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プロローグ

その日、少年は

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リ――ン ゴ――――ン…

教会の鐘の音がよく聞こえる、そんな丘にレンジェーナ家の館は建てられていた。
数年前はどれほどの大きさだったろうか。

ラルバンシェなのは変わってはいないが、場所が少し移動しているのだ。
そして更に今では、あの時よりも一回りは大きい屋敷に変わっている。

間違えている?――いやこれで正しい。
実際あの時より、大きくなっているのだから。

そんなレンジェーナ家の玄関先で、一人の青年がうろうろしている。
何回かベルを鳴らすが、教会の鐘に紛れて聞こえないのか誰も出てこない様子。

そうして青年は、鐘が鳴り終わるのを待ち、もう一度ベルを鳴らした。

押して数分…
扉越しにでも聞こえる子供の足音。

―ガチャッ

「こんにちはぁ!マークせんせえ!!」
「こんにちは、今日も元気そうだね、フラン」
「えへへ、元気だけが取り柄だからね!!」

扉を開けたのはまだ小さな子供。
そして名をフランという。

実は4年前、レイミーはめでたくも二人目の子を授かったのだ。しかもフランには、ごく稀といわれている聖霊である、光の守護神レムナスが宿ったのである。

そのことにより、レンジェーナ家は一気に昇位し更に位が高くなったのだ。

二人は大広間を通り、召使いにもてなしを頼んで一番身近な応接室に入った。

「今日は何を教えてくれるんですかぁ?」
「その前に、宿題は?」

やりとりで想像はつくだろうが、マークはフランの家庭教師だ。
しかも生まれてから直ぐの子守りの段階から付けているため、フランも兄弟同然のように慕っている。
勿論、

「あっ!マークせんせい!!」

セランもだ。

マークは現在21才、セランが生まれて半年後に彼は若くしてこの館に来た。
普段はレンジェーナ家の敷地内に建てた使用人専用の家に住んでいる。
フランが生まれ、セランと一緒に付けられれば良いとレイミーは思ったのだ。

しかし、フランが4才になった今では

「マークせんせい、今日は「せんせえっ!宿題できたの見せるから、見て!」

周りから何か噂で聞いたのだろうか、フランはセランを嫌っているように見える。

ほんの1.2年前までは仲の良い兄弟だったのだが。
突如自分へのあたりが変わってしまったことに戸惑いつつも、どう対応したらいいかわからないセランは、ただ我慢するだけだった。
マークを前にフランは静かに詠唱を始める。

「我に宿りし精霊よ…」

フランの周りにうっすらと光が生じる。
その光の中、一際目立って小さく動く物体がある。それはフランの周りをぐるぐると駆け回り、頭の上で止まった。

よく見ると、それは一瞬人型のようにも見えるが、すぐただの光になってしまう。
フランに宿る精霊が、意思をもち動き回っているのだ。

「ホラ、ちっちゃいけど…精霊、でてきてくれるようになったんだよ!」

「…すごいね!僕でも一か月近くかかったのに、…才能かなぁ?」
「へっへーん!」

自慢気に胸をはりマークに押しつけている。
それをただ見つめるだけのセラン。
視線に気付いたマークは身体ごとセランへ向け、手招きをしてみせた。
下見がちに近づいてくるセランに小さく笑むと、自分の精霊を具現化して飛ばす。

マークの守護神は風を司るシルフィー。
フランの周りを飛ぶ白い光とは違い、それは小さく人の形をした、童話にでも出てきそうな妖精のような姿をしている。

精霊はセランの近くへ飛んで行くとにっこりと微笑み、くるくると回り始めた。

小さい人型をしたマークの精霊はセランの目の前で回りながら踊り始める。
その姿は、とても楽しそうで

「ニア、今日はご機嫌だね」

ちなみに名前はニアという。ニアはセランのお気に入り。
まるで自分の精霊のように動いてあそんでくれるからだ。

ニア自体も、セランを好いており、マークが指示を出すと嬉しそうに飛んでいく。
そんな様子を横目にみると、フランはマークの体に抱きつき、

「ね、次のレベルの教えてよ!せんせえっ!」
「これ以上教えたら学校つまんなくなっちゃうよ?」
「いーもん大丈夫~!」 

そんな二人のやり取りを見て、悲しむかと思いきやセランはにっと笑い

「ニア、あっち行こ!」

ニアと一緒に館の中庭の方へ駆けていった。
セランが走って行ったのを確認すると、マークは小さくため息をついてフランに向き直す。
怒っているわけではない、諭すわけではないが、静かに問う。

「…フランは、どうしてそんなにセランを嫌うの?ついこないだまで仲良しだったのに」

「……だって、セランはイタンジってやつなんでしょ?」
「! 誰がそんなこと…!」
「じじょさんが言ってた。"悪魔憑き"って…」

その言葉につい詰まる。

そして、沈黙。





中庭の噴水横に腰掛け、ため息をつきながら水面を見つめるセランの周りをニアがくるくると飛び回る。

「ねぇニアは僕のこと、好き?」

ニアを頭のうえに座らせ、ポツリと呟いた。
水面には落ち込んだ顔のセランが写っていた。
二人が…特にフランが居る目の前では元気に振舞っているが、実際のところやはり傷ついているのだ。

