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ハロウィン

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ここは、ディストピアの中で、ジェニーに割り振られている部屋だ。
日頃ジェニーが寝ている部屋でもあり、同時にスラ太郎もここで生活している。
部屋には、ジェニーには大きすぎるくらいのキングサイズベッドが置かれているが、それがあったとしても、部屋は窮屈に感じられないほどに広い。

そこには椅子に座っているジェニー、理由もなく動き回っているスラ太郎、そしてジェニーの身だしなみを整えているメイド人形のヴィオラの姿があった。

「ジェニーさん、これで大丈夫でしょうか」

「は、はい! 多分大丈夫だと思います」

ヴィオラがジェニーに問いかける。
それにジェニーは満足そうに返事をした。

今日はディストピアの中でイベントが行われる特別な日だ。
少しだけジェニーも気分が上がっているように見えた。

ジェニーからしたら、このイベントに関しては初めてであり、どんな格好をしたらよいのか分からない。
そこでヴィオラに手伝ってもらっていたのだ。

今回のイベントは『ハロウィン』と言うらしい。
かつて、アルフスが支配していた国で行われていたイベントをディストピアにも取り入れた――という話を聞いている。

「それで、仮装もバッチリ出来たんですけど、具体的に何をすれば良いんでしょうか……?」

「ハロウィンというのは、仮装をしていつもとは違う気分を味わうというイベントだと、アルフス様はおっしゃられていました」

「な、なるほど。でもアルフス様が取り入れたということは、何か他にも深い意味がありそうですね……」

ジェニーは、ブカブカの大きな帽子を揺らしながら考える。

ジェニーの仮装は『魔女』をモチーフにしたものだ。
紫色の大きな帽子と、更に濃い紫色のローブを着飾っている。
全体的にジェニーより一回り大きいサイズなので、一見だらしなく見えるが、魔女らしいと言えば魔女らしい。

「そう言えば、ハロウィン特有の『トリックオアトリート』という言葉があるらしいです」

「え? 何ですか、それ。魔法ですか?」

「いえいえ、お菓子をくれなきゃイタズラするぞ――という意味で、要するにお菓子が貰えるとのことです」

「お菓子……ですか。何だか面白いですね」

トリックオアトリート。
初めて聞いた言葉だが、この言葉はハロウィンで重要になってくると予想できる。
ジェニーはしっかりと頭の中に入れておいた。

「そろそろ向かいましょう。遅れてはなりませんので」

「あ、そうですね。分かりました」

準備が終わったジェニーとヴィオラは、皆の待つ五階へと足を運んだ。


****

「あら、ジェニー。似合ってるじゃない」

「ラ、ラピスさん! ありがとうございます!」

 ジェニーが五階に着いて、初めて出会ったのは――冥府の八柱、ラピスだった。

「ラピスさんも魔女の仮装ですか? すごくピッタリです!」

「まあ、私の場合は仮装というより正装だけどね。魔女だし。でも、久しぶりにローブなんて着たわ」

 ラピスがしていた仮装――もとい正装も、ジェニーと同様、魔女のものだ。

 そもそも、ラピスの種族が魔女であるため、ラピスからしたら、今回の目的である違う気分を味わうということは出来ないだろう。

 と思ったが、ラピスはローブを着るのは久しぶりと言っているため、案外目的は達成されているのかもしれない。


「お、ラピスー。久しぶりー」

 そんな他愛のない会話をしていると、横からジェニーの聞きなれない声が聞こえてきた。
 ラピスを呼ぶ声だ。
 思い切り呼び捨てにしている。
 この時点で聞きなれない声の持ち主が、かなり絞り込まれたがそんな考察をしていてと仕方がない。

