10 / 400
第10話:春の陽光と氷解の兆し
しおりを挟む
春の陽光が森の木々の若葉を照らし、地面には色とりどりの野花が咲き乱れる季節となった。アキオと子供たちは、冬の間に計画していた畑作りに精を出していた。小屋の近くの陽当たりの良い土地を、アキオが作った木の鍬で耕し、アヤネやアルトが畝を作る。ケンタやミコ、ユメも、小さな手で石を取り除いたり、アキオが見つけてきた食用可能な植物の種や芋の切れ端を植え付けたりと、一生懸命だ。
その傍らで、アキオは数日に一度の習慣を続けていた。それは、森の奥、以前シルヴィアと出会った場所を訪れることだった。シルヴィアはあれ以来、なかなか姿を見せてはくれなかったが、アキオは諦めなかった。時には、アヤネが木の実の粉と貴重な蜂蜜(偶然、木の洞で見つけたものだ)で作った香りの良いパンを、またある時には、アキオが手の空いた時に彫った小さな木の鳥や動物を、そっと岩の上に置いて帰るのだった。
「シルヴィアさん、食べてくれるかなぁ」「この小鳥、気に入ってくれるといいな」
子供たちも、アキオの行動を応援するように、そんな言葉を口にする。
アキオが知らないところで、シルヴィアは彼が立ち去った後、茂みの陰からそっと現れ、置かれたものを見つめていた。特に、手のひらに乗るほどの小さな木の鳥は、彼女が長い間忘れていた何かを思い出させるかのように、複雑な輝きをその深緑の瞳に宿らせていた。そして、誰にも見られることなく、それを持ち帰るのだった。
ある日、アキオが畑に使う栄養豊富な腐葉土を求めて、少し森の奥まった場所で作業をしていた時のことだ。ふと顔を上げると、数メートル先の大きな木の根元で、見たことのある人影が薬草を摘んでいた。シルヴィアだった。
「シルヴィアさん」
アキオが声をかけると、シルヴィアは肩を小さく震わせたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「……またお前か。人間のしつこさには呆れるな」
その声には、以前ほどの刺々しさはないように感じられた。
「この辺りの土は、作物を育てるのに良さそうだからな。ところでシルヴィアさん、もし迷惑でなければ、薬草のことをもう少し……」
シルヴィアはため息をついたが、意外にもすぐに言葉を返してきた。
「そこの黄色い五枚の花弁を持つ草。あれは腹痛に効く。葉を揉んで、その汁を飲むといい。だが、根には強い毒があるから、絶対に間違えるな。それから、あちらの紫色の釣鐘状の花をつけるものは、切り傷の炎症を抑える。葉を潰して傷に貼るといい」
ぶっきらぼうな口調ではあったが、シルヴィアは立て続けにいくつかの薬草の知識と、その注意点を教えてくれた。アキオが驚いて礼を言うと、彼女は「別に、お前のためではない。森の恵みを無知な人間に荒らされるのが気に入らないだけだ」とそっぽを向いたが、その尖った耳の先がほんの少し赤らんでいるのを、アキオは見逃さなかった。
また別の日には、こんなこともあった。ミコとユメが、小屋からさほど遠くない森の縁で、夢中になって花を摘んでいた。ふと顔を上げたミコが、少し離れた木陰に立つシルヴィアの姿を見つけた。
「あ! 森のお姉ちゃんだ!」
ユメもミコにつられてシルヴィアを見つけると、二人で「おねえちゃーん!」と手を振りながら、無邪気に駆け寄ろうとした。
その瞬間、シルヴィアの表情が凍り付いたように見えた。子供たちの真っ直ぐな好意と呼びかけに、彼女は明らかに動揺し、戸惑いの色を浮かべている。そして、次の瞬間には、まるで幻だったかのようにその姿をくらましてしまった。
「あ……行っちゃった……」
ミコとユメは、ぽかんとして立ち尽くし、しょんぼりと肩を落とした。
その夜、アキオは子供たちにその話を聞き、シルヴィアの複雑な心境を思った。人間に対する不信感は根深い。しかし、アキオが置いていくささやかな贈り物を受け取り、薬草の知識を少しずつだが教えてくれるようになった。そして何より、子供たちの無邪気な呼びかけに、あれほど動揺する姿。彼女の心の奥底で、何かが変わり始めているのかもしれない。
「シルヴィアさんも、きっといつか一緒に遊んでくれるよ」
アキオがそう言うと、ミコとユメの顔にぱっと笑顔が戻った。
春の温かい日差しが、厚く閉ざされた氷を少しずつ溶かしていくように、いつか彼女の頑なな心にも、確かな温もりが届く日が来るかもしれない。アキオは、そう信じながら、日々の畑仕事と、シルヴィアとの細くも確かに紡がれ始めた絆を、大切に育んでいこうと改めて思うのだった。
