降る雨は空の向こうに

主道 学

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雨は天にも降る

26話

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「今、五時だから、すぐに終わるわよ。いつもはその足で飲みに行っちゃうから、急がないと。電話しないと家に帰るのが遅くなっちゃうわ」
 江梨香は電子レンジの下にあるオレンジ色の受話器を取った。
「いや、俺はちょっと用事があるから。待っててくれ、すぐに戻ってくるよ」
「あら、そう……」
 隆は江梨香からバス代を借り。バス停へと戻った。

 20分くらいバス停で待っていると、オレンジ色のバスがやってきた。その中に少し赤くなった顔をした父親の隆太がいた。
 どうやら、居酒屋にいたら江梨香の電話に捕まったらしい。
「おお、隆か。久しぶり。お前もとうとう死んだのか?」
 のらりくらりとした言動のオレンジ色の背広姿がバスから降りて来た。生前と変わらず、メタボリックシンドロームを体で表していて、髪はかちんこちんにポマードで固めている。少しだけ酒が回っているようだ。いかつい顔は今は夕日で赤味のあるオレンジ色だ。

「あ、父さん。実は……俺は死んだわけじゃないんだ。これから、ちょっと道具を取りに行くから……。家で待っててくれ。訳はその時話すから……すぐ戻ってくるよ」
 少々、赤ら顔の隆太が首を傾げたが。あ、そうかと適当に納得し大きく頷くと、玉江宅へと帰って行った。
 隆は外壁行きバスへと乗り、外壁の大通りの近くに着いた。
 そこから、しばらく歩く。
 歩いていると、ペットショップでジョシュァがオレンジ色の猫に頬を擦り寄せていた。この町もどこも平和なのだな。
 隆がそう思っていると、急に空が薄暗くなりだし土砂降りの雨が降ってきた。


 薄暗い天空から黒い巨大な雲のような塊が突如現れた。
 嘶く黒い馬に乗った黒い翼の生えた鎧武者。ゆうに4万をも超える大軍が、虹とオレンジと陽射しの町を静かに見据えていた。
 鎧武者の大軍は天空から町に向かって、いきなり一斉に弓矢を構えた。豪雨のような火の矢が町へ降り出した。町の住人たちは何が起きたのかと天を見た。どしゃ降りの雨と同じく天から降ってきた数万の火の矢が降りかかり、住民たちに突き刺さり、バタバタと倒れだした。 豪雨のような矢が突き刺さった自動車やバスは火を吹き、道路はすぐに壊滅状態となった。
 悲鳴や子供の泣き声がする。
 所々から破壊の音がした。
 町の至る所にいるオレンジ色の警官たちは、混乱をしていたが天に向かってすぐさま拳銃を抜いて発砲していた。 

 オレンジ色の警官や住民たちには矢に貫かれて倒れた怪我人が溢れるくらいに現れた。大勢の鎧武者の厚い鎧は弾丸を弾き、この町の全ての少数の警官が火の矢によって倒れると、町の人々に何らかの危害を加えようと黒い乱入者である大軍は一斉にこの町へと降り立った。オレンジ色の町は黒い鎧武者の出現で、恐怖の町となった。
 ここ天の園では死ぬことはないが、怪我や重症があった。火の矢によって、ビルや宿泊施設や住宅街が燃え盛る。

 地に降りてきた鎧武者の大軍は、逃げ惑う者を刀や槍で斬っては貫いて、倒れた者と倒れていた者を肩に巻いた荒縄でグルグル巻きにしては、無慈悲に天へと引きずって行った。
 白い翼が生えた鎧武者の大軍によって、日差しの塔は早くも煙が立ち昇り、隆の周辺の建物からも悲鳴や叫びや、至る所でガラスを破壊する音が容赦なく鳴り響いた。
 大声を張り上げて、鎧武者の大軍は建物の中へと隠れた町の住人を捕えるために黒い馬で町中を駆け巡り扉やドアを破壊していった。

 隆は何が起きたのかさっぱり解からなかった。
 一瞬にして、訳の解らない恐怖が溢れ出した町。
 ただ、大通りの電信柱の近くで呆然と町を眺めて震えているだけであった。
 大雨の中、一人の翼の生えた鎧武者が黒い馬から降りた。水滴の落ちる鎧は黒光りしていた。隆は恐怖で立っているのがやっとで、鎧武者がジョシュァが経営するペットショップのドアを刀で破壊しても何も出来なかった。鎧武者は刀を鞘に納めながら入ると、ジョシュァを追い詰めるようにして肩に巻いていた荒縄を振り回した。ジョシュァは真っ青になって動物の騒ぐ店内から必死に裏窓から逃げようとしたが、すんでのところで縄に足を取られて外へと引きずり出されてしまった。
 犬や猫は吠え続ける。

 びしょびしょの隆はそれを見て、逃げ出した。
 ジョシュァのいたペットショップの真向かいにある魚屋に降りた、一際戦いに備えた猛々しい鎧を着た鎧武者が名を名乗った。
「我は、雨の宮殿の立川ノ魚ノ助!! この町に玉江 隆太と佐藤 江梨香。クリス レヴァートンとリンフェン・スーリーはいるかー!!!」
 隆は町の人々の悲鳴をもかき消すほどの大声を聞いて、自分の親の安否を気遣った。本当の両親は恐らくクリス レヴァートンとリンフェン・スーリーなのではと、隆の頭でも解った。が、真っ青になって、自分の軽トラックへと走り出す。

 何が起きているのかが解らない。
 捕まるとどうなるのだろう?
 殺されたらまずいのでは?
 俺はどうしたらいい?

