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第248話:才媛の口づけと、溶ける最後の壁
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聖域の夜は、静寂に満ちていた。新・中央館の一室、「歴史・考古学研究チーム」の研究室だけが、まだ煌々と魔導灯の光を灯している。他のメンバーが自室へと戻った後も、アキオと凛は二人きりで、古代遺跡から持ち帰った石板の拓本と向き合っていた。
カリカリ、と凛のペンが羊皮紙を走る音だけが、部屋の静寂を支配する。アキオは、彼女のその知的な横顔を、どこか眩しい思いで見つめていた。凛は美しい眉をひそめ、行き詰まりを感じて小さくため息をついた。
「…やはり、この部分の文法構造が、どうしても解明できませんわね。既存のどの古代言語の法則にも当てはまらない…まるで、意味をなさない記号の羅列です」
アキオも、彼女が指差す難解な古代文字の羅列を覗き込む。彼に学術的な知識はない。だが、長年、数え切れないほどの設計図と向き合ってきた棟梁の目が、その文字の「形」に、全く違う可能性を見出していた。
「なあ、凛殿。これは、文字というより、何かを設計するための『記号』のようにも見えないか?」
「記号、ですって?」
「ああ。俺のいた世界の…そうだな、例えば電気回路図みたいなもんだ。一つ一つの記号に意味があって、その繋がり方が一つの『機能』を示している。物語を読ませるんじゃなく、何かを『作動』させるための指示書なんじゃないか?」
「電気…回路図…?」
凛にとって、それは初めて聞く、しかし何か本質を突いているかのような言葉だった。彼女は、アキオのその言葉をヒントに、雷に打たれたかのように顔を上げた。今まで文字として読んでいた羅列が、全く違う意味を持つ立体的な設計図として、彼女の頭脳の中で組み上がっていく。
閉ざされていた扉が、音を立てて開くような感覚。
「…! そうですわ、アキオ様! これは、単なる文章ではない…! あの巨大な水晶の『星図』を制御するための、魔術的な『命令文(コマンド)』の羅列! そう考えれば、この文法構造の全てが、この矛盾した記号の配置の全てが、完璧に説明できます…!」
一つの大きなブレークスルーにたどり着いた凛は、抑えきれないほどの知的興奮に身を震わせた。数週間、彼女の頭脳を苛んできた巨大な壁が、アキオの、ただ一言で崩れ去ったのだ。
尊敬、感謝、そして共に謎を解き明かしたという、強烈な高揚感。その全ての感情が、彼女の中で一つの熱い奔流となった。
理性が、その奔流に心地よく溶かされていく。
彼女は、気づけば立ち上がり、アキオの胸に、その華奢な身体を寄せていた。そして、自らの衝動に身を任せ、少しだけ背伸びをすると、思い切って、彼の唇に、自らの唇を、優しく重ねた。
時が、止まったかのように感じられた。
アキオの唇の、温かい感触。彼の、驚いたような、しかし、どこまでも優しい気配。
凛の心の奥底で、長年彼女を縛り付けてきた氷の壁に、最後の亀裂が入る。かつてあれほど恐ろしかったはずの男性との接触。だが、今、彼女の魂を満たしていたのは、恐怖ではなかった。
ただ、衝撃的なまでの、幸福感。
そして、**「どうして、わたくしは、今までこんな簡単なことができなかったのだろう?」**という、魂が長年の重い呪縛から完全に解放されるような、涙が出るほどに温かい感覚だった。
アキオに触れることは、怖くなどなかった。
アキオに愛を伝えることは、こんなにも、満たされることだったのだ。
やがて、ゆっくりと唇が離れた後、凛は自分がしでかしたことの重大さに気づき、顔を真っ赤に染め上げた。
「も、申し訳ありません、アキオ様! わ、わたくしは、その、あまりにも嬉しくて、つい、取り乱してしまい…!」
しどろもどろになる彼女の言葉を、アキオは、その唇に、もう一度、今度は彼の方から、優しい口づけをすることで、そっと塞いだ。それは、彼女の勇気と、その想いの全てを、受け入れるという、無言の誓いだった。
