390 / 400
第390話:滅びゆく都と、最初のスープ
しおりを挟む
都市の機能停止に伴い、地下空間は完全な闇に包まれるはずだった。だが、リザとギムルが即席で設置した魔導ランプの灯りが、一行の足元を照らし出していた。
アキオは、ぐったりと意識を失った少女を背負い、長い石段を登っていた。
背中の少女は驚くほど軽い。数千年もの間、生命維持装置の中で眠っていた身体は、骨と皮のように痩せ細り、体温も極端に低い。だが、アキオの背中ごしに伝わる心音だけは、トクトクと確かなリズムを刻み始めていた。
「だんな、大丈夫か? 代わろうか?」
キナが心配そうに声をかけてくるが、アキオは首を横に振った。
「いや、いい。この子は俺が連れて帰る。……それに、俺の体温で温めてやりたいんだ」
その言葉に、隣を歩くシルヴィアが、そっと自身のマントをアキオと少女の上から掛けた。
「ええ、それが一番の薬ですわ。ハイエルフの知識にも、『孤独な魂を癒やすのは、言葉ではなく肌の温もりである』とありますもの」
一行が地上の森へ戻った頃には、すでに夜の帳が下りていた。
聖域への帰路を急ぐ中、アキオは背中の少女に、何度も心の中で語りかけた。
(もう大丈夫だ。もう、誰かのために犠牲になんかならなくていいんだ)
◇
新・中央館に到着すると、アキオたちはすぐに少女を最も静かで温かい客間へと運び込んだ。
部屋には暖炉が焚かれ、ふかふかの羽毛布団が用意されている。
そして、知らせを聞いて駆けつけたアヤネが、湯気の立つ深皿を持って部屋に入ってきた。
「あなた、お疲れ様でした。……まあ、こんなに痩せてしまって……」
アヤネは少女の姿を見るなり、痛ましそうに眉を寄せた。彼女の母性が、この見知らぬ少女を放っておけなかったのだ。
「アヤネ、頼めるか。何か、胃に優しいものを」
「はい、もちろんですわ。特製の薬膳スープを作ってまいりました。生命樹の実のエキスも少し入れてありますから、きっと元気が湧いてきますよ」
アヤネが差し出したスープからは、野菜と鶏ガラの優しい香りが漂っている。
アキオは少女の上半身を優しく起こし、枕で支えた。
その気配に気づいたのか、少女がうっすらと目を開ける。
「……ここ、は……?」
「俺の家だ。『アキオの町』っていうんだよ」
アキオはスプーンでスープを掬い、ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましてから、少女の色のない唇へと運んだ。
「さあ、口を開けて。食べないと、体力が戻らないぞ」
少女は戸惑いながらも、小さく口を開けた。
温かい液体が、喉を通って胃袋へと落ちていく。
その瞬間、少女の身体がビクリと震えた。
「……あ……」
それは、数千年ぶりに感じる「味」であり、内側から広がる「熱」だった。
管理データとしてのエネルギー補給ではない。生きるために食べるという、人間として当たり前の行為。
カチャリ、とスプーンが皿に当たる音が、静かな部屋に響く。
一口、また一口。
少女は無心でスープを飲み込んだ。空っぽだった胃袋が満たされていくにつれ、蒼白だった頬にほんのりと赤みが差してくる。
「……おい、しい……」
ポツリと、少女が呟いた。
その一言を聞いた瞬間、アヤネが堪えきれずに涙ぐみ、少女の手を握りしめた。
「ええ、ええ。たくさん食べてくださいな。おかわりも、もっと美味しいものも、この町にはたくさんありますからね」
「……う、うぅ……っ」
少女の大きな瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
それは悲しみの涙ではない。
自分が「生きている」ことを実感し、凍りついていた感情が溶け出した証だった。
「……私、生きてて……いいの……? 役目は、終わったのに……都市は、もう……」
「役目なんて、最初からなくてよかったんだ」
アキオは少女の頭を、大きな手で撫でた。
「お前が守った都市は消えたかもしれない。だが、その代わりに俺たちがいる。これからは、お前はお前自身のために生きていいんだ」
少女はアキオの服の裾をギュッと握りしめ、アヤネの手に頬を寄せ、子供のように声を上げて泣いた。
滅びた都の最後の皇女は、こうして聖域の温かい夜の中で、一人の「人間」として生まれ変わったのだった。
