五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第390話:滅びゆく都と、最初のスープ

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 都市の機能停止に伴い、地下空間は完全な闇に包まれるはずだった。だが、リザとギムルが即席で設置した魔導ランプの灯りが、一行の足元を照らし出していた。
 アキオは、ぐったりと意識を失った少女を背負い、長い石段を登っていた。
 背中の少女は驚くほど軽い。数千年もの間、生命維持装置の中で眠っていた身体は、骨と皮のように痩せ細り、体温も極端に低い。だが、アキオの背中ごしに伝わる心音だけは、トクトクと確かなリズムを刻み始めていた。

「だんな、大丈夫か? 代わろうか?」

 キナが心配そうに声をかけてくるが、アキオは首を横に振った。

「いや、いい。この子は俺が連れて帰る。……それに、俺の体温で温めてやりたいんだ」

 その言葉に、隣を歩くシルヴィアが、そっと自身のマントをアキオと少女の上から掛けた。

「ええ、それが一番の薬ですわ。ハイエルフの知識にも、『孤独な魂を癒やすのは、言葉ではなく肌の温もりである』とありますもの」

 一行が地上の森へ戻った頃には、すでに夜の帳が下りていた。
 聖域への帰路を急ぐ中、アキオは背中の少女に、何度も心の中で語りかけた。
(もう大丈夫だ。もう、誰かのために犠牲になんかならなくていいんだ)

   ◇

 新・中央館に到着すると、アキオたちはすぐに少女を最も静かで温かい客間へと運び込んだ。
 部屋には暖炉が焚かれ、ふかふかの羽毛布団が用意されている。
 そして、知らせを聞いて駆けつけたアヤネが、湯気の立つ深皿を持って部屋に入ってきた。

「あなた、お疲れ様でした。……まあ、こんなに痩せてしまって……」

 アヤネは少女の姿を見るなり、痛ましそうに眉を寄せた。彼女の母性が、この見知らぬ少女を放っておけなかったのだ。

「アヤネ、頼めるか。何か、胃に優しいものを」

「はい、もちろんですわ。特製の薬膳スープを作ってまいりました。生命樹の実のエキスも少し入れてありますから、きっと元気が湧いてきますよ」

 アヤネが差し出したスープからは、野菜と鶏ガラの優しい香りが漂っている。
 アキオは少女の上半身を優しく起こし、枕で支えた。
 その気配に気づいたのか、少女がうっすらと目を開ける。

「……ここ、は……?」

「俺の家だ。『アキオの町』っていうんだよ」

 アキオはスプーンでスープを掬い、ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましてから、少女の色のない唇へと運んだ。

「さあ、口を開けて。食べないと、体力が戻らないぞ」

 少女は戸惑いながらも、小さく口を開けた。
 温かい液体が、喉を通って胃袋へと落ちていく。
 その瞬間、少女の身体がビクリと震えた。

「……あ……」

 それは、数千年ぶりに感じる「味」であり、内側から広がる「熱」だった。
 管理データとしてのエネルギー補給ではない。生きるために食べるという、人間として当たり前の行為。
 カチャリ、とスプーンが皿に当たる音が、静かな部屋に響く。
 一口、また一口。
 少女は無心でスープを飲み込んだ。空っぽだった胃袋が満たされていくにつれ、蒼白だった頬にほんのりと赤みが差してくる。

「……おい、しい……」

 ポツリと、少女が呟いた。
 その一言を聞いた瞬間、アヤネが堪えきれずに涙ぐみ、少女の手を握りしめた。

「ええ、ええ。たくさん食べてくださいな。おかわりも、もっと美味しいものも、この町にはたくさんありますからね」

「……う、うぅ……っ」

 少女の大きな瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
 それは悲しみの涙ではない。
 自分が「生きている」ことを実感し、凍りついていた感情が溶け出した証だった。

「……私、生きてて……いいの……? 役目は、終わったのに……都市は、もう……」

「役目なんて、最初からなくてよかったんだ」

 アキオは少女の頭を、大きな手で撫でた。

「お前が守った都市は消えたかもしれない。だが、その代わりに俺たちがいる。これからは、お前はお前自身のために生きていいんだ」

 少女はアキオの服の裾をギュッと握りしめ、アヤネの手に頬を寄せ、子供のように声を上げて泣いた。
 滅びた都の最後の皇女は、こうして聖域の温かい夜の中で、一人の「人間」として生まれ変わったのだった。
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