 ジェニーは声がする方向へ顔を向けた。
 そこにいたのは――メドゥーサ。
 冥府の八柱である、ベルン・セルペンテがいた。

 見たことは勿論ある。しかし声を聞いたことも、こんなに近くで見たのもほぼ初めてと言える。
 そのような存在だった。

「おー。確か、ジェニーちゃんだねー! 魔女っ子じゃん! ラピスの百倍似合ってるよー」

「うるさいわよ、ベルン」

 いきなり予想外。
 なんとベルンの方からジェニーに話しかけてきた。
 どうやら名前は知ってくれているようだ――と、少しだけジェニーは嬉しく感じた。

 ジェニーはディストピアの中でも、割と話題にあがる人物であるのだが、意外と自分では気付かないものだ。

「ありがとうございます。でも、ラピスさんより似合っているというのは……」

「いや、ほんとほんとー。この前なんてお腹が――」

「ベルン。それ以上口にしたら、全壊砲フルバーストをアンタにぶち込むわよ」

「うっ、それは勘弁。じゃ、またねー」

 そう言って、ベルンは逃げるように立ち去る。
 この前だと命が危ないということを悟ったのだろうか。
 ジェニーとしては、少しだけ話の続きが気になったところだが、命の安全を確保するために触れないでおいた。

「随分と無駄な時間を過ごしたわね。ほら、ジェニー。ファミリアーとかがお菓子を配っているから、貰ってきたら?」

「そうですね、では行ってきます!」

 ジェニーはそう言うと、ブカブカな服を揺らしながら、とてとてとファミリアーの元へ向かう。


「おや、ジェニー。久しぶりですね」

「お久しぶりです! トリックオアトリートです!」

 ジェニーは、ファミリアーの元へ辿り着くと、早速覚えたばかりの言葉を並べた。
 これでいいはず――である。
 ファミリアーは空中で羽ばたいているため、少しだけジェニーより高い位置にいた。
 今はファミリアーの返事を上目遣いで待っている状態だ。

「フフフ、元気がいいですね。もし嫌と言ったら、どんなイタズラをするのでしょうか?」

「うっ……い、意地悪しないでください!」

「フフフ、すみませんね。少々意地悪でした」

 ジェニーが少しだけ怒った様子を見せると、ファミリアーは大人しく引き下がる。
 大人の対応だ。
 
「ファミリアー! お菓子ちょうだ――じゃなくて、トリックオアトリート!」

 ファミリアーとジェニーが一悶着していると、横から聞き慣れた声でファミリアーを呼ぶ言葉が聞こえた。

 その正体は見るまでもない。
 冥府の八柱、エマだ。
 仮装ということだが、エマについては、特別いつもと変わった様子はない。というか、いつものゴスロリファッションが仮装のようなものなのだろう。

「エ、エマ……。貴女にはさっきあげたはずですが……」

 ファミリアーがいつもは見せないような――それこそ珍しい反応をする。
 ジェニーでさえ、こんない戸惑っているファミリアーは見たことがない。
 言葉も説明も一切無かったが、ファミリアーがエマを苦手としている――ということは、何となく分かった。

「そんなことないって。ほらほらー、早くくれないとイタズラしちゃうよー」

 エマはそう言うと、背後から死霊ゴーストを見せつけるように召喚した。
 死霊ゴーストは、いつでもファミリアーに襲いかかることができる状態である。

「そ、それは勘弁してほしいですね。私は状態異常耐性をあまり持っていませんので、こうげ――イタズラされてしまっては大変です……」

 半ば脅迫のようなそれは効果抜群だ。
 ファミリアーは、自分の管理する空間の中からお菓子を取り出す。
 エマには、少し大きめのキャンディーが与えられた。

 普段のエマなら、もっと貰えるように交渉(脅迫)するかとも思われたが、今回は特に不満を言うことなく「ありがとー」の言葉と共に満足そうに帰っていった。

 ファミリアーはその後ろ姿を眺めながら、一つ大きなため息を漏らす。
 恐らく安堵のためだろう。
 一つの危機が去ったことを、喜んでいるようにも見えた。

「あ、ジェニーにもあげないといけませんね。何か注文はありますか?」

「いえ、特にはありません」

「そうですね。では、サービスしてヴィオラが焼いたクッキーをあげましょう。味は保証しますよ」

 ジェニーに手渡されたのは、小さな袋に入ったクッキーだった。
 それだけでお腹いっぱいになりそうな豪華な袋だったが、そんなことはどうでも良くなるほどの情報が耳に入る。

「ヴィオラさんですか!?」

「ええ、今回配っているお菓子のほとんどはメイド人形たちが作ったものですよ。そして、貴女と仲が良さそうなヴィオラの物を選んだのですが」

「あ、ありがとうございます! 大切にします!」

 ジェニーは感謝の言葉を述べて、クッキーをまじまじと見つめる。
 その情報を聞いた後だと、既に豪華そうな袋もより一層輝いて見えた。

「大切にする――というよりも、食べてあげた方がよろしいと思いますけど、まあいいでしょう。お礼なら私ではなく、ヴィオラに言ってあげてください」

 そう言うとファミリアーは、お菓子を求める者たちの元へ飛行していった。
 その場に残るジェニーの手は、袋を落とさないようにガッチリと掴んでいる。


「おーい! ジェニーちゃーん!」

 数秒ほどその場に佇んでいると、何やら右の方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
このホールの中は決してうるさい訳ではないが、静かな訳でもない。
 飛び交う声の中、ジェニーはその声の発生源をキョロキョロと探す。

 見つけるのは簡単だった。
 その者たちの放つオーラというのもあるが、とにかく見つけることはできた。
 ジェニーを呼ぶ声は一つだったが、そこには合計で三人いる。

 カトレア、ネロー、エマだ。
 冥府の八柱である三人は、少し大きいテーブルを囲んで座っている。
 そのテーブルの上には沢山のお菓子が積み上げられていた。

 ジェニーは言われるがまま、その三人の元へ小走りで向かう。
 その積み上げられていたお菓子は、遠くで見てもなかなかの物だったが、近くで見るとより一層凄かった。
 もはや山である。

 そして四人になった時の第一声は、カトレアだ。

「ジェニーちゃんは魔女っ子だねぇ。ラピスに見せてあげたいよ」

 もう見せています――とは言えなかった。
 そんな事を言っていたカトレアは、普段の服とは似ても似つかないローブを着ていた。
 吸い込まれるような緑で装飾されている見事なローブは、恐らくラピスと同じように召喚士としての正装だろう。

「あ、ありがとうございます……。カトレアさんも凄く似合ってますよ。ネローさんも、エマさんもかわいいです」

「もぉ、上手なんだからぁ、ジェニーちゃんってば」

「ボクとしては微妙だけど、まあ褒め言葉として受け取っておくにゃ――じゃなくて、ワン」

「あはは、エマも嬉しいよぉ」

 三人の反応は、ネローを除いて嬉しそうであった。
 というのも、ネローは普段猫の耳を生やしているが、今日は犬の耳が生えている。
 ジェニーとしては、見慣れない姿で何やら新鮮な気持ちだった。

 ネローに関しては恐らく罰ゲームのようなものだろうか。
 語尾まで変えさせられているところを見れば明白である。
 なかなか喋りづらそうだ。

「ジェニーちゃんもお菓子貰ったでしょ? 一緒に食べようよ。結構沢山作られているらしいから、お代わりも一杯あるらしいよ」

「は、はい。ぜひご一緒させていただきます」

 ジェニーはそう言って席に座る。
 やはり相手が相手であるため、緊張感は少しだけあった。

「あ、あの、そう言えば、どうしたんですか? このお菓子……」

 そして、やはり突っ込まずにはいられなかった。
 最初からずっと気になっていたことである。
 まさかとは思うが、この量を食べ切るつもりでいるのだろうか。そこも少しだけ気になったが、一旦置いておく。

「ああ、これ? ファミリアーがお菓子を配ってたじゃん? そこでちょっと交渉したら沢山貰えたの」

「結構早めにくれたよねー」

「うんうん。エマなんて姿を見た瞬間に貰えてたじゃん」

 アハハハハ――と三人の笑い声が空中に舞う。
 ジェニーは少しだけ――いや、全てを察する。
 交渉――と表現されていたが、本当はどんな状況だったのだろうか。
 考えるだけでも鳥肌がたつくらいだ。
 現にジェニーはエマの交渉を目撃している。

 ジェニーの心の中のファミリアーに対する少しの怒りは完全に消え失せ、強い同情の気持ちが溢れかえっていた。
 ファミリアーがジェニーに意地悪をしたくなったのも、理解できる気がする。

 さっきの意地悪は許してあげよう――と、ジェニーは静かに思ったのだった。






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