ニアは小さい手でセランの頭を撫でる。
元気づけるかのように、優しく。

水面越しに見えたそれはセランに笑みを戻すのに十分だった。

「…戻ってフランと一緒にお勉強しよっか。ニアもいるしね」

そう笑って立ち上がると、ニアは嬉しそうにまたセランの周りを飛び回る。
目を細めてそれを見る。


ちくん。


ちくん。


「…ありがとう、ニア」


ちくん。


その小さい胸に感じる痛みには、気づかないふり。


おそらくそのまま勉強部屋となっているであろう応接室へ戻るセランとニア。
長い廊下を、ニアとゆっくり足を進める。

徐々に聞こえる声に、二人はまだ室内にいるんだとセランは足を速めた。


「…でも、そんなこと言ってもお兄さんってことには変わりないだろう?」
「…………でも」
「それに、フランはセランのこと好きだったろ?」
「…………」
「な?だから避けるとかさっきみたいの、やめよう?」

「ぁ、まだ居たっ」

小窓から覗くとまだ居た二人を見つける。
部屋の扉に手をかける。

少し開かれるだけで、中からぼそぼそと聞こえていた二人の声が途端に大きく聞こえる。
大事な話だったら、と開けるのを途中でとどまり、その場で耳を傾けた。

感情により声が大きくなってきてるのか、だんだんはっきりと聞こえてくる。

「せんせえだって、思ってるんでしょッ!?気味悪いとか、怖いとか、思ってるでしょ!??」
「っ」

聞こえた。
はっきりと、聞こえた。

セランは息を呑んだ。
─これは、自分のことだ…
そう、わかってしまったから。


─ずきん…

── ずきん…


…胸がぎゅうぎゅうする。
セランは胸元をおさえ、きゅっと服を握った。
ふとぶつかる胸元の石に、更に胸が締め付けられた。

「僕、まだ小さいけどこれくらいわかる!」


─ずきん…


「セランは、普通の子じゃない、悪魔の子だって言ってた!」


──ずきん…


「しかも、精霊いないの、儀式しなかったんじゃなくて出来なかったんでしょ?」


───ずきん…


「あんなの、お兄ちゃんじゃない!!」


──────…


「あら、セラン坊っちゃんどうしたのこんな……きゃあっ」
「「 !!! 」」

突如聞こえた召使いの声に、二人は一斉に扉を見た。

マークは応接室の扉を勢いよく開けた。
そこに立っていたセランに、そのまま目を見開く。

「………セラン…お前、聞いて…」
「………………」

セランは俯いたまま黙っている。
そして、

「………セラン…?」

おかしい。

様子がおかしい、と気づくには十分だった。
セランの周りに、ぼんやりとオーラが纏われている。
それは少なくとも魔力がなければ出来ないはずなのに。

生まれて直ぐに魔力を封印されたセランには出来る筈ないのに。

なんで、できている?

「セラン…?お前、どうして…」
「───……ぃ?」
「え?何て?」

小さく、口が動いたのにうまく聞こえない。
マークは屈んでセランに問い掛けた。

「なんだいセラン?もう一回言って?」

「────…だい?」

「………ぇ?」

今度は、ちゃんと聞こえた。
聞こえた、けれど。

マークはその内容に、また目を見開いた。


「 にあのこと、ちょうだい? 」


「…なっ────!!」

屈んだおかげでセランの顔が見えた。

しかし見えた瞳は、生気がないように虚ろだった。
光がうつらないような、真っ暗な瞳。

「せ…セラ……」
「せんせいの精霊がダメなら…」

す、と顔が動く。
向いた先には、フラン。

セランの口の端が微かに上がった。途端、周りのオーラが大きく広がる。
それを見たフランの身体は大きく跳ねた。恐怖に震えている。

「っ、やめろ!セラン!!」
「……ひっ…」

一歩、また一歩と近づく。

フランの足はガクガクと震え、立って居るのがやっとのようだ。
逃げられない。

オーラが、まるでフランに襲い掛かるように伸び、飛び掛かる。


「──セラン!!!!」

─── ピタッ


その声にか、オーラの動きが止まる。

セランの足が止まったことに、マークは急いでフランに駆け寄り抱き寄せる。
震えてるフランを強く抱き締めて、セランを見た。

「セランっ、どうして………!!」

目に写るのは、自分たちを見ながら涙を流すセランの姿。
瞳には、腕の中で震える小さな身体が写っている。

腕の中のとなんら変わらない小さな身体。
先ほどから変わらない表情で、ただ涙だけ流していて…
マークは、言葉に詰まった。

「……───…ん…」
「? セラン…?」
「フラン………ごめん……」

ぼろぼろと涙を流して、そう呟いた。
刹那。

「…っ!!?」

大きく膨れ上がるオーラ。
それは二人に行くことなく、セランを包み込む。
何重にも重なって、ついには透明な筈のオーラが透明じゃなくなっていく。
小さな身体の何処にこれほどの魔力があるというのか。瞬く間に姿が見えなくなる。


「ッ……セランッッ!!!!!」
「わっ!!?」

名前を呼ぶと、どこから吹くのか強い風がマークとフランを襲う。
咄嗟にフランを強く抱き、態勢を低くする。
二人分の体重が、今にも動き出しそうなほどの勢いだった。

それから暫くすると風がおさまり、マークは身体を起こしセランが居たほうを見た。

が。

そこにセランは居なかった。


そして、その日…



レンジェーナ家から、一人の少年が消えた。
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