五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
178 / 400

第178話:引き渡し前夜、湯けむりの誓いと才媛の覚悟

しおりを挟む
 荒くれ共の引き渡しを翌日に控え、町は静かな、しかし張り詰めた緊張感に包まれていた。隔離区画の準備は完了し、町の防衛体制もレオノーラ(の教えを受けたアルトたち)によって最終確認されている。
 アキオは、四人の妻たちとの時間を経て、精神的に落ち着いているものの、未知の危険な任務を前に、その表情は硬い。

 シルヴィアが、「明日からの大きな務めを前に、今夜は皆で生命の湯に浸かり、心身を清めましょう。聖域の主として、清浄な心で彼らを迎え入れるために」と提案する。アキオも、その提案に深く頷いた。物理的な準備は万端だ。だが、これから向き合うのは、人の心の闇。なによりも、自分たちの心を一つにしておく必要があった。
 その誘いは、凛にも届けられた。
「凛さん、あなたも、この町の重要な一員であり、明日からの計画の要です。よろしければ、今夜の湯浴みに、ご一緒しませんか」
 シルヴィアのその優しい誘いに、凛の心は激しく揺れた。アキオ様や奥様方の、最もプライベートな儀式に招かれた。それは、これ以上ない信頼の証であり、名誉なこと。しかし、それは同時に、彼女にとって最も恐ろしい試練を意味していた。湯浴み――すなわち、肌を晒すこと。
 第164話の奇跡で、長年彼女を苦しめた身体の傷跡は、ほとんど分からないほど綺麗に消え去った。だが、魂に刻まれた傷は、そう簡単には癒えない。アキオ様の前で、無防備な姿になる。その考えが、忌まわしい過去の記憶を呼び覚まし、彼女の全身を恐怖で縛り付けた。
(無理だわ…わたくしには…)
 一度は断ろうと、唇が震える。だが、脳裏に、自分を救ってくれたアキオの真摯な眼差し、そして、ありのままの自分を受け入れてくれたシルヴィアとアウロラの慈愛に満ちた微笑みが浮かんだ。
(このまま恐怖に囚われていては、いつまでもアキオ様の隣には立てない。秘書官として、ただ知識を提供するだけでは足りないのだ。わたくしも、この聖域の一員として、心を…魂を共にしなければ…!)
 しばらくの葛藤の末、凛さんは震える声で、しかしはっきりとした意志を持って、「…はい。わたくしも、参加させていただきます」と答える。それは、彼女が自らの意志で、過去のトラウマという巨大な壁に、初めて正面から挑むと決めた瞬間だった。

 その夜、「生命の湯」はアキオたちのために貸切となった。湯けむりが立ち込める中、アキオと四人の妻たち(シルヴィア、アウロラ、アヤネ、キナ)が、先に湯船で身体を温めていた。
 そこへ、凛が、大きな湯浴み着(バスタオル)で身を固く包みながら、緊張した面持ちで現れた。奥様方は、そんな彼女を、全てを察したかのような優しい笑顔で迎え入れ、彼女の緊張を解きほぐそうとする。
 湯浴みは、単なる入浴ではない。明日への決意を固め、家族の絆を再確認し、そして聖域の主として心身を清めるための、厳かで、しかし温かい儀式となる。
 凛さんは、湯船の端で、まだ少し身体を強張らせているかもしれない。しかし、アキオ様や奥様方の、彼女の傷や過去に一切触れず、ただ一人の仲間として自然に受け入れてくれるその雰囲気に、彼女の心の氷は、また一つ、静かに溶けていく。
 そして、凛は、自らの内に残る最後の恐怖を振り払うかのように、静かに立ち上がった。そして、皆が少し驚いて見守る中、彼女は、敢えて、アキオが身を沈めているその隣へと、ゆっくりと歩みを進め、そして、その隣に、そっと身体を沈めた。
「…!」
 アキオは、隣に座った凛の、その覚悟に息をのんだ。彼女の肩が、微かに震えているのが分かる。だが、その顔は、恐怖ではなく、自らの意志で運命を切り拓こうとする者の、強い決意に満ちていた。アキオは、何も言わず、ただ、彼女の勇気ある行動を、静かに、そして深く受け止めた。

 やがて、アキオは立ち上がり、湯船の中心で、皆に向かって力強く誓った。
「明日、俺は、彼らを迎えに行く。どんな者たちであろうと、この町の光の届く場所へ来た者たちを、俺は見捨てない。必ず、全員を守り、そして、導いてみせる」
「「「「はいっ、アキオ様(だんな)!」」」」
 妻たちの、力強く、そして愛情に満ちた声が、湯けむりの中に響き渡った。凛もまた、アキオの隣で、小さく、しかしはっきりと頷いていた。彼女の心は、もう迷っていなかった。

 東の空が白み始め、引き渡しの日、運命の朝が訪れる。アキオと、彼を支える家族たちの心は、湯けむりの誓いによって、固く、そして温かく、一つになっていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

家ごと異世界ライフ

もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...