その傍らで、アキオは数日に一度の習慣を続けていた。それは、森の奥、以前シルヴィアと出会った場所を訪れることだった。シルヴィアはあれ以来、なかなか姿を見せてはくれなかったが、アキオは諦めなかった。時には、アヤネが木の実の粉と貴重な蜂蜜(偶然、木の洞で見つけたものだ)で作った香りの良いパンを、またある時には、アキオが手の空いた時に彫った小さな木の鳥や動物を、そっと岩の上に置いて帰るのだった。
「シルヴィアさん、食べてくれるかなぁ」「この小鳥、気に入ってくれるといいな」
子供たちも、アキオの行動を応援するように、そんな言葉を口にする。
アキオが知らないところで、シルヴィアは彼が立ち去った後、茂みの陰からそっと現れ、置かれたものを見つめていた。特に、手のひらに乗るほどの小さな木の鳥は、彼女が長い間忘れていた何かを思い出させるかのように、複雑な輝きをその深緑の瞳に宿らせていた。そして、誰にも見られることなく、それを持ち帰るのだった。
ある日、アキオが畑に使う栄養豊富な腐葉土を求めて、少し森の奥まった場所で作業をしていた時のことだ。ふと顔を上げると、数メートル先の大きな木の根元で、見たことのある人影が薬草を摘んでいた。シルヴィアだった。
「シルヴィアさん」
アキオが声をかけると、シルヴィアは肩を小さく震わせたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「……またお前か。人間のしつこさには呆れるな」
その声には、以前ほどの刺々しさはないように感じられた。
「この辺りの土は、作物を育てるのに良さそうだからな。ところでシルヴィアさん、もし迷惑でなければ、薬草のことをもう少し……」
シルヴィアはため息をついたが、意外にもすぐに言葉を返してきた。
「そこの黄色い五枚の花弁を持つ草。あれは腹痛に効く。葉を揉んで、その汁を飲むといい。だが、根には強い毒があるから、絶対に間違えるな。それから、あちらの紫色の釣鐘状の花をつけるものは、切り傷の炎症を抑える。葉を潰して傷に貼るといい」
ぶっきらぼうな口調ではあったが、シルヴィアは立て続けにいくつかの薬草の知識と、その注意点を教えてくれた。アキオが驚いて礼を言うと、彼女は「別に、お前のためではない。森の恵みを無知な人間に荒らされるのが気に入らないだけだ」とそっぽを向いたが、その尖った耳の先がほんの少し赤らんでいるのを、アキオは見逃さなかった。
また別の日には、こんなこともあった。ミコとユメが、小屋からさほど遠くない森の縁で、夢中になって花を摘んでいた。ふと顔を上げたミコが、少し離れた木陰に立つシルヴィアの姿を見つけた。
「あ! 森のお姉ちゃんだ!」
ユメもミコにつられてシルヴィアを見つけると、二人で「おねえちゃーん!」と手を振りながら、無邪気に駆け寄ろうとした。
その瞬間、シルヴィアの表情が凍り付いたように見えた。子供たちの真っ直ぐな好意と呼びかけに、彼女は明らかに動揺し、戸惑いの色を浮かべている。そして、次の瞬間には、まるで幻だったかのようにその姿をくらましてしまった。
「あ……行っちゃった……」
ミコとユメは、ぽかんとして立ち尽くし、しょんぼりと肩を落とした。
その夜、アキオは子供たちにその話を聞き、シルヴィアの複雑な心境を思った。人間に対する不信感は根深い。しかし、アキオが置いていくささやかな贈り物を受け取り、薬草の知識を少しずつだが教えてくれるようになった。そして何より、子供たちの無邪気な呼びかけに、あれほど動揺する姿。彼女の心の奥底で、何かが変わり始めているのかもしれない。
「シルヴィアさんも、きっといつか一緒に遊んでくれるよ」
アキオがそう言うと、ミコとユメの顔にぱっと笑顔が戻った。
春の温かい日差しが、厚く閉ざされた氷を少しずつ溶かしていくように、いつか彼女の頑なな心にも、確かな温もりが届く日が来るかもしれない。アキオは、そう信じながら、日々の畑仕事と、シルヴィアとの細くも確かに紡がれ始めた絆を、大切に育んでいこうと改めて思うのだった。
553
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
家ごと異世界ライフ
もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる