降る雨は空の向こうに

主道 学

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神々が住む都市

33話

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 エレベーターから降りると、広いフロアには電話が鳴り響き、走り回る人や各ブースのディスクで仕事をしている人々でごった返していた。皆、地味な背広を着ていて働いている。茶坊主だろうか?しきりに大きなやかんを持って歩き回る男性がいた。

 隆たちはフロアに入ろうとすると、一人のOLが歩いてきた。
「隆さんですね。私が時の神です」
 そのOLは美しい西洋人で、さらさらの金髪は腰の辺りまで流れ、均整の取れた目鼻立ちは見たこともない輝きを秘めていた。OLらしいビジネススーツを着ているが、神々しさで隆はここが天界なのを思い出した。
「神様。雨の宮殿にすぐに向かいたいんですが……。どうか御助力を……」
 隆は里見のことを気遣う気持ちで切迫し、ここまで来て暖かくなる気持ちの二つの感情を抱えていた。
 言葉が以前と違っているのだが、あまり気にしないでいいという感じの雰囲気を、時の神は放っていた。
「神様お願いします。どうしても、私たち……里見ちゃんに会いたいんです」
 智子も涙目で時の神に頭を下げて進言した。
 時の神の24時間のお姉さんはニッコリと慈愛を込めて微笑み。このフロアの奥のこじんまりとした応接室へと4人を案内した。

 窓からは、林立するビルディングに昼の暖かな光が反射していた。
 4人が革製のソファに座ると、男性の茶坊主がそそくさとお茶を運んできて、ぺこりと頭を下げた。
 使い込んだ革製のソフャは疲れを少しづつ癒してくれている。
 隆はお茶を手でテーブルの奥へと遠ざけた。
「そういえば、元森くん。下界の人たちだから、この世界のものを食べれないのよ」
 すると、茶坊主はお茶を回収していく。
 24時間のお姉さんは隆たちに、声のトーンを低くして話し出した。
「最初に言いますけど……隆さん。雨の宮殿はとても危険なところなのです。でも、あなたたちは必ず里見ちゃんを連れ戻せるはずです。私には解ります。けれど、その宮殿にいる雨の大将軍(生命の神)は私にも理由が解らないのですが、やっぱり何かの考えがあって100年前から不穏なのです。これまで多くの人々を下界から攫っています。それと、虹とオレンジと日差しの町の人々も……。囚われた人々の安否は残念ですが解らないのが現状です。この時の管理課にいる私の上司のモルモルも……あ、私の上司の名なのですが、感知できないといっていました。そこへと里見ちゃんを救出しに行くのですから……」
 24時間のお姉さんがそう話している最中に、一人の男性が応接室に現れた。
 24時間のお姉さんの上司のモルモルである。

 顔中に髭が生え渡り、頭髪と混ざり合い。熊のような体格の西洋人だ。高級な背広姿を着こなし。24時間のお姉さんとは違い。どこか遠い神を思わせるところがあった。
「私たちは時を管理していますが。逆に言うと時における事象の知識だけを管理しているのです。つまりは、頭脳労働が私たちにできるサポートとなっています。玉江 隆さんには戦の神と水と正反対の火の神によるサポートも必要かと……」
 モルモルはそこで煙草に火を付けた。
 瑠璃はちょっとだけ険しい顔になった。
 パチンコ屋に入り浸る生活をしているが、煙草の煙が苦手なのだ。

 それと、自分だけどこかで抜け出して、ギャンブルをしたいと頭の片隅で考えているようである。この世界の恐ろしさからのささやかな逃避であった。
「戦の神と火の神はどこにいるのでしょうか?」
 正志はモルモルに進言した。
「実は、一度……。私たちだけで相談に向かったのですが、断られてしまって。今現在捜索中なのです。なにせ、二人とも多忙な身なので……。一度、見失うと探すのが大変なのです。私たちの時は現在ですから、未来が少しでも変わると解らなくなる」
 モルモルは首を慣らし、
「時という事象は千変万化なのです。少しでも起こりうる事象が違ってくると、その後も一つ一つの要素が変化し、場合によっては私たちの管理出来る範囲を超えてしまう。何とも頼りないことですが……仕方がないのです。人間や神の可能性などは場合によっては無限ですから……」
 24時間のお姉さんは声のトーンを低くして、
「私たちもここから探しますから・・・隆さんたちも探して下さい。きっと、この都市のどこかにいるはずです」
「あの、里見ちゃんはどうやったら蘇らせることができるのですか?」
 正志は瑠璃の手を握りながら慎重に話した。
「それは、簡単です。死者はこの世界から抜け出せれば蘇ることができます。けれど……
生命の神の許可が必要なのです」
 24時間のお姉さんの優しい言葉に正志は力強く頷いた。

