ウロボロスの世界樹

主道 学

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刑務所

お腹が空いたら

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 私も立っているのがやっとだった。左肩の痛みに耐えながら、早くこの異常なところから、元の世界へと戻り、病院へ行って、二度とこういった体験をしたくなかった。
「それより、この怪我はもとの世界に戻って病院に行くと治るのかな」
 私は奇妙な疑問を呉林に尋ねた。

「それが……解らないのよ」
 呉林は残念がった顔をして、私の左肩を見つめる。
「あの包帯か何かを探してみては。酷い怪我だし、それにあの化け物は?」
 渡部が心配してくれていた。勿論、角田もだった。昔から友達もいない私は何故か暖かさが心に染み込み親近感を覚えた。
「赤羽さんが壊したわ。安心して。もう危険はないと思うわ」
 呉林は包帯を探そうと囚人房から出る。

「痛そうだな、脱獄する前に治療しないとな。ここが刑務所なら医務室ぐらいあるさ」
 角田も私を気遣いながら囚人房から出た。
「そうね。あ、どこかに医務室があるわ。そう感じるの。そこへ向かいましょう」
 呉林は細い足で先頭に立ち、どこともなく歩き出した。その後ろを私が気力を振り絞ってふらふらと歩いた。角田と渡部はしんがりで、この世界が本当に夢の世界なのかと話し合っていた。
 私はライフルを肩に抱え、ジャンパーのポケットから煙草を取り出し火をつけた。
 4人は薄暗い通路を歩き医務室を探した。

「ここは本当に夢の世界なんですか?」
 渡部は角田と話しているだけでは物足りず呉林に尋ねてきた。その顔は非日常な体験をする時の戦慄と混乱を抱えていた。
「多分そうよ、私の推測だけどね」
「まるで、映画や小説の世界ですね。もし出られなかったら……」
「大変なことになるわ。何とかしてここから出ないと」
「ええ!」
 渡部は素っ頓狂な声を出す。
 角田はあまり気にしていないようで、顔は平静そのものとまでは言わないがあまり青くなっていない。
「あ、と、その証拠にみんな寝間着姿や、寝る前の格好をしているでしょ」
 そういうと、呉林は考え込んで、ぶつぶつと言い出した。みんな呉林が敬語を使わないことを気にしないようだ。

 呉林はいつもサッパリしているのだ。
 私は怪我と出血と疲れでフラフラとしていた。とても話す気力がない。黙々と煙を吐いていた。
 間隔を置いた煙草を3本吸い終わる頃には、やっと医務室に辿り着いた。肩の出血がジャンパーに大きな染みをつくりそうだ。怪我の痛みはあるが、それより出血による精神的なものの方が大きい。
 医務室の木製のドアを開けると、中は建物と同じく殺風景である。中央に幾つもの薬品棚と1つの診察室があり、その隣に簡易ベットが複数あった。
 私はライフルを床に投げ出して、簡易ベットの一つに呉林によって寝かされ上着を脱がされる。怪我はかなり酷く、左肩の部分が青黒くなっていて、皮膚から血が滲み出ていた。骨も折れていそうだ。
「こりゃひどい」
 私の肩を見つめた角田は顔をしかめ、私の肩に薬品棚から持ってきた包帯を巻こうとした。
「ちょっと待って!」
 そういうと呉林は素早く消毒薬とガーゼを持ってきた。

「念のためよ。現実の世界で化膿したら大変。こんな世界だもの何が起こっても不思議じゃないわ」
 呉林はかなりいろいろと慎重になってくれている。渡部は診察室の奥の水道から持ってきたコップに水を入れると、簡易ベットに横になっている私に差し出してくれた。
「ありがとう。渡部……」
「大変な怪我をしましたね。痛みは?こんな場所だから救急車というわけにはいかないですよね」
 渡部の心配そうな顔へ、私はかなり酷い痛みを隠して、笑顔を作った。
「大丈夫……だ」
 そういえば、私は昔から仕事以外であまり人と関係を今まで持たなかったなと思った。寂しい人生だったのだろうか……。

 しばらくすると、私は夕食も夜食をまだ摂っていなかった。緊張が解けてきたせいか、腹の虫が鳴った。
「お腹が空いたの。ここに食べ物ってあるかしら?」
 呉林は私の左肩を拭いていた消毒薬を湿らせたガーゼを置いて俯いた。不思議な力を使うかのようだ。
 すると、
「そういえば、囚人房の奥に調理室があるって、今解ったわ。そこなら何か食べ物があるかもしれないわね」
 呉林はそういうと、包帯を私に巻いてくれた。うまい巻き方のようで、左肩の痛みが半減した。左肩は消毒薬のせいか少し冷たくなってきて気持ちがいい。
「俺も腹が減ってきたな」
「私も。走り回ったからかしら」
「僕も」
 みんな腹が空いていたようだ。

 …………

 角田は何気なく医務室の窓から外を眺めた。外は雨が降っていた。
「こんな変な場所にも雨が降るんだな。腹も減るし……」
 角田は溜め息交じりに呟く。
「あの……。蛇口から水がでるので、恐らくガスも出ると思います。みなさんここで食事にしましょう。角田さん何か食べ物を持ってきましょうよ。赤羽さんと呉林さんはここで休んでいて下さい」
 親切な渡部は気遣ってくれて、そういうと角田を連れて調理室を探そうとした。

「いい。調理室はあなたたち二人がいた囚人房の奥よ。丁字路の左側の奥。私たちはここで待っているわ」
「解りました」
 渡部は笑顔で手を振った。

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