五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第213話:聖域に射す光、そして才媛の微笑み

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 アキオの町で初めて生み出された「ガラスの板」。それは、町の技術の結晶であり、未来への大きな希望の象徴だった。そして数日後、その最初のガラス板が、建設中の新・中央館に嵌め込まれる日がやってきた。
 場所は、町の子供たちが心待ちにしている大図書館の一角。ドルガン親方とアルトが、アキオの設計に基づき、特別な「月の木」で作り上げた頑丈で美しい窓枠が、既に取り付けられている。

 その日、現場には、多くの町民たちが固唾をのんで集まっていた。
「よし、いくぞ! 皆、慎重に!」
 アキオの号令のもと、カイやドワーフの若者たち数人が、クッション材に包まれた巨大なガラス板を、ゆっくりと、そして細心の注意を払って持ち上げる。一枚の板とはいえ、その重さは相当なものだ。一歩、また一歩と、慎重に窓枠へと運ばれていく。
 見守る人々の中から、ごくりと息をのむ音が聞こえる。もし、この場で割れてしまったら——誰もが、同じ不安を共有していた。

 アキオが自ら窓枠に登り、ガラス板が完璧に収まるよう、その位置をミリ単位で調整する。そして、ゆっくりと枠の中へと嵌め込まれた。
「よし、固定する!」
 アルトたちが、木製の楔と、シルヴィアが開発した特別な防水樹脂を使って、ガラスの周囲を丁寧に、そして頑丈に固定していく。アキオもまた、その固定部分にそっと手を触れ、自らの「生命の祝福」の力を注ぎ込み、木とガラス、そして樹脂の結合を、分子レベルで完全に一体化させた。

 全ての作業が終わり、アキオが「…よし」と静かに呟いた、その瞬間だった。
 折しも、雲間から太陽が顔を出し、その力強い光が、真新しいガラスの窓を通して、まだがらんとした図書館の内部へと、真っ直ぐに差し込んできたのだ。
「「「おおおおおっ!!」」」
 外で見守っていた町民たちから、地鳴りのような歓声が上がった。
 光は、遮られることなく、歪むこともなく、ただひたすらに清らかに、床に美しい光の四角形を描き出す。空気中を舞う細かな木の粉が、その光の筋の中で、キラキラと宝石のように輝いていた。
 町の子供たちが、恐る恐るその窓に近づき、指でそっと触れてみる。冷たくて、硬い。でも、向こう側がはっきりと見える。その不思議な感覚に、子供たちは目を輝かせ、歓声を上げた。

 アキオも、その光景に深い満足感を覚えていた。しかし、ふと気づくと、図書館の隅で、凛が一人、その新しい窓をじっと見つめている。彼女は、窓に映る自分自身の姿を、まるで初めて見るかのように、食い入るように見つめていた。
 アキオは、静かに彼女の隣に立った。
「凛殿」
「…アキオ様」
「君がいてくれなければ、この光景は、決して見ることはできなかった。本当に、ありがとう」
 アキオは、彼女の過去の傷には一切触れず、ただ、彼女の功績と、その存在への、心からの感謝を伝えた。
 凛は、窓に映る自分の顔から、アキオの横顔へと視線を移した。ガラスの中では、二人の姿が、すぐ隣に並んで映っている。
(これが…今の、わたくし…? アキオ様の、隣に立つ、わたくし…)
 彼女の心の中で、長年凍り付いていた何かが、この聖域の温かい光に照らされて、すうっと音を立てて溶けていく。
 凛は、アキオに向き直ると、これまで彼に見せたことのない、何のてらいもない、少女のように純粋で、そして心からの幸福に満ちた微笑みを浮かべた。
「…いいえ。アキオ様と、この町の皆様のおかげですわ」
 その声は、まだ少し硬質だったが、その響きは、春の小川のせせらぎのように、どこまでも優しく、そして温かかった。

 アキオは、その笑顔のあまりの美しさに、一瞬、息をするのも忘れた。そして、この才媛の、固く閉ざされた心の扉が、今、確かに開かれ始めたことを、確信した。
 聖域に差し込んだ最初の光は、物理的な明るさだけでなく、一人の女性の心にも、新しい夜明けをもたらしたのだった。
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