上 下
22 / 82
wolf and sheep (狼と羊)

22

しおりを挟む
 ヘレンは昨日から、ノブレス・オブリージュ美術館内の雑用を使用人に頼むだけという単調な仕事しかしていなかった。心ここにあらずといった感じだった。

 ヘレンはサロンで、いつもモートが座る椅子に腰掛けて頭を摩った。酷い眩暈だった。
 聖パッセンジャーピジョン大学付属古代図書館の館長に頼んでいたことが、昨日電話できたのが原因だった。
 館長の話では、一年前に辞めた図書館員を見つけた。本を借りた男は、近くにいる貴族出身の男だったようで、風貌は中肉中背の何の特徴もない普通の男だったという。
 
 名前はジョン・ムーア。

 アリスの血縁者だろうか? アリスも貴族出身で名前もムーアだった。アリスとモートの関係を知っているヘレンにとって、謎でしかなかった。
 
 ヘレンはこめかみを小突いて考えても始まらないと思った。眩暈が治まってくると、
ヘレンはジョン・ムーアに一人で会ってみようと思った。アリスには言わないことにして……。女中頭や使用人に伝えておけば、しばらくは館内は平常どおりだった。モートが帰って来る時間まで、後1時間くらいはある。その間に、支度をしていようと思った。
 今は、夕方の5時だった。
 
 モートは酷く訝しんでいた。
ヘレンに付いていこうと言いだしたが、モートには大学もあるし、ホテルに滞在するから大丈夫と言った。ヘレンの家は、ここノブレス・オブリージュ美術館にあるのではなく。クリフタウンの隅っこにポツンとあった。

 結婚はしていない。
 幾人かの男と関わって、しばらくして結婚を諦めた。
 自分には家庭を築くことは、向いていないと思ったのだ。
しおりを挟む

処理中です...