五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第199話:神狼の直感と、涙の告白

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 アキオは、この四日間、妻たち一人一人と過ごし、その愛情に支えられ、心は随分と落ち着きを取り戻していた。しかし、彼の魂の奥底に沈殿する、名状しがたい「渇き」は、未だに彼を苛み続けていた。シルヴィア、アウロラ、アヤネ。三人の妻は、それぞれがその「影」の存在に気づき、静かに心を痛めていたが、アキオ自身がそれを語らない以上、深く踏み込むことはできずにいた。

 その最後の夜は、神狼の血を引く妻、キナとの時間だった。
 彼女は、ここ数日のアキオの僅かな変化を、獣のそれにも似た、鋭い直感で見抜いていた。夫は、何かを隠している。そして、深く、深く、傷ついている、と。彼女は、他の妻たちのように、ただ寄り添い、待つことを選ばなかった。

 生命樹の下の「愛の祭壇」で、二人は、いつものように激しく、そして情熱的に結ばれた。アキオは、キナの生命力溢れる身体をその腕に抱くことで、心の隙間を埋めようとするかのように、彼女を求めた。
 しかし、キナは知っていた。彼の心が、完全にはここにないことを。

 営みが終わり、キナは、汗ばんだアキオの胸に抱かれながら、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「…だんな」
「ん…?」
「だんな、最近なんか変だぞ! シルヴィア姉ちゃんやアウロラ姉ちゃん、アヤネといる時も、あたしとこうしてる時も、心だけ、どっか遠くに行っちまってるみてえだ」
 その、あまりにも直接的な言葉に、アキオはぎくりとした。
「そ、そんなことは…」
「嘘つくな!」
 キナは、アキオの胸をドンと叩いた。その瞳には、涙が浮かんでいる。
「あたしは、だんなの妻だ! だんなが苦しんでるのに、気づかねえわけねえだろ!」 「何があったんだよ、だんなの悩み、あたしにも全部聞かせろ! 一人で抱え込んでんじゃねえよ!」 


 その、どこまでもストレートで、不器用で、しかし愛情に満ち溢れた言葉。それは、アキオがここ数日、必死で心の奥に押し込めていた最後の堰を、いとも容易く決壊させた。

「……キナ…」
 アキオの瞳から、一筋、また一筋と、熱い涙がこぼれ落ちた。彼は、子供のように、キナの腕の中で、そのどうしようもない本心を、嗚咽と共に、途切れ途GLISHに告白し始めた。
「…ここの飯も、アヤネや皆が作ってくれる料理も、本当に、本当に美味いんだ。心から感謝してる。だが…違うんだ…!」

 アキオは、魂の底から叫ぶように言った。
「俺たちの『醤油(しょうゆ)』は…俺が魂で覚えている、あの醤油じゃないんだ…。母さんが…日本にいた頃、母さんが作ってくれた、豆腐とワカメの、あの『味噌汁(みそしる)』の味が…どうしても、再現できないんだ…っ! あの味が、恋しくて…たまらないんだ…」

 それは、この世界で全てを手に入れた男の、決して満たされることのない、たった一つの、しかし根源的な望郷の念。アキオの町の豊かな食材も、妻たちの愛情のこもった料理も、彼の魂に刻まれた「故郷の味」を、完全には埋めることができなかった。その事実に、アキオ自身が、誰よりも苦しんでいたのだ。

 キナは、その涙の理由を知り、ただ黙って、しかし力強く、夫を抱きしめた。
「そっか…だんな、寂しかったんだな…。腹が、減ってたんだな、本当は…」
 彼女には、難しいことは分からない。だが、愛する夫が、心の底から飢え、渇いていることは、痛いほど分かった。そして、その飢えを満たしてやれるのが、自分たち妻の役目だと、彼女は固く決意した。

 キナは、泣き疲れて眠ってしまったアキオの寝顔にそっと口づけをすると、静かに部屋を抜け出した。そして、シルヴィア、アウロラ、アヤネ、そして凛が待つ、中央館の談話室の扉を、力強く開いた。
「姉ちゃんたち! だんなが泣いてた理由、分かったぞ!」

 アキオの心の影の正体は、今、家族全員の知るところとなった。そして、その時から、彼の魂を救うための、妻たちと、一人の才媛による、壮大な挑戦が始まろうとしていた。
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