五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第29話:森の邂逅と譲られた愛の巣

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 アキオが森の境界近くで発見した二人の女性――セレスティーナとレオノーラ――は、まさに虫の息だった。レオノーラはアキオの「助けに来た」という言葉を聞き届けたかのように、かろうじて握りしめていた剣を手放し、完全に意識を失ってしまった。セレスティーナも、呼びかけに反応する力すら残っていない様子だった。
「アルト! 急いで小屋に戻って、シルヴィアとアヤネを呼んできてくれ! 薬と、何か二人を運べるものを!」
 アキオが叫ぶより早く、状況の深刻さを瞬時に理解したアルトは、すでに森を駆けだしていた。彼の背中には、これまでのアキオやシルヴィアとの生活で培われた判断力と、家族を守ろうとする強い意志が感じられた。

 アキオは、まずレオノーラの鎧の締め具を緩め、呼吸を楽にさせようと試みる。彼女の体には無数の切り傷や打撲の痕があり、壮絶な戦いを経てきたことが見て取れた。セレスティーナも、ドレスこそ着ているものの、その下には細かな擦り傷や疲労の色が隠せない。
(一体、何があったんだ……?)
 アキオが二人の応急処置を施していると、間もなく、息を切らしたアルトと共に、シルヴィアとアヤネが薬草の入った袋や清潔な布、そして丈夫な毛布を持って駆けつけてきた。ケンタたち年少組も、心配そうにその後ろからついてきている。
 シルヴィアは、倒れている二人を一瞥するなり、その衰弱ぶりと傷の深さに顔色を変えた。
「アキオ、この者たちは危険な状態だ。すぐに安全な場所へ運び、手当てをせねば命に関わる」
 シルヴィアの言葉に迷いはなかった。かつて人間不信だった彼女の面影はなく、そこにはただ、目の前の命を救おうとする薬師としての使命感と、アキオたち家族と過ごす中で育まれた深い慈愛の心が宿っていた。
 アヤネも、テキパキとシルヴィアの指示に従い、持ってきた布で傷口を清めたり、水を湿らせて二人の唇に含ませたりと、献身的に動き始める。
「アキオさん、このままでは体が冷えてしまいます。早く小屋へ……!」
 アヤネの言葉に、アキオは頷いた。話し合うまでもなく、家族全員の意思は一つだった――この二人を助ける、と。

 アキオとアルトが、シルヴィアの指示で体の負担が少ないように注意しながら、セレスティーナとレオノーラを慎重に担ぎ上げ、リヤカー(幸い、薪拾いのために持ってきていた)に乗せて小屋へと運んだ。年少組の子供たちも、その場の緊迫した雰囲気を感じ取り、言葉を発することなく、しかし自分たちにできることを探して、小さな薬草の包みを運んだり、アヤネに清潔な水を届けたりと、健気に動き回った。

 小屋へ運び込まれた二人に対し、シルヴィアが中心となって治療が開始された。彼女の的確な指示のもと、アヤネが傷口に薬草の湿布を施し、衰弱した体に滋養のある薬湯を少しずつ飲ませる。その手際の良さと献身的な看護は、もはや一人の成熟した女性のものだった。
 しかし、問題は二人が休む場所だった。今の小屋は、アキオたち家族が暮らすだけで手一杯で、重傷の客人二人が静養できるような余裕はない。
 その時、アキオはシルヴィアと視線を交わした。二人の心は、言葉にしなくとも通じ合っていた。
「シルヴィア……俺たちの新しい離れだが……」
「ああ、アキオ」シルヴィアは、アキオの言葉を継ぐように、穏やかに微笑んだ。「あそこを使おう。もうほとんど完成している。あそこならば、この者たちも静かに休養できるだろう」
 それは、アキオとシルヴィアが、初めて二人きりの時間を過ごすことを楽しみにしていた、まさに愛の巣となるはずだった場所だ。しかし、シルヴィアの表情に、残念がるような色は微塵もなかった。むしろ、その決断を誇らしげに、そしてアキオの優しさを愛おしむように見つめている。
「私たちの場所は……またいつか、もっと素晴らしいものを、みんなで作ればいい。今は、目の前の命を救うことが、何よりも大切だ」
 アヤネも、二人の会話を静かに聞き、その高潔な判断に深く頷いた。彼女にとっても、あの離れは二人の幸せを象徴する場所だったが、今は人命が優先されるべきだと理解していた。

 こうして、セレスティーナとレオノーラは、完成間近だったアキオとシルヴィアの新しい離れへと運び込まれ、手厚い看護を受けることになった。その部屋は、まだ新しい木の香りと、シルヴィアが持ち込んだ薬草の良い香りに満ちていた。
 夜になり、レオノーラが一度だけうっすらと目を開け、心配そうに自分たちを見守るアキオたちの姿を認識したようだったが、すぐにまた深い眠りに落ちていった。セレスティーナは依然として意識が戻らない。

 シルヴィアは、離れの窓から静かに月明かりに照らされる森を眺めていた。アキオがそっと彼女の隣に立つ。
「……良かったのだろうか。お前との、初めての場所だったのに」
 アキオの言葉に、シルヴィアは小さく首を振った。
「何を言うか、アキオ。お前のその優しさこそが、私が最も愛するお前の姿だ。それに……」
 彼女は悪戯っぽく微笑むと、アキオの腕にそっと寄り添った。
「今回のことで、分かったことがある。私は、もっと広くて、もっとたくさんの家族と笑い合えるような家が欲しいのだと。お前と、子供たちと、そして……いつか来るやもしれぬ新たな仲間たちと、共に幸せに暮らせる家がな。その時は、必ず……お前と二人きりで星を眺めるための、特別な場所も作ってもらうぞ?」
 その言葉には、未来への確かな希望と、アキオへの揺るぎない愛が込められていた。アキオは、そんなシルヴィアを愛おしげに抱き寄せ、彼女の額に優しい口づけを落とした。
 譲られた愛の巣。しかしそれは、二人の心の中に、さらに大きく、そして温かい未来の設計図を描くための、大切な第一歩となったのだった。
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