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096-097 さよならだ。俺の異世界転生
097 俺は別れの言葉を残さない
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娘さんとカタクナの愛の巣に入る。片付けられた部屋でテキパキ動く娘さんを、カタクナが帰宅するなり座らせていた。
春には激しく愛し合っていた二人は、いま新しい命を守ることに懸命だ。十月十日という言葉が適応されるなら、生まれるのは来年の中腹になるだろう。
冬の寒さをもろともしない幸せがあった。しかし一方で失恋したのを俺は知っている。
辛くないのか? と、フィーカに聞いたことがある。俺を探して村にやって来た頃のことだったか。
「辛くはないわ。ただの憧れだもの」
それを明るく振る舞って答えるフィーカだぞ。俺の胸がどれほど締め付けられていたか……。カタクナにも味あわせてやりたいが、略奪愛はいけない。
「どうぞ。転生者様にはこっちをどうぞ」
苦悩を抱える目の前にカップが置かれる。何味か分からん異国のお茶は口に合わないので、俺には暖かいほうじ茶を出してくれた。一口飲むだけで有象無象が消されていくようだ。ホッとする。
前の転生者さまさまだな。このほうじ茶を好んだのは、どのあたりの前の転生者なんだろう。それももう考える必要は無いか……。
……色々あったな。
これらのことだけ思い出して「色々」と言うのには足りない気がするが。思い出したくないものや、思い出さない方がいいものもあるので勘弁だ。
「えっ、ちょっと、転生者!?」
「ん?」
茶の席で急にフィーカが声を荒げている。続いてカタクナ、娘さん、相変わらず存在が薄いがエエマー。総勢で俺を呼んでいた。
「なんだよ。こんな近くで声を張るな」
しかし全員は飲みかけのものを置いて家を出ていった。
はて? となるのは俺だけで、みんな外で俺を探しているようだった。
日当たりの良い席にひとりだけポツンと残されて、ほうじ茶のティーカップには俺の指が透けて触れられない。
「……なんか寂しい」
誰も聞いていないなら、柄にも無いことを言ってみても良いかと思った。でも逆に、誰も聞いていないことが身に沁みて、余計に寂しく、悲しくなってしまう。
さよならだ。
俺の異世界転生。
そのあと俺は紅茶に砂糖がすっと溶けるのと同じように、静かにそっと居なくなったんだと思う。
春には激しく愛し合っていた二人は、いま新しい命を守ることに懸命だ。十月十日という言葉が適応されるなら、生まれるのは来年の中腹になるだろう。
冬の寒さをもろともしない幸せがあった。しかし一方で失恋したのを俺は知っている。
辛くないのか? と、フィーカに聞いたことがある。俺を探して村にやって来た頃のことだったか。
「辛くはないわ。ただの憧れだもの」
それを明るく振る舞って答えるフィーカだぞ。俺の胸がどれほど締め付けられていたか……。カタクナにも味あわせてやりたいが、略奪愛はいけない。
「どうぞ。転生者様にはこっちをどうぞ」
苦悩を抱える目の前にカップが置かれる。何味か分からん異国のお茶は口に合わないので、俺には暖かいほうじ茶を出してくれた。一口飲むだけで有象無象が消されていくようだ。ホッとする。
前の転生者さまさまだな。このほうじ茶を好んだのは、どのあたりの前の転生者なんだろう。それももう考える必要は無いか……。
……色々あったな。
これらのことだけ思い出して「色々」と言うのには足りない気がするが。思い出したくないものや、思い出さない方がいいものもあるので勘弁だ。
「えっ、ちょっと、転生者!?」
「ん?」
茶の席で急にフィーカが声を荒げている。続いてカタクナ、娘さん、相変わらず存在が薄いがエエマー。総勢で俺を呼んでいた。
「なんだよ。こんな近くで声を張るな」
しかし全員は飲みかけのものを置いて家を出ていった。
はて? となるのは俺だけで、みんな外で俺を探しているようだった。
日当たりの良い席にひとりだけポツンと残されて、ほうじ茶のティーカップには俺の指が透けて触れられない。
「……なんか寂しい」
誰も聞いていないなら、柄にも無いことを言ってみても良いかと思った。でも逆に、誰も聞いていないことが身に沁みて、余計に寂しく、悲しくなってしまう。
さよならだ。
俺の異世界転生。
そのあと俺は紅茶に砂糖がすっと溶けるのと同じように、静かにそっと居なくなったんだと思う。
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