この日、この瞬間。二人の間にあった、最後の見えない壁は、完全に、そして温かく、溶けてなくなった。
それは、まだ男女が結ばれるという最後の一線を越える前の、あまりにも甘く、そして決定的な、新しい関係の始まりを告げる夜だった。
カリカリ、と凛のペンが羊皮紙を走る音だけが、部屋の静寂を支配する。アキオは、彼女のその知的な横顔を、どこか眩しい思いで見つめていた。凛は美しい眉をひそめ、行き詰まりを感じて小さくため息をついた。
「…やはり、この部分の文法構造が、どうしても解明できませんわね。既存のどの古代言語の法則にも当てはまらない…まるで、意味をなさない記号の羅列です」
アキオも、彼女が指差す難解な古代文字の羅列を覗き込む。彼に学術的な知識はない。だが、長年、数え切れないほどの設計図と向き合ってきた棟梁の目が、その文字の「形」に、全く違う可能性を見出していた。
「なあ、凛殿。これは、文字というより、何かを設計するための『記号』のようにも見えないか?」
「記号、ですって?」
「ああ。俺のいた世界の…そうだな、例えば電気回路図みたいなもんだ。一つ一つの記号に意味があって、その繋がり方が一つの『機能』を示している。物語を読ませるんじゃなく、何かを『作動』させるための指示書なんじゃないか?」
「電気…回路図…?」
凛にとって、それは初めて聞く、しかし何か本質を突いているかのような言葉だった。彼女は、アキオのその言葉をヒントに、雷に打たれたかのように顔を上げた。今まで文字として読んでいた羅列が、全く違う意味を持つ立体的な設計図として、彼女の頭脳の中で組み上がっていく。
閉ざされていた扉が、音を立てて開くような感覚。
「…! そうですわ、アキオ様! これは、単なる文章ではない…! あの巨大な水晶の『星図』を制御するための、魔術的な『命令文(コマンド)』の羅列! そう考えれば、この文法構造の全てが、この矛盾した記号の配置の全てが、完璧に説明できます…!」
一つの大きなブレークスルーにたどり着いた凛は、抑えきれないほどの知的興奮に身を震わせた。数週間、彼女の頭脳を苛んできた巨大な壁が、アキオの、ただ一言で崩れ去ったのだ。
尊敬、感謝、そして共に謎を解き明かしたという、強烈な高揚感。その全ての感情が、彼女の中で一つの熱い奔流となった。
理性が、その奔流に心地よく溶かされていく。
彼女は、気づけば立ち上がり、アキオの胸に、その華奢な身体を寄せていた。そして、自らの衝動に身を任せ、少しだけ背伸びをすると、思い切って、彼の唇に、自らの唇を、優しく重ねた。
時が、止まったかのように感じられた。
アキオの唇の、温かい感触。彼の、驚いたような、しかし、どこまでも優しい気配。
凛の心の奥底で、長年彼女を縛り付けてきた氷の壁に、最後の亀裂が入る。かつてあれほど恐ろしかったはずの男性との接触。だが、今、彼女の魂を満たしていたのは、恐怖ではなかった。
ただ、衝撃的なまでの、幸福感。
そして、**「どうして、わたくしは、今までこんな簡単なことができなかったのだろう?」**という、魂が長年の重い呪縛から完全に解放されるような、涙が出るほどに温かい感覚だった。
アキオに触れることは、怖くなどなかった。
アキオに愛を伝えることは、こんなにも、満たされることだったのだ。
やがて、ゆっくりと唇が離れた後、凛は自分がしでかしたことの重大さに気づき、顔を真っ赤に染め上げた。
「も、申し訳ありません、アキオ様! わ、わたくしは、その、あまりにも嬉しくて、つい、取り乱してしまい…!」
しどろもどろになる彼女の言葉を、アキオは、その唇に、もう一度、今度は彼の方から、優しい口づけをすることで、そっと塞いだ。それは、彼女の勇気と、その想いの全てを、受け入れるという、無言の誓いだった。
この日、この瞬間。二人の間にあった、最後の見えない壁は、完全に、そして温かく、溶けてなくなった。
それは、まだ男女が結ばれるという最後の一線を越える前の、あまりにも甘く、そして決定的な、新しい関係の始まりを告げる夜だった。
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