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第165話:才媛の仮説と帝国の動乱、森に惑う帰郷者たち
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心と身体の傷を癒やした凛は、まるで生まれ変わったかのように、その類稀なる才能を輝かせ始めていた。彼女の表情は以前よりもずっと柔らかくなり、アキオのそばで秘書官として働くことにも、以前のような強張りは見られない。もちろん、過去のトラウマが完全に消え去ったわけではない。しかし、彼女の心の中には、この聖域と、アキオという男性への深い信頼と、そして自覚のないまま育ち始めた温かい愛情が、確かな光となって灯っていた。
その日、凛は自身の体験と観察から導き出した一つの仮説を携え、アキオ、シルヴィア、そしてアウロラの三人が集まる席で、プレゼンテーションを行っていた。
「…以上が、わたくしの仮説です。『生命の霊薬』は、アウロラ様の母乳と生命樹の実という聖なる素材を、アキオ様の『生命の祝福』で安定させた、非常に優れた万能薬です。ですが、わたくしの身体にあったような、魂にまで刻まれた古傷を癒すほどの力はありませんでした。一方で、わたくしが癒されたのは、アキオ様ご自身が強い『想い』を込めてもいでくださった果実によるものです。つまり、この聖域の力の神髄は、素材そのものだけでなく、術者の**『想いの力』が織りなす奇跡**にあるのではないでしょうか」
凛の論理的かつ鋭い考察に、三人は感嘆の息を漏らす。
「そして、もう一つ提案がございます」と凛は続けた。「もし、想いの力が重要なのであれば…例えば、アキオ様とシルヴィア様のように、深い絆で結ばれたお二人が、心を一つにして一つの実を同時にもいだらどうなるのか。もしかしたら、その実は、霊薬の効能をさらに高め、古傷にも作用するような、新たな可能性を秘めているやもしれません」
その革新的な提案は、町の医療と「生命の祝福」の力の応用に、新たな道を拓く可能性を感じさせるものだった。アキオたちは、後日、その提案を試してみることを固く約束した。
議論が一段落し、アキオが町の様子を見に中央館の外へ出ると、工房地区の方から活気のある声が聞こえてきた。ヴァルト子爵領から帰還したアルトとミコが、早速その知識を活かして町の発展に貢献していたのだ。アルトは、子爵領で学んだ石造建築の技術を町の建物の基礎工事に応用し、より強固な建築法を若い衆に教えていた。ミコは、シルヴィアの薬草園で、宮廷薬師から学んだ体系的な薬草の管理法や、新たな調合術を実践し、町の医療レベルの向上に大きく貢献していた。アキオは、彼らの頼もしく成長した姿に目を細め、この町で育つ次世代の若者たちの逞しさと、未来への確かな希望を感じ、父親のような温かい気持ちになった。
平穏な日常。しかし、その静寂は、突如として破られた。
生命樹の下で双子の御子たちと過ごしていたアウロラの表情が、ふと険しくなったのだ。彼女は立ち上がると、アキオたちの元へ急いだ。
「アキオ…! 森の中に、多数の…いえ、数百人規模の、途方に暮れた人々の気配を感じます。彼らは、強い絶望と飢え、そして疲労に苛まれている…。彼らが目指しているのは、かつてこの森の周辺にあった村々のようですが…そこはもう、深い森に覆われています。この気配…アヤネがいた村の人々のものと、とてもよく似ています…」
アウロラのその言葉に、アキオとシルヴィアは息をのんだ。
そして、その予感を裏付けるかのように、ヴァルト子爵領から緊急の使者が馬を飛ばして到着した。
「アキオ様! ガルニア帝国に関する重大な情報です! 先日お伝えした帝国の内紛はさらに激化し、奴隷を使役していた皇子の一人が権力争いに敗れ、死去したとのこと! これにより、彼の支配下にあった奴隷たちの拘束が一斉に解かれ、その多くが脱出した模様です! 脱走した兵士たちも加わり、その数は千を超えるかと…!」
使者は続けた。「その脱出した人々の多くは、かつてこの周辺地域から無理やり連れてこられた者たちだと言われています。彼らは故郷を目指しているようですが、ご存知の通り、森の主様の暴走や、その後の生命樹の影響で、かつての村々は深い森に沈んでおります。彼らは、帰る場所を失い、今、この広大な森を彷徨っているのです…!」
アウロラの気付きと、使者のもたらした情報が、恐ろしい形で一つになった。
アヤネの故郷の仲間たち。数年間、あるいはそれ以上、帝国の奴隷として筆舌に尽くしがたい苦しみを味わい、やっとの思いで脱出した先に、帰るべき故郷はなかった。今、数百人もの人々が、飢えと絶望の中で、この広大な森を彷徨っているのだ。
アキオは、傍らでその報告を聞き、血の気が引くのを感じているアヤネの手を強く握った。