アキオは、ぐったりと意識を失った少女を背負い、長い石段を登っていた。
背中の少女は驚くほど軽い。数千年もの間、生命維持装置の中で眠っていた身体は、骨と皮のように痩せ細り、体温も極端に低い。だが、アキオの背中ごしに伝わる心音だけは、トクトクと確かなリズムを刻み始めていた。
「だんな、大丈夫か? 代わろうか?」
キナが心配そうに声をかけてくるが、アキオは首を横に振った。
「いや、いい。この子は俺が連れて帰る。……それに、俺の体温で温めてやりたいんだ」
その言葉に、隣を歩くシルヴィアが、そっと自身のマントをアキオと少女の上から掛けた。
「ええ、それが一番の薬ですわ。ハイエルフの知識にも、『孤独な魂を癒やすのは、言葉ではなく肌の温もりである』とありますもの」
一行が地上の森へ戻った頃には、すでに夜の帳が下りていた。
聖域への帰路を急ぐ中、アキオは背中の少女に、何度も心の中で語りかけた。
(もう大丈夫だ。もう、誰かのために犠牲になんかならなくていいんだ)
◇
新・中央館に到着すると、アキオたちはすぐに少女を最も静かで温かい客間へと運び込んだ。
部屋には暖炉が焚かれ、ふかふかの羽毛布団が用意されている。
そして、知らせを聞いて駆けつけたアヤネが、湯気の立つ深皿を持って部屋に入ってきた。
「あなた、お疲れ様でした。……まあ、こんなに痩せてしまって……」
アヤネは少女の姿を見るなり、痛ましそうに眉を寄せた。彼女の母性が、この見知らぬ少女を放っておけなかったのだ。
「アヤネ、頼めるか。何か、胃に優しいものを」
「はい、もちろんですわ。特製の薬膳スープを作ってまいりました。生命樹の実のエキスも少し入れてありますから、きっと元気が湧いてきますよ」
アヤネが差し出したスープからは、野菜と鶏ガラの優しい香りが漂っている。
アキオは少女の上半身を優しく起こし、枕で支えた。
その気配に気づいたのか、少女がうっすらと目を開ける。
「……ここ、は……?」
「俺の家だ。『アキオの町』っていうんだよ」
アキオはスプーンでスープを掬い、ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましてから、少女の色のない唇へと運んだ。
「さあ、口を開けて。食べないと、体力が戻らないぞ」
少女は戸惑いながらも、小さく口を開けた。
温かい液体が、喉を通って胃袋へと落ちていく。
その瞬間、少女の身体がビクリと震えた。
「……あ……」
それは、数千年ぶりに感じる「味」であり、内側から広がる「熱」だった。
管理データとしてのエネルギー補給ではない。生きるために食べるという、人間として当たり前の行為。
カチャリ、とスプーンが皿に当たる音が、静かな部屋に響く。
一口、また一口。
少女は無心でスープを飲み込んだ。空っぽだった胃袋が満たされていくにつれ、蒼白だった頬にほんのりと赤みが差してくる。
「……おい、しい……」
ポツリと、少女が呟いた。
その一言を聞いた瞬間、アヤネが堪えきれずに涙ぐみ、少女の手を握りしめた。
「ええ、ええ。たくさん食べてくださいな。おかわりも、もっと美味しいものも、この町にはたくさんありますからね」
「……う、うぅ……っ」
少女の大きな瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
それは悲しみの涙ではない。
自分が「生きている」ことを実感し、凍りついていた感情が溶け出した証だった。
「……私、生きてて……いいの……? 役目は、終わったのに……都市は、もう……」
「役目なんて、最初からなくてよかったんだ」
アキオは少女の頭を、大きな手で撫でた。
「お前が守った都市は消えたかもしれない。だが、その代わりに俺たちがいる。これからは、お前はお前自身のために生きていいんだ」
少女はアキオの服の裾をギュッと握りしめ、アヤネの手に頬を寄せ、子供のように声を上げて泣いた。
滅びた都の最後の皇女は、こうして聖域の温かい夜の中で、一人の「人間」として生まれ変わったのだった。
21
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
家ごと異世界ライフ
もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる