ツギハギ・リポート

主道 学

文字の大きさ
上 下
1 / 8
ここはどこ?

00

しおりを挟む
「私って、さあ。一度も誰とも別れたくなかったのよ」

 それが大学時代の恋人。成瀬 弘子と別れた時の最後の言葉だった。
 
 そう。やっとのことで、か細い声で言った彼女は俺の目の前ですすり泣いていた。

 
――――

 都内にあるモルタル塗りのアパートのドアを開ける。ビールの空き缶が床に散乱しているが、都会の喧騒に比べれば俺にはこの部屋が唯一の落ち着ける場所だった。

 ふと、ドアを開ける際に落ちたのだろう。一枚の手紙が赤色のカーペットに挟まっていた。
 
 誰からだろうと、開けると、中学時代の友達の間平《まだいら》 一郎からだった。 

 そこで、おやっと思った。
 確か、一郎は川で仲間と一緒に遊んでいる時に溺れて死んだはずだったのだ。

 不思議に思って、手紙を開けてみると懐かしい文字が手紙から飛び出てきた。

 拝啓。海道 雅くんへ。そっちは何かとバタバタしているんだろうなあ。だから、たまには田舎で遊ぼうよ。なんて……でも、今年は絶対にきっと、楽しいよ。この村じゃまた川の水かさが増える不思議な夏が来るんだ。あの時みたいにさあ。みんなで一緒に泳ごうよ。

「一郎くんか……。間違いないなこの字は……」

 中学時代から変わっていないかのようなたどたどしい文字だった。手紙を書いている時に、はしゃいでしまっているのか、所々紙面から文字がはみ出ている。

 大きな字だから、大きなペンを使ったんだろうな。

 懐かしさで一郎くんが今はどうなっているのかは、吹き飛んでしまった。確かに夏に不思議と水かさが増す川で溺れて……。

 大人たちが「死んじまったよ」といって泣いていた顔を今でも覚えている。 

 よく見ると、手紙には紙面の端に何か書かれている。

 誰かの名前だった。
 それもよく知っている名前だ。

 文字の端が紙面から飛び出て判読しにくかったが……。
 でも、……何故か弘子という名前だと読みとれる。
 
 一郎くんがことのほかはしゃいで書いたのだろう。元気いっぱいに大きなペンで書かれた弘子という名前は他の字よりも数段大きかった。

 綺麗な女の人だね。その人もこっちへ来ているんだ。ねえ、遊ぼうよ。きっと絶対楽しいよ。と、書かれていた。

 手紙は突然に終わった。

 ぼくたちはツギハギだらけだけどね……。

しおりを挟む

処理中です...