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プロローグ
その者、誕生する
しおりを挟むきらびやかな装飾がされた、見るからに高貴な者が住まう館。
その館には大きな庭・森がついており、お隣さん…というにはとても遠い場所に次の館が位置している。
ここは身分の高い貴族だけが住むことを許される、ラルバンシェという大首都の一角である。
毎日どこかの屋敷でパーティーが行われている程に、にぎやかな、そして格差の激しい区画。
そこでも、上の位を持つレンジェーナ家。
今日この日、レンジェーナ家に新たな命が誕生した…──
それを今か今かと楽しみしていた館の主、ダリア=レンジェーナ。
侍女がつい今しがた生まれたばかりの小さな体をすぐタオルに包み込む。
館の主人に一番に、と見せる前に清潔なタオルで顔を優しくふき取り、その小さな体を抱きなおす。
待ちきれんと、続いて体を綺麗にしようとする前にダリアは顔を覗き込む。
泣き疲れたのか、その小さな命はすうすうと寝息をたてている。
その可愛らしい表情には、つい頬が緩みきってしまう。
「旦那様、元気な男の子ですよ…」
「おぉ…なんとも愛らしい…!…よくやったな、レイミー」
「はい…ありがとうございます…」
我が子の誕生に喜ぶダリアに、妻レイミーは微笑んだ。
まるで子供のようにはしゃぎ喜ぶ様に、周りの者達も頬を緩ませていた。
そしてようやく、自分が曝した様に気付いたダリアは大きく咳払いをし、抱いていた子供をレイミーに戻した。
「……名前は、もう決めたか?」
「えぇ。…セランという名で、どうでしょう?」
「…セラン…うむ。良い名だ。」
二人でセランの顔を見、そして二人顔を合わせ笑い合った。
レイミーは優しくセランの頭を撫でる。そしてまた優しい声で
「セラン…あなたにはいったいどんな聖霊がついてくれるのかしらね…」
「そうだな…、────おや……?」
撫でられた頭が微かに傾いた、その時ダリアは何かに気付いた。
そっとセランへ手を伸ばす。
辿り着いたのは、セランの左胸。
身体を覆う布を退かすと露になる白い肌、そして…
「これは……まさか…」
レイミーの表情に困惑の色が映る。
先ほど生まれたばかりの我が子の異変に、二人は驚愕した。
「これは…………………………魔霊石?──ぁっ…」
口にしたのは侍女の一人。
それに反応した二人は一緒にその侍女を見た。
侍女自身も口にした言葉に動揺しながら、勢いよく二人に謝った。
「も、申し訳…っ大変申し訳ございません!!」
「…………」
「…い、いいのよ…?……でも、これは…」
「魔石だ、きっと…いや間違いなく」
「ダリア様、まだそうと決まった訳じゃ…」
「私は前に見たことがあるんだ、これは…魔霊石だ」
ダリアの断言に皆は凍り付いたように固まった。
悲しみの表情を浮かべた者もいれば、恐怖の表情をした者もいる。
─魔霊石とは、自然の中で特別に生きる精霊や魔物達がどういった仕組かはまだ判明されてはいないものの、なんらかの形で形成させできる石のことである。
ただ一言で魔霊石と言っても、精霊が宿る石や精霊が死んで石と化した物、悪魔が邪悪な気を溜めて造った石、魔物の体内で核として生み出されている…など、色々な形で種類があるのだ。
またその形は宝石とも似ているが、発せられる色味や、時には見るからに禍々しいオーラを漂わせているものも確認されている。
しかしその選別方法や使用方がまだ詳しく解明されていないため、あまり良い物として扱われることは無い。
ましてや人体に埋め込まれているなどもっての他、現在知らされている文献などでは聞いたこともない。ただ聞いただけでそれはよくないものだろうと、その場にいるものは思っただろう。
そして、その石が……
実際に目にする事ですら珍しいその魔霊石という存在が、わが子の体に埋め込まれ、また露出しているなど。
あっては ならない
「……そんな…」
先ほどまで穏やかな、幸せな雰囲気でいたのに一気に変わってしまった。
レイミーの瞳から、一筋の涙が伝い落ちた。
震える肩へ手を沿え、ダリアは静かに執事長へ話しだす。
「明日、霊嗣ぎ《タマツギ》の儀式の前に、聖職者を呼べ」
