ウロボロスの世界樹

主道 学

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ゴルフ場

お腹が空いたら その2

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 炎天下の広大なゴルフ場へと私たちは、有無を言わさずに放り込まれたのだ。
 雑木林からかれこれ炎天下の猛暑の中、2時間くらいは経っただろうか。携帯の時計を見やると今は7時半頃だった。夜が無い。

「呉林。やはり、夜が無いみたいだ。この世界。……まずいぞ」
 呉林は自分の赤い携帯を取り出し、時計を見る。疲れた顔で「ああ、そうね」と答えた。
 三人ともさすがにこれ以上なくしんどくなったようで、押し黙っていた。ぼんやりとした頭と視界で、ふらふらと芝生の上を歩く。根性無しの私は早くも死を覚悟した。
 突然、辺りが暗くなりだして、空がところどころ曇って来た。夜ではない。雨が降りそうだった。
「やったぞ呉林! 雨が降りそうだぞ、助かった! 雨なら飲んでも大丈夫だよな! 俺は絶対飲むぜ! みんなも雨をテイーカップで受け止めようよ!」
 私は力なく胸躍る。元気のない顔で呉林の方を見やる、もう限界だった。

「そうね、大丈夫よきっと」
 呉林も猛暑にかなり応えているようだ。雨なら多分、少しは平気だと期待したようだ。
「ご主人様。雨です! やったあ! お水、お水、お水!」
 それまで、俯いていた安浦は上を見上げて狂喜した。
 上を見ると、所々ネズミ色をした空から小降りの雨が降ってきた。それはやがて大降りの雨となる。雨の雫は大粒で、テイーカップで粒を幾つか受け止める。数分もしないうちに雨水でカップは半分くらいの量になった。
 私はすかさずそれを口に運んだ。
「美味い! 雨がこんなに美味いとは!」
 誰が何と言おうと、その時は雨が最高の飲料水となった。安浦と呉林も雨の粒を入れ始めたコップを口に運んでいた。

「ああ、生き返るわ。恵ちゃん。これで池に顔を突っ込まなくて済んだわね」
 この世界に来てから、肩を落として、黙り込んでいた呉林も顔を上げて少しずつ背筋を伸ばすようになった。
 雨水を数杯飲む頃には、三人に笑顔が湧く。
「みんな、今のうちに休憩をとりましょうよ。かなり体に応えたはずだし、みんな熱中症気味よ」
 いつもの状態に目覚めた呉林の指示で、私たちはその場で芝生に寝転んだ。周囲の気温も少しずつ下がってきていた。大振りの雨はまだ少し……振り続ける。
「角田さんと渡部くんはこの世界にいるのかな?」
 安浦が雨水のティーカップを飲みながら親友の呉林に尋ねた。

「解らないわ。でも、何か感じるの」
「居るかもって事なの真理ちゃん?」
 安浦の言葉に私は不思議な力を持つ呉林の方を見る。
 呉林はソフトソバージュを手櫛で整えていた。
「そうかも知れないわね」
 呉林の言葉のこういった時は、まったく意味をなさない。とても、言語化出来ることではない。呉林自身が、それをどう感じるか、感じないかでまったく違ったことにもなりうるのだろう。思考能力が物事のただ単の指標になってしまう。

「俺は大学に行った時がないけど、安浦は大学で何を学んでいるんだ?」
 私は休憩がてら、仕事の時にするどうしようもない気楽な雑談を始めた。
 見ると、安浦と呉林の服も湧き出る汗と、大振りの雨ですっかりびしょびしょだった。改めて見ると、どぎまぎする。少し透けているからだ。
 呉林のブラは青だった。
「私は文系だから、それらに関連している単位を取っていたわ」
 安浦に言ったつもりが呉林は奇麗な横顔をこちらに向けた。
「あたしは理数系なのです。ご主人様は高卒ですか?」
 私は少々目を閉じた。

「ああ、高校を卒業してからはバイトと家に籠ったりだった」
 安浦はそんな私を見て、
「正社員にはならなかったんですね? 頭は良かったんですか?」
 安浦のストレートな話に、私は微苦笑し、
「何もやりたくなかったんだ。頭は良いか悪いか解らない」
 呉林は微笑んで、
「赤羽さんなら、この不思議な色々な体験を抜け出せば、もっといい生活が出来るわ」
「そうだといいが……」
 雨による恵みで、汗でびしょびしょだった体が丁度良く冷えてくれた。喉も潤せ、元気も取り戻せた。
 20分くらい横になっていたが、またべたつく服を気にせずに西へと向かう。かなり小降りとなった雨はまだ続いていた。

