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096-097 さよならだ。俺の異世界転生

096 俺はひとりじゃない

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 異世界転生、最後の日。見事な青空に見送られたいが、太陽神がそれどころじゃないから雲が覆っていた。

 雲の神とか風の神なんてのも、この世界にはいるのかな。まあ、もう俺が関わることはないことだが。面倒臭い世界だなって呆れている。

「転生者! そっちに行ったぞ!」

 離れた場所から声を飛ばすのはカタクナだった。エエマーも側にいる。場所は村。腐った牛乳を俺に飲ませていた、あの村である。愛の女神グレイアジルノーツの祠の裏側にて、男三人でとある生物を追っかけていたのだ。

 何でもない空き地に雪が積もっており、その雪を地中だと勘違いしながら生物は走り回っている。

 生物が進んだ跡は、雪が盛り上がってうねを作っているから分かりやすい。モグラを捕まえているのだと想像してくれ。大きさもその程度だ。

「さあ、来い!!」

 モグラは俺の網に捕まらないで、股下をすり抜けた。

「くそっ! エエマー、そっちに行くぞ!」

「えっ、あっ。……ひええ!!」

 はっはっは、と俺とカタクナは愉快に笑った。しかし余裕のあるカタクナとて、次のタイミングで外して笑われることになる。

 俺は今、めちゃくちゃ楽しい。異世界転生した中で一番楽しいかもしれない。……畝の筋がまた俺の方へ向かってきた。

「よし、来たな! モグラ!」

 網をぐっと握ってタイミングを取る。

「ストップ・モーメン!!」

 しかし畝は止まった。そこへ雪を踏んでずかずかやって来た女は、さっさと彫り上げてモグラを抱いた。そして俺に告げる。

「いじめるのはやめなさい? 白イルカは希少亜種なのよ? ディコール動物学書に1ページしか記載がないくらいなんだから。この子の尿一滴でエリート薬品の瓶がいくつ手に入ると思ってるの?」

 俺が知るかよ。と、返したくなる女は一人しか知らない。

「イルカじゃなくてモグラだ」

「ちゃんと背ビレがあるでしょう? 見えないわけ?」

 早速いがみ合う俺たちだが、カタクナは実に正しい人間のようで謝れる。

「フィーカリアンス。悪かった。つい、楽しくなってしまってな」

 フィーカはそんな彼に惚れており、頬を赤くして「別に……良いんだけど……」と、消え入るように言っていた。何だよ、めっちゃ可愛いじゃん。

 ここに住み着くモグラ(イルカ)は無事に回収。どれどれと、俺の手帳を久しぶりに開けてみる。

「おおっ!」

 最後に残っていた女神バウンティが消えた。供物泥棒を追い払う件が解消されたんだ。供物を盗んでいくのはヘイトじゃなかったということも証明できるな。

「……」

 俺は少し溜め息をついた。それは側のフィーカに聞かれていた。彼女は空気を読めていないようで、肝心なところでは寄り添える奴だった。

「大丈夫よ。ルリアって子、すぐに元気になるわ。他の皆も。ヘイトは回復力に優れているもの。ねっ?」

 明るい笑顔を向けてくれた。彼女に励まされると、なんだかそんな気がしてくる。でもやっぱり恋愛対象には入れない。

「ありがとう。フィーカ」

「どういたしまして」

 向こうで娘さんが俺たちを呼んでいる。暖かいお茶を飲もうとの誘いだ。

 野外で知らずに冷えきっていた。ありがたく貰うとしよう。カタクナとエエマーの背を見ながら、俺とフィーカも歩きだした。
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