五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第9話:感謝の届け物とエルフの孤高

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 シルヴィアに教えられた薬草のおかげで、ユメは峠を越し、日を追うごとに顔色も良くなっていった。数日後にはすっかり元気を取り戻し、小屋の中でミコやケンタと他愛ない遊びに興じるまでになった。その姿に、アキオもアヤネも、そしてアルトたちも、心からの安堵の息を漏らした。

「ユメちゃんが元気になって、本当によかった……」アヤネがしみじみと言う。
「ああ。これも、あの森の薬師さんのおかげだな」アキオが頷く。
「ねえ、アキオさん。あのエルフの人に、ちゃんとお礼したいな」アルトが提案した。他の子供たちも、口々にあのお姉さん(彼らにはそう見えた)に何かしたいと言い出す。
 アキオも同じ気持ちだった。あの時、シルヴィアが助けてくれなければ、ユメはどうなっていたか分からない。

 数日後、アキオは罠で獲れたばかりの、毛並みの良いウサギの毛皮(丁寧に洗い、なめして柔らかくしたもの)と、アヤネが心を込めて作った木の実の保存クッキー(甘みは木の実本来のものだけだが、香ばしく焼き上げた自信作)を小さな包みにして準備した。
「アルト、一緒に行くか?」
「うん!」
 アキオはアルトを伴い、再びあの雪解けの進む森の奥深く、シルヴィアと初めて出会った場所へと向かった。

 前回シルヴィアと遭遇した、苔むした岩場の辺りに着いたが、彼女の姿は見当たらない。アキオは持ってきた包みを岩の上にそっと置き、しばらく待ってみることにした。しかし、陽が高く昇り、傾き始めても、シルヴィアは現れなかった。
「……今日は会えないかもしれないな」
 アキオは少し落胆したが、諦めるつもりはなかった。翌日も、その次の日も、アキオはアルトと共に同じ時間に同じ場所を訪れ、お礼の品を置き、静かにシルヴィアを待ち続けた。

 そして、三日目のことだった。いつものように岩の上に包みを置こうとしたアキオの背後から、静かな声がかかった。
「……また来たのか、人間。懲りない奴らだな」
 振り返ると、木の幹に寄りかかるようにしてシルヴィアが立っていた。相変わらず森の色に溶け込むような姿で、その表情は読み取りにくい。
「シルヴィアさん。先日は、妹を助けてくれて本当にありがとう。これは、ほんの気持ちばかりのお礼だ」
 アキオは丁寧に頭を下げ、包みを差し出した。シルヴィアは品物には目をくれず、アキオの顔をじっと見つめている。
「礼など不要だと言ったはずだ。私は、森の理に従い、すべきことをしたに過ぎない」
 その声はやはり冷たかったが、以前のような刺々しさは少し薄れているようにアキオには感じられた。
「それでも、俺たちの感謝の気持ちだ。受け取ってはもらえないだろうか」
 シルヴィアはしばらく黙っていたが、やがて小さなため息をつくと、アキオが差し出した包みにそっと指先で触れた。しかし、受け取ることはせず、すぐに手を引っこめた。
「……そこに置いていけ。気が向けば、後で見ておく」
 その言葉は、彼女なりの最大限の譲歩なのかもしれない。アキオは「ありがとう」と言い、包みを岩の上に置いた。

「それで、用件はそれだけか? ならば早く立ち去れ。お前たち人間がいると、森の獣たちが落ち着かない」
 シルヴィアが促す。アキオは、この機会を逃すまいと、もう一つの願いを口にした。
「シルヴィアさん。もしよろしければ、薬草について、ほんの少しでも教えていただくことはできないだろうか。俺たちには知識がない。またいつ、誰が病気になるか……」
 その言葉に、シルヴィアの眉がぴくりと動いた。
「人間の手に負えるものではない。森の知識は、それを敬う者にしか開かれん」
 やはり、一蹴されてしまう。しかし、アキオが落胆して踵を返そうとした時、シルヴィアがぽつりと言った。
「……そこの、赤い実を三つずつつけている草。あれは強い毒だ。特に子供が口にすれば、命を落とす。注意するがいい」
 それだけ言うと、シルヴィアは今度こそすっと身を翻し、あっという間に森の奥へと消えていった。

 小屋への帰り道、アルトが興奮した様子でアキオに話しかけた。
「アキオさん! シルヴィアさん、ちょっとだけだけど、教えてくれたね! 前より少し優しい感じがしたよ!」
「そうだな……」アキオも、シルヴィアの心の壁の高さと、その奥に垣間見える何かを感じ取っていた。彼女が人間を信用していないのは明らかだが、完全な拒絶でもない。その不器用な優しさに、アキオは小さな希望を抱いていた。

 小屋に戻ると、すっかり元気になったユメが、ミコやケンタと一緒にアキオたちが作った木の動物で遊んでいた。その屈託のない笑顔と歓声に、アキオの心は温かく満たされる。
 シルヴィアとの関係は、まだ始まったばかりだ。険しい道かもしれないが、アキオは諦めずに、誠意をもって彼女との交流を続けていこうと、静かに決意を固めるのだった。
 春の森は、新しい出会いと、そして育まれるべき絆の可能性に満ち溢れていた。
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