降る雨は空の向こうに

主道 学

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大雪原

30話

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「隆さん。正志さん。私は時の神なのです。だから、どんな時間でも大勢の人たちの電話に同時にでれるんですよ。私の住み処は、ここから更に西へ行ったところにある神々が住む都市という場所にありますから、ここで兵士を見つけられたら必ず来て下さい。お願いしますよ」
「え!!」
 隆は受話器越しに驚いて、素っ頓狂な声を発した。
「か……神さまだったんですか!」
「ええ。それから、早めに兵士を見つけて下さい。ここ大雪原には長くいると凍死してしまいますよ」
 隆と正志はそれを聞いて、切迫した顔を見合せて、電話を切ると二人で一目散に象の群れを追った。


 強風は吹雪と変わりつつある。
 智子は白のTシャツと青のジーンズなので瑠璃と車の近くで寒がっていたが、誰ともなく智子が言った。
「ありがとう。本当に……。私たち家族に協力してくれて……」
 瑠璃は苦笑いをしていて、象を追う正志の姿を見つめている。
「いいんですよ。これで……きっと、正志さんが私たちを助けてくれます。正志さんは、遊び人ですけど、本当に人の命を助けることができる凄い人なんですよ」
「ふふ……。本当にお似合いですね。瑠璃さんと正志さんは……」
「ええ……」
 二人は手を繋いだ。


 巨大な象へとわだちもない道を走り、何とか辿り着くと、雪原の雪のせいで足がひどく湿ってきた。靴の中にまで入ってきそうなその冷たい雪には二人とも閉口した。
 隆と正志はその象の上にいる男を見て、更に真っ青になった。
「こんにちは。私たちは南に向かっているキャラバンなのですよ」
 象の上の男は親切に話す。痩せ形の日本人で面長で誠実そうな人物だ。服装は紺の背広姿だ。
「あの……。いや、電話に出てもらえませんか?お願いします」
 隆は中友 めぐみの携帯をそのアイスクリームを食べている男に渡そうとした。
「ええ……。いいですけど」
 象の上の男は怪訝な顔をしていた。携帯を渡すと、早速24時間のお姉さんからの着信があった。
 しばらく、男は何度か頷いたりしながら会話をしていたが、力強く頷いて電話を隆に渡した。
「了解です。3週間後の午後15時に北にある雨の宮殿で戦います!!」
 そう号令をすると、ぞろぞろとキャラバンの象の上の人々、白人や黒人や日本人の上半身裸の者や派手な水着姿の者たちも復唱した。

「隆さん。やったわね。この人たちは生前は国際頼助警備会社の人たちだったのよ。これで、兵士が見つかったわ。今から3週間後に雨の宮殿で戦ってくれるそうよ。雨の宮殿には強い鎧武者や侍がたくさんいるんです。けれども、なんとかそれらを突破しないと、中には入れませんから……。でも、これで雨の宮殿の内部へと入れるかも知れません。そう……生命の神の雨の大将軍に謁見ができるようになりました」
 24時間のお姉さんは隆に電話越しに話した。
 俺の娘は一体どうしたのだろう?
 そんなに危険なところで……?

 隆は自分に出来ることが最小限でしかなかったことを、この時になって初めて悟った。力無く俯くと、隣の正志がニッコリと笑い。
「隆さん。元気をだして。ここまでこれただけでも、とても力のある人なのは私には解りますから」
 正志はそんな隆を元気づけてくれた。
「さあ、凍死する前にここから離れましょう」
 隆は正志と駆け足で一旦車へと向かった。


 それぞれの車には、智子と瑠璃が待っていた。
「あなた。何を話して来たの?」
 智子が言うが、そのセリフは瑠璃も言いたかったことだろう。
「これから、どうするんですか?」
 瑠璃は早く帰りたくてしょうがないといった顔だ。
「確か、更に西へ行くんですよね。隆さん。私はあなたをサポートするためにこの世界へと来たのです。だから、どこへでも行くという訳ではないですけど……。ですが、出来る限りは協力をしますよ」
「俺は……。娘をどうしても連れ戻したいんです。だから、もし雨の宮殿が危険なら……俺一人で行きます……」
 隆は一瞬、寂しさから凍りそうな涙を抑えた。
「私も行くわ……。里見ちゃんに会えるんでしょ。何の事か解らないけど……。ほんとにもう、解らないことだらけね。ここって……」
 智子はそう言って、混乱しそうな顔を引き締めて隆の軽トラックに乗った。

「これ以上は無理なんじゃない。危険よ。正志さん。でも、神様がこの世界にいるのなら、安全なのかも知れないけど……。私たちの目的は隆さんたちを無事に元の世界に連れ戻すことでしょう? だから、そんな危険なところまで行かなくても……。確かに娘さんの命がかかっているけれど、本当に蘇るのかも解からないし……」

 瑠璃は緊迫な表情を正志に向ける。その表情からはどうしていいか解らないといった不安も滲み出ていた。
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