ウロボロスの世界樹

主道 学

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普通列車

憩いのイースト・ジャイアント

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 恐怖と疲労、そして混乱。

 生まれて初めての経験にショックが隠せそうもない。
 私はどうしてもこの二人と別れたくない気持ちになり、さっさと呉林たちと牛久で降りる事にした。
 牛久の改札口を出る頃には、有難いことに体の震えや動悸も少し楽になってきたようだ。私たちは、オアシスを求めるように、少し歩いた所のカフェレストラン「イースト・ジャイアント」に入る。
 3人ともこの店に入るのは初めてのようだ。大きめの店、レストランだがコーヒーだけでもゆったりできるようで、今の3人には素晴らしいオアシスだった。
 適当な席へと案内され、3人は各々好きなものを注文するためにさっそくメニューを捲る。
「改めて、私は呉林 真理。銀座で呪い師をしているわ。それと水道橋にある東京都内第6大学に安浦 恵ちゃんと通っているの」
 どうやら、東京の大学に行く途中だったようだ。

 呉林は熱い紅茶を青白い顔で注文する。やはり芸能人顔負けの凄い美人だった。
「俺は赤羽 晶。藤代にあるエコールという会社で、アルバイトをしているフリーター。あ、でも一生懸命やってるぞ……。それと、呪いって何かな?」
「簡単にいうと、お呪い。その教室の先生をしているの。非科学的だけど現実を全て知っている人なんてこの世にはいないはず。自分の知らないことには、占いや神様や運命のことを考えるでしょう? それと同じく呪いも必要だと思うの。私はそんな人たちに教えているのよ」
「へえ、俺は神様関係は神社に行くことくらいしかないからな。そんな難しいことは知らない。現実を全て知っている人か? 確かにいないかもな」
 私は霊感などとは縁がない人間だ。そっちの方面もチンプンカンプンだ。しかし、こんな体験をしたので、取り合えず呉林の話を出来れば鵜呑みにしたい。こんなことなら神様をもっと信じてれば良かった。
 それに二人の女性に、しかも美人に囲まれる形になったので、どうしていいか解らない。なんというか、いつもと違う気分になり落ち着かない。私は女性経験は皆無と言っていい。けれど、顔が悪いわけでは決してない……はず。ボサボサ頭を何とかすれば……。

 嬉しいという気持ちはある。けれど……やはり落ち着かない。
「ひたちの牛久って……。じゃあ、私と恵ちゃんの家に近いわ」
 呉林が微笑む。
「御幾つなんですか」
 安浦は、にんまりと無邪気に聞いてきた。電車の中で、あれだけ取り乱した安浦だったが、大分落ち着いたようで、歩き回る派手な格好のウェイトレスにジャイアント・パフエを注文しながら口を開いた。
「26歳」
「あら、とてもそうは見えないわ。私と恵ちゃんは二十歳よ」
 呉林は相変わらずタメ口だった。けれど、不思議と悪い気はしなかった。何故か呉林の雰囲気は年齢を関係なくさせる不思議なところがある。呪い教室の先生だからだろうか。

「そうよね。この人。ボサボサ頭をキチンとすればハンサムだし」
 安浦は別だが……。
「安浦だっけ。何をしているの」
「え、あたし。あたしは恥ずかしいから秘密」
 安浦は本当に恥ずかしいようでツインテールの頭で俯いた。
「なんで?」
「ちょっと、言いたくないの。恥ずかしいし」
 俯いた安浦の目の前にジャイアント・パフェが届いた。ジャイアントというだけ大きい。ふつうサイズの3倍くらいだろうか。私はさらに詮索をするのを控える。特に気にしないことにした。
 私はコーヒーを注文した。

「それで、それで、何だったのかしらあの電車での出来事」
 安浦が誰にとは言わずに口を開いた。
「解らないわ。でも、とても危険な出来事だと感じるわ……。そう、命に関わるような」
「何だって!」
 私はウエイトレスが持ってきてくれたコーヒーに手を伸ばしたが、すぐに手を引っ込めて呉林の方を見る。恐怖と混乱の再来で視線に力が入った。
「怖いこと言わないで!」
 安浦が、ジャイアント・パフェを頬張るのを止め、また泣きそうな顔になる。けれど、めげずにジャアイアント・パフェに挑む。

「でも、実際問題として、また起きる可能性は誰も否定できないわ。それに私には解るのよ。また、こんなことが起きると。それに、きっとこれは……始まりに過ぎない」
 呉林の顔は真剣だった。さすがに呪い師の先生というだけあって、説得力のある雰囲気を纏っている。けれど、それが今では戦慄を覚えさせる。たんなる商売道具だった。まるで、解らないことは私に聞きなさいと言っているようにも取れた。
 私はとある事に気が付いた。

「呉林。このことの原因はいったい何なのかな。解ることは何でも教えて欲しい」
 呉林は少し溜息を吐いてから、
「私にも解らないわ。でも、こんな体験がまた起きるわ」
 自信を持って、真剣な眼差しを私に向け、それから安浦にも向ける。その顔は自分の自信に心酔しているようだ。
「君のやっている占いみたいな事でも解らないかな? 金は無いけど」
 私は少し強めに言った。呉林は臆することなく、 
「昨日の雨の日。喫茶店でコーヒーを飲んでから、どうも調子がおかしいのよ……」
「そうか……」
 そういえば、私も昨日の雨の時、喫茶店でコーヒーを飲んだ。……何か引っ掛かる。
「安浦は?」
 私は心の引っ掛かりを何とか取り外そうとした。
「え、あたし? コーヒー飲んだよ。真理ちゃんと一緒に」
「そうね。確か頑丈そうな赤レンガのお店だったわね。あれから私、家に帰ってからいくつかの書類の依頼をこなそうとしたけど、全然駄目だったわ。力が出ないのよね。困ったことに」
 と、少し疲れたような顔をして俯いた。

「え、頑丈な赤レンガの喫茶店だって!? それって、ひたち野うしくにあって、林の中にポツンとある喫茶店かい。確か名前は笹井喫茶室」
 驚いた私は叫んだ。
「そうよ。私と恵ちゃんはあの日。ひたちの牛久の店で買い物をして、住宅街を通って家に帰ろうとしたんだけど、急に土砂降りになったんで、仕方なく近くの喫茶店に逃げ込んだのよ。折角の買い物袋を濡らしたくないから。共通点があったわ!」
 これで、一つの共通点が浮き上がった。そして、もう一つの共通点、
「もしかして、あのオリジナルコーヒーか?」
 私は思わず呟きボサボサ頭を掻き回した。不思議な気分だ。自分の身に何が起きているのか現実的にはさっぱり解らない。

「え、何て言ったの」
 安浦はパクパク食べるのを止めた。ジャイアント・パフェは半分以下になっていた。そ
して、また挑む。
「そうよ。オリジナルコーヒーよ」
 呉林も呟く。
「もしかして」
 私がそう喋ると同時に呉林が話し出して来た。
「私も恵ちゃんも、そして赤羽さんもオリジナルコーヒーを飲んだ事になるわね。だって、当店自慢のコーヒーですって言って、何も注文してないのにサービスをしてくれたのよね。とても美味しかったけれど必ず何かがあるわ」


「え、何々? どうしたの?」


 スプーン片手に困惑する安浦を放っておいて、
「これで、原因が解ったはずだ。明日、三人でひたち野うしくの喫茶店へ行こう!」
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