「は、はい。畏まりました」
そして、翌日。
レンジェーナ家の客用の寝室に、ダリアと執事長、侍女長、そして呼び出した聖職者・魔術者が集まる。
レイミーが横になるベッドに一緒に寝かせたセランの小さな体には、その体が持つ小さな拳ほどの大きさをした、怪しく光る魔霊石。
何度見ても、その現実は変わらない。ダリアは悲しみを帯びた、深いため息をついた。
聖職者はセランを纏う布をめくり、まじまじと魔霊石を眺める。
「これが、魔霊石ですか…。実は私も初めて見ましたよ…」
「このようなものは魔霊石に違いありません、どうか息子を救ってください!」
「落ち着いてください、ダリア様、きっと大丈夫ですから」
セランを見て唸る聖職者に詰め寄るダリア。
その気迫につい後退る聖職者。
ベッドですやすやと眠るセラン。今周りで何が起きてるのかも知らずになんとも穏やかな寝顔を見せている。
今にも聖職者に飛び掛かりそうな勢いなダリアに、一応、と呼んだ魔術師が間に割って入り、口を開いた。
「きっとこの石を外すのは、人の手を使うしかないでしょう…。しかしそれはこの小さな身体ではとても危険だと思います……。
それと、幾ら聖職者に詰め寄っても恐らく身体に根付く魔石の力を弱めるくらいでしょう」
「な…なんだと……?」
淡々と話す魔術師に、ダリアの勢いは徐々におさまり、行き場を失った手はセランの眠るベッドへ沈んでいく。
聖職者は乱れた服を直し魔術師を見た。
魔術師は少しの間を起き、強めの声音で言う。
「この石、そしてこの子自体の魔力を封じれば…相互の力が作用することなくなんとかなるかと………まだ憶測ですが」
「………なんだと……」
「はい、しかしそうなると聖霊の加護を受けられない可能性が」
「なんだって?!それは…!!」
「しかし…そうするしか、他に方法は思い浮かびません」
魔術師が言い終わるよりも早く、ダリアの膝は床に落ちていった。
レイミーに至っては今まだ意識があるのが奇跡な程、驚愕に目を見開いている。
先日の出産に疲れ、あまり力の入らない筈のレイミーの手に、力が入る。
そして色素の薄くなった唇を微かに開き、とても小さな声で魔術師に問いかけた。
「では、霊嗣ぎ《タマツギ》の儀は…」
「…大変申し上げにくいのですが、難しいかと…」
―霊嗣ぎ《タマツギ》の儀。
それは生まれたばかりの子供に、精霊を宿す儀式。
その儀式には守護聖霊という、様々なモノを司る守護神を呼ばなければならない。
生まれつき持つ魔力の波動にあった聖霊(親)が自分の精霊(子)を子供に宿し、その子供特有の力に変えていくのだ。
その力が武力であったり、学力であったり、また鍛冶などの家系的な能力であったりと…自分にあった力を育て有効に利用する。
大体の貴族はその力で家系を支え、大きくしていく。
その聖霊の加護が受けられない。
即ち…
―レンジェーナ家は、ここで終わる。
といっても過言ではない。
「ぅっ……ぅあぁぁぁーーっ!」
レイミーはついに声をあげて泣き出した。
顔をくしゃくしゃにして、とまることなく伝い落ちていく涙を拭わずに。
悲痛な声を荒げて、泣き崩れた。
それは、これで終わる一家にではない。
申し訳ないという気持ちは、もちろんある。
が、それ以上に、これからきっと幸せになれない、なることができないだろう最愛の息子にだ。
今この場で命を終えてしまったほうがよかったと後悔されるかもしれない。どうしてこんな自分を生んだのだと責められるかもしれない。いざその時になって自分に突き付けられたら、自分はどうしたらいいのだろうか。そんなことまで考えてしまう。
それは、ダリアも同じだった。
血が滲むほどに強く手を握り締めて、声を殺した。
そして…小さく、
「それでいい……頼む……お願いだ………息子を、セランを………」
もう限界だった。
二人を見て聖職者は胸元で十字をきり神に祈った。
魔術師も、憂いを含んだ瞳で夫婦を交互に見、そして同じように十字を切り、空を仰いだ。
そして、静かに口を開き
「では………始めます」
儀式が、始まった。
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