 隆と智子は手を取り合って、その言葉を頭で反芻した。
「それでは、急いで探します……。あの……。ここでは、神様は別の名前を使っていますよね。できたら戦の神と火の神の別の名前を教えて下さい」
 智子はやや頭を使った。
「ええ……」
 24時間のお姉さんは少し間を置いて、
「戦の神はさすらいのジョー助。火の神は英雄のヒロです」
「はあ……」
 隆は気の抜けた返事を受けて、24時間のお姉さんはにっこり笑って、
「必ずどこかで会えるはずです」
「どうやら雨の日の不幸は雨の大将軍のためだったんだ……。不幸の時に生じる酸性雨は一体……?」
 正志は俯いて呟いた。
 正午のチャイムが聞こえて来た。


 その後、エレベーターで一階に降りていく中で、正志と瑠璃は別行動を取ろうと相談してきた。
 隆と智子。正志と瑠璃とで二人同士ならば、見つける手間が省けるだろうと考えたのだ。この都市はやはり広すぎて、ここから戦の神と火の神のたった二人を探すのは不可能に近いと合理的に判断した結果だった。
「では……。また、後ほど。今日一日で見つかればいいですね」
 正志は隆と智子と大日幡建設の近くのT字路で別れた。正志たちは右に、そして、隆たちは左に向かった。
「瑠璃。今度の依頼は凄いな」
 正志は色白の瑠璃の横顔を見つめながら話した。
 正志自身。瑠璃と自分自身の相性はばっちりだと思っているのだ。こんな依頼だが、心強い理解者で楽しい美人でもあった。

「正志さん。一体この依頼の依頼料は幾らなのですか?」
「そういえば……考えていないな……」
「もう……。いつもは依頼料が先で、仕事が後で。儲かったらすぐに湯水のようにお金を使って、無くなったらまた人助け。そんなあなたが私は一番好きだったんです。こんな訳も解らない。そして、怖い依頼なんて……」
 瑠璃はそっぽを向いたが、急に目を輝かして、
「ねえ、正志さん。私。心辺りがあるのよ。これから、別行動を取りましょ」
 正志は首を傾げて、「ああ、いいとも」と言った。
 瑠璃は角を曲がり商店街の方へと後ろ髪を揺らして歩いて行った。
「……あっちには、あるな。……パチンコ……」
 正志は商店街から反対方向へと向かった。

 この世界を正志も恐ろしく感じているようだ。そして、正志は瑠璃のギャンブル好きにはもう慣れている。なにせ正志も遊び人である。高級車でもあるカスケーダで、瑠璃という美人の妻がいるというのに、女遊びもしているのだ。
 しかし、正志は人助けに生き甲斐を感じているところも、正志自身良く知っていた。人を助けると、金が入るというのは昔からだが。それだけではない。充足感や使命感などが感じられ、昔から相談事や悩み事を打ち明けられる性格でもあったので、この商売を始めたのだ。師匠の竹原(里見の死体を安置している人物)も、半ば遊び人であった。

 竹原は年は今では76歳。
 葬式屋をやる前は、正志と同じく占い師で大のパチンコ好きであった。
 正志は竹原に占いの手解きを請う時は、いつもパチンコ屋であった。
「戦の神……戦の神……。さすらいのジョー助……。どこにいるんだ」
 正志は呟きながら公園の方へと歩いて行った。


「ねえ、あなた。里見ちゃんにまた会えるのよね。でも、どうやって、生命の神の許可を得るのかしら?」
 智子と隆はあれから二時間くらいビルディングが林立する遊歩道をトボトボと歩いていた。
「ああ……里見に会えるなー」
「あなた……。うん……そうよね。また、里見ちゃんに会える。私たちの考えることはそれだけで十分なのね。ひょっとすると神様が何とかしてくれるのかもしれないし」
 智子は自然と足が軽くなる。