「西の池の方には何があるの」
 安浦は首を傾げて言った。その仕草はやはりとても可愛いと思う。
「私にも解らない。けれど、今では何か感じるものがあるわ。何かとても大事なものがあるって」
「呉林。おまえだけが頼りだよ。お前を信じて進むしかないよ」
「あたしも信じるわ」
 私たちは、ぽつぽつとした小降りの雨の中、ひたすら歩き続ける。
 今度はあまり辛くはなかった。強いて言えば雨と風で、べたついている服が気持ち悪かった。
 空はまだ薄暗く、ぽつぽつの雨が続きそうだった。
 1時間後、
「もう少しで、着きそうね。ほら池の端が近付いてきたわ」
 意気揚揚としている呉林に私はある疑問をぶつけてみた。
「なあ。食料を探しに来たんだよな」
「ええ。そうよ」
 私はなおも角度を変えてぶつけてみる。

「池の近くに食糧なんてあるのか?……そもそもこの世界に食料ってあるのか?」
「へ……?」
 呉林は言葉を無くしたようだ。
「何とかなるわ。私は池に向かうという何かしか感じられないの。ごめん。食料は二の次ね」
 イースト・ジャイアントで食事をしていけばよかったと、安浦と私は嘆いた。


 池、そこわ、広大な池だった。東京ドームが三つくらいの大きさだ。橋が中央に伸びていて、池には魚が見えた。長すぎる橋、遠い地平線。幅、五人は並んで歩ける。ちょっと先に、人影もここから見えた。魚を何とか釣れれば、食料になるかも。
「見て、人影があるでしょ、あれは角田さんよ。それに魚がいるわ」
 呉林はいくらか上気している。自分の力に自信を再び持ったのだろう。
「ここから、角田さんって、見えないわ」
 安浦は両手で望遠鏡をつくり、それを目に当てる。
「角田さんがこの世界のあそこにいるって感じるのよ。みんな行きましょ!」
 私たちは降りしきる小降りの雨の粒をコップに入れながら、橋を歩いて行くと、確かに角田だった。角田は釣り道具を持っているようで、釣り糸を池に垂らしていた。

「食料。食料。食料」

 俯いて呪文を唱えていた。
「やった。何か食べれるかも。呉林、この世界のしかも池の魚は害がないか?」
「焼けば何とかなるわよ」
 呉林は角田の方へと歩いて行って、
「釣れますか。……あ、後、2・3分でカジキマグロよ!」
 呉林は上機嫌で角田の肩を叩き、その隣に座る。私と安浦も角田の所へと行った。
 数分後、角田は見事カジキマグロを私と一緒に釣ることが出来た。それを見て、安浦が興奮した。
「あたし、とってもお料理は得意よ! あたしが作る! でも、この世界のどこでお料理できるの!? ご主人様のために、あたしお料理したい!」
 安浦は必死に呉林に尋ねる。

「うーんと、生じゃダメ?」
 安浦と私は二人で顔に陰を作った。
「冗談よ。ここから、ちょっと東に休憩所があって、そこには何かありそうよ。きっと、そこに行けばこのカジキマグロを何とか食べれるかも。後、渡部くんが居そうなの」
 私は「食料。食料」と、念仏のように唱えている。かなり弱っている角田にテイーカップで水をやった。角田は少し水分不足だったようで元気を少し取り戻したようだ。
 角田は、スーパーで働いている時、釣り具コーナーにいて、そこからこの世界に来たと弱い口調でぽつぽつと私に言った。それから、東の方へとみんなで歩くことになった。
「池の水を飲んだのですか。やっぱり」

 私はテーカップでぽつぽつの雨を受けとめながら、角田とカジキマグロを引きずって話していた。
「そうだよ。気付いたらさっきの橋の上で、倒れていたんだ。その前はスーパーで仕事していたんだが、あんまり暑くて喉が渇いて……解るだろ」
「解ります。俺たちも考えていましたよ。角田さんお腹の調子は?」
 私は角田の腹部に目を向けると、グルグルとなっていた。
「腹が減ったんだよ、きっと……」
 角田は青い顔で力強く頷いて、自分に言い聞かせた。
「それより、赤羽君。左肩は大丈夫だったか?」
「ええ。元の世界では苦労しましたが、この世界へと来たら不思議と治りました。今では痛みはまったくないです」
「それと、あんな恐ろしい場所から戻れて……本当に感謝しているよ。ありがとな」
 角田は頭を私に下げてから、立派なカジキマグロを見て、
「この世界って、いったい何なのかな。こんな魚も生きているんだから、住んでいる人も探せばいるんじゃないのかな?」
「そうですね。人間は俺たちだけってこともないかも知れないですね」
「もし、ここが快適だったら、住んでみるのもいいかもな。税金もないし、水や食料に困らなければ、住めば都かも知れない」

「そうですね……」

 角田は角田なりに考えがあるのだろうが、私の中ではこの世界が人が死ぬような造りになっている感じがしていた。ただの呉林の影響かも知れないが。それとも、意識と無意識の挟間のルゥーダーとカルダが関連しているのだろうか。

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