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第153話:聖獣の導き、子爵からの書状、そして廃墟の萌芽
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アキオの町では、エルドリアへの支援物資の準備が着々と進められていた。「生命の霊薬(エリクサー)」はまだ試用段階ではあるものの、その驚くべき効果の一端を示すものとして少量、そしてアキオが改良を加えた保存食や、清潔な布類、薬草などが丁寧に梱包されていく。セレスティーナとレオノーラも、弟クリストフ王子への個人的な手紙や、故国の仲間たちを励ますための品々を準備し、その表情には緊張と、しかしそれ以上に強い希望の色が浮かんでいた。
そんな折、ヴァルト子爵領から馬を駆ってきた使者が、一通の分厚い書状をアキオにもたらした。差出人はアレクサンダー子爵とその妻リーゼロッテ夫人からで、まずは先日アキオの町へ無事送り届けられた産婆見習いたち(未亡人たちと凛)への配慮に対する深い感謝が述べられていた。そして、本題は才媛「凛」に関するものだった。 書状には、凛が子爵夫妻に詳細な行き先や目的を告げぬまま、半ば駆け込むようにしてアキオの町へ向かう一団に加わったことへの詫びが丁重に綴られていた。続いて、彼女の並外れた才覚――王都の最高学府を首席で卒業したこと、その知識は多岐にわたること――、そして彼女が未亡人ではなく、未だ誰の手にも触れられていないであろう処女であること。さらに、その美貌ゆえに、かつて王都で将来を約束されていたにも関わらず、ある有力貴族の嫡男から理不尽な暴力(貞操は守り抜いたものの、心身に深い傷を負った)を受け、それが原因で深い男性不信に陥ってしまったことなどが、事細かに記されていた。子爵夫妻は、凛のその過去と現在の心を深く憂慮しつつも、アキオの町のような聖域であれば、彼女が才能を活かし、心の傷を癒せるのではないかと、一縷の望みを託しているようだった。「彼女は、本質的には非常に優れた人格者であり、心優しい女性です。どうか、アキオ様のお力で、彼女に安らぎと未来への光を与えてはいただけないでしょうか」と結ばれていた。 アキオは、その内容に静かに目を通し、凛が時折見せる鋭い観察眼や、自分に対して意識的に距離を置く態度の裏にある、深い苦悩の一端に触れた気がした。そして、そのような過去を抱えながらも、アキオの町に来ることを選んだ彼女の強さと、子爵夫妻の温情に、胸を打たれるのだった。
その日の午後、アキオは町の水源の様子を見に、生命樹の森の少し奥まった場所へと足を運んでいた。凛のことが頭の片隅にあり、物思いに耽りながら歩いていると、ふと、神聖で清浄な気配が辺りに満ちるのを感じた。見ると、木々の間から、柔らかな光をまとった一頭の美しい聖獣――それは、白銀の毛並みを持ち、額に小さな角を生やした、鹿に似た優美な姿の聖霊獣だった――が、静かに姿を現したのだ。聖霊獣は、アキオを恐れる様子もなく、その賢そうな大きな瞳でじっとアキオを見つめると、やがてゆっくりと森の奥へと歩き出し、そしてアキオを振り返って、まるで「ついて来い」とでも言うように促した。 アキオは、その神秘的な誘いに、何か重要な意味があることを直感し、聖霊獣の後を追った。
聖霊獣に導かれるままに辿り着いたのは、かつてアウロラが「暁の御子」たちを出産した、廃墟となった古い聖域だった。アウロラの出産以来、生命樹の根元にある「愛の祭壇」はアキオたちの聖なる場所となっていたが、この古い廃墟は、まだ手つかずのままだった。 しかし、アキオはそこで驚くべきものを発見する。以前はただ荒れ果て、生命の気配も乏しかったはずのその廃墟の一角に、見たこともない、瑞々しい緑の若葉をつけた数本の植物が、力強く芽を出していたのだ。その植物は、周囲の瓦礫とは不釣り合いなほど鮮やかな生命力に満ち、そして、まるでアウロラの「暁の御子」たちや、生命樹のエネルギーと共鳴するかのように、微かな光を放っているようにも見えた。 アキオがその植物にそっと手を触れると、温かく、そして清浄なエネルギーが伝わってくる。彼は直感した。この植物こそ、アウロラが進めている「廃墟の再生計画」の、重要な鍵となるものに違いない、と。聖獣は、このことをアキオに知らせるために、彼を導いたのだ。
その夜、アキオは中央館に戻り、この発見をすぐにアウロラとシルヴィアに伝えた。アウロラは、その植物の話を聞くと、その美しい瞳を輝かせた。 「まあ、アキオ…それはきっと、わたくしたちの御子たちの誕生と、この地の生命樹の力が呼び覚ました、聖なる萌芽ですわ。その植物こそ、廃墟を真の聖域として再生させるための、最初の恵みとなるでしょう」 シルヴィアもまた、「素晴らしい発見ですわ、アキオ。その植物を育て、増やしていくことができれば、町のさらなる浄化と発展に繋がるはずです」と興奮を隠せない様子だった。「廃墟の再生計画」は、この発見により、新たな希望と共に具体的な一歩を踏み出すことになりそうだ。
町の新しい住人である未亡人たちは、マーサの指導のもと、産婆としての知識や技術を熱心に学びつつ、中央館での仕事にも慣れ、アキオや他の住民たちともごく普通に、しかし礼儀正しく接していた。凛は、子爵からの手紙の内容をアキオが知ったことなど露知らず、相変わらず静かに周囲を観察し、時にはシルヴィアやアウロラと専門的な知識について短い言葉を交わしていた。アキオは、彼女の過去を知ったことで、その鋭い視線の奥にあるかもしれない脆さや強さに思いを馳せ、以前とは少し違う気持ちで彼女を見守るようになっていた。
エルドリアへの支援物資の準備も最終段階に入り、数日後にはヴァルト子爵領経由でエルドリアへ向けて出発する見込みとなった。セレスティーナとレオノーラの心は、故郷への想いと、この町での家族への愛の間で揺れ動きつつも、アキオの提案を受け入れたことで、今は目の前の支援に集中していた。
その夜、アキオは、そんな二人の王女の部屋を順番にではなく、共に訪れることにした。 「セレスティーナ、レオノーラ。今夜は、少し話をしないか」 ランプの灯りが優しく揺れる部屋で、アキオは二人の間に座った。エルドリアへの想いを抱え、母親として、そしてアキオの妻として日々を過ごす彼女たちの心労を少しでも和らげたい、そんな想いからだった。 三人は、エルドリアの未来について、子供たちの成長について、そしてこの町でのこれからの生活について、静かに語り合った。アキオは、二人の手を取り、その不安や期待を優しく受け止める。 やがて言葉も途切れ、穏やかな沈黙が部屋を満たす頃、アキオは二人に提案した。 「今夜は、このまま三人で休まないか。たまには、こうして川の字で…いや、俺が真ん中で」 セレスティーナとレオノーラは、アキオのその言葉に一瞬顔を見合わせ、そして小さく微笑んで頷いた。それは、かつての王女としての立場や、騎士としての矜持を超えた、アキオの家族としての、素直な甘えと信頼の表れだった。 アキオを真ん中に、セレスティーナが一方に、レオノーラがもう一方に寄り添い、三人は一つの寝台で静かに横になった。互いの温もりを感じながら、エルドリアの夜明けへの祈りと、この聖域の家族の安らぎの中で、三人は穏やかな眠りへと落ちていった。
そんな折、ヴァルト子爵領から馬を駆ってきた使者が、一通の分厚い書状をアキオにもたらした。差出人はアレクサンダー子爵とその妻リーゼロッテ夫人からで、まずは先日アキオの町へ無事送り届けられた産婆見習いたち(未亡人たちと凛)への配慮に対する深い感謝が述べられていた。そして、本題は才媛「凛」に関するものだった。 書状には、凛が子爵夫妻に詳細な行き先や目的を告げぬまま、半ば駆け込むようにしてアキオの町へ向かう一団に加わったことへの詫びが丁重に綴られていた。続いて、彼女の並外れた才覚――王都の最高学府を首席で卒業したこと、その知識は多岐にわたること――、そして彼女が未亡人ではなく、未だ誰の手にも触れられていないであろう処女であること。さらに、その美貌ゆえに、かつて王都で将来を約束されていたにも関わらず、ある有力貴族の嫡男から理不尽な暴力(貞操は守り抜いたものの、心身に深い傷を負った)を受け、それが原因で深い男性不信に陥ってしまったことなどが、事細かに記されていた。子爵夫妻は、凛のその過去と現在の心を深く憂慮しつつも、アキオの町のような聖域であれば、彼女が才能を活かし、心の傷を癒せるのではないかと、一縷の望みを託しているようだった。「彼女は、本質的には非常に優れた人格者であり、心優しい女性です。どうか、アキオ様のお力で、彼女に安らぎと未来への光を与えてはいただけないでしょうか」と結ばれていた。 アキオは、その内容に静かに目を通し、凛が時折見せる鋭い観察眼や、自分に対して意識的に距離を置く態度の裏にある、深い苦悩の一端に触れた気がした。そして、そのような過去を抱えながらも、アキオの町に来ることを選んだ彼女の強さと、子爵夫妻の温情に、胸を打たれるのだった。
その日の午後、アキオは町の水源の様子を見に、生命樹の森の少し奥まった場所へと足を運んでいた。凛のことが頭の片隅にあり、物思いに耽りながら歩いていると、ふと、神聖で清浄な気配が辺りに満ちるのを感じた。見ると、木々の間から、柔らかな光をまとった一頭の美しい聖獣――それは、白銀の毛並みを持ち、額に小さな角を生やした、鹿に似た優美な姿の聖霊獣だった――が、静かに姿を現したのだ。聖霊獣は、アキオを恐れる様子もなく、その賢そうな大きな瞳でじっとアキオを見つめると、やがてゆっくりと森の奥へと歩き出し、そしてアキオを振り返って、まるで「ついて来い」とでも言うように促した。 アキオは、その神秘的な誘いに、何か重要な意味があることを直感し、聖霊獣の後を追った。
聖霊獣に導かれるままに辿り着いたのは、かつてアウロラが「暁の御子」たちを出産した、廃墟となった古い聖域だった。アウロラの出産以来、生命樹の根元にある「愛の祭壇」はアキオたちの聖なる場所となっていたが、この古い廃墟は、まだ手つかずのままだった。 しかし、アキオはそこで驚くべきものを発見する。以前はただ荒れ果て、生命の気配も乏しかったはずのその廃墟の一角に、見たこともない、瑞々しい緑の若葉をつけた数本の植物が、力強く芽を出していたのだ。その植物は、周囲の瓦礫とは不釣り合いなほど鮮やかな生命力に満ち、そして、まるでアウロラの「暁の御子」たちや、生命樹のエネルギーと共鳴するかのように、微かな光を放っているようにも見えた。 アキオがその植物にそっと手を触れると、温かく、そして清浄なエネルギーが伝わってくる。彼は直感した。この植物こそ、アウロラが進めている「廃墟の再生計画」の、重要な鍵となるものに違いない、と。聖獣は、このことをアキオに知らせるために、彼を導いたのだ。
その夜、アキオは中央館に戻り、この発見をすぐにアウロラとシルヴィアに伝えた。アウロラは、その植物の話を聞くと、その美しい瞳を輝かせた。 「まあ、アキオ…それはきっと、わたくしたちの御子たちの誕生と、この地の生命樹の力が呼び覚ました、聖なる萌芽ですわ。その植物こそ、廃墟を真の聖域として再生させるための、最初の恵みとなるでしょう」 シルヴィアもまた、「素晴らしい発見ですわ、アキオ。その植物を育て、増やしていくことができれば、町のさらなる浄化と発展に繋がるはずです」と興奮を隠せない様子だった。「廃墟の再生計画」は、この発見により、新たな希望と共に具体的な一歩を踏み出すことになりそうだ。
町の新しい住人である未亡人たちは、マーサの指導のもと、産婆としての知識や技術を熱心に学びつつ、中央館での仕事にも慣れ、アキオや他の住民たちともごく普通に、しかし礼儀正しく接していた。凛は、子爵からの手紙の内容をアキオが知ったことなど露知らず、相変わらず静かに周囲を観察し、時にはシルヴィアやアウロラと専門的な知識について短い言葉を交わしていた。アキオは、彼女の過去を知ったことで、その鋭い視線の奥にあるかもしれない脆さや強さに思いを馳せ、以前とは少し違う気持ちで彼女を見守るようになっていた。
エルドリアへの支援物資の準備も最終段階に入り、数日後にはヴァルト子爵領経由でエルドリアへ向けて出発する見込みとなった。セレスティーナとレオノーラの心は、故郷への想いと、この町での家族への愛の間で揺れ動きつつも、アキオの提案を受け入れたことで、今は目の前の支援に集中していた。
その夜、アキオは、そんな二人の王女の部屋を順番にではなく、共に訪れることにした。 「セレスティーナ、レオノーラ。今夜は、少し話をしないか」 ランプの灯りが優しく揺れる部屋で、アキオは二人の間に座った。エルドリアへの想いを抱え、母親として、そしてアキオの妻として日々を過ごす彼女たちの心労を少しでも和らげたい、そんな想いからだった。 三人は、エルドリアの未来について、子供たちの成長について、そしてこの町でのこれからの生活について、静かに語り合った。アキオは、二人の手を取り、その不安や期待を優しく受け止める。 やがて言葉も途切れ、穏やかな沈黙が部屋を満たす頃、アキオは二人に提案した。 「今夜は、このまま三人で休まないか。たまには、こうして川の字で…いや、俺が真ん中で」 セレスティーナとレオノーラは、アキオのその言葉に一瞬顔を見合わせ、そして小さく微笑んで頷いた。それは、かつての王女としての立場や、騎士としての矜持を超えた、アキオの家族としての、素直な甘えと信頼の表れだった。 アキオを真ん中に、セレスティーナが一方に、レオノーラがもう一方に寄り添い、三人は一つの寝台で静かに横になった。互いの温もりを感じながら、エルドリアの夜明けへの祈りと、この聖域の家族の安らぎの中で、三人は穏やかな眠りへと落ちていった。
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