 二人で戦の神と火の神を探しだした。
 住宅街があればそこへと聞きに行く。町の住人にも知っている人がいるだろう。
「時の神様に顔写真でももらっておけばよかったわ」
「ああ……」
 隆はしばらく、住人や色々な国の通行人に頭を下げたりしながら戦の神と火の神のことを聞いていた。
 戦の神と火の神を探している時は、ふとした時しか里見の顔を思い出さなかった。何かに集中しているからか。
 隆はそう思った。

「ねえ、火の神は火が関係していると思うの。どっかに火が無いかしら。この町で……。戦の神は当然、戦いよね……。でも、この都市は平和だし」
「うーん。火……。出来れば大きな火がある場所……。時の神に聞いておけばよかったな。でも、必ず会えるとだけ神様が言ったのだから。そのうち会えるだろ。戦いのある場所……」
「でも、どれくらいかかるのかしら?」
 隆と智子は今度は色々な会社に訪問しては、戦の神を探した。時の神と同じく会社で働いていると思っていた。
 隆は当てずっぽうで、古ぼけた建物の会社に訪問すると、小太りで鬚面の男が隆たちに、
「この町は広いですからね。でも、神々は大勢住んでいますよ。なにせこの会社の社長は掃除の神ですからね」
 小太りの男はにこやかに話す。

「はあ……」
 隆は社宅に掲げられている看板を見ると、<掃除機なら「吸って吐いて」のこの会社 エレクトロニクス・サイクロン社>と書かれてある。
「掃除の神様は強いのですか?できたら……。お願いです雨の宮殿へ私たちと来て下さい」
 智子はやや頭を使って懇願した。
「はははっ、無理を言っちゃいけません。この会社が倒産してしまいますよ。それに、掃除の神は掃除の神。戦いなんて……それも、雨の宮殿なんて危ないとこ……。あそこは、不穏で危ないとこの町でも有名ですからね」
 智子がお礼を言って次へ行こうと隆を促した。
「今日はどこに泊まろうかしら。このお金は使えるのかしら?」
 智子は夕日を見つめながら疑問を呈した。


 隆と智子は戦の神と火の神を探して、5日が経った。


 正志は何気なくケーキ屋のショーウインドを見ている。
 ケーキ屋の主人は何を注文してくれるかと、期待の眼差しを正志に向けながら、他の客に接客をしている。
 ケーキは野イチゴのショートケーキや、大納言とあんみつのタルトなど。
 二・三人の若い客たちは、終始おしゃべりをしながら、ケーキを選んでいた。
「ねえねえ、向こうで火事が起きたって。……最近、多いよね。この近辺。西の方なんだけど、私の家の近くだわ」
 大日幡建設から歩いて二日かかるこのケーキ屋には、女子高生たちがおしゃべりをしていた。
 正志はあれからビジネスホテルに泊まりながら、火の神と戦の神を探して方々を歩いていた。
「でも、大丈夫っしょ。神様って消防士にもいるんだよね」
 それを聞いて正志は驚いた顔をした。

「英雄のヒロ……。そうだ。火の神は消防士かも知れない」
 正志は火事の起きた。ここから西の方の高級住宅街へと走り出した。


 隆は靴を履き変える。
 智子が買ってくれたのだ。
 長い間、使っていたために。ボロボロになっていた。
「ねえ、あなた。少しは休んだら」
 靴屋の前で、智子は道路の脇のベンチで下界から釣った。アイスクリームを隆に渡す。
「いや……いらないよ。俺はまだまだ元気さ。里見がこの世界にいるからな」
 隆はベンチに座ろうともしなかった。
「あれから、5日間も……歩き過ぎよ。雨の宮殿で、簡単に里見ちゃんに会えたら、どうするのよ。そんなに疲れた顔をして……。お願い。少しは休んで。この世界の神様も協力して下さるのだし。そんなに根詰めなくても」
 隆は仕方がないといった顔でベンチに座った。
 空は快晴だった。

 東京の渋谷を連想される雑踏が心地よい。
 背広姿や主婦や雑踏を生み出す通行人は、明るく生活を楽しんでいるかのようだ。
 健やかな風が吹いて、智子の渡すアイスクリームの冷たさと体温の暖かさが調和していて気持ちがいい。
「ああ……。里見にまた会えるな……」
「ええ……」


 隆は気を抜くとベンチの背凭れに身を預け、ぐっすりと眠った。
 智子も疲れていた。隆の寝顔を見ながら、ついウトウトとしてきた。










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