよじってイケメンの手から離れた。当然空中に放り出された形になる。落下する体勢を変えたら太陽神へ突っ込むみたいに目掛けた。

「レグネグド!!」

 神は片手間に叫ぶ俺を見つけた。

「転生者! そろそろ終わりにするか!」

「ああ、全て終わらせろ!!」

 太陽神レグネグドは四本の腕を上にあげる。そこにパワーを集め出すのは、間違いなく何もかもを焼き払うつもりの大技だ。

 俺はその光の渦へと飛び込む。まさに投身自殺のそれなのかもしれない。だが、これは賭けである。

 ヘイトは必ず救う。そして俺は生きて、前世で生かしたい人も救う。

「レグネグド!! お前なんかがイメージアップを図れるか!! 一旦隠居しろ!!」

 鉄の剣を片手に、俺はいよいよレグネグドの巨大にした力に飲まれるところだ。

 その時、こちらに向かって飛んでくるものがある。それを見たら俺は全てを悟った。

 俺は魔石がどんなものであるかを知らない。妖精の豪腕で砕けて水になった石塊が、魔石だとは誰も俺に教えていなかったんだ。

 なら、いま俺が空中で見つける小石が、その魔力を持った石だったらどうだ。俺に出来ることがまだあるな。

 剣は左手に持ち変えた。空中でも自由に動けることは不思議じゃない。なにせここは異世界。これまでも嘘だと思うような経験をしてきた。

「終わりだ!!」

 俺は生前サウスポーでバドミントン部だった。エースとして腕を認められたほどだ。部活顧問のじじいにな!!

 奇妙に発光する石はきっと魔石。それは鉄なんかじゃビクともしない。むしろ剣を曲げらせた。鋭い勢いを包んで放ちやすくなった。太陽神の大きな力へと直線に……。

 石は爆発を起こしたか、真っ白に輝く。明るく、眩しく、目を焼ききるほどの明るさで。何もかもを真っ白にした。
しおりを挟む

処理中です...