五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第118話:子爵の驚嘆、聖域の奇跡と未来への種

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 アレクサンダー・フォン・ヴァルト子爵のアキオの町への滞在は、初日から驚きの連続であった。彼がアキオに案内されて町を見て回る中で、まず度肝を抜かれたのは、生命樹の麓近くで悠然と草を食む三頭の聖霊獣の姿だった。伝説に謳われる聖霊獣が、しかも三頭も、こうして穏やかに人と共存している光景は、ヴァルト子爵のこれまでの常識を根底から覆すものだった。
「ア、アキオ殿…あれは…まさか、聖霊獣…ですかな? しかも、三頭も…」
「ええ、我々にとっては大切な隣人であり、家族のようなものです」
 アキオのこともなげな言葉に、子爵はただただ唖然とするばかりだった。

 次に彼が言葉を失ったのは、中央館で正式に紹介されたシルヴィアの姿を見た時だった。銀色の髪を風に揺らし、森の叡智を湛えた翠の瞳を持つ彼女は、明らかに人間とは異なる、気高く美しいエルフ――それも、ただのエルフではない、ハイエルフ特有の清浄なオーラを放っていた。
「こ、こちらは…エルフの方が…しかも、これほど高貴な…」
 子爵は、シルヴィアのあまりの美しさとその存在感に圧倒され、挨拶の言葉も途切れがちだった。エルフが人と共に暮らし、しかもこれほど親密な家族を形成しているなど、彼の知る限り前代未聞であった。

 そして、その日の午後、アキオが「町の守り手であり、私の大切なパートナーです」と紹介した女性こそ、アレクサンダー子爵の意識を完全に奪い去る存在だった。
 生命樹の光を浴びて佇む、アウロラ。その姿は、もはやこの世のものとは思えぬほど神々しく、そして筆舌に尽くしがたいほどに美しかった。「暁光の聖女」として新生した彼女から放たれるオーラは、清らかでありながら力強く、慈愛に満ちていながらも侵しがたい威厳を湛えている。
「アウロラ…と申します。アレクサンダー殿、アキオが世話になっております」
 アウロラが穏やかに微笑み、その鈴を振るような声を発した瞬間、ヴァルト子爵は「せい…れい…さま…?」とかすれた声を漏らすと、そのまま糸が切れたように意識を失い、その場に崩れ落ちてしまったのだ。
「子爵閣下!?」アキオたちは慌てたが、アウロラは静かに微笑んで「ふふ、少しばかり刺激が強すぎたようじゃのぅ。アキオ、この方を客間へ」と促した。シルヴィアとアウロラ、二人の信じられないほどの美女、しかも一方はハイエルフ、もう一方は明らかに聖霊クラスの存在。子爵の驚嘆も無理はなかった。

 意識を取り戻した子爵は、アキオからアウロラの成り立ち(元は生命樹の聖霊であったこと、アキオとの絆によって今の姿を得たことなど、話せる範囲で)を聞き、改めてこの町が尋常ならざる聖域であることを痛感した。
 その夜、アキオは疲労と興奮が抜けきらない子爵を、町の自慢の一つである温泉へと案内した。生命の湯と名付けられたその湯は、身体の芯から疲れを癒し、精神を安らげる不思議な力を持っていた。
「これは…素晴らしい…! まるで、身体中の穢れが洗い流されるようだ…」
 湯に浸かりながら、子爵は心からの感嘆の声を漏らした。アキオは、この温泉が生命樹の恩恵の一つであることなどを語り、二人は身分を超えて、湯の中でゆっくりと語り合った。

 滞在中、子爵は町の隅々まで見て回り、その豊かさと平和、そして何よりも住民たちの幸福そうな表情に深く感銘を受けた。特に彼を驚かせたのは、保育施設「生命樹の若葉園」で見た、子供たちの並外れた健康さと、その生存率の高さだった。
「アキオ殿…この町の子供たちは、皆驚くほど血色が良く、元気溌剌としておる。そして…マーサ殿(町の産婆)に伺ったのだが、この数年、この町では幼くして命を落とす赤子が一人もいないというのは…真ですかな?」
「ええ、幸いなことに。皆、生命樹様と…アウロラの祝福のおかげでしょう」
 アキオは穏やかに答えたが、子爵はその言葉の裏にある、この町の奇跡的な生命力を感じ取っていた。彼自身の領地では、乳幼児の死亡は決して珍しいことではなかったのだ。

 そして、子爵の滞在も終わりに近づいたある日。アキオは、彼を生命樹の根本へと誘った。
「子爵閣下、これは我々の友情の証、そして貴領の未来へのささやかな願いです」
 アキオはそう言うと、大切に保管されていた生命樹の「恵みの実」を一つ、子爵に差し出した。
「これは…?」
「生命樹の実です。食せば、身体が清められ、活力が湧いてきましょう。そして…」
 アキオはさらに、小さな布袋を取り出し、その中から数個の生命樹の種を取り出した。
「これは、生命樹の種です。貴領に持ち帰り、植えてみてください。この種が芽吹くかどうかは分かりませんが、もし根付けば、いつか貴領にも生命樹の祝福がもたらされるやもしれません」
 アレクサンダー子爵は、震える手でその実と種を受け取った。生命樹の実が持つであろう奇跡的な力、そしてその種を託されたということの意味。それは、アキオからの最大限の信頼と友情の証だった。
「アキオ殿…このご恩、言葉では…!」
 子爵は、再びアキオの前に膝をつこうとしたが、アキオは笑顔でそれを押しとどめた。
「我々は友人でしょう、アレクサンダー殿」
 その言葉に、子爵は深く頷き、涙をこらえながら生命樹の実を口にした。実を食べ終えた彼の身体からは、長年の心労や疲労が霧散し、新たな活力が漲ってくるのが感じられた。

 アレクサンダー子爵がアキオの町を去る日、彼はアキオの手を固く握り、再訪を誓った。
 この、生命樹の実と種が結んだ縁が、後にアキオの町とヴァルト子爵領、そしてその子孫たちの間に、数百年以上にわたる固い友好と交流の歴史を刻むことになる最初の一歩であったことを、この時の二人はまだ知る由もなかった。

 滞在中、セレスティーナとレオノーラは、子爵からエルドリアの抵抗勢力や幼い王子に関する情報を、可能な範囲で詳しく聞くことができた。それは僅かな希望ではあったが、彼女たちの心に新たな目標と、そして故国への深い想いを再燃させるには十分だった。アキオは、そんな彼女たちの気持ちを静かに受け止め、いつか力になれる日が来ることを願うのだった。
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