五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
72 / 387

第72話:王女の願い、星空の下の小さな一歩

しおりを挟む
 キナとの賑やかで、そしてどこか微笑ましい初めての夜から数日後。アキオの「デートの日」の次なる相手は、エルドリアの王女、セレスティーナだった。彼女は、この日を迎えるにあたり、表向きは平静を装っていたが、その内心は期待と不安、そしてほんの少しの緊張で揺れ動いていた。レオノーラは、そんな主君の様子を察し、「セレスティーナ様、アキオ殿は誠実な方です。どうぞ、お心安らかに…」と、出発前にそっと励ましの言葉をかけていた。

「アキオ様、本日は…よろしくお願い申し上げます」
 中央館の庭でアキオと合流したセレスティーナは、淑やかに一礼する。その所作は、どこまでも気品に溢れていたが、アキオには彼女の細い指先が微かに震えているのが見て取れた。
「こちらこそ、セレスティーナ。今日は、どんなことをしたいかな?」
 アキオが優しく尋ねると、セレスティーナは少し考えた後、はにかみながら答えた。
「もし…もしよろしければ、アキオ様が設計されたという、この町の様々な場所を、アキオ様ご自身の案内で巡ってみたいのです。そして、夜には…あちらの丘の上から、星を眺めたいと…そう、願っております」
 それは、この町への深い興味と、アキオへの敬愛、そしてロマンチックな時間への控えめな期待が込められた、彼女らしい願いだった。

 二人のデートは、穏やかで知的な雰囲気の中で進んだ。アキオは、セレスティーナを伴い、建設中の新しい住居区画、活気あふれる工房地区、そして豊かな実りを見せる農耕地区を巡りながら、それぞれの設計に込めた想いや、村人たちの努力の様子を語って聞かせた。セレスティーナは、熱心に耳を傾け、時には的確な質問を投げかけ、この町の発展の仕組みや、アキオの持つ幅広い知識とリーダーシップに改めて感嘆していた。
「アキオ様の作る町は…ただ生きるための場所ではなく、そこに住む人々が、それぞれの才能を活かし、誇りを持って暮らせる…そんな温かい心が息づいているのですね」
 彼女の言葉は、アキオにとって何よりの励みとなった。

 日が暮れ、アキオとセレスティーナは、彼女が願った通り、町を見下ろす小高い丘の上にいた。アヤネが心を込めて用意してくれた、温かい薬草茶と小さな焼き菓子を味わいながら、二人は満天の星空を見上げる。三つの月が、まるで宝石のように夜空を飾り、無数の星々が瞬いていた。
「…美しいですわ。故郷の王宮から眺めた星空も美しかったけれど…この町の灯りと共に見る星は、また格別な趣があります」
 セレスティーナが、うっとりとした表情で囁く。
「そうだな。この灯り一つ一つに、皆の暮らしと、未来への願いが込められているんだ」
 アキオも、感慨深げに頷いた。
 しばらくの間、二人は言葉少なに、ただ星空の美しさと、共にいることの安らぎを分かち合っていた。やがて、セレスティーナが、小さな声でアキオに語りかけた。
「アキオ様…私、この村に来て…本当に、救われました。あなたと、そしてシルヴィア様や皆様のおかげで、生きる希望を取り戻すことができました。そして今…あなたの妻の一人として、この星空を共に眺められることが…夢のようです」
 その瞳には、感謝と、そしてアキオへの深い愛情が、星の光のようにきらめいていた。

 中央館の、セレスティーナの私室に戻ったのは、月が中天に差し掛かる頃だった。彼女の部屋は、質素ながらも気品があり、彼女が集めた美しい押し花や、子供たちが描いた絵が飾られている。
 寝台の傍らで、セレスティーナは緊張で体をこわばらせていた。彼女の白い頬はほんのりと上気し、その大きな瞳は不安げに揺れている。
「アキオ様……その……わたくしは……このようなこと……全く、経験が……ございませんの……」
 か細い声で、彼女は勇気を振り絞るように言った。王女としての厳しい躾と、逃亡生活の中で、彼女は男女の交わりとは無縁の人生を送ってきたのだ。
 アキオは、彼女のその純粋さと不安を痛いほど感じ取り、優しくその手を取った。
「大丈夫だよ、セレスティーナ。何も心配することはない。俺は、君の気持ちを何よりも大切にしたい。今夜は、ただ…君のそばにいる。それだけで、俺は幸せなんだ」
 アキオの言葉は、セレスティーナの心の緊張を少しずつ解きほぐしていく。
 彼は、セレスティーナを優しく寝台に導き、その隣に静かに横になった。そして、彼女の細い肩をそっと抱き寄せ、額に柔らかなキスを落とす。
「おやすみ、セレスティーナ。良い夢を」
「……アキオ様……」
 セレスティーナは、アキオの温かい腕の中で、彼の穏やかな寝息を感じながら、これまでの人生で感じたことのないほどの深い安らぎと、そして確かな愛情に包まれていていた。彼女は、そっとアキオの胸に顔を寄せ、小さな声で「おやすみなさいませ…」と囁くと、やがて穏やかな眠りへと落ちていった。
 この夜もまた、アキオは妻の純粋な心に触れ、その愛おしさを胸に刻んだ。肉体的な結びつきはなくとも、二人の魂は、星空の下で交わした言葉と、この静かな寝室で分かち合った温もりによって、より深く、そして確かに結ばれたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

スキル『倍加』でイージーモードな異世界生活

怠惰怠man
ファンタジー
異世界転移した花田梅。 スキル「倍加」により自分のステータスを倍にしていき、超スピードで最強に成り上がる。 何者にも縛られず、自由気ままに好きなことをして生きていくイージーモードな異世界生活。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。 しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて…… テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...