五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
251 / 387

第251話:才媛の誓い、そして世界の秘密

しおりを挟む
 王宮のバルコニー。アキオの腕の中で、クラウディアは、これまでの人生で流したことのないほど、多くの涙を流していた。それは、悲しみの涙ではない。長年、知性と矜持の鎧の下に押し殺してきた、一人の女性としての素直な感情が、信頼できる唯一人の男性の前で、ようやく溢れ出した、安堵と喜びの涙だった。

 アキオは、彼女が落ち着くまで、ただ黙ってその背中を優しくさすり続けた。やがて、しゃくり上げる声が小さくなると、彼は彼女を腕の中からそっと離し、その涙に濡れた瞳を真っ直ぐに見つめた。
「クラウディア殿、君の気持ちは、確かに受け取った。だが、今夜は、君をそういう意味で求めることはできない。君は今、心が張り詰めている。まずは、ゆっくり休むんだ」
 アキオは、彼女を寝室へと促すと、自分は客間の長椅子で休むと告げた。その、どこまでも紳士的で、彼女の心を最優先に考えるアキオの振る舞いに、クラウディアの心は、さらに強く惹きつけられた。
(ああ、この方は…本当に…)
 いきなり自分を抱かなかったアキオに、彼女は、むしろ自分が一人の女性として、何よりも大切にされているという喜びで、その魂が輝きを増していくのを感じていた。

「では、せめて…今宵一夜、貴方の腕の中で、ただ、眠らせてはいただけませんか…? もう、一人でいるのは、寂しいのです…」
 その、か細く、しかし素直な願いを、アキオが断れるはずもなかった。
 その夜、アキオはクラウディアと一つのベッドで寝た。だが、そこに肉欲は介在しない。彼は、ただ、その震える身体を、壊れ物を扱うかのように、優しく抱きしめながら、彼女が安心しきって眠りにつくまで、その髪を撫で続けた。

 穏やかな時間が流れる中、アキオは、静かに口を開いた。
「クラウディア殿。君の気持ちに応えたい。君を、俺の六番目の妻として、正式に迎え入れたい。君の知恵と、その強さが、俺には、この町には必要だ」
 アキオからの、はっきりとした言葉。クラウディアは、彼の胸に顔をうずめたまま、幸せに震えた。
「…だが、その前に、君にだけは伝えておかなければならない、俺の最大の秘密がある」
 アキオは、意を決すると、自らがこの世界の人間ではないこと、「転移者」であることを、静かに、そして正直に打ち明けた。

 アキオは、彼女が驚き、あるいは戸惑うことを覚悟していた。しかし、クラウディアからは、意外な答えが返ってきた。
「…やはり、そうでしたか。アキオ様の発想や、お持ちの知識は、時折この世界の理から外れていると感じることがございました」
 彼女は、顔を上げると、安心させるように微笑んだ。
「ですが、ご安心ください。貴方が『異世界人』であると、自ら明かさぬ限り、誰にも知られることはないでしょう」
「どういうことだ…?」
「わたくしたちの世界の歴史には、過去、何度か、貴方様のような『漂流者』や『招かれ人』と呼ばれる方々が現れたという記録がございます。…何を隠しましょう、アヤネ様や、わたくしの親友である凛の御先祖様も、その一人であったと、王家の古文書には記されておりますの」
 その衝撃的な事実に、今度はアキオが言葉を失った。
「ですから、『アキオ』というお名前も、彼らが伝えた文化の名残なのか、王都では決して珍しい名前ではございませんのよ。だから、大丈夫ですわ」

 長年、心の奥底で孤独と共に抱え続けてきた、最大の秘密。それが、目の前の聡明な女性によって、いとも容易く、この世界の歴史の中に受け入れられた。アキオは、魂が救われるような、深い安堵感に包まれた。

 その、安堵に満ちたアキオの表情を見て、クラウディアは、愛おしさが込み上げてくるのを止められなかった。
 彼女は、そっと身体を起こすと、アキオの唇に、自らの唇を優しく重ねた。それは、彼女から贈る、初めてのキスだった。
 唇が離れると、彼女は、最高の笑顔で囁いた。
「ようこそ、アキオ様。この、貴方が愛し、そして貴方を愛する、新しい世界へ」

 この日、二人の間に、まだ男女の交わりはなかった。だが、互いの全てを曝け出し、そして受け入れ合ったことで、その魂は、誰よりも深く、そして固く結ばれたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

スキル『倍加』でイージーモードな異世界生活

怠惰怠man
ファンタジー
異世界転移した花田梅。 スキル「倍加」により自分のステータスを倍にしていき、超スピードで最強に成り上がる。 何者にも縛られず、自由気ままに好きなことをして生きていくイージーモードな異世界生活。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。 しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて…… テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...