五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第212話:ガラスの板、そして聖域を映す窓

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 アキオの町で初めて生み出された「ガラス」の塊は、翌朝、工房の作業台の上で、不思議な輝きを放っていた。それは、まだ不純物や気泡が混じり、形もいびつだったが、確かに光を通し、向こう側を歪んで映し出している。

「ふむ…硬く、そして脆い。だが、これほどまでに光を通すとはな。ドワーフの磨き上げた水晶にも劣らん」
 ドルガン親方が、その塊を指で弾き、感嘆の声を漏らす。
「ええ。この透明度…そして、魔力的な干渉をほとんど受けないこの性質。王都の錬金術師たちが見れば、喉から手が出るほど欲しがるでしょうね」
 凛もまた、知的な探求心に満ちた瞳で、その新しい物質を観察していた。

 しかし、アキオは腕を組み、現実的な課題を見つめていた。
「だが、これだけじゃ窓にはならない。新・中央館の図書館に嵌めるには、もっと大きくて、平らな『板』にする必要があるんだ」
 アキオのその言葉に、皆の顔が引き締まる。溶けたガラスを、均一な厚さの、大きな板状に加工する。それは、ガラスを溶かすこと自体よりも、さらに高度な技術と、全く新しい発想を必要とする挑戦だった。

「平らな石の型にでも流し込むか?」ドルガン親方が言うが、アキオは首を横に振った。
「いや、それでは急激に冷えて、内側から割れてしまうだろう。それに、石の表面の凹凸が写って、透明にはならないはずだ」
 アキオは、再び故郷の記憶を辿った。近代的なフロートガラス製法は無理だ。だが、もっと古い、原始的なら…?
「…そうだ。まず、ガラスを風船のように大きく膨らませて、筒状にする。そして、その筒を切り開いて、再び熱を加えながら、ゆっくりと平らに伸ばしていくんだ」
 アキオが、地面に木の枝でその工程をスケッチしてみせると、凛とクラウディアが目を見開いた。
「まあ! 一度立体的なものを作ってから、それを平面に展開するのですか! なんという…逆転の発想ですこと!」
「ですが、それにはガラスを吹き膨らませるための長い管(吹き竿)と、切り開いたガラスを再び熱し、そしてゆっくりと冷ますための、特殊な『焼きなまし炉』が必要になりますわね」
 二人の才媛は、即座にその方法の革新性と、実現に必要な課題を正確に理解した。

 そこからの町の動きは、早かった。
 ドルガン親方とドワーフの若者たちは、アキオ鋼を使い、長くて頑丈な、そして先端が熱に耐えられるような特殊な合金で作られた「吹き竿」の製作に取り掛かった。
 凛とクラウディアは、アキオから聞いた「焼きなまし炉」の概念——急激な温度変化を防ぎ、ガラスの内部応力を取り除くための、低温で安定した熱を保つ炉——の設計を始めた。彼女たちの知識と計算により、最適な炉の形状と、熱効率が導き出されていく。
 シルヴィアは、その焼きなまし炉で安定した低温を長時間保つための、特別な燃料——特定の木材を不完全燃焼させて作る、火持ちの良い「熾火(おきび)用の炭」——の選定と準備を始めた。

 数日後。鍛冶場の隣に、新しくレンガで組まれた、横に長く、背の低い「焼きなまし炉」が完成した。
 アキオ、ドルガン親方、そして凛とクラウディアが見守る中、最初の挑戦が始まる。アキオが、坩堝で溶かした水飴状のガラスを吹き竿の先端に巻き取り、ゆっくりと息を吹き込んでいく。それは、アキオの職人としての器用さと、肺活量を要する、まさに神業だった。
 やがて、アキオの息と、ドルガンの補助によって、ガラスは大きな円筒形へと姿を変えた。
「今だ!」
 アキオの合図で、熱いうちに円筒の両端が切り落とされ、側面に一本の切れ込みが入れられる。そして、まだ熱を帯びたガラスの筒は、慎重に、新しく完成した焼きなまし炉の中へと滑り込ませられた。
 炉の中で再び熱せられ、柔らかさを取り戻したガラスは、アキオたちが作った特殊な道具によって、ゆっくりと平らに開かれていく。

 後は、一昼夜かけて、炉の温度を極めてゆっくりと下げ、ガラスが自重や内部応力で割れることなく、完全に冷え固まるのを待つだけだった。
 工房には、緊張と期待が入り混じった、静かな時間が流れる。

 そして翌日。
 完全に冷えた炉の扉が、ギギィ…という音を立てて、ゆっくりと開かれた。
 炉の中、平らに敷き詰められた白い砂の上に、それはあった。
 まだ表面には僅かな波うちがあり、完璧な平面ではない。しかし、向こう側がはっきりと透けて見える、美しい、大きな「ガラスの板」。
「…できた…」
 凛が、感動に声を震わせる。
 そのガラス板には、炉を覗き込むアキオたちの、驚きと、疲労と、そして何よりも深い達成感に満ちた顔が、はっきりと映り込んでいた。それは、アキオの町の技術力が、また一つ、新たな時代の扉を開いたことを示す、輝かしい最初の光だった。
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