 複数の小さな子供に荒縄を放っていた鎧武者らの一人が、血相変えて逃げている隆に気付くとすぐさま追いかけてきた。
 町の到る処に捕縛され怪我を負った町民が何万人と天高く引きずり廻された。
 隆は大急ぎで走りながら後ろを振り向いた。鎧武者の顔は酷い形相をしていた。恐ろしくなって、隆は足に力が入らずつんのめった。地面に倒れたその時、ズボンの後ろポケットにある中友 めぐみの携帯が鳴った。隆は地面であたふたしながら、携帯を耳に当てた。
「玉江さん!! 決して捕まってはいけませんよ!! 正面の居酒屋へと這って行って下さい。急いで!!」
 それを聞いて死に物狂いで、隆は真っ正面にある居酒屋へと這って行った。服や体は土砂降りの雨と泥とで泥だらけになった。鎧武者は黒い馬から降りて、建物の中へ走り出した。
 酒場の扉が突き破られる。

 隆は青くなって戦う物がないかと、テーブルの下を這いつくばりながら、辺りを素早く見まわした。一本のビール瓶を見つけた。
 それは、地面に無造作に転がっていて、空の瓶だ。
 隆はその瓶を掴むと、鎧武者の顔目掛けて投げつけた。
 スピードのある瓶は見事。鎧武者の顔面に命中し、パリンと音が辺りに響いた。粉々になったビール瓶で顔を傷つけ、顔を覆った鎧武者が居酒屋から外へと逃げて天に羽ばたいた。
 鎧武者の大軍が持つ荒縄で縛られた住民たちは天へと引き廻され、悲鳴や恐怖の声が聞こえていた……。
 

「正志さん。あれ何?」
 瑠璃が人差し指で、町の上空で羽ばたく鎧武者の黒の大軍を追った。まるで、馬に乗っている黒い天使の群れが町全体を覆っているようだ。
「解らない。危険じゃなければいいけど……」
 正志は目がいい方ではない。ここからでは、その大軍の鞍に括り付けてある縄に多くの人が捕らわれた姿は見えなかった。幸か不幸か三人とも気が付いていなかった。
「あ、あそこがきっと……虹と日差しと……あれ?」
 智子が言い間違いをした。しばらく貧乏だった智子はあれから、宮寺が渡してくれた釣り道具で下界の高級料理を片っ端から食べていた。

「虹とオレンジと日差しの町ですよ。あそこですね。……あ、やった。智子さんの言っていた隆さんの軽トラックがありますよ。見つかってよかった」
 正志は安堵の溜め息をついた。
 喜び勇んで虹の上にカスケーダを停車させると、隆が血相変えて軽トラックに走ってきた。
「あなたー!!」
 智子は車の窓を全開にして叫んだ。
 隆がこちらに気が付くと、
「え! 正志さんと瑠璃さん?! それに智子! まさか、死んじまったのか?!」
 隆の困惑しているが、どこか切迫していて真っ青な表情を見て、正志も即座に体中に緊張が走った。
 瑠璃と智子は安堵の息をついて、智子は虹に停車した車のドアを開け、隆の元へと走って行った。
「おい、お前? 死んじまったのか!?」
 泥だらけの隆の血相変えた問いに、
「あなたのために空にあった裂け目を通過してきたのよ。それより、何が起きているの?両親には会えたの?」
 智子はいつもの調子で疑問を並べるが。隆はその一つも答える猶予がないことを知っていた。
「後で話すから、ここから逃げるんだ!!」
 また、中友 めぐみの携帯が鳴った。

「玉江さん……いえ、今は隆さんと呼んだ方がいいですね。更に西へと行って下さい」
 隆はそれを聞いて、軽トラックの助手席に有無を言わさず智子を押し込み。車から降りた正志と瑠璃に急いで西へ行くと言った。
「緊急なんです! 早くここから逃げないと!」
 隆はそう叫ぶと軽トラックに乗った。
 正志は緊迫した顔で頷く暇もなく、不思議そうな顔の瑠璃を助手席に引っ張り込んで、エンジンを掛けた。大急ぎで空へと飛んで軽トラックの後ろについた。


 おおよそ百メートル先の地上で、住民を追って刀を振り回していた三人の鎧武者が、この町から逃げようとした隆たちに気がついた……。

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