五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
72 / 400

第72話:王女の願い、星空の下の小さな一歩

しおりを挟む
 キナとの賑やかで、そしてどこか微笑ましい初めての夜から数日後。アキオの「デートの日」の次なる相手は、エルドリアの王女、セレスティーナだった。彼女は、この日を迎えるにあたり、表向きは平静を装っていたが、その内心は期待と不安、そしてほんの少しの緊張で揺れ動いていた。レオノーラは、そんな主君の様子を察し、「セレスティーナ様、アキオ殿は誠実な方です。どうぞ、お心安らかに…」と、出発前にそっと励ましの言葉をかけていた。

「アキオ様、本日は…よろしくお願い申し上げます」
 中央館の庭でアキオと合流したセレスティーナは、淑やかに一礼する。その所作は、どこまでも気品に溢れていたが、アキオには彼女の細い指先が微かに震えているのが見て取れた。
「こちらこそ、セレスティーナ。今日は、どんなことをしたいかな?」
 アキオが優しく尋ねると、セレスティーナは少し考えた後、はにかみながら答えた。
「もし…もしよろしければ、アキオ様が設計されたという、この町の様々な場所を、アキオ様ご自身の案内で巡ってみたいのです。そして、夜には…あちらの丘の上から、星を眺めたいと…そう、願っております」
 それは、この町への深い興味と、アキオへの敬愛、そしてロマンチックな時間への控えめな期待が込められた、彼女らしい願いだった。

 二人のデートは、穏やかで知的な雰囲気の中で進んだ。アキオは、セレスティーナを伴い、建設中の新しい住居区画、活気あふれる工房地区、そして豊かな実りを見せる農耕地区を巡りながら、それぞれの設計に込めた想いや、村人たちの努力の様子を語って聞かせた。セレスティーナは、熱心に耳を傾け、時には的確な質問を投げかけ、この町の発展の仕組みや、アキオの持つ幅広い知識とリーダーシップに改めて感嘆していた。
「アキオ様の作る町は…ただ生きるための場所ではなく、そこに住む人々が、それぞれの才能を活かし、誇りを持って暮らせる…そんな温かい心が息づいているのですね」
 彼女の言葉は、アキオにとって何よりの励みとなった。

 日が暮れ、アキオとセレスティーナは、彼女が願った通り、町を見下ろす小高い丘の上にいた。アヤネが心を込めて用意してくれた、温かい薬草茶と小さな焼き菓子を味わいながら、二人は満天の星空を見上げる。三つの月が、まるで宝石のように夜空を飾り、無数の星々が瞬いていた。
「…美しいですわ。故郷の王宮から眺めた星空も美しかったけれど…この町の灯りと共に見る星は、また格別な趣があります」
 セレスティーナが、うっとりとした表情で囁く。
「そうだな。この灯り一つ一つに、皆の暮らしと、未来への願いが込められているんだ」
 アキオも、感慨深げに頷いた。
 しばらくの間、二人は言葉少なに、ただ星空の美しさと、共にいることの安らぎを分かち合っていた。やがて、セレスティーナが、小さな声でアキオに語りかけた。
「アキオ様…私、この村に来て…本当に、救われました。あなたと、そしてシルヴィア様や皆様のおかげで、生きる希望を取り戻すことができました。そして今…あなたの妻の一人として、この星空を共に眺められることが…夢のようです」
 その瞳には、感謝と、そしてアキオへの深い愛情が、星の光のようにきらめいていた。

 中央館の、セレスティーナの私室に戻ったのは、月が中天に差し掛かる頃だった。彼女の部屋は、質素ながらも気品があり、彼女が集めた美しい押し花や、子供たちが描いた絵が飾られている。
 寝台の傍らで、セレスティーナは緊張で体をこわばらせていた。彼女の白い頬はほんのりと上気し、その大きな瞳は不安げに揺れている。
「アキオ様……その……わたくしは……このようなこと……全く、経験が……ございませんの……」
 か細い声で、彼女は勇気を振り絞るように言った。王女としての厳しい躾と、逃亡生活の中で、彼女は男女の交わりとは無縁の人生を送ってきたのだ。
 アキオは、彼女のその純粋さと不安を痛いほど感じ取り、優しくその手を取った。
「大丈夫だよ、セレスティーナ。何も心配することはない。俺は、君の気持ちを何よりも大切にしたい。今夜は、ただ…君のそばにいる。それだけで、俺は幸せなんだ」
 アキオの言葉は、セレスティーナの心の緊張を少しずつ解きほぐしていく。
 彼は、セレスティーナを優しく寝台に導き、その隣に静かに横になった。そして、彼女の細い肩をそっと抱き寄せ、額に柔らかなキスを落とす。
「おやすみ、セレスティーナ。良い夢を」
「……アキオ様……」
 セレスティーナは、アキオの温かい腕の中で、彼の穏やかな寝息を感じながら、これまでの人生で感じたことのないほどの深い安らぎと、そして確かな愛情に包まれていていた。彼女は、そっとアキオの胸に顔を寄せ、小さな声で「おやすみなさいませ…」と囁くと、やがて穏やかな眠りへと落ちていった。
 この夜もまた、アキオは妻の純粋な心に触れ、その愛おしさを胸に刻んだ。肉体的な結びつきはなくとも、二人の魂は、星空の下で交わした言葉と、この静かな寝室で分かち合った温もりによって、より深く、そして確かに結ばれたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

家ごと異世界ライフ

もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ
ファンタジー
毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。 家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!? 主婦のスキル習得ライフ、今日ものんびり始まります。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

処理中です...