8 / 400
第8話:雪解けの森と謎めいた薬師
しおりを挟む
長く厳しい冬がようやく終わりを告げ、森は雪解け水の音と、そこかしこで芽吹く新しい命の息吹に満ち始めていた。アキオたちが暮らす小屋の周りでも、地面から健気な緑が顔を出し、子供たちは久しぶりに暖かい日差しの中で外遊びに興じている。
しかし、そんな春の訪れとは裏腹に、小さな影がアキオたちの生活に差し込んだ。末っ子のユメが、高熱を出して寝込んでしまったのだ。冬の間の無理がたたったのか、それともこの世界の未知の病なのか。アキオは地球での知識で看病するが、咳もひどく、ユメの小さな体はみるみる弱っていくように見えた。
「アキオさん……ユメちゃん、大丈夫かな……」
アヤネが不安げな顔でアキオを見上げる。ミコも、以前村の薬草売りの老婆に教わったという解熱作用のあるという野草を煎じてユメに飲ませようとするが、気休め程度にしかならない。
「……俺が、森で薬になりそうなものを探してくる」
アキオは意を決して立ち上がった。具体的な知識はない。だが、何もしないでいるよりはマシだ。
「僕も行きます!」アルトが心配そうに声を上げる。
「よし、だが無理はするな。日が暮れる前には必ず戻る」
アキオはアルトを伴い、雪解けでぬかるむ森の奥へと足を踏み入れた。普段は薪拾いや狩りで立ち入る範囲よりもさらに奥、湿気の多い谷筋へと向かう。そこには、まだ見たことのない植物が群生しているかもしれない。
数時間歩き続けた頃だろうか。苔むした岩場の陰に、アキオは見たことのない形状の、しかしどこか薬効がありそうな雰囲気を漂わせる植物を見つけた。
「これだ……!」
アキオが慎重にその植物に手を伸ばそうとした、その時だった。
「それに触れるな、人間」
凛とした、しかしどこか冷たさを帯びた声が背後から響いた。驚いて振り返ると、そこには一人の女性が静かに立っていた。長く尖った耳、森の木々と同じ深緑色の瞳、そして木の葉や蔓を編んだような質素だが機能的な衣服をまとっている。エルフ――アキオが地球の物語で知る、伝説の種族そのものだった。
彼女はアキオとアルトを鋭い視線で見据え、腰に下げた小袋にそっと手をやっている。警戒しているのは明らかだった。
「……申し訳ない。妹が熱を出して苦しんでいるんだ。薬になるものを探していて……」
アキオは両手を上げて敵意がないことを示し、正直に事情を話した。アルトも隣で必死に頷く。
エルフの女性――シルヴィアは、しばらく黙ってアキオたちを観察していたが、やがてフンと鼻を鳴らした。
「お前たち人間が森を荒らすから、精霊たちも怒っている。病の一つや二つ、自業自得だろう」
その言葉は刺々しかったが、アキオはなおも食い下がった。
「どうか、助けてはもらえないだろうか。どんなことでもする。ただ、あの子を……」
シルヴィアはアキオの目をじっと見つめていたが、やがて小さなため息をついた。
「……お前からは、他の人間どもが持つような強欲な匂いはしないようだな。それに、そこの子供の目も嘘をついているようには見えない」
彼女はそう言うと、アキオが見つけた植物を一瞥し、「それは違う。お前たちが扱えるものではない」と短く告げた。そして、近くに生えていた別の、何の変哲もないように見える草を指さした。
「その草の根をよく洗い、石臼で潰して汁を搾り、水で薄めて飲ませろ。量は……その子供の指三本分ほどでいい。間違ってもそれ以上飲ませるな。命に関わる」
それだけ言うと、シルヴィアは踵を返し、まるで森に溶け込むように姿を消そうとした。
「待ってくれ! あなたの名前は……!」
アキオが呼び止めるが、彼女は振り返らず、ただ「……シルヴィアだ」とだけ言い残し、木々の間に消えていった。
アキオとアルトは、シルヴィアに教えられた通りの草の根を慎重に掘り出し、急いで小屋へと戻った。半信半疑ながらも、藁にもすがる思いでアヤネと協力して薬湯を作り、ユメに少しずつ飲ませる。
数時間後、ユメの荒い息遣いが少しだけ穏やかになり、額の汗も引いてきたように見えた。熱も、心なしか下がった気がする。
「……アキオさん、ありがとう……」
アヤネが涙ぐみながらアキオに礼を言う。アキオは、まだ予断は許さないと気を引き締めつつも、森の奥に消えたエルフの薬師のことを考えていた。
彼女は何者なのか。なぜ助けてくれたのか。そして、あの冷たい態度の奥に隠されたものは何なのか。
ユメの小さな寝顔を見守りながら、アキオは、この異世界での新たな出会いが、自分たちの生活に大きな変化をもたらすかもしれないという予感を、強く感じていた。