これは、これまで経験したことのない、大規模な人道的危機。町のキャパシティ、食料、医療…全てが試されることになるだろう。だが、見捨てるという選択肢など、アキオの頭には微塵もなかった。
「…すぐに、大規模な捜索・救出隊を編成する! 全員、無事に保護するんだ!」
アキオの力強い号令が、アキオの町に響き渡った。才媛の知的な探求が新たな希望の扉を開いたその日、アキオの町は、過去の悲劇と直接向き合い、その聖域としての真価を問われる、これまでで最大の試練に直面することになった。
その日、凛は自身の体験と観察から導き出した一つの仮説を携え、アキオ、シルヴィア、そしてアウロラの三人が集まる席で、プレゼンテーションを行っていた。
「…以上が、わたくしの仮説です。『生命の霊薬』は、アウロラ様の母乳と生命樹の実という聖なる素材を、アキオ様の『生命の祝福』で安定させた、非常に優れた万能薬です。ですが、わたくしの身体にあったような、魂にまで刻まれた古傷を癒すほどの力はありませんでした。一方で、わたくしが癒されたのは、アキオ様ご自身が強い『想い』を込めてもいでくださった果実によるものです。つまり、この聖域の力の神髄は、素材そのものだけでなく、術者の**『想いの力』が織りなす奇跡**にあるのではないでしょうか」
凛の論理的かつ鋭い考察に、三人は感嘆の息を漏らす。
「そして、もう一つ提案がございます」と凛は続けた。「もし、想いの力が重要なのであれば…例えば、アキオ様とシルヴィア様のように、深い絆で結ばれたお二人が、心を一つにして一つの実を同時にもいだらどうなるのか。もしかしたら、その実は、霊薬の効能をさらに高め、古傷にも作用するような、新たな可能性を秘めているやもしれません」
その革新的な提案は、町の医療と「生命の祝福」の力の応用に、新たな道を拓く可能性を感じさせるものだった。アキオたちは、後日、その提案を試してみることを固く約束した。
議論が一段落し、アキオが町の様子を見に中央館の外へ出ると、工房地区の方から活気のある声が聞こえてきた。ヴァルト子爵領から帰還したアルトとミコが、早速その知識を活かして町の発展に貢献していたのだ。アルトは、子爵領で学んだ石造建築の技術を町の建物の基礎工事に応用し、より強固な建築法を若い衆に教えていた。ミコは、シルヴィアの薬草園で、宮廷薬師から学んだ体系的な薬草の管理法や、新たな調合術を実践し、町の医療レベルの向上に大きく貢献していた。アキオは、彼らの頼もしく成長した姿に目を細め、この町で育つ次世代の若者たちの逞しさと、未来への確かな希望を感じ、父親のような温かい気持ちになった。
平穏な日常。しかし、その静寂は、突如として破られた。
生命樹の下で双子の御子たちと過ごしていたアウロラの表情が、ふと険しくなったのだ。彼女は立ち上がると、アキオたちの元へ急いだ。
「アキオ…! 森の中に、多数の…いえ、数百人規模の、途方に暮れた人々の気配を感じます。彼らは、強い絶望と飢え、そして疲労に苛まれている…。彼らが目指しているのは、かつてこの森の周辺にあった村々のようですが…そこはもう、深い森に覆われています。この気配…アヤネがいた村の人々のものと、とてもよく似ています…」
アウロラのその言葉に、アキオとシルヴィアは息をのんだ。
そして、その予感を裏付けるかのように、ヴァルト子爵領から緊急の使者が馬を飛ばして到着した。
「アキオ様! ガルニア帝国に関する重大な情報です! 先日お伝えした帝国の内紛はさらに激化し、奴隷を使役していた皇子の一人が権力争いに敗れ、死去したとのこと! これにより、彼の支配下にあった奴隷たちの拘束が一斉に解かれ、その多くが脱出した模様です! 脱走した兵士たちも加わり、その数は千を超えるかと…!」
使者は続けた。「その脱出した人々の多くは、かつてこの周辺地域から無理やり連れてこられた者たちだと言われています。彼らは故郷を目指しているようですが、ご存知の通り、森の主様の暴走や、その後の生命樹の影響で、かつての村々は深い森に沈んでおります。彼らは、帰る場所を失い、今、この広大な森を彷徨っているのです…!」
アウロラの気付きと、使者のもたらした情報が、恐ろしい形で一つになった。
アヤネの故郷の仲間たち。数年間、あるいはそれ以上、帝国の奴隷として筆舌に尽くしがたい苦しみを味わい、やっとの思いで脱出した先に、帰るべき故郷はなかった。今、数百人もの人々が、飢えと絶望の中で、この広大な森を彷徨っているのだ。
アキオは、傍らでその報告を聞き、血の気が引くのを感じているアヤネの手を強く握った。
これは、これまで経験したことのない、大規模な人道的危機。町のキャパシティ、食料、医療…全てが試されることになるだろう。だが、見捨てるという選択肢など、アキオの頭には微塵もなかった。
「…すぐに、大規模な捜索・救出隊を編成する! 全員、無事に保護するんだ!」
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