しかし、そんな春の訪れとは裏腹に、小さな影がアキオたちの生活に差し込んだ。末っ子のユメが、高熱を出して寝込んでしまったのだ。冬の間の無理がたたったのか、それともこの世界の未知の病なのか。アキオは地球での知識で看病するが、咳もひどく、ユメの小さな体はみるみる弱っていくように見えた。
「アキオさん……ユメちゃん、大丈夫かな……」
アヤネが不安げな顔でアキオを見上げる。ミコも、以前村の薬草売りの老婆に教わったという解熱作用のあるという野草を煎じてユメに飲ませようとするが、気休め程度にしかならない。
「……俺が、森で薬になりそうなものを探してくる」
アキオは意を決して立ち上がった。具体的な知識はない。だが、何もしないでいるよりはマシだ。
「僕も行きます!」アルトが心配そうに声を上げる。
「よし、だが無理はするな。日が暮れる前には必ず戻る」
アキオはアルトを伴い、雪解けでぬかるむ森の奥へと足を踏み入れた。普段は薪拾いや狩りで立ち入る範囲よりもさらに奥、湿気の多い谷筋へと向かう。そこには、まだ見たことのない植物が群生しているかもしれない。
数時間歩き続けた頃だろうか。苔むした岩場の陰に、アキオは見たことのない形状の、しかしどこか薬効がありそうな雰囲気を漂わせる植物を見つけた。
「これだ……!」
アキオが慎重にその植物に手を伸ばそうとした、その時だった。
「それに触れるな、人間」
凛とした、しかしどこか冷たさを帯びた声が背後から響いた。驚いて振り返ると、そこには一人の女性が静かに立っていた。長く尖った耳、森の木々と同じ深緑色の瞳、そして木の葉や蔓を編んだような質素だが機能的な衣服をまとっている。エルフ――アキオが地球の物語で知る、伝説の種族そのものだった。
彼女はアキオとアルトを鋭い視線で見据え、腰に下げた小袋にそっと手をやっている。警戒しているのは明らかだった。
「……申し訳ない。妹が熱を出して苦しんでいるんだ。薬になるものを探していて……」
アキオは両手を上げて敵意がないことを示し、正直に事情を話した。アルトも隣で必死に頷く。
エルフの女性――シルヴィアは、しばらく黙ってアキオたちを観察していたが、やがてフンと鼻を鳴らした。
「お前たち人間が森を荒らすから、精霊たちも怒っている。病の一つや二つ、自業自得だろう」
その言葉は刺々しかったが、アキオはなおも食い下がった。
「どうか、助けてはもらえないだろうか。どんなことでもする。ただ、あの子を……」
シルヴィアはアキオの目をじっと見つめていたが、やがて小さなため息をついた。
「……お前からは、他の人間どもが持つような強欲な匂いはしないようだな。それに、そこの子供の目も嘘をついているようには見えない」
彼女はそう言うと、アキオが見つけた植物を一瞥し、「それは違う。お前たちが扱えるものではない」と短く告げた。そして、近くに生えていた別の、何の変哲もないように見える草を指さした。
「その草の根をよく洗い、石臼で潰して汁を搾り、水で薄めて飲ませろ。量は……その子供の指三本分ほどでいい。間違ってもそれ以上飲ませるな。命に関わる」
それだけ言うと、シルヴィアは踵を返し、まるで森に溶け込むように姿を消そうとした。
「待ってくれ! あなたの名前は……!」
アキオが呼び止めるが、彼女は振り返らず、ただ「……シルヴィアだ」とだけ言い残し、木々の間に消えていった。
アキオとアルトは、シルヴィアに教えられた通りの草の根を慎重に掘り出し、急いで小屋へと戻った。半信半疑ながらも、藁にもすがる思いでアヤネと協力して薬湯を作り、ユメに少しずつ飲ませる。
数時間後、ユメの荒い息遣いが少しだけ穏やかになり、額の汗も引いてきたように見えた。熱も、心なしか下がった気がする。
「……アキオさん、ありがとう……」
アヤネが涙ぐみながらアキオに礼を言う。アキオは、まだ予断は許さないと気を引き締めつつも、森の奥に消えたエルフの薬師のことを考えていた。
彼女は何者なのか。なぜ助けてくれたのか。そして、あの冷たい態度の奥に隠されたものは何なのか。
ユメの小さな寝顔を見守りながら、アキオは、この異世界での新たな出会いが、自分たちの生活に大きな変化をもたらすかもしれないという予感を、強く感じていた。
567
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
家ごと異世